#04.
ウィリルの命に従って数日さらに休息をとった後、アリーにようやく伯爵家の召使いとしての仕事が与えられた。
「アリー、お前がする仕事は主様を補佐することと、主様の部屋、そして廊下の掃除だよ。できるかい?」
「補佐という言葉があまりにも抽象的でよく分かりません。どこからどこまでやればいいのですか?」
「うーん。そうだね。メイドの業務はやったことあるかい?」
「いいえ」
「それならまずは主様が起床された後、食堂までお連れして。そして……」
続く業務は与えられる金額と比例するならあり得ないと言えるほど簡単なものだった。
伯爵が起きれば彼を食堂に連れて行ったあと、伯爵の部屋と廊下を掃除する。掃除が終わったら執務室にいる伯爵を部屋に連れて戻る。
(仕事が簡単すぎるじゃないか。馬鹿にしているのか?)
意図せず召使いにはなったものの、アリーはレッシュ人たちに世話になりたい気持ちは微塵もなく、見くびられたい気持ちはもっとなかった。
だからこそ、笑えるほど手軽な業務ばかり割り当てられたのが気に食わなかった。
「もしかしてできることが掃除のほかにもっとあるかい? それなら担当区域を変更してあげるけど」
「いえ」
アリーの表情に気づいたのか、ウィリルが笑顔で尋ねると、彼女の背後に立った召使いらの表情がかすかにこわばった。
目端が利く人でなければ気づけないほどの小さな変化だったが、アリーにははっきりと分かった。
(……? なぜだ? とんでもなく簡単な仕事なのに、どうしてみんな敬遠している雰囲気なんだ?)
理解できなくて召使いらの気配をしばし、彼らの顔に染み込んでいるのが恐怖だと気づいたアリーが目を細めた。なるほど。
(呪いが怖いということか)
呪いが怖くて楽な仕事を拒むとは。思いもよらない発想に自然と笑みがこぼれた。アリーがくすっと笑みをこぼすと、ウィリルが首をかしげて彼女を呼んだ。
「アリー?」
「あ、すみません。何でもありません。担当区域はこのままで結構です。伯爵様はお慕い……お仕えします」
「そう。主様は体格が大きいから、支えるのが大変かもしれない。あまりにもきつかったら言いなさい」
「ちょうど、伯爵様の体格ぐらいの方を支えた経験がありますので。心配しないでください。与えられた仕事は確実にやり遂げます」
アリーの答えにかすかに漂っていた緊張感が急速に溶けていった。
伯爵に下された呪いは強力だ。
呪いが本当に移るものなら彼らもとうの昔に呪いにかかって苦しんでいたはずなのに、なぜ分からないのだろうか。
(バカだからだろう。愚かなレッシュ人ども)
刹那の瞬間、アリーの瞳が冷たい光を帯びた。アリーはあふれ出る感情に蓋をしながら、軽く目を閉じた。
(だめだ。だめよ。この人たちは何の罪もないじゃない。他人をむやみに扱ってはだめだ)
いくらレッシュ人だとしても、彼らに罪がない以上、彼らを蔑むのは正しくない。
父親がいつもしてくれた話をもう一度思い出しながら、アリーはウィリルに従って伯爵の寝室へと歩みを進めた。
***
伯爵の寝室に向かう途中にウィリルが教えてくれた寝室内部を復習しながら、アリーは寝室の扉を開けた。ウィリルは伯爵の寝室にはいつもカーテンが引かれており、非常に暗いと言っていた。
だから転ばないように周囲をよく見て慎重に移動するようにと。
アリーは注意事項を思い出しながら慎重に寝室の中へと移動した。成人男性十人は気楽に横になれそうな広々としたベッドには伯爵が横たわっていた。
青白い顔色をした彼はアリーの気配を感じたのか、ゆっくりと目を開けた。
「お前は……体はもう治ったのか?」
暗くてアリーの姿がよく見えないはずなのに、アリーに気づいたようだった。驚くべき感覚だった。呪われ者は徐々に視界が濁っていくものなのに。
「伯爵様のご恩のおかげで完全に治りました。ありがとうございます。今日から伯爵様をお守りすることになりました」
「もっと……休まなくてもいいのか?」
「はい。十分に休みましたから」
形式的な挨拶を終えたアリーは躊躇うことなく彼に手を伸ばし、硬質化が進行した右腕を掴んだ。人間の腕とは思えないほど硬い腕が指先で感じられた。
(この程度なら右腕……いや、右半身はほとんど使えないな)
アリーが無味乾燥な目で腕を見つめながら分析していた瞬間だった。
伯爵が彼女の手を振り払うように引き抜いた。彼の拒絶にアリーが視線を上げて伯爵を見つめると、伯爵が険しい顔で彼女を見下ろしていた。同じ色の瞳が互いを映し出した。
「申し訳ありません。痛みましたか?」
「……いや」
「痛くないのであれば、拒まないでいただけますか? 腕を掴まなければ支えるのが難しいのです。不愉快なのだとしたら、少しだけ我慢してください」
「……」
沈黙は肯定だと言ったか。アリーは彼の沈黙を肯定と受け止め、再び伯爵に手を伸ばした。今度は拒まずに大人しく彼女の手を頼ってくれた。
「入浴の付き添いは……」
「いらん」
アリーの言葉が終わるやいなや言葉を遮った伯爵が浴室に入っていった。
彼の背中を見つめていたアリーは肩をすくめ、簡単に部屋の片付けを始めた。大きな物だけ適当に片付け終わった頃、濡れた顔をした伯爵が浴室から出てくるのが見えた。
髪を乾かす余裕もないのだろうか。そういえば父親も風呂から上がってくるときは、濡れた髪のまま出てきたりしたものだ。伯爵の白い髪の毛が懐かしく愛しい人と重なって見えた。
アリーは慣れた手つきでタオルを取り出し、彼の髪と体にある水気を拭き取ってあげた。
なにせ父親の髪を乾かしてあげるのはいつだってアリーの役目だったからだ。無意識に近い行動だった。だから彼女を見つめるピンク色の瞳が大きく見開かれたのを見た瞬間、しまったと思った。
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