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勝ったのに、囲まれていく

シンチャオ、趙氏貞です。


今日のベトナム語は「Cẩn thận nhé!(カン・タン・ニェ)」

「気をつけてね!」という意味です。

旅先で足元が危ない時や、誰かを心配した時に使えます。


「清河、気をつけてね」

「お前が言うな! 氏貞こそ気をつけろ!」

「氏鳳もね」

「はい、お二人もお気をつけください」


三人で顔を見合わせた。


「……三人が三人とも、心配しあってない?」

「誰のせいだと思ってんだ!」

「氏貞様でしょうか?」

「氏鳳まで!?」


今日も三人とも無事に帰る。

そのつもりだった。


けれど敵は、私たちではなく道を狙い始めていた。

勝った翌朝、道が一本減っていた。

「……道って、減るものなの?」

私が地図を見ながら聞くと、兄は米の勘定から顔も上げなかった。

「敵が立てば使えなくなる。なら減ったのと同じだ」

昨日、私たちは東の里を守った。

呉軍を里へ入れず、避難した人たちが帰れる場所も残した。

陸胤は退き、私たちは蒲田へ戻ってきた。

だから少しくらい喜んでもいいと思っていたのに、朝から兄の前には地図と木札と米袋しかない。

「昨日は勝ったよ?」

「知ってる」

「東の里も無事だよ?」

「それも知ってる」

「兄さん、勝った人の顔じゃないね」

「勝ったから道が戻るなら、今ごろ笑ってる」

兄が地図の北東に木札を置いた。

昨日まで何もなかった場所だった。

清河が横からのぞき込む。

「呉兵がいるなら追っ払えばいいだろ」

「追っ払っている間に別の道へ出られたら?」

「そっちも追っ払う!」

「お前は何人いる」

「三人に見える奴ならいるだろ!」

私は自分を指した。

「私?」

「お前まで三人いる気になるな!」

隣に立っていた氏鳳が真面目にうなずく。

「氏貞様と私で二人には見せられます」

「お前も話を広げんな!」

朝から清河は元気だった。

兄は慣れた顔で地図へ戻る。

西の里へ続く道には、まだ敵を示す木札がなかった。

「西は?」

「変わらん。あそこはまだ安全だ」

それを聞いて少し安心した。

西の里は、最初からずっと私たちを助けてくれている。

無理に米を出させたことも、人を寄越せと言ったこともない。

それでも、必要な時には向こうから手を差し伸べてくれた。

東の里も同じだ。

昨日守ったばかりなのに、今朝には使者が来ていた。

米と布を出せるだけ持ってくるという。

「無理してない?」

私が聞くと、兄は首を振った。

「出せる分だけだ。足りないからって取り立てる気はない」

「うん」

「その代わり、届く道を守らなきゃ意味がない」

兄の指が北東へ動いた。

「東の里から蒲田へ来る荷車が使う道だ。朝から呉兵が出てる」

清河がもう刀の柄に手を置いた。

「やっぱり追っ払うんじゃねえか!」

「道を空けるだけだ。追い回すな」

「分かってるって!」

兄が私を見た。

私も清河を見た。

氏鳳まで清河を見る。

「なんだよ!」

「三人とも同じこと考えたんだと思う」

「氏貞様と同意見です」

「お前ら最近仲良すぎんだろ!」

それはちょっと嬉しかった。

◇ ◇ ◇

北東の道は、東の里へ向かった昨日の道より細かった。

左には林が続き、右手は低く湿った土地になっている。

象を何頭も横へ並べるのは難しい。

文七は道へ入ってしばらくすると、象の前でしゃがんだ。

土をつまみ、指で潰し、今度は草の根元を見る。

「今日は左へ寄ってください」

「右じゃなくて?」

「氏貞殿の歩き方を直しているのではありません」

「そうだった」

清河が後ろから怒鳴った。

「今まで何だと思ってたんだ!」

文七が何とも言えない顔をした。

「象の脚を取られたくありません。右側は見た目より柔らかいです」

「分かった」

私は象を少し左へ寄せた。

今度はちゃんと自分から寄れた。

褒めてもらえるかと思って文七を見る。

「何でしょう?」

「なんでもない」

世の中は厳しい……

氏鳳は少し後ろにいた。

黄色い衣の上から金色の鎧を着け、象の上で槍を立てている。

今日はまだ私のそばだ。

「氏鳳、今日は離れないんだね」

「必要になるまでは、おそばにいます」

「よかった」

清河が振り返った。

「戦場で喜んでんじゃねえ!」

「昨日離れてたから」

「一晩一緒に寝てただろうが!」

そうだった。

弘公が道の先から戻ってきた。

「正面に二百ほど。道を塞いでいます」

ほとんど間を置かず、美公が林から姿を見せる。

「見えている兵だけではありません。林にも伏せています」

最後に成公が湿地との境から戻った。

「こちらから攻めるのを待っています」

三人とも私の周囲へ集まったと思ったら、報告を終えるなり、弘公は前へ、美公は林側へ、成公は湿地側へと自然に位置をずらした。

誰か一人に何かあれば、残り二人がすぐ動ける距離だった。

「三人って、いつもそんなふうに立ってた?」

弘公が私を見る。

「何かありましたか?」

「ないけど、最近すごく囲まれてる気がする」

美公が笑った。

「お守りしていますので」

成公まで当然のようにうなずいた。

清河が吹き出した。

「もう完全に護衛じゃねえか!」

「元からそのつもりです」

三人そろって答えた。

そこはそろうんだ。

道の先で槍が並んでいる。

呉兵は進んでこず、こちらが来るのを待つように道を塞いでいた。

昨日とは違って、里を攻めるでも私たちを追うでもない。

ただ、そこにいる。

「荷車を止めたいんだね」

弘公がうなずいた。

「おそらく」

「米が欲しいのかな」

「奪うことより、届かせないことが目的でしょう」

それは嫌だった。

東の里の人たちが自分たちの暮らしから出せる分を選び、ここまで運んでくれる。

それを途中で止められる。

誰も裏切っていないのに、助けたい気持ちだけが届かなくなる。

「道を空けよう」

清河が二本の刀を抜いた。

「最初からそのつもりだ!」

氏鳳が槍を構える。

「私はどうしましょう?」

私は呉兵を見た。

昨日も、呉兵は最後まで私と氏鳳を見分けきれなかったようだった。

だったら今日も、分からないままでいてもらえばいい。

「私に見えるように動いて」

氏鳳は真顔でうなずいた。

「承知しました」

清河が頭を抱えた。

「何だその命令!」

私と氏鳳が距離を空けて前へ出ると、呉兵の列がわずかに揺れた。

正面の私を見る者と、金色の鎧を着た氏鳳を見る者に視線が分かれる。

それでも昨日ほど大きく乱れない。

陸胤の兵だった。

太鼓が鳴る。

前列が槍を揃えた。

文七が私の象の前方を見る。

「そのままです。右へは行かないでください」

「今日はちゃんと左にいるよ」

「はい」

やっと褒めてもらえた。

たぶん。

呉兵が少しだけ前へ出た。

氏鳳が槍を上げる。

私も同じように手を上げた。

遠くから見れば、どちらが合図を出したのか分からないはずだ。

敵の槍先がまた揺れる。

「今です」

文七が言う。

林の中で枝が鳴った。

弘公が先に姿を消し、美公が少し遅れて別の位置から敵の側面へ出る。

成公は湿地ぎりぎりを回り込み、退路へ近づいた。

三人が一度に突っ込まない。

敵が弘公へ向けば美公が動き、美公へ向けば成公が姿を見せる。

「やっぱり三人って便利だね」

「人を道具みたいに言わないでください」

また文七に怒られた。

正面が薄くなった。

「行くよ!」

象を前へ出す。

槍の列が押される。

氏鳳も少し離れた場所から前進した。

敵は私と氏鳳の両方を止めようとして兵を割った。

そこへ清河が待ちきれなくなったように横から飛び込む。

「うおおおおおっ!」

「清河、追いすぎない!」

「まだ追ってねえ!」

「声がもう追ってるよ!」

「声で追えるか!」

二刀が閃き、呉兵が林側へ下がる。

氏鳳は逆に深く追わない。

自分へ向かってくる兵だけを槍で払い、空いた場所へ象を進める。

清河が火なら、氏鳳は大きな岩みたいだった。

構えた場所を簡単には譲らないのに、ひとたび前へ出れば敵の方が避けていく。

正面の呉兵が下がった。

ところが、すぐ後ろから別の隊が出てきた。

前の兵と入れ替わる。

「また来た」

「最初から林にいました」

文七は驚いていない。

太鼓が鳴るたび、疲れた隊が後ろへ下がり、新しい隊が道へ出てくる。

清河が舌打ちした。

「いつまでやんだよ」

「私たちが付き合う間は、でしょうね」

文七の答えに、私は後ろを振り返った。

荷車はまだ見えない。

私たちは、この呉兵を全部倒すために来たんじゃない。

東の里からの荷車を通すために来た。

「全部追い払わなくていいよ」

清河がこっちを見る。

「いいのか?」

「道が通ればいいんでしょ?」

私が言うと、氏鳳がすぐに象を寄せた。

「では、道幅だけ確保します」

三兄弟にも伝わったらしい。

林の奥へ踏み込もうとしていた弘公が戻り、美公と成公も敵の横を押さえる位置へ変わった。

清河だけが少し不満そうだった。

「本当に追わないよ?」

「分かったって!」

「兄さんにも言われてたよ」

「分かってるって!」

「二回言った」

「うるせえ!」

しばらくすると、後ろから車輪の音がした。

荷車だった。

一台、二台、その後ろにも続いている。

東の里の人たちが綱を握り、自分たちでここまで運んできた。

怖くないはずがない。

道の向こうには呉兵がいる。

それでも来てくれた。

「通して!」

私と氏鳳が象を並べる。

敵が寄れば清河と三兄弟が押し返す。

文七は荷車の車輪が湿地へ落ちないよう、一本ずつ進路を変えた。

「そちらは左です!」

「文七、荷車にも右とか左とか言ってる」

「地面は全員に平等です」

「名言みたいに言うね」

「今は黙っていてください」

忙しそうだった。

最後の荷車が曲がり角の向こうへ消えた。

文七がしばらく耳を澄ませる。

「十分離れました」

私はまだ道の向こうに残っている呉兵を見た。

向こうもこちらを見ていたけれど、もう戦う理由はなかった。

「帰ろう」

清河が目を丸くした。

「追わねえの?」

「追ったら、また別の道を見られるんでしょ?」

言ってから、自分で少し嫌になった。

前なら、敵を追い返せば終わった。

今は、勝ったあとまで考えないといけない。

清河は刀を収めた。

「……分かった」

「今日は素直だね」

「次言ったら斬るぞ!」

やっぱり元気だった。

◇ ◇ ◇

蒲田へ戻ると、兄は朝と同じ場所で地図を見ていた。

「通したよ」

「ああ」

「米も布も無事」

「聞いた」

「清河も追わなかった」

兄が勢いよく顔を上げた。

「本当か?」

「そこだけ反応すんな!」

清河が怒鳴る。

氏鳳が口元を押さえて笑った。

私も笑う。

その時、廊下の向こうに景謙が立っているのが見えた。

また、こちらを見ていた。

「景謙?」

呼んでも、すぐには返事をしない。

私を見て、それから氏鳳を見る。

今度は氏鳳の金色の鎧へ目を止め、また私へ戻った。

「どうしたの?」

やっと聞くと、景謙は少しだけ笑った。

「……いや。無事でよかったと思っただけだ」

「氏鳳も無事だよ」

景謙の笑顔が、ほんの少し固くなった気がした。

「そうか」

それだけ言って、廊下の奥へ消えていく。

「何だったんだろう?」

「気にすんな」

清河が即答した。

氏鳳は景謙が消えた方をしばらく見ていたけれど、何も言わなかった。

兄が地図の上で新しい木札を動かした。

朝にはなかったものだった。

「兄さん、また道?」

「違う」

声が変わった。

入口には、泥だらけの使者が立っている。

「胥浦から参りました」

兄の手が止まる。

私は名前を知っていた。

九真の中でも人と道が集まる、大きな場所だ。

「どうしたの?」

使者が一度息を整えた。

「胥浦が、陸胤側に入りました」

清河が何か言いかけて、やめた。

氏鳳も黙っている。

私はさっきの荷車を思い出した。

ちゃんと通した。

呉兵も押し返した。

誰も奪われなかった。

「……私たち、今日も勝ったよね?」

兄は地図から目を離さなかった。

「ああ……勝った」

木札が、胥浦の上に置かれた。

朝よりも、陸胤の側が近くなっていた。

私たちは今日も勝った。

それなのに地図の上では、また一つ、私たちの行ける場所が減っていた。

呂清河だ。


ベトナムへ行ったら、フォーは一度食っとけ。

北のフォーは比較的すっきりしていて、南へ行くともやしやバジルなんかの香草をたっぷり添えることが多い。同じフォーでも、土地が変われば結構違う。


「じゃあ氏貞はどっち?」

「両方食べたい」

「即答かよ!」

「私は氏貞様と同じものを」

「影武者は注文まで真似しなくていい!」


氏鳳が首を傾げた。


「清河は?」

「あたしまで揃えたら三杯同じになるだろ!」


三人そろっても、好みまで同じとは限らない。

だが地図の上では、私たちの選べる道がまた一つ減った。


次は、どこを塞がれる?

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