第12話 火を、ぬるくします
全力の炎も、レンの【硝子の繭】には効きません。
お腹を空かせた、独りぼっちの火竜と――一杯のごはんから、始まる関係。
炎が、効かないと、悟った、火竜の、幼体は。警戒しながらも、私から、目を、離せずに、いた。
当然だ。全力の、炎を、浴びせても、びくともしない。そんな相手、火竜だって、初めてだろう。私は、その、"何が起きたのか、わからない"という、隙を、逃さなかった。
ゆっくりと。刺激しないように。私は、持ってきた、大きな肉を、火竜の前に、そっと、置いた。
「はい、これ。……お腹、空いてるでしょ?」
火竜は、びくっと、して。肉と、私を、交互に、見た。罠だと、思っているのかもしれない。
でも、その、鼻は。ひくひくと、動いている。お腹が、空いているのは、間違いない。この山に、住みついたばかりの、子どもだ。まだ、上手に、狩りが、できないのだろう。だから、痩せている。
「毒なんて、入ってないよ。ほら」
私は、その肉を、少しだけ、ちぎって。自分の口に、放り込んで、見せた。もぐもぐ。うん、美味しい。
それを見て、火竜は。おそるおそる、肉に、鼻を、近づけて――ぱくり、と、口に、入れた。
次の瞬間。火竜の、目が、まんまるに、なった。
よほど、美味しかったらしい。あっという間に、肉を、平らげて。「もっと」と、言うように、私を、見上げてくる。さっきまでの、威嚇は、どこへ、やら。
「あはは。気に入って、くれた? よかった。……まだ、あるよ」
私は、次々と、肉を、あげた。ただ、あげるだけじゃ、ない。ちゃんと、下ごしらえを、して。臭みを、抜いて。ヒノ――いや、まだ名前は、ないけれど。この子が、食べやすいように、ひと口大に、切って。
料理人の、性、というやつだ。相手が、魔物でも。食べさせるなら、美味しく、食べさせたい。
火竜は、夢中で、食べた。しっぽを、ぶんぶん、振って。まるで、大きな、犬みたいに。
よく見ると。あばらが、浮いている。ずいぶん、痩せているのだ。この山に、来たばかりで。まだ、大きな獲物を、狩れなくて。ずっと、お腹を、空かせていたのだろう。
だから、あんなに、気が立って。近づくもの全部に、炎を、吐いて、いたのだ。怖かったのは、火竜のほうも、同じ。お腹が、空いて。独りぼっちで。心細くて。だから、精一杯、威嚇して、自分を、守っていた。
……なんだか、ほうっておけない。腹を空かせた者を、見ると、体が、勝手に動く。この、私の、社畜由来の"お節介"は。相手が、伝説の魔物でも、発動するらしい。
◇
お腹が、いっぱいに、なった火竜は。すっかり、機嫌が、良くなって。私の、足元に、ごろん、と、寝そべった。ぐるぐると、喉を、鳴らしている。甘えている、みたいだ。
「……ちょろい」
思わず、呟いてしまった。
あんなに、街の冒険者たちを、怯えさせていた、火竜が。肉、数切れで、こんなに、懐くなんて。まあ、子どもだし。お腹も、空いてたし。……それに、たぶん、この子も、寂しかったのだろう。一匹で、こんな、山の上に、いて。誰にも、優しく、されなくて。
その気持ちは、少し、わかる。
「あなたも、独りぼっちだったんだね。……よし。じゃあ、うちの子に、なる?」
火竜は、きゅう、と、鳴いて。私の手に、鼻を、すり寄せた。
背後で、様子を、見ていた、ティルが。おそるおそる、近づいてきた。
「レン……その子、なかよく、なれた?」
「うん。ばっちり。……ティルも、触ってみる? 優しく、してあげて」
ティルが、そっと、火竜の頭に、手を、伸ばす。火竜は、一瞬、身構えたけれど。ティルの、おっかなびっくりな、手つきが、怖くない、と、わかると。ぺろり、と、その手を、舐めた。
「わっ……ざらざら、してる。……あったかい」
ティルの顔が、ぱあっと、ほころんだ。里で、"使えない子"と、追われた、この子と。山で、独りぼっちだった、火竜。似た者同士が。今、そっと、心を、通わせた。
なんだか、いい、光景だった。
◇
さて。仲良く、なれたところで。本題だ。
「あのね、火竜さん。……あなたのその、すごい炎を。ちょっと、料理に、貸してほしいの」
私は、火竜に、事情を、説明した。(通じているか、微妙だけど。)どこでも、あたたかいごはんが、作りたいこと。そのために、"ちょうどいい火"が、欲しいこと。
火竜は、こてん、と、首を、かしげた。
問題は、ここからだ。火竜の炎は、強すぎる。あたりを、焼き尽くすほどの、火力。そのままでは、料理どころか、食材が、一瞬で、炭に、なってしまう。
でも――そこは。私の、スキルの、出番だった。
私は、火竜に、そっと、手を、当てた。そして、その、燃え盛る、炎に。意識を、集中する。
【硝子の繭】は、あらゆる攻撃を、無効化する。ということは。炎の、"勢い"や"熱"を、繭で、受け止めて。加減する、ことも、できるはずだ。全部を、防ぐんじゃ、なくて。ほんの、少しだけ、通す。ちょうどいい、火力に、なるように。
「火竜さん。ちょっとだけ、炎を、出してみて。……そう、優しく、ね」
火竜が、ふう、と、小さく、炎を、吐いた。
最初は、うまく、いかなかった。
少し、力を、緩めすぎると。炎は、ぼっ、と、燃え上がって。危うく、私の、髪を、焦がしかけた。(繭が、あるから、平気だけど。)逆に、抑えすぎると。炎は、しゅん、と、消えて、しまう。
ちょうどいい、加減。それを、探るのは。まるで、繊細な、火加減の、料理と、同じだった。強火と、弱火の、あいだ。素材が、いちばん、美味しく、火の通る、その一点を。指先の、感覚だけで、探り当てる。
何度も、何度も、試して。
私は、その炎を、繭で、包み込んで。少しずつ、少しずつ、勢いを、殺していく。ごうごうと、燃える、破壊の炎が。やがて、ゆらゆらと、揺れる。あたたかくて、優しい――ちょうど、料理に、ぴったりの、"とろ火"に、なった。
「……できた」
その、ちょうどいい炎に。私は、そっと、手を、かざした。あたたかい。熱すぎず、ぬるすぎず。まさに、理想的な、火加減だ。
破壊の、炎が。世界一の、コンロに、なった、瞬間だった。
◇
「すごい……レン、すごい! かりゅうの、ほのおが、おりょうりの、ひに、なった!」
ティルが、飛び跳ねて、喜んだ。
火竜も、自分の炎が、褒められて、嬉しいのか。誇らしげに、胸を、張っている。
私は、さっそく、その、ちょうどいい炎で。持ってきた食材で、あたたかいスープを、作った。山の上で、湯気の立つ、あたたかい、一杯。
三人で――いや、二人と、一匹で。それを、囲んだ。
「いただきます」
火竜も、器に、顔を、突っ込んで。ふーふー、しながら、スープを、飲んだ。(猫舌ならぬ、竜舌、らしい。)そして、美味しそうに、目を、細めた。
あんなに、恐れられていた、火竜が。今は、私たちと、一緒に、あたたかいスープを、飲んでいる。
「あなた、名前、いる? ……そうだな。"ヒノ"なんて、どう? 火の子、だから」
火竜――あらため、ヒノは。きゅう、と、嬉しそうに、鳴いた。気に入って、くれたらしい。
名前を、もらう、というのは。この世界の、生き物にとって。特別な、意味が、あるのかもしれない。ティルが、そうだったように。ヒノも、名前を、もらった瞬間。ぐっと、私たちに、心を、開いた気が、した。
名前は。「あなたは、ここに、いていい」という、印だ。「あなたを、ちゃんと、見ているよ」という、証だ。
だから、私は。出会った子には、ちゃんと、名前を、つける。前世の私が、誰にも、"個人"として、見てもらえなかった、寂しさを。知っているから。
「ヒノ。これから、よろしくね。……たくさん、美味しいもの、作るから。あなたも、いっぱい、手伝ってね」
ヒノは、大きく、頷いて。私の、頬を、ぺろりと、舐めた。ざらざらして、あたたかい、竜の舌。くすぐったくて、私は、笑った。
こうして、私の家族は。また一人(一匹)、増えた。
……静かに、暮らしたいはずなのに。どんどん、賑やかに、なっていく。まあ、いいか。ヒノの炎が、あれば。これで、どこでも、あたたかいごはんが、作れる。
念願の、移動式かまど計画は。思わぬ、あたたかい形で。実現に、近づいたのだった。
その日の、帰り道。ヒノは、当たり前みたいに、私たちの、後を、ついてきた。もう、この山に、一匹で、いる気は、ないらしい。
「ヒノも、うちに、来る?」
私が、聞くと。ヒノは、大きく、頷いた。
「よし。じゃあ、決まり。……といっても、あなた、大きいから。箱庭の、どこに、住んでもらおうかな」
ヒノを、連れて帰ることに、なると。ティルは、最初、少し、緊張していたけれど。すぐに、二人(一人と一匹)は、仲良く、なった。ティルが、ヒノの背中に、乗せてもらって、はしゃいでいる。
「レン、みてみて! ヒノ、あったかい! せなか、ふかふか!」
「あはは。よかったね。……ヒノ、ティルのこと、よろしくね」
ヒノは、任せろ、と、言うように、ぐるる、と、鳴いた。
独りぼっちだった、火竜。独りぼっちだった、竜鱗族の子。そして、前世で、独りぼっちだった、私。
そんな、寄る辺のない者たちが。少しずつ、集まって。あたたかい、家族に、なっていく。
……悪くない。むしろ、最高だ。
私の、箱庭の、食卓の椅子は。また、埋まっていく。(まあ、ヒノは、大きすぎて、椅子には、座れないけど。)その、賑やかさが。今の私には、たまらなく、愛おしかった。
お読みいただきありがとうございます。
新しい家族“ヒノ”が仲間入り。独りぼっちだった者たちが、少しずつ集まって、あたたかい家族になっていきます。
次話――念願の「移動式かまど」が完成。どこでも、あったかいごはんの暮らしが始まります。
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