私、王になるって言ってないよ?
シンチャオ、趙氏貞です。
今日のベトナム語は Để tôi tự chọn(デー・トイ・トゥー・チョン/自分で選ばせてください)。
「自分で選ばせてください」という意味です。
買い物や食事で、自分で品物を選びたい時に使えます。
「氏貞、王になれ」
「自分で選ぶよ」
「なら王を選べ!」
「選択肢がおかしいよ」
「趙佗も趙だ!」
「私は私だよ?」
「そこから説明するのか!」
旅行でも、勧められた物が自分に合うとは限りません。
最後に決めるのは自分です。
今回は、景謙が私の将来まで選ぼうとします。
困ったことに、本人は善意のつもりです。
敵が道を見ている。
その報告を聞いた翌朝、景謙は古い竹簡を抱えて私のところへ来た。
最近、景謙が何かを持ってくる時は、だいたい話が大きくなる。
昨日は地図だった。
今日は竹簡だ。
嫌な予感しかしない。
「氏貞、趙佗を知っているな」
「南越王でしょう?」
「そうだ」
景謙は少し満足そうだった。
そこへ清河が入ってきた。
「誰だ、それ」
「昔の人」
「また雑な説明してんな!」
「南越を作った人だよ」
「強かったのか?」
「そこから入るの?」
清河は腕を組んだ。
「王になったんだろ? だったら強えんじゃねえの?」
景謙が露骨に嫌そうな顔をする。
たぶん、今日はそういう話ではない。
景謙は竹簡を広げ、その横へ九真から北へ伸びた地図を置いた。
「秦が崩れた後、趙佗は南方に勢力を築いた。中央が乱れている間に土地を固め、人をまとめ、自分の国を作った」
「うん」
「そして漢が成立した後も、簡単には潰されなかった」
清河が首を傾げる。
「じゃあ漢とずっと戦ったのか?」
「違う。王として認めさせた」
私は景謙を見る。
そこだけ少し気になった。
「認めてもらったの?」
「形の上では漢に従った。だが南越は南越として残った」
景謙の指が地図の南をなぞる。
「中央と滅ぼし合う必要はない。こちらを無視できない力を持ち、相手に認めさせればいい」
その時、入口にいた興が口を挟んだ。
「王を名乗るんじゃなくて、向こうに王だと認めさせるのか?」
景謙が興を見る。
「そうだ」
興は少し考えてから、地図へ目を落とした。
「じゃあ、相手が呉じゃなくてもいいのか?」
景謙の目が一瞬だけ動いた。
「より強い後ろ盾があるならな」
「へえ」
興はそれ以上何も言わなかった。
でも、妙に真面目な顔をしていた。
私はその横で別のことを考えていた。
「それで、趙佗がどうしたの?」
景謙が私を見る。
「まだ分からないか?」
「分からないから聞いてるよ」
景謙は少し黙った。
それから、ずいぶん大事なことを言うような顔で口を開く。
「趙佗も趙だ」
「うん」
「お前も趙だ」
「うん?」
清河と顔を見合わせる。
しばらく待った。
景謙も待った。
「……それだけ?」
眉が動いた。
「それだけではない!」
よかった。
姓だけで国を作るなら、趙という人はみんな王様候補になってしまう。
「趙佗は南で立った。お前も南で立った。中央の支配に抗い、人を集め、自分の土地を守っている」
「でも別人だよ?」
「分かっている!」
「じゃあ何で姓の話したの?」
「象徴だ!」
清河が吹き出した。
「氏貞、そこ追い込むな。景謙が死ぬぞ」
「私、普通に聞いてるだけだよ」
「それが一番ひでえんだよ!」
景謙は無視した。
「氏貞。お前には趙佗と同じことができる」
「したくないよ」
早かったらしい。
景謙が固まった。
「まだ最後まで話していない」
「でも国を作る話でしょう?」
「そうだ」
「昨日いらないって言ったよ?」
景謙の顔が険しくなる。
「だから、お前は自分が何を持っているか分かっていない」
またそれだった。
「九真の里はお前の名で動く。豪族も集まり、高涼からも使者が来た。呉軍ですらお前を王と呼んでいる」
「婆も付いてるよ」
「今はどうでもいい!」
「どうでもよくないよ」
「氏貞!」
怒られた。
そこへ文七が顔を出した。
「呼びましたか?」
「呼んでないよ」
「大きな声がしたので」
「景謙が王様の話してる」
「氏貞殿がですか?」
「違う!」
景謙が文七にまで怒った。
清河が壁に手をついて笑っている。
「今日のお前、敵より先に味方に削られてんぞ」
「黙れ!」
「ほら、また削れた」
私は少しかわいそうになった。
でも、話は聞きたくない。
景謙は息を整えると、地図の上に手を置いた。
「九真だけで終わるな。高涼にも呉へ不満を持つ者がいる。交趾にもいる。周囲をまとめ、呉にお前を潰せないと認めさせろ」
「それで?」
「王として認めさせる」
「誰に?」
「呉でもいい。状況が変われば、別の中原王朝でもいい」
また興が景謙を見た。
今度は何も聞かなかった。
ただ、その言葉を覚えるように聞いていた。
景謙は続ける。
「大事なのは、誰に頭を下げるかではない。九真をこちらの手に残すことだ」
そこだけなら、少し分かる。
「九真の人が取られなくなるなら、それでいいよ」
景謙の表情が明るくなりかけた。
「なら――」
「でも王にはならないよ」
すぐ消えた。
「なぜだ!」
とうとう叫んだ。
清河の笑いも止まる。
「何で王にならないと駄目なの?」
「力があるからだ!」
「力があったら王になるの?」
「これだけ人がお前を見ている!」
「見られてるのと、なりたいのは違うでしょう?」
「お前ならできる!」
「できるのと、やりたいのも違うよ」
景謙の呼吸が少し荒くなる。
「氏貞、お前は自分を小さく見すぎている」
「背は大きいよ」
清河が口を押さえた。
景謙が額を押さえた。
文七だけが真面目に私を見る。
「確かに大きいですね」
「文七まで乗るな!」
清河が耐えきれずに笑った。
私は何もおかしいことを言っていない。
景謙はしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。
「俺ならできる」
「何が?」
「お前を王にする」
部屋の空気が変わった。
今度は清河も笑わなかった。
景謙は本気だった。
「俺が軍をまとめる。豪族を従わせる。高涼とも交趾とも話をつける。必要なら呉とも交渉する」
私は黙って聞いた。
「お前は旗になればいい。人がお前を見て集まる。お前の名で九真をまとめ、最後は相手に認めさせる」
「景謙が全部決めるの?」
「政治は俺がやる」
「私は?」
「王だ」
「何するの?」
景謙が止まり、清河は笑いそうになったのか横を向いた。
「だから、王として立つ」
「立ってるだけ?」
「象徴になれ!」
私は困った。
景謙の頭の中では、ずいぶん立派な私が出来上がっているらしい。
国を欲しがり、北へ領土を広げ、王として認められ、景謙に政治を任せる趙氏貞。
その人なら、たぶん景謙とはうまくやれる。
でも私は知らない。
「景謙」
「何だ」
「ずっと私の話してるよね?」
「そうだ」
「でも、その人、私じゃないよ」
景謙の顔が止まった。
「何を言っている」
「私は国が欲しいって言ってないし、北を取りたいとも言ってない。王にもなりたくないし、景謙に全部決めてもらいたいとも言ってないよ」
「それは、お前がまだ――」
「私はここにいるよ」
景謙が黙った。
自分でも少し驚いた。
でも、その言葉が一番合っていた。
「景謙が見てる趙氏貞は、どこにいるの?」
景謙の目が細くなる。
「お前は自分を理解していない」
「景謙も私を理解してないよ」
それを言った瞬間、景謙が一歩踏み出した。
同時に、三つの足音が動いた。
いつ入ってきたのか、弘公、美公、成公が私の左右と前へ滑り込む。
一人が景謙との間に入り、残る二人が斜めから位置を取った。
きれいだった。
清河が目を丸くする。
「お前ら、とうとう三人で動きまで揃えやがったな!」
弘公が景謙から目を離さず答える。
「そうでしょうか」
「そうなんだよ! 誰に習った!」
「特には」
三人とも本当に分かっていない顔をしている。
文七が感心したように眺めていた。
「無駄がありませんね」
「お前も分析すんな!」
私は弘公の肩を軽く叩いた。
「大丈夫だから、下がって」
一瞬だけ迷った。
でも三人ともすぐに下がった。
景謙がそれを見る。
顔が変わった。
ほんの少しだけだったけれど、はっきり分かった。
気に入らないのだ。
「見た?」
私は言った。
「何を」
「私が下がってって言ったら、下がってくれたよ」
清河が顔を覆った。
「氏貞、お前、自覚なしで急所狙うのやめろ」
「何の?」
「もういい」
景謙は三兄弟を睨んだ。
「こいつらがお前を守れると思っているのか」
「守ってくれてるよ」
「俺なら、お前をもっと――」
「王にする?」
景謙が口を閉じた。
「それは私が頼んだことじゃないよ」
長い沈黙だった。
景謙は竹簡を巻いた。
「後悔する」
「何を?」
「今、取れるものを取らなかったことをだ」
「人のものは取らないよ」
「そういう意味じゃない!」
やっぱり怒られた。
景謙は部屋を出ていった。
三兄弟は止めず、ただ道を空けた。
文七がその背中を見送る。
「ずいぶん遠くを見ていますね」
「景謙?」
「はい」
「そうみたい」
文七は首を傾けた。
「でも、遠くを見すぎると足元が見えません」
清河が文七を見る。
「今日のお前、やけに切れるな」
「何がです?」
本人には分かっていなかった。
興だけは笑っていなかった。
景謙が置いていった地図を見ている。
「興?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや」
興は少し考えてから言った。
「王にならなくても、外の大きな国に認めさせれば、呉から離れられることもあるんだなって」
清河が鼻を鳴らす。
「お前まで景謙みてえなこと考えんなよ」
「考えただけだよ」
「十八で考える顔じゃねえぞ」
興は笑った。
でも私は、なぜかその言葉だけ少し覚えていた。
夕方、北から斥候が戻ってきた。
今度の知らせは、道ではなかった。
「麗海婆王殿!」
「何?」
「呉軍から使者が出ました!」
清河が槍を取る。
「蒲田へか?」
「違います!」
斥候は息を整えた。
「北へ向かいました。高涼です」
私は立ち上がった。
高涼には、黄呉殿がいる。
「黄呉殿のところ?」
「おそらく」
誰も笑わなかった。
朝、景謙は私に、外の勢力と結べと言った。
王として認めさせろとも言った。
その日の夕方、敵は私より先に高涼へ手を伸ばした。
道を調べた次は、人を見る。
どうやら今度の敵は、戦う前に味方を減らすつもりらしい。
呂清河だ。
今回はベトナムで人の家を訪ねる時の話だ。
家庭へ招かれたら、果物や菓子みたいな小さな手土産があると喜ばれやすい。
着いたら、まず年長の人から挨拶すると丁寧だぞ。
「氏貞、手土産は?」
「象ならいるよ?」
「置いて帰れる物にしろ!」
「文七が怒るよ」
「そこじゃねえ!」
旅行なら、相手の家へ入る前から礼儀は始まってるってことだ。
今回は景謙が未来を持ってきた。
次回、北から来る使者は、もっと現実的な土産を持ってくるかもしれねえ。




