私には、やっぱり分からない
シンチャオ、趙氏貞です。
今日のベトナム語は「 Làm ơn giúp tôi.(ラム・オン・ズップ・トイ)」
「助けてください」という意味です。
旅行中、困った時や誰かの手を借りたい時に使えます。
「清河、助けてって言われたよ?」
「一人じゃねえ。もう三つの里から来てる」
「じゃあ急がないと」
「だから象の支度してんだよ!」
「清河が先ね」
「何であたしなんだ!」
「私に見えるから」
「理由が物騒すぎる!」
困った時は、助けを求めて大丈夫です。
今回は、その言葉が届くたび、高涼の兵も近づいてきます。
陸胤に降らず、私たちを待ってくれた人たちです。
だから今度は、私たちが行きます。
「氏貞、急げ」
うん。
私を待ってくれた人たちを、今度は私が守りに行きます。
最初の使者が蒲田へ着いた時、私は兄に怒られていた。
「だから勝手に米俵を動かすな!」
「邪魔だったから、少し横へ」
「少しじゃない! 三俵だ!」
朝からたいへん平和だった。
少なくとも、門の外から泥まみれの男が駆け込んでくるまでは。
男は庭へ入るなり膝をついた。
馬で飛ばしてきたらしいが、最後はほとんど転がり込んできたような有様で、息を整えるより先に顔を上げた。
「北から……高涼の兵が来ています」
兄の顔から、米俵三つ分の怒りが消えた。
清河も黙った。
私は男の前へしゃがみ込んだ。
「どこまで来たの?」
里の名を聞いた途端、景謙が地図へ寄った。
陸胤の招撫を拒んだ地域だった。
降れば税を軽くする、武器を置けば罪を問わない、これ以上私について戦う必要もない――何度もそんな話を持ち込まれて、それでもこちらに残った土地だ。
「昨日、北の道で見ました。高涼から来た者が混じっています。数はまだ分かりません。こちらへ下ってくるなら、我々だけでは……」
「分かった。行くよ」
私が答えると、景謙がすぐに顔を上げた。
「待て、氏貞。まだ何も分かっていない」
「うん?」
言われてみれば、その通りだった。
数も分からないし、どの道を来るのかもはっきりしない。
だから続きを聞こうとしたところへ、今度は東寄りの里から二人目の使者が飛び込んできた。
その男の話を聞いている途中で三人目まで来た。
清河が額を押さえた。
「陸胤の奴、使者までまとめて送り込んできてんじゃねえだろうな?」
「陸胤の人じゃないよ」
「分かってる!」
「じゃあ何で怒ったの?」
「お前のそういうとこだよ!」
たぶん誰にも説明できない怒りだった。
三人の話をつなぐと、ようやく形が見えてきた。
先月くらいから南へ下っていた高涼の兵が、いよいよ私たちに従っている地域へ届き始めたのだ。
一直線に蒲田を目指しているわけではない。
陸胤の招撫に応じなかった里を一つずつ押さえながら、こちらの支えになっている場所を北から削っている。
「上手いな」
兄が地図を睨んだ。
「何が?」
「陸胤だよ。自分で全部攻めなくていい。高涼で降った連中まで使って、残ってるところから順番に圧力をかけてる」
「嫌な上手さだね」
「戦の上手さに気持ちいいのと悪いのがあるか!」
私はあると思う。
景謙は蒲田の位置へ指を置いた。
「兵を出すべきではない」
使者たちの顔が固くなる。
「景謙」
「最後まで聞け。陸胤はずっと周囲を切り崩してきた。そこで今度は、残った里から救援を求めさせる。氏貞が律儀に全部拾えば、蒲田の兵は外へ引きずり出される」
「でも、助けを求めてるよ」
「全てを助ける必要はない」
「どこを助けないの?」
景謙が黙った。
私は責めたつもりはなかった。
ただ、本当に分からなかった。
地図には北にも東にも、まだこちらに残ってくれている里がある。
陸胤の話を断ったからこそ、今、高涼の兵がそこへ向かっている。
「この人たち、陸胤に降らなかったんだよね」
最初の使者が頷いた。
「私たちから離れなかった」
もう一度、男が頷く。
「じゃあ、助けてって言われてるのに、今度は私たちが離れたら変じゃない?」
清河がニヤッとした。
景謙は笑わなかった。
「だから、お前が行く必要はないと言っている」
「私?」
「兵を出すことと、氏貞自身が出ることは別だ。清河を先に出せばいい。李氏の三人も使える。必要なら俺が指揮を執る。お前は蒲田に残れ」
清河の眉が跳ねた。
「勝手に人を先に出すな」
「先鋒に向いていると言っているだけだ」
「だったら最初からそう言え!」
兄が机を叩いた。
「喧嘩は後にしろ! 出るなら兵糧を決める! 出ないなら米を戻す! 俺は今その二択で生きてるんだ!」
兄の人生が、とうとう米と出兵だけになっていた。
私は地図の北側を見る。
陸胤の切り崩しに耐え、それでもこちらに残ってくれた人たちが、今は助けを求めている。
「行くよ」
景謙がこちらを見る。
「氏貞」
「だって、私に残ってくれた人たちでしょ」
「それは感情だ」
「うん」
私は頷いた。
「だから行くの」
景謙の顔が、ほんの少しだけ歪んだ。
兄は諦めたように天井を見たあと、大きく息を吐いた。
「……三日分だ」
「何が?」
「米に決まってるだろ!」
そこからの兄は恐ろしく速かった。
先に出る部隊には三日分を持たせ、本隊には追加を積むことになった。
途中の里からは徴発せず、荷車も牛も一か所へ固めない。
援軍に来たくせに米まで持っていかれたら、向こうだって何のために私たちを呼んだのか分からなくなる。
兄は負傷者を戻す道まで兵糧の道と分け始めた。
「兄さん、楽しそうだね」
「楽しいわけあるか!」
「でも元気になった」
「仕事が増えたんだ!」
兄は怒ると元気になるらしい。
先鋒は清河になった。
「結局あたしかよ!」
黄色い服はいつものものだ。
以前、私の影武者になってから、清河はずっとこの色を着ている。
そこへ金の胸当てをつけ、象へ乗れば、遠くから私と見分けるのは難しい。
身長も近い。
違うのは、清河が刀を二本持っていることくらいだった。
私は象の上の清河を見上げた。
「やっぱり私より麗海婆王っぽいね」
「またそれ言うのか!」
「だって強そう」
「お前も強そうにしろ!」
「してるよ?」
「どこがだ!」
私には分からない。
周りの兵は笑っていた。
清河を先に出す意味は、戦うことだけではない。
救援を求めた里へ、黄色い服と金の胸当てを身につけた長身の女が象に乗って現れる。
遠くからなら、それだけで私が来たように見える。
味方には安心を。
敵には混乱を。
そして清河には負担を。
「最後だけおかしいだろ!」
聞こえたらしい。
その後ろで動くのが李氏三兄弟だった。
本隊の前を固まって進ませるのではなく、清河の左右へ広く散らす。
弘公は西寄り、美公は中央寄り、成公は東の道を探り、それぞれ自分の兵を連れていく。
「敵と正面から当たる必要はありません」
弘公が言った。
「まず道を見ます」
美公が続ける。
「渡しも見ます」
最後に成公が言った。
私は三人を見比べた。
「三人一緒じゃないんだね」
嫌な予感がした。
「一緒に動けば」
「一か所しか」
「見られません」
やっぱり揃った。
清河が象の上から怒鳴った。
「お前らそれ、絶対わざとやってんだろ!」
三人とも否定しなかった。
最近、私の護衛だったはずの三人が、だんだん三人で一つの生き物みたいになっている。
「無理しないでね、弘公、美公、成公」
三人がこちらを向いた。
「氏貞殿も」
今度は一言まで完全に揃った。
私が心配したのに、心配し返された。
本隊は私が率いる。
文七は、当然のように私の象の横についた。
別に私が一人で象へ乗れないからではない。
もう乗れるし、戦える。
それでも文七はいる。
出発前も象の爪を見て、腹帯を触り、鼻の動きを確かめ、餌の食べ方まで見ていた。
「文七」
「はい、氏貞殿」
「今日はどう?」
「行きたくなさそうです」
「象が?」
「はい」
「どうして?」
「分かりません」
清河が振り返った。
「分かんねえのかよ!」
文七は平然としている。
「ただ、北へ向けると耳を動かします」
「それ分かってんじゃねえか!」
私は象の頭を撫でた。
「嫌なら帰る?」
象は動かなかった。
文七が少し考える。
「氏貞殿が行くので、行くようです」
「そんなことまで分かるの?」
「分かりません」
「お前もう喋んな!」
清河がすでに疲れていた。
出発の支度が整う頃になっても、景謙だけは納得していなかった。
「氏貞」
呼ばれて振り返る。
景謙はまっすぐこちらへ来た。
「本当に行くのか?」
「うん」
「清河がいる。三兄弟もいる。なぜお前まで出る」
「助けを求められたから」
「それは聞いた」
「じゃあ同じ答えだよ」
景謙の視線が私の顔から胸当てへ落ちた。
一瞬だった。
すぐに戻ったのに、なぜか居心地が悪い。
「お前は、自分が前へ出ることで何が起きるか分かっていない」
「戦になる?」
「そういう話ではない」
景謙の目は私から文七へ、三兄弟へ、そして先へ出る清河へ移っていった。そのたびに眉間の皺だけが深くなる。
「何?」
私が聞くと、景謙は清河から目を離した。
「清河はお前の姿をして先へ行く。文七は当然みたいにお前の横にいる。あの三人まで、もう俺よりお前の言葉しか聞かない」
「うん?」
「おかしいと思わないのか?」
「何が?」
「近すぎる」
私は瞬きをした。
「戦だからね」
「だから、そういう意味じゃない!」
怒られた。
どうしてそこまで気にするのか、私にはさっぱりだった。
景謙は声を落とした。
「お前は誰にでも平気で笑う」
「笑ったら駄目なの?」
「駄目だとは言っていない」
「じゃあいいんだ」
「よくない!」
清河が象の上で思い切り吹き出した。
「どっちなんだよ!」
景謙は清河を睨んだ。
「お前もだ」
「あたし?」
「氏貞の姿を借りて、当然のような顔をするな」
清河の笑いが止まった。
「おい……それ、今までと話が違うだろ」
「作戦として必要なのは分かっている」
「だったら何だよ?」
景謙は答えなかった。
私を見る。
清河ではなく、私だけを見る。
その目が妙に熱くて、私は少しだけ象の上で身じろぎした。
「氏貞の近くに、人が多すぎる」
「だから戦だって」
「お前の名前を呼ぶ奴も多すぎる」
「名前?」
「氏貞、氏貞殿、麗海婆王。誰も彼も好き勝手にお前を呼ぶ」
そんなことで怒る人を、私は初めて見た。
「名前って、呼ぶものじゃないの?」
清河が顔を覆った。
「氏貞、今は正論で殴るな。たぶんこいつ効いてる」
「何が?」
「知らねえ!」
景謙は私の腕へ手を伸ばした。
さっきまでの話なら、止めるためだと思った。
でも手は腕へ届く直前で止まった。
文七が静かに見ていた。
弘公たちもこちらを向いている。
清河はもう笑っていなかった。
景謙はしばらくそのままで、やがて手を下ろした。
「……戻ったら話がある」
「今じゃ駄目?」
「今は、こいつらがいる」
私もつられて周りを見た。
横には文七がいて、三兄弟も出発を待っている。
清河は象の上、兄は相変わらず米俵のところにいた。
「みんながいたら話せないの?」
景謙は答えなかった。
代わりに、ひどく嫌そうな顔をした。
それだけで、たぶん答えなのだと思う。
私は象へ乗り直した。
すると景謙が、もう一度呼んだ。
「氏貞」
「なに?」
少し間があった。
「俺の見えないところへ行くな」
清河が即座に振り返った。
「は?」
兄まで米俵の向こうから顔を出した。
私は首を傾げる。
「でも北へ行ったら見えなくなるよ?」
「そういう意味じゃない!」
景謙が声を荒らげた。
ますます分からない。
「じゃあ、どういう意味?」
景謙は唇を噛んだ。
それから、私を真っ直ぐ見た。
「俺の知らないところで、誰かと勝手に近くなるな」
今度は誰も笑わなかった。
清河が自分の象をこちらへ寄せる。
景謙と私の間へ、黄色い大きな壁が入った。
「氏貞、行くぞ」
「うん」
清河は景謙を見なかった。
ただ、二本ある刀の片方へ手を置いていた。
黄色い服の清河が、最初に蒲田を出た。
少し間を置いて三兄弟も動き出す。
弘公は西、美公は北、成公は東へ別れ、あっという間に別々の道へ消えていく。
兄が頭を抱えた。
「食糧をどこへ送ればいいんだ、あいつら!」
「三つに分けたら?」
「米まで遊撃するな!」
最後に私たち本隊が動いた。
象の上から振り返ると、蒲田の屋根が少しずつ遠くなっていく。
ここを戦場にはしたくないから、私たちの方から前へ出る。
陸胤の話を断って、それでも私たちに残ってくれた人たちがいるのなら、今度は私がその人たちのそばに残りたい。
ふと後ろを見ると、景謙は門の前から動いていなかった。
遠くなっているのに、こちらを見ていることだけは分かる。
私から隣の文七へ、先を行く清河へと視線が移り、それでも最後にはまた私へ戻ってくる。
さっき言われたことを思い出した。
俺の知らないところで、誰かと勝手に近くなるな――どうして景謙がそんなことを決めるのだろう。
私には、やっぱり分からない……
ただ、前より少しだけ、景謙に見られているのが落ち着かなくなったことだけは確かだ。
でも、今はそんなことを考えている暇はない。
蒲田を出て半刻ほどした頃、街道の先から一騎の馬が土煙を上げて飛んできたからだ。
「止まって!」
私が象を止める。
馬から転がるように降りた男は、息を整える暇もなく叫んだ。
「高涼の兵が進路を変えました!」
「清河の方?」
「違います!」
私は文七を見る。
さっきまで象の耳ばかり見ていた文七の顔から、いつものぼんやりした感じが消えていた。
「氏貞殿」
「うん」
「急いだ方がいいです」
使者が指したのは西だった。
弘公が先に入った地域。
陸胤の招撫を最後まで拒み、それでも今まで一度も救援を求めてこなかった里だった。
その方向から、今ようやく狼煙が上がっていた。
黒い煙だった。
呂清河だ。
今回はベトナムの急な雨だ。
暑い時期でも急にどしゃ降りになることがあるから、旅行じゃ薄いレインコートを持っとくと便利だぞ。
バイクの連中が、さっと雨具をかぶってそのまま走り出すのも珍しくねえ。
「氏貞、お前の分は?」
「象の分もいる?」
「いらねえ!」
「濡れるよ?」
「まず人間を心配しろ!」
雨が止んでも、郊外の道はすぐ乾かねえ。足元にも気をつけろ。
で、こっちは旅行じゃない。
陸胤に降らず、それでも氏貞を待った里から黒い狼煙が上がった。
あいつは、自分を信じた奴を置いて逃げねえ。
危ないなら、自分からそっちへ行く。
「清河、急ぐよ」
「ああ、分かってる」
だから、みんな趙氏貞を待つんだ。
次回――狼煙が消える前に、必ず着くぞ。




