↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/51

私、国じゃないよ?

シンチャオ、趙氏貞です。


今日のベトナム語は Cái này từ đâu vậy?(カイ・ナイ・トゥー・ダウ・ヴァイ)。

「これはどこから来たんですか?」という意味です。

お土産や食べ物が、どこの物なのか聞きたい時にも使えます。


「清河、米が来たよ」

「どこからだ?」

「南」

「誰から?」

「名前は出さないでって」

「一番知りてえところ隠すな!」

「でも、お礼は言いたいよ?」

「そこだけ妙にまともだな!」


旅先では、気になった物の産地を聞くと、思わぬ話が広がることもあります。


今回は北から敵が増えて、南から名前のない味方がやって来ます。

同じ一日なのに、戦場の向きまで変わりそうです。

高涼の兵が、呉の兵になった。

朝一番にその報告を聞いて、私は意味が分からず聞き返した。

「黄呉殿の兵が?」

「全部ではありません。一部です」

斥候はそう答えた。

黄呉殿が陸胤の条件を受け入れたあと、高涼の兵の中から呉軍へ入る者が出たらしい。

武器を取り上げられたのではない。

捕虜になったのでもない。

今まで持っていた武器をそのまま使い、今度は呉の命令で動く。

清河の顔が見る見る険しくなった。

「昨日までこっち側だった連中だろ?」

「はい」

「それが今日から呉兵かよ!」

「昨日からかもしれません」

「細けえ!」

斥候が縮こまった。

私は少し考えた。

「給料出るのかな?」

「氏貞!」

清河に怒られた。

「だって兵になるんでしょう?」

「問題そこじゃねえ!」

「家族もいるだろうし」

「だからって明日こっちへ槍向けられたらどうすんだ!」

それは困る。

黄呉殿の人たちとは、一緒に呉へ逆らう話をしたばかりだった。

敵だった人が味方になることはあったけれど、味方だった人が敵になるのは、何だか変な感じがする。

兄はもっと別のところを気にしていた。

「そいつら、こっちの道を知ってるぞ」

清河が黙った。

兄は米袋の横に置いていた木札を拾った。

「高涼から来た連中は蒲田にも来た。どこの渡しが使えるか、どの道なら荷車が通るか、どの里が俺たちに米を出してるかも見てる」

「全部じゃないよ?」

「一つ知ってるだけでも十分面倒なんだよ!」

文七が象の鼻先を撫でながら口を挟んだ。

「象を通した道も見られていますね」

清河が振り向く。

「お前、さらっと一番嫌なこと言うな!」

「そうですか?」

「そうだよ!」

文七は不思議そうだった。

その横で李氏三兄弟が何も言わず私との距離を詰めた。

私は三人を見る。

「近くない?」

「高涼の兵がこちらを知っておりますので」

弘公が答えた。

「だから?」

「護衛を厚くします」

「三人しかいないよ?」

「三人おります」

「増えてないよ?」

美公と成公まで頷いた。

清河が頭を抱えた。

「人数増やせねえから密度上げやがった!」

私の周りだけまた狭くなった。

景謙は笑わなかった。

地面へ置いた地図を見ながら、高涼のあたりへ小石を置く。

「陸胤はうまい」

清河が睨んだ。

「またそれかよ」

「事実だ。敵を一人減らすだけなら一人分だ。だが、その一人を自分の兵にすれば差は二人分になる」

「計算みてえに言うな」

「戦は計算だ」

景謙の指が高涼から南へ下がった。

「しかも土地を知っている。道も人も知っている。陸胤は兵を増やしただけではない。こちらの中を知る目を手に入れた」

興が地図を覗き込んだ。

「降った人を帰すだけじゃなかったんだな」

「当然だ」

景謙が答える。

「使える者は使う」

その言い方が少し嫌だった。

「人でしょう?」

景謙が私を見る。

「何がだ」

「使えるって」

「兵なら戦力だ」

「兵になる前から人だよ?」

景謙は何も言わなかった。

清河が私の肩を叩く。

「今日はそこまでにしとけ。朝から景謙の顔が死んでる」

「死んでいない!」

元気だった。

昼近くになると、今度は南から人が来た。

荷車が三台。

小さな船で川を上ってきた荷もあった。

兄が真っ先に走っていった。

「米だ!」

清河が呆れる。

「まだ中身見てねえだろ!」

「袋の形で分かる!」

兄には分かるらしい。

荷車には米と塩が積まれていた。

鉄も少しある。

矢の先に使えそうなものや、鍋を直すための薄い板まで混じっていた。

一緒に来た南の里の男が私へ頭を下げた。

「氏貞殿へ、南からです」

「誰から?」

男が少し困った顔をする。

「名は出さないでほしいとのことです」

「何で?」

「呉に知られたくないのでしょう」

清河が荷物を見る。

「南って、どこまで南だ?」

男は声を落とした。

「林邑の側から来た商人や船頭が混じっています。向こうの者が直接ここまで運んだわけではありません。いくつかの里を通って届きました」

景謙が顔を上げた。

私は米袋を見る。

「助けてくれたの?」

「九真で呉と戦っている者がいることは、南でも知られています」

「お礼言わないと」

景謙がすぐに言った。

「使者を出せ」

「うん」

あまりに早く賛成したので、景謙の方が驚いた。

「出すのか?」

「お礼でしょう?」

景謙の顔から少しだけ力が抜けた。

「違う」

「違うの?」

「援助を求める」

やっぱり違った。

景謙は南の方角を指した。

「北は陸胤に削られている。なら南を固めればいい。林邑へ正式に使者を出し、米、鉄、船を求める。可能なら兵もだ」

私は荷車を見る。

「もうもらってるよ?」

「だから正式にするんだ!」

「勝手にもらったことにしたら、向こうが困らない?」

景謙が一瞬止まる。

「援助している以上、向こうにも呉を弱らせたい理由がある」

「でも名前出さないでって言ってるよ?」

「今はな」

「今は、でしょう?」

景謙の眉が寄った。

清河が笑い始める。

「景謙、お前また氏貞に普通のこと言われて詰まってんぞ」

「黙れ!」

景謙は地図を叩いた。

「これは好機なんだ! 高涼を失っても、南に別の勢力がいる。林邑と結べば陸胤も簡単には南へ手を出せない!」

「結ぶって何を?」

「同盟だ!」

「誰と誰が?」

「お前と林邑だ!」

「私、国じゃないよ?」

景謙が額を押さえた。

最近よくそこを押さえている。

「お前の名前で九真が動いている!」

「全部じゃないよ」

「南はまだお前についている!」

それは本当だった。

南側の里々からは、陸胤へ降るという話がほとんど来ていない。

呉の役人が普段から行き来していた北側とは事情が違うらしく、陸胤の告示が届いても、それだけで従う理由にはならないようだった。

興が言った。

「北は呉に戻って、南はまだこっちなんだな」

「そういうことだ」

景謙が答える。

「だから今のうちに南を固める」

「固めるって、また兵を集めるの?」

私が聞くと、景謙は嫌そうな顔をした。

「必要なら集める」

「南の人たちも畑あるよ?」

「またそれか!」

「大事でしょう?」

「戦争中だ!」

「戦争中でもお腹空くよ?」

兄が米袋の向こうから顔を出した。

「その通りだ!」

景謙が兄を睨む。

「お前は黙っていろ!」

「米持ってきた奴の悪口言う奴は敵だ!」

「誰も悪口を言っていない!」

兄は米袋を抱えた。

「誰だか知らねえが、こんだけ米持ってきた奴は味方だ!」

私は首を傾げる。

「兄さん、その人の名前知らなくてもいいの?」

「米に名前はいらねえ!」

「いるだろ!」

清河が突っ込んだ。

文七は船から降ろされた荷を見ていた。

「船頭も来ていますね」

「うん」

「南の川や海への出方を知っているそうです」

景謙が振り向いた。

「本当か?」

「はい、蒲田から南へ抜ける水路も、いくつか知っているようです」

「なら案内人として確保しろ」

私は景謙を見る。

「帰りたいって言ったら帰してね」

景謙の口が止まった。

清河が噴き出した。

「先回りされたな!」

文七は少し考えてから言った。

「道が一つ増えるのは悪くありません」

「援軍の道か?」

景謙が聞く。

文七は首を傾げた。

「帰る道かもしれません」

誰も返事をしなかった。

文七自身は深い意味で言ったわけではなさそうだった。

興だけが南を見た。

「北では陸胤が人を取って兵にして、南からは物がこっちへ来るんだな」

「そうだな」

清河が答える。

「戦ってねえのに、境目だけ動いてやがる」

その言葉で、私は少しだけ分かった。

前は呉軍が何人来るかばかり考えていたが、今は違う。

誰がどちらへ行くのか。

米がどちらへ運ばれるのか。

船が誰を乗せるのか。

それだけで、昨日まで味方だった場所が敵になったり、会ったこともない人が助けてくれたりする。

景謙はまだ地図を見ていた。

「氏貞」

「何?」

「林邑へ使者を出すぞ」

「お礼なら」

「援助を求める」

「まずお礼」

「交渉だ!」

「お礼も交渉に入らないの?」

清河が腹を押さえる。

「景謙、諦めろ。お前、今日は礼状からだ」

「俺は礼状を書くために戦っているんじゃない!」

「私は戦ってる人にお礼くらい言える人でいたいよ?」

景謙が黙った。

弘公が私の後ろで小さく頷いた。

なぜか美公と成公まで同時に頷く。

「三人とも何で頷いたの?」

「良いことだと思いましたので」

「そこまで揃えなくていいよ?」

揃ったままだった。

夕方、北から斥候が戻った。

朝とは別の男だった。

兄が米袋の数を確認する手を止め、清河が立ち上がる。

「今度は何だ?」

斥候は息を整えてから答えた。

「高涼から呉軍の一隊が南へ動きました」

景謙が地図へ手を伸ばす。

「数は?」

「多くありません。ですが、その中に高涼の兵がいます」

清河の顔から笑いが消えた。

「どの道だ?」

斥候が答えた。

以前、黄呉殿の使者たちが蒲田へ来た時に使った道だった。

こちらへ来るために教えた道を、今度は呉軍が使っている。

私は南から届いた米袋と、北へ伸びる道を見比べた。

味方だった人が敵になった。

知らない人が味方になった。

そして、こちらの道を知っているのは、もう私たちだけではなかった。

呂清河だ。


今回はベトナムのバイクタクシー、xe ôm(セー・オム)の話だ。

街中の移動に便利だが、乗る時はヘルメットを忘れんな。

配車アプリを使うなら、来たバイクの番号や運転手が表示と合ってるか確認しとけよ。


「氏貞、乗る相手ちゃんと見たか?」

「うん、文七だよ」

「それ象だろ!」

「番号ないよ?」

「そもそも配車アプリに象はいねえ!」


便利でも、誰についていくかは確認が大事だ。


今回は味方だった兵が、呉の側へ走り始めた。

次回は、その道の先から呉軍が近づいてくるぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。