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見られた

シンチャオ、趙氏貞です。


今日のベトナム語は「Văn(バン)」と「bảy(バイ)」。

Vănは「文」、bảyは数字の「七」です。


「合わせると?」

「バン・バイ」

「なんか妙に強そうな響きだな」

「そう?」

「空でも飛びそうだ」

「象だけどね」

「時代が違いすぎるわ!」


ちなみに今日、その名前を持つ若者が私の象についてくれます。


范文七。

ファム・バン・バイ。

「ぶんしち」じゃありません。


「氏貞、そいつに一つだけ言っとけ」

「何を?」

「象の下から、むやみに上を見るな」


どうして?


まだ私は知りません。

象は、伏せたまま私を待っていた。

清河も待っていた。

正直に言えば、象より清河の方が嫌だった。

「ほら、乗れ」

「清河が先に乗れば?」

「贈られたのはお前だろ」

「一緒に乗る?」

「なんで私まで巻き込まれるんだよ!」

昨日まで、象は私の暮らしにいなかった。

山には鹿も猪もいるし、村へ下りれば牛もいる。

けれど、朝起きたら自分のものになっている象というのは、さすがに初めてだった。

象の脇には若い男が一人立っていた。

前にも何度か見たことがある。

范文七。

本人は「文七でいいです」と言うので、皆そう呼んでいる。

昨日、象を連れてきた一団の中にもいたらしく、今朝は早くから餌を運び、水を飲ませ、足の裏まで見ていた。

「氏貞殿、こちらへ足を掛けてください」

「文七、象に詳しいの?」

「世話してましたから」

「先に言ってよ」

「聞かれませんでした」

清河が頭を抱えた。

「お前ら妙なところで似てんな!」

文七が綱を示した。

「ここを持ってください」

「耳は?」

「掴まないでください」

「どうして?」

「嫌がります」

「そうなんだ」

「象にも都合があるんだよ!」

私は言われた通りに足を掛けた。

思っていたより高い。

いや、まだ伏せているので高くはない。

高くなる予定のものへ乗るというだけで、少し嫌だった。

少し離れたところでは兄が木札を抱え、こちらを睨んでいる。

「兄さん、そんなに心配?」

「落ちたら誰が運ぶと思ってるんだ」

「心配の仕方が現実的すぎるね」

「現実しか見てねえよ!」

文七が象の腹の下へ潜り込み、帯の締まりを確かめる。

「少し緩いな……氏貞殿、そのままでいてください」

私は象の背で前へ身を倒した。

「これでいい?」

「はい、そのまま――」

文七が下から顔を上げた。

止まった。

本当に止まった。

人間というものは驚くと声も出ないらしい。

私は黄色い衣の裾を少し捲り上げた格好で象にまたがり、そのうえ前屈みになっていた。

下から見れば、胸元も、その下も、だいぶ見えていたらしい。

文七はすぐ地面へ顔を戻した。

耳まで赤かった。

「どうしたの?」

「何でもありません!」

「顔赤いよ」

「暑いんです!」

清河がこちらを見上げ、次に文七を見た。

一瞬で全部分かった顔をした。

「文七」

「はい」

「今、上見たな」

「事故です!」

「どこまで見た」

「聞かないでください!」

その答えで、清河はだいたい察したらしい。

私には分からなかった。

「何を見たの?」

「お前は衣を直せ!」

言われて裾を直す。

すると今度は、少し離れたところから景謙が歩いてきた。

「何を騒いでいる」

清河が口を開くより早く、文七が叫んだ。

「何でもありません!」

景謙は文七の顔を見た。

次に、文七の腰の辺りへ視線を落とした。

そして黙った。

文七も黙った。

清河が吹き出した。

「お前、分かりやすすぎるだろ!」

「違います! これは、その……!」

「何が違う」

景謙の声が低くなる。

「見ようとしたわけじゃありません!」

「何を見た」

「何も見てません!」

「顔を上げろ」

「今は無理です!」

景謙の眉間に深い皺が寄った。

しばらく文七を睨んだあと、ぽつりと言った。

「……俺でさえ見たことないのに」

清河が即座に振り返った。

「“俺でさえ”って何だよ! お前に見る権利ねえからな!」

「そういう意味じゃない!」

「じゃあどういう意味だ!」

「とにかく、文七。お前は氏貞の下へ入るな」

「象の腹帯を見る仕事なんです!」

「別の奴にやらせろ!」

「なんでですか!」

「なんでもだ!」

朝から男二人が象の下で喧嘩を始めた。

私は清河を見る。

「何があったの?」

「お前は知らなくていい!」

よく分からないまま、文七が腹帯を締め直した。

今度は絶対に上を見なかった。

「立たせます」

「待って」

間に合わなかった。

象の前が持ち上がり、次に後ろが上がる。

私は綱へしがみついたまま、地面がぐんぐん遠ざかっていくのを見た。

「清河」

「何だ?」

「高い」

「見りゃ分かる」

「超高い」

「お前、背え高いくせに何言ってんだ!」

私が高いのと象が高いのは別の話だと思う。

一歩進むと、身体が前後へ大きく揺れた。

力を入れて耐えようとするほど身体が遅れ、かえって振られるので、次の一歩では腰の力を抜いてみる。

山道を歩く時と似ていた。

足場が動かないよう願っても無駄なら、動く方へ身体を合わせればいい。

その次では少し楽になった。

「あれ?」

「どうした?」

「ちょっと分かったかも」

文七が横を歩きながら見上げる。

今度はちゃんと顔だけを見ている。

「お上手です。初めてとは思えません」

「山で荷物背負って歩くのと似てる」

「荷物の方が動かねえだろ」

「象の方が大きいね」

「そういう問題じゃねえ!」

そこへ呂興が木札を抱えて寄ってきた。

「氏貞殿、上からなら川向こうも見えますか?」

私は遠くを見る。

「見えるよ。川沿いに三人歩いてる」

「どこだ?」

「向こうの曲がり角」

清河が目を細めた。

「……本当に見えてんのか」

呂興はすぐ地面へ木札を置いた。

「姉ちゃん、それなら昨日決めた煙も拾える。あっちの尾根まで見えるなら、途中の見張りを一つ減らせるぞ」

「お前、もう象まで連絡網に入れる気かよ」

「使えるなら使えばいいだろ」

「清河の甥だね」

「それ褒めてる?」

「たぶん」

「たぶんかよ!」

文七も象の首元を撫でながら頷いた。

「この象なら高い所から見る役にも使えます。戦場でも、氏貞殿が全体を見るなら便利です」

「文七、お前まで戦場へ出す気か?」

「俺は象について行きます」

景謙が横から口を挟んだ。

「なぜお前がついて行く」

「世話役だからです」

「他にも世話役はいるだろう」

「でも俺が一番慣れてます」

「氏貞の横にいる必要はない」

清河が笑った。

「お前、さっきからそこしか気にしてねえな」

景謙は黙った。

図星らしい。

二周目には槍まで持たされた。

片手になると少し不安定だったが、象の揺れを身体で受ければ、どうにか座っていられる。

文七は象の横を走り、私が槍の向きを変えるたび位置を合わせた。

「そこ、危なくない?」

「大丈夫です。氏貞殿が右を見る時は左が空くんで、俺がそっちを見ます」

「よく見てるね」

「見てますから」

清河が咳払いした。

「今の言い方、半分くらい違う意味に聞こえたぞ」

「何がです?」

「お前も分かってねえのかよ!」

文七は本気で分かっていない顔をしていた。

少し離れたところで、景謙がまた睨んでいる。

「氏貞の周りに男が集まりすぎだ」

清河が即座に返した。

「お前が一番集まってんだろ」

呂興まで吹き出した。

文七は首を傾げる。

「あの人、なんで俺を見るたび怒るんでしょう」

「お前、本気で分かってないのか?」

「何がです?」

「もういい」

呂興が小声で言った。

「俺も睨まれる」

「お前ら二人とも原因なんだよ!」

清河だけが疲れていた。

昼前には、私が象へ乗って山の周囲を回ることが決まった。

誰が決めたのか聞くと清河だった。

「見張りになるって分かっただろ」

「乗るの私だよ?」

「贈られたのもお前だ」

「最近それで全部押し切ってない?」

「便利だからな」

山道へ出ると、途中の里から来た人たちが次々に立ち止まった。

「趙氏貞殿だ」

「あれが象か?」

「本当に乗っているぞ」

私はまだ練習しているつもりだった。

「昨日来たばかりだよ?」

「知らねえ奴には分からねえよ」

「でも練習中だよ?」

「象の上から槍持ってる女が何言ってんだ」

言われて槍を下ろした。

「これなら?」

「余計に余裕ある大将に見える」

「どうすればいいの?」

「諦めろ」

山へ戻ると、兄が餌の量を数えていた。

「この辺りなら草と葉は取れる。水場はこっちだ。畑へ入れるなよ、絶対だぞ」

清河が笑う。

「兄貴、もう象まで後ろでまとめてんな」

「誰が増やしたと思ってる!」

「氏貞に贈られたんだから氏貞だろ」

「乗せたのはお前だろ!」

「兄さん、怒り方が正確になったね」

「嬉しくない!」

その時、山道を一人の男が駆け上がってきた。

朝から使者は何人も見ている。

けれど、その男だけは顔色が違った。

「趙氏貞殿! 川下の里へ呉兵が向かっています。二百……いや、もっといるかもしれません!」

周囲の空気が変わった。

さっきまで象を見て笑っていた者たちが立ち上がり、清河はもう地面へ枝で道を書いている。

呂興も木札を並べた。

「川下なら今朝の見張りが二か所ある。煙が上がってないなら、兵はこっちの道を使ってるはずだ」

「よし。呂興、お前はここに残って合図を見ろ。煙が出たらどこの里からか記録しろ!」

「分かった!」

景謙も地面へしゃがみ込んだ。

「正面から行くな。この細道なら、敵が里へ入る前に横から出られる。氏貞は象で中央へ出るな。目立ちすぎる」

「じゃあどこ?」

「林沿いだ。姿を見せるなら、こちらが選んだ場所で見せろ」

正しかった。

景謙はこういう時、本当に頼りになる。

「分かった」

「それと、文七は下へ潜るな」

清河が腹を抱えた。

「そこまだ引っ張るのかよ!」

「象の仕事です!」

文七まで怒った。

私はまだ何の話か分からない。

兄だけが遠い目をしていた。

「俺は餌の話だけしていたい……」

私は象から降りようとした。

「どこ行く?」

「助けに行くよ」

「それは分かってる。なんで降りるんだ?」

清河が象を見上げた。

またあの顔だった。

「ちょうど練習しただろ?」

「象で?」

「昨日来たから今日戦えないって決まりはねえよ」

兄が頭を抱えた。

「昨日来た象だぞ!」

「だから何だよ!」

「そういうところだよ、お前は!」

文七はすでに腹帯を確認し直している。

「この象なら出せます。俺もつきます」

景謙が顔をしかめた。

「お前まで行くのか?」

「象の世話役ですから」

「……そうだったな」

たいへん不満そうだった。

結局、私は象の上で山を出た。

文七が横を走り、清河は先頭と私の間を行き来する。

景謙は少し後ろから道と敵の位置を見ていた。

山へ残る呂興へ手を振る。

「ちゃんと食べてね」

「はい!」

景謙が振り返った。

「氏貞、今それを言う必要があるか?」

「十八だから」

「十八なら男だ」

「まだ言ってんのかお前!」

清河の怒鳴り声が山へ響いた。

途中の里からも人が加わった。

私が何か言ったわけではない。

象が見えると、皆がこちらへ来た。

それが少し怖かった。

高い場所にいるだけで、人が勝手に私の後ろへ並んでいく。

文七が象の横から見上げた。

「増えてますね」

「呼んでないよ」

「でも来ますね」

「困るね」

「俺は嬉しいです」

「なんで?」

「氏貞殿の横で戦える人が増えるからです」

前から清河の声が飛んだ。

「お前はまず足元見ろ!」

川下へ近づくにつれ、怒鳴り声が聞こえ始めた。

清河が先へ走り、すぐ戻ってくる。

「いたぞ。里の手前だ。まだ中には入られてねえ!」

「何人?」

「二百より多い!」

私は槍を握り直した。

象の上からなら、木々の隙間の向こうまで見えた。

呉兵がいる。

向こうもこちらへ気づいた。

最初の一人が足を止め、次の兵も止まる。

やがて何人もの顔が、同じ方向を向いた。

「……象だ」

その声が広がる。

「象だ!」

「女が乗っている!」

そして、もう一つ。

「趙氏貞だ!」

私は清河を見下ろした。

清河は笑っていた。

「氏貞」

「何?」

「超目立ってるぞ」

朝まで、私は象から落ちたら痛そうだと思っていただけだった。

けれど今、敵も味方も私を見ている。

文七は象の横で槍を構え、景謙はその少し後ろで敵の動きを見ていた。

私はまだ、象の上で戦ったことがない。

どうやら、それも今日までらしい。

呂清河だ。


今日のベトナム文化は、漢越音。


難しそうだが、ざっくり言えば「漢字のベトナム読み」だ。日本の漢字に音読みがあるように、ベトナムにも漢字を自分たちの音で読むやり方がある。


だから趙氏貞は、Triệu Thị Trinh(チェウ・ティ・チン)。


私は呂清河で、Lữ Thanh Hà(ルー・タイン・ハー)だ。


「清河、格好いいね」

「お前もな!」


そして范文七。


「ファム・バン・バイ」

「待て。七の漢越音はThất(タット)だろ」

「bảyは数字の『7』だね」

「そこだけ仕込んだな!?」


次回。

二百を超える呉兵が、象の上の趙氏貞を見つける。


今度は、見られて困る場所が違う。

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