↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/51

私、負けてないよ?

シンチャオ、趙氏貞です。


今日のベトナム語は Cho tôi xuống ở đây(チョー・トイ・スオン・オー・ダイ)。

「ここで降ろしてください」という意味です。

タクシーなどで、目的の場所に着いた時に使えます。


「清河、ここで降りる」

「象からか?」

「うん」

「走ってる途中に言うな!」

「じゃあ文七、止めて」

「先にそっちだろ!」

「降りたいって言っただけなのに」

「順番があんだよ!」


旅行では、安全に止まってから降りましょう。


今回は、帰りたい人を止めません。

困ったことに、それを一番よく分かっているのが敵みたいです。

陸胤という男が来たらしい。

最初に聞いた時、私は太守だと思っていた。

「新しい太守が来たんだって」

そう言ったら、書佐がものすごく困った顔をした。

「氏貞殿、太守ではありません」

「違うの?」

「交州刺史です。安南校尉も兼ねています」

私は清河を見る。

「太守より偉い?」

「私を見るな。知らねえよ」

「清河、何でも知ってそうなのに」

「どういう評価だ!」

書佐が説明してくれた。

九真だけではなく、交趾も含めて交州全体を見る役目らしい。

つまり、かなり偉い。

「じゃあ忙しいね」

「そこを心配するのかよ!」

清河に怒られた。

私たちが立ち上がってから、もう五か月目に入っていた。

その間に呉軍とは何度も戦った。

三千来た。

もっと来た。

負けると増えた。

だから、次も兵が来るのだと思っていた。

ところが陸胤は、来たのに攻めてこなかった。

それが一番困った。

「清河」

「何だ」

「いつ来るの?」

「もう来てる」

「でも兵が来ないよ?」

「だから私も困ってんだよ!」

清河は朝から地面に道を描いていた。

北から蒲田へ入る本道に、川沿いの道。山へ抜ける細い道や、前に呉軍が使った渡し場まで書き込んでいる。

横には興がしゃがみ込み、斥候から聞いた人数を木札へ書いていた。

私は字が読めないので、二人が何をしているのか半分くらいしか分からない。

「どこから来ると思う?」

「それを調べてんだよ」

「道がないところ?」

「私じゃねえんだから、いきなり崖から来ねえよ!」

興が吹き出した。

「叔母上なら来るの?」

「お前、私を何だと思ってんだ」

「道がなくても来る人」

「誰が教えた!」

「叔母上」

「くそっ!」

清河が地面を蹴った。

少し離れたところで、弘公、美公、成公が同時に一歩だけ避けた。

最近、この三人は妙に動きが揃う。

「今の見た?」

私が聞くと、清河が嫌そうに三人を見る。

「見た。何で蹴られる前から避けてんだよ」

弘公が答えた。

「蹴ると思いましたので」

「私の動きまで読んでんじゃねえ!」

「護衛ですから」

「護衛してんの氏貞だろ!」

確かにそうだった。

三人とも私の後ろに戻った。

そこへ景謙が来た。

昨日まで置いてあった竹簡は持っていない。

代わりに、北から届いた木簡を持っていた。

最近、景謙が何か持ってくると話が大きくなるので、私は少し警戒した。

「氏貞」

「王様の話なら聞かないよ」

「まだ何も言っていない!」

清河が噴き出した。

景謙は一度目を閉じてから、木簡を書佐へ渡した。

「北の里からだ。陸胤が告示を出した」

書佐が受け取り、私たちにも分かるように読み上げる。

武器を置き、郷里へ戻る者を受け入れる。

降った者には害を加えない。

こちらへ応じる里には兵を乱暴に入れず、民を苦しめるような取り立ても改める。

さらに、先に応じた者には布や財物まで与えているらしい。

私は首を傾げた。

「もう一回」

書佐がもう一度読んだ。

清河の顔が、だんだん険しくなる。

「氏貞」

「何?」

「分かってるか?」

「うん」

「何が?」

「私たちと似てるね」

「そこだよ!」

清河が地面を叩いた。

私たちは、逃げる兵をどこまでも追わないことにした。

降った人を殺さないことにもした。

里から勝手に米を取らないと決めたのも、そうした方がいいと思ったからだ。

陸胤も似たようなことを言っている。

「いい人なのかな?」

「敵だよ!」

「でも、里を荒らさないんでしょう?」

「そこだけ見るな!」

兄が米袋を数えながら奥から出てきた。

「里を荒らさない?」

「そう言ってるって」

「本当に守るなら助かるな」

清河が兄まで睨んだ。

「兄貴まで乗るな!」

「俺は米の話しかしてねえ!」

それは本当だった。

兄は戦況を聞いても、最後にはだいたい米の話へ戻る。

その横で景謙だけが笑っていなかった。

「うまいな」

清河が振り向く。

「何がだよ」

「陸胤だ」

景謙は地面の地図を見る。

「兵を出せば、氏貞は戦う。里へ入れば里の者が武器を取る。米を奪えば、それを理由に周囲が集まる。なら、全部やらなければいい」

私は景謙を見る。

「戦わないってこと?」

「違う」

景謙の指が、蒲田の周りに並んだ里を一つずつなぞった。

「もう戦っている」

清河が黙った。

景謙は続ける。

「氏貞を倒す必要はない。氏貞のところにいる理由を消せばいい」

私は少し嫌な感じがした。

昨日まで景謙が私に言っていた話と、どこか似ている。

人を見ている。

誰が何を欲しがっているのか考えて、その人が動くように道を作る。

興も同じことを考えたらしい。

「道を塞がないんだな」

景謙が興を見る。

「何?」

「帰る道を作ってる」

景謙の目が少し細くなった。

「そうだ」

興はそれ以上言わなかった。

また覚える顔をしている。

私はその顔を最近よく見る。

昼前、一つ目の里から頭が来た。

何度か一緒に戦った人だった。

前に大勢の呉軍が来た時にも兵を出してくれている。

でも、その日は槍を持っていなかった。

「氏貞殿」

「何?」

「里の者たちと話しました。陸刺史の言葉が本当なら、しばらく兵を引こうと思います」

清河の顔が固まった。

兄も米袋から顔を上げた。

景謙だけは何も言わない。

私は聞いた。

「里へ帰るの?」

「はい」

「畑もあるしね」

男が驚いたように私を見る。

「お怒りには、ならないのですか?」

どうして怒るのだろう。

この人たちは私の兵になるために生まれたわけではない。

家があって、畑があって、待っている人がいる。

呉の役人が来て米を取るから戦った。

働く人を連れていかれるから槍を持った。

それが本当に止まるなら、戦わない方がいい。

「帰っていいよ」

「氏貞!」

景謙だった。

清河ではない。

そちらの方が少し驚いた。

「何?」

「簡単に帰すな。少なくとも陸胤の言葉が本物か確かめるまで待たせろ」

「でも帰りたいんでしょう?」

「だから待たせるんだ!」

景謙が里の頭へ視線を向ける。

「一度帰せば、次も帰る。ここに残る人数が減れば、他の里も不安になる」

「でも、この人の里でしょう?」

「今は戦争をしている!」

「だからって帰れないの?」

景謙の顔が険しくなった。

「門を閉じろ」

弘公たち三人が景謙を見る。

誰も動かなかった。

「聞こえなかったのか。出すな」

弘公は答えず、私を見た。

美公も成公も同じだった。

景謙のこめかみが動く。

私は里の頭へ言った。

「帰っていいよ」

三兄弟が左右へ開いた。

きれいに道ができた。

清河が額を押さえる。

「お前ら、本当に三人で一匹みたいになってきたな……」

「三人おります」

「知ってるよ!」

里の頭は深く頭を下げた。

「もし陸刺史の言葉が偽りなら、また参ります」

「その時、困ってたら助けるよ」

男はもう一度頭を下げ、外へ出ていった。

景謙は三兄弟を睨んでいた。

「俺の命令は聞かないのか」

弘公が不思議そうに答えた。

「氏貞殿の護衛ですので」

「だから何だ」

「氏貞殿が通せと」

景謙の顔が固まった。

清河が私の袖を引いた。

「氏貞、今は何も言うな」

「何で?」

「いいから!」

私は黙ることにした。

たぶん何か言うと景謙がまた怒る。

その日の午後、文七が象を連れて戻ってきた。

北側の道を見てきたらしい。

「呉軍は?」

清河が聞く。

「見ませんでした」

「またかよ!」

「ですが、人は見ました」

私は文七を見る。

「誰?」

「こちらから北へ戻る人たちです。家財を持った者もいました」

文七は象の耳の後ろを撫でながら、少し考えた。

「追われているようには見えませんでした」

景謙が聞く。

「何が言いたい」

「人は、追えば逃げます」

「当たり前だ」

「でも、帰れる場所を見せると、自分でそちらへ行きます」

清河が嫌そうな顔をする。

「お前まで陸胤のやり方分かってんのか」

文七は首を傾げた。

「象も同じです」

「象で政治を説明すんな!」

「似ていますよ」

「似せるな!」

文七は真面目だった。

だから余計に困る。

兄はその横で人数を数え直していた。

「減ったな」

「人?」

「人もだ。運べる米の量も減る」

私は首を傾げた。

「食べる人も減るよ?」

「だから面倒なんだよ!」

兄が木札を振る。

「兵が減れば食う量は減る。だが荷を運ぶ奴も、道を直す奴も、象の餌を集める奴も減る! 楽になるところと苦しくなるところが一緒に来るんだ!」

「難しいね」

「今さら気づいたのか!」

兄は頭を抱えた。

夕方までに、もう一つの里から同じ話が来た。

次の日には二つ。

その次の日には三つ。

誰も逃げなかった。

夜中に荷物を持ち出す者もいない。

みんな私のところへ来て、頭を下げてから帰っていった。

それが余計につらかった。

嫌われたわけではない。

裏切られたわけでもない。

「氏貞殿のおかげで助かりました」

そう言って帰る人までいた。

止められなかった。

止めたら、何のために戦ってきたのか分からなくなる。

夜になると、役所の前が少し広く見えた。

前は人が多すぎて、兄が毎日怒っていた。

今は声が減り、焚き火も少ない。

私は象の鼻を撫でた。

鼻先が肩を押してくる。

「人、減っちゃったね」

象は草を食べていた。

文七が隣へ来る。

「気になりますか?」

「うん。でも帰れるなら、その方がいいと思う」

「氏貞殿らしいですね」

「そう?」

「はい」

少し後ろには弘公、美公、成公がいる。

「三人は帰らないの?」

三人がほとんど同時にこちらを見た。

「帰りません」

清河が振り向く。

「そこだけ完璧に揃えるな!」

「そうでしょうか」

「前も聞いた!」

興が笑った。

景謙だけは笑わなかった。

暗い役所の中から、ずっとこちらを見ている。

私は目が合ったので手を振った。

景謙は振り返さなかった。

「怒ってるのかな」

「怒ってるだろ」

清河が即答した。

「何で?」

「お前が人を帰すからだよ」

「でも景謙の人じゃないよ?」

「それを本人の前で言うなよ。絶対だぞ」

言われると少し言いたくなる。

その時だった。

北の道から馬の音がした。

一騎だけだった。

最近は大軍より、一騎の方が怖い。

興が立ち上がる。

三兄弟が何も言わず私の前へ出た。

「まだ誰か帰るのかな」

「そういう予想やめろ!」

清河が槍を取った。

馬から降りた斥候は、そのままこちらへ走ってきた。

「麗海婆王殿!」

「婆はいらないよ!」

「今それか!」

清河に怒られた。

斥候は息を整える。

「高涼から知らせです!」

景謙が役所から出てきた。

さっきまでの不機嫌な顔が消えている。

「黄呉か」

「はい」

私は立ち上がった。

「黄呉殿、どうしたの?」

斥候は一度、私と景謙を見比べた。

「陸胤から使者が入りました。財物を持たせ、降れば罪を問わず、高涼の者を害さないと伝えたそうです」

清河が舌打ちする。

「それで?」

斥候は答えにくそうに口を開いた。

「黄呉殿が……陸胤と話すため、高涼を出たとのことです」

誰も声を出さなかった。

昨日までなら、北から兵が来るかどうかを気にしていた。

今は違う。

呉の兵は、まだ一人も蒲田へ来ていない。

それなのに私たちの周りから、人だけがいなくなっていく。

そして今度は、高涼まで動いた。

清河が暗い道を見る。

「氏貞」

「何?」

「こいつ、本当にお前と戦う気ねえぞ」

私は返事ができなかった。

景謙が小さく息を吐く。

「違う」

清河が振り向いた。

「何がだ」

景謙は北を見たまま答えた。

「もう、とっくに戦っている」

その夜も、陸胤の兵は来なかった。

呂清河だ。


今回はベトナムのホテルだ。

外国人が泊まる時は、宿泊先でパスポートを見せることがある。

滞在情報を届け出るために必要なんだ。

預けっぱなしにするよう言われたら、いつ返してもらえるか確認しとけよ。


「氏貞、名前は?」

「趙氏貞」

「旅券は?」

「ないよ」

「三世紀だもんな!」

「清河は?」

「あるわけねえだろ!」


旅行講座なのに、私らだけ絶対にチェックインできねえ。


今回は人が次々と蒲田を出ていった。

次回は、残った奴の名前を数える方が早くなるかもしれねえな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。