#03.
「それで? 凄惨な苦痛にもだえ苦しむ哀れな伯爵様は、私を雇ってくださるのですか?」
わざわざ彼を刺激する言葉を選んで吐き捨てる。怒るだろうか。追い出すだろうか。何でもいい。いや、できることなら苦しんでほしい。お兄さんが苦しんだ分だけ、数千倍はもっと苦しみ悶えてほしい。彼が苦しむ姿を見ることができたら、どれほど嬉しいだろうか?
(苦しみを見て楽しむ頭の狂った女を惨たしく殺すんだ。数万人を虐殺した戦争英雄らしくさ)
身体の障害を考えると、大声で怒鳴る程度で終わるかな? 何でもいい。他人の手でも構わない。
家族に再び会えるなら、アリーは何だってできるから。
にこにこ笑いながら吐き出された質問に、伯爵は片方しか残っていないピンク色の目でアリーを見つめた。短い沈黙が部屋に下りた。そして。
「は?」
伯爵は返事の代わりにアリーを通り過ぎて部屋を出て行った。彼が何の反応もしないまま部屋を出るとは思っていなかったアリーは、後になって閉じられていた部屋の扉を開けた。
すると、彼女をこの部屋に連れてきた侍女のウィリルが待っていたかのように口を開いた。
「お前、アリーと言ったね? まだ傷が完全に治っていないから、当分の間は体を回復させなさい。勤務は傷がすっかり治ったあとに始めよう」
「えっ?」
ウィリルの言葉が理解できず当惑して問い返すと、彼女が、「あ、これ言い忘れてたわね」と付け加えた。
「主様が沈黙するというのは肯定のしるしということだよ。お前は今日付けで伯爵家の召使いになったんだ」
は?
沈黙が肯定のしるしというのは、まあいいとしよう。だが、無言で部屋を出て行ったのが肯定のしるしだと? アリーの表情が面白いのか、それともこの状況が面白いのか。ウィリルがくすっと笑みをこぼしながら言葉を続けた。
「呪いを受けるようになってから、主様は必要な時でなければあまり会話をなさらないんだよ。行動で示されることが多いから、お前も慣れるようにしなさい」
「いったい……」
「それと」
アリーの言葉を遮ったウィリルが人差し指を唇に当てた。相変わらず笑っていたが、目は笑っていなかった。
「伯爵家にはいくつかのルールがあるんだ。一つは何でも深く知ろうとしないこと。二つ目はここで起きたすべての事を受け入れること。三つ目は私と主様には絶対服従すること。分かったかい?」
ウィリルから感じられる妙な圧力に、アリーは開きかけた口を閉じて彼女を見つめた。
(問答無用というわけか)
見た目は普通の初老の婦人だが、呪われた伯爵家の侍女らしく、彼女も何か隠しているものがあるようだ。
アリーが無言でうなずくと、ウィリルが笑みを引っ込めないまま歩を進めた。
「話の分かる子だね。主様が気に入るわけだ。お前に長く働いてもらいたいものだね」
アリーは返事をしなかった。
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死ぬことを願ってやって来た辺境伯の城で、意図せず雇われてしまってから一週間が経った。
「一体なぜこんなことになったんだろう」
分からない。絶対に死ぬことを願ってここに来たのに、なぜアリーは体にできていた傷まですべて治ったまま、城の客室を占領しているのだろうか。
この一週間、アリーは召使いの域を超えた、心のこもった手厚い看護を受けながら城に滞在していた。
彼女にとって客室は明らかに高貴な貴族用であり、傷を治療する医者も伯爵の主治医だった。
深い傷がなかったため、医者はすぐに日常生活を送ってもいいと言ったが、ウィリルが断り、強制的に一週間さらに休ませたのだ。
「どう考えても理解できない。伯爵は何を考えているの?」
伯爵が恵みを与えてくれたのは治療だけではなかった。
栄養失調と過労の判定を受けたアリーのために栄養価のある食事が別に用意され、与えられた私服も平民が着られるはずのない高級生地で仕立てられたものだった。
どう考えても気味が悪いほど過剰だったため、ウィリルを通して断ったが、アリーの拒絶にウィリルがにっこり笑って答えた。
「アリー。忘れたのかい? 私と主様には絶対服従だよ」
「そうだからといって過剰すぎます。服も食事も自分で何とかできます」
「これはお前にだけに与えられるものでもないし、お前が特別だからあげるわけでもない。伯爵家の品格にふさわしい待遇をしてあげているだけだから、慣れるようにしなさい」
借りを作るようで嫌だったし、見くびられているようで不快だった。アリーの不満を読み取ったウィリルが笑いながら尋ねた。
「それとも? 伯爵家を出ていくかい? 何を選んでも構わないんだよ」
「……」
伯爵家の召使いになるつもりはなかったから、飛び出していけばそれまでだ。だが、このままウィリルの言葉に屈して出ていくのも、なんだか負けたような気がして気に食わなかった。
何より、ここを出ていくにしても、今のアリーには行き場所がなかった。
「……まだ伯爵が苦しむ姿も見られていない。このまま出ていくわけにはいかない」
追い出されないのなら、利用すればそれまでだ。
マグレーンが、グレイル伯爵が消えればこの国は崩壊するだろう。彼が戦争に出さえしなければハジャンが負けるはずはなかったし、今もハジャンは影の中で牙を剥いているのだから。
それだけではなかった。マグレーンはレッシュの主要な軍事要塞だ。辺境伯の召使いとして引き出せる知識があるかもしれない。
(なんだ、復讐以外にもやることがたくさんあったじゃない)
笑みがこぼれた。そうだ。まだ死ぬわけにはいかない。このまま死ぬには悔しすぎるじゃないか。
家族はアリーに「復讐するな」と言った。死にゆく家族の遺言を破るわけにはいかない。だが、グレイル伯爵を、レッシュを没落させるなとは言わなかったのだから。
本望ではなかったが、伯爵家の召使いになったのは良い選択だった。必ず彼を没落の道へと導いてやろう。アリーはウィリルにこれ以上反論せず、彼女の言うことに従うことにした。




