第11話 移動式かまど計画(火竜、飼い慣らします)
外でも、あったかいごはんが作りたい。ただそれだけの理由で――
レンは、街のみんなが恐れる“火竜”を、飼い慣らしに行くことにしました。
あの、賑やかな、"食卓の会"から。数日が、過ぎた。
みんなで、囲んだ、あたたかい夜。その、余韻は、まだ、私の中に、あたたかく、残っていた。「椅子、もっと増やそうかな」なんて。柄にもなく、そんなことを、思ったりも、した。
あたたかい食卓は、人を、呼ぶ。腹を空かせた者、心の寒い者を、この、湯気が、引き寄せる。……その予感は、思ったより、ずっと早く。しかも、思いも、よらない形で、当たることに、なる。
でも、その日の私は。まだ、そんなこと、知る由も、なく。ただ、いつも通り、のんびりと、暮らしていた。
ことの、始まりは。私の、ちょっとした、不満だった。
その日、私とティルは、街の外れの、森へ、食材を、採りに来ていた。木の実や、山菜や、きのこ。箱庭の、保存食も、大事だけれど。やっぱり、新鮮な素材は、外で、採ってくるのが、いちばんだ。
ティルは、すっかり、採取が、上手に、なっていた。
「レン、みて。このきのこ、いいにおい、する」
「お、よく見つけたね。それ、香り茸だ。炙ると、すごくいい出汁が出るの。今夜の、スープに、使おう」
「やった!」
鼻の利く、竜鱗族の血が、こういうときは、役に立つ。ティルは、匂いだけで、美味しい食材と、そうでないものを、嗅ぎ分けられる。もはや、立派な、私の、相棒だ。
たっぷり、収穫して。お腹も、空いてきた。
「ティル、お昼にしようか。……あ」
そこで、私は、気づいた。
あたたかい、お昼を、作りたい。でも、ここには、かまどが、ない。火を、おこすには、薪を集めて、火打ち石で、ちまちま、やらないと、いけない。
……面倒くさい。
私は、めんどくさがりだ。火おこしなんて、地味で、手間のかかる作業は、できることなら、やりたくない。
「どこでも、ぱっと、あったかいものが、作れたら、いいのに」
思わず、そう、こぼした。
結局、この日は、冷たい、握り飯で、済ませた。箱庭から、持ってきた、保存食のパンと。それは、それで、美味しかったけれど。でも、やっぱり――外で食べる、あたたかい、汁物には、かなわない。
冷たいごはんを、頬張りながら。私は、決意した。
「……よし。どこでも使える、かまどを、作ろう」
前世の私が、聞いたら、呆れるだろう。「そんなことのために、わざわざ?」と。でも、料理のことに、なると。私の、面倒くさがりは、なぜか、逆向きに、働く。「楽して、美味しいものを、食べる」ためなら。私は、いくらでも、手間を、かけられるのだ。
それに、と、私は、思う。
どこでも、あたたかいごはんが、作れる、ということは。どこでも、"帰れる場所"を、作れる、ということだ。
冷たい場所でも。暗い場所でも。危険な場所でも。あたたかい湯気と、いい匂いさえ、あれば。そこは、もう、"ただの、怖い場所"じゃ、なくなる。あたたかい、食卓の、ある場所に、変わる。
前世の私は、それを、知らなかった。どこにいても、心が、冷えていた。あたたかいごはんを、食べる余裕なんて、なかった。
だから、今世は。どこにいても、あたたかくいられるように。持ち運べる、"火"を、手に入れたい。
……なんて。ちょっと、大げさかな。まあ、本音の、半分は。ただ、外で、あったかい汁物が、飲みたいだけ、なんだけど。
◇
箱庭に帰って、私は、さっそく、"移動式かまど"の、構想を、練った。
問題は、火力だった。
持ち運べるくらい、小さくて。でも、しっかり、料理ができる、火力があって。しかも、薪が、なくても、使える。そんな、都合のいい、熱源。
普通なら、無理な、注文だ。
最初は、いろいろ、試してみた。
熱くなる石――"火岩"を、使ってみたけれど。火力が、弱すぎて、お湯を沸かすのが、精一杯だった。次に、油を、燃やしてみたけれど。煙が、もうもうと、出て。箱庭が、真っ黒に、なりかけた。ティルと二人で、慌てて、換気をした。
「けほっ、けほっ……だめだ、これ」
「レン、まっくろ……」
ティルの顔も、私の顔も、煤で、真っ黒だ。二人で、顔を、見合わせて、笑ってしまった。
試行錯誤は、続いた。でも、どれも、決め手に、欠けた。持ち運べて、火力が強くて、薪がいらない。その、三つを、同時に満たす、熱源が、どうしても、見つからない。
でも――私には、料理人としての、直感が、あった。
「熱源、熱源……あ」
ふと、ギルドで聞いた、噂を、思い出した。
最近、街の近くの、山に。火竜の、幼体が、住みついた、という話。まだ、子どもだけれど、その炎は、あたりの木々を、焼き尽くすほど、強い。冒険者たちは、「危ないから、近づくな」と、警戒している、らしい。
火竜の、炎。
あたりを、焼き尽くすほどの、熱。
……それって。
「最高の、熱源、じゃない?」
私は、思わず、にやりと、した。
誰もが、「危ない」と、恐れる、火竜の炎。でも、私の目には、それが、"究極のコンロ"に、見えた。あの炎を、飼い慣らして。ちょうどいい、火力に、調整できれば。世界一の、移動式かまどが、作れる。
「役に立たないものなんて、ない。役に立つ使い方が、まだ、見つかってないだけ」
私の、口癖だ。危ない、怖い、近寄るな。そう言われるものほど。使い方次第で、とんでもない、宝物に、化ける。ティルの鱗が、そうだったように。毒霧スライムの、毒が、そうだったように。
◇
「……というわけで、ティル。火竜を、飼い慣らしに、行こうと、思う」
私が、そう言うと。ティルは、目を、まんまるに、して、固まった。
「か……かりゅう!? あの、こわい、ドラゴン!?」
「うん。まあ、子どもらしいけど。……大丈夫。倒すわけじゃ、ないの。ちょっと、仲良く、なりたいだけ」
「なかよく……ドラゴンと!?」
ティルは、混乱している。無理も、ない。普通、火竜と、仲良くなろう、なんて、考える人は、いない。
でも、私には、勝算が、あった。
【硝子の繭】。あらゆる、攻撃を、通さない、伝説の盾。火竜の炎が、どれだけ、強くても。私には、まったく、効かない。だから、私は、炎の中でも、平然と、立っていられる。
攻撃が、効かない相手に。魔物は、どう、するか。
……たぶん、最初は、驚いて。それから、諦めて。最後は、興味を、持つ。犬や、猫と、同じだ。危害を、加えてこない相手には、警戒を、解く。そして――あたたかいごはんの、匂いを、嗅がせれば。
どんな生き物だって、心を、開くものだ。私は、そう、信じている。
「大丈夫だよ、ティル。あなたは、後ろで、見ててくれれば、いい。危ないことは、私が、ぜんぶ、引き受けるから」
「……レン、ほんとに、だいじょうぶ?」
「うん。……ただ、ひとつだけ、心配なのは」
「なに?」
「火竜が、私の作るごはんを、気に入って、くれるかどうか、なんだよね」
私が、大真面目に、そう言うと。ティルは、こてん、と、首を、かしげて。それから、ぷっと、噴き出した。
「レン、しんぱいする、とこ、そこなの……!」
「そこが、いちばん、大事でしょ。仲良くなる、いちばんの近道は、美味しいごはん、なんだから」
◇
翌日。私たちは、火竜の、住むという、山へ、向かった。
念のため、箱庭から、とっておきの、食材を、持って。火竜が、喜びそうな、大きな、お肉も。(火竜は、肉食のはずだ。たぶん。)
山を、登っていくと。だんだん、あたりの木々が、焦げ始めた。地面には、点々と、焼けた、あとがある。近くに、いる。火竜が。
道中、下山してくる、冒険者と、すれ違った。彼らは、私たちを見て、ぎょっと、した。
「おい、嬢ちゃん! この先は、火竜が、出るぞ! 子ども連れで、登る場所じゃ、ねえ! 引き返せ!」
「ご忠告、ありがとうございます。……でも、大丈夫です。ちょっと、火竜に、用があるので」
「用!? 火竜に、用って……お前、正気か!?」
冒険者は、信じられない、という顔で、私たちを、見送った。まあ、そうだろう。普通の感覚なら、火竜のいる山に、わざわざ、登る人は、いない。
でも、私は、普通じゃ、ない。というか、私の"危ない"の基準は、みんなと、少し、ずれている。だって、私には、どんな攻撃も、効かないのだから。世界でいちばん、危険な相手だって。私にとっては、"ちょっと気難しい、ご近所さん"くらいの、ものだった。
「ティル、こわい?」
「……ちょっと。でも、レンが、いるから、だいじょうぶ」
私の手を、ぎゅっと、握る、ティルの手は。少し、震えていたけれど。それでも、逃げなかった。この子は、本当に、強くなった。
やがて。開けた、岩場に、出た。
そこに――それは、いた。
真っ赤な、鱗。まだ、幼いけれど、それでも、私の、背丈より、大きい、火竜の、子ども。ぐるる、と、喉を、鳴らして。こちらを、睨んでいる。口の端から、ちろちろと、炎が、漏れている。
「……いた」
ティルが、私の、後ろで、身を、固くした。
火竜の、幼体が。大きく、口を、開けた。喉の奥が、真っ赤に、燃えている。
――炎が、来る。
私は、ティルを、背中に、かばって。一歩、前に、出た。そして、いつもの、退屈そうな声で、呟いた。
「【硝子の繭】」
ふわり、と。私の体を、儚げな光の膜が、包んだ。
次の瞬間。火竜の口から、轟音とともに、灼熱の、炎が、放たれた。
あたりの、岩が、真っ赤に、焼ける。すさまじい、熱。……のはずだった。
でも、私は。その炎の、真ん中で。一歩も、動かず。髪の毛、一本、焦がすことも、なく。ただ、静かに、立っていた。
火竜の、幼体が。ぽかん、とした。
全力の、炎を、浴びせたのに。目の前の、小さな人間は。平然と、立っている。何が、起きたのか、わからない、という顔だ。
火竜は、もう一度、炎を、吐いた。今度は、さっきより、大きく。それでも――結果は、同じだった。私は、まったくの、無傷。繭の膜の内側は、そよ風ひとつ、吹かない。
火竜が、うろたえ始めた。ぐるぐると、その場を、回って。焦ったように、何度も、炎を、吐く。でも、どれも、効かない。やがて――疲れたのか、諦めたのか。火竜は、炎を、吐くのを、やめた。
ぜえぜえと、肩で、息を、して。恨めしそうに、私を、睨んでいる。「なんで、効かないんだ」と、言いたげに。
……うん。犬や、猫と、同じだ。効かないと、わかれば。次は、警戒と、興味が、やってくる。
いよいよ、ここからが、本番だ。心を、開いてもらう、番。そして、それは――私の、いちばん、得意な、分野だった。
私は、にっこりと、笑って。火竜に、話しかけた。
「こんにちは。……あのね。あなたのその、すごい炎で。美味しいごはんを、作りたいんだけど。……ちょっと、お話、いいかな?」
お読みいただきありがとうございます。
「役に立たないものなんて、ない」。誰もが恐れる火竜の炎も、レンの目には“究極のコンロ”。次話、いよいよ火竜と、仲良くなれるでしょうか?
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