↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/51

全部って言っただろ!

シンチャオ、趙氏貞です。


今日のベトナム語は「Đá(ダー)」。

「石」という意味です。


「氏貞、敵は何人だ?」

「百人くらい」

「こっちは?」

「昨日まで畑にいた人たち」

「よし、山道使うぞ」

「清河、普通はそこで困らない?」

「百人来るなら、五人ずつしか通れなくすりゃいいだろ!」


なるほど。


「それで上からĐáを?」

「お前、急に飲み込みよくなるな!」


昨日は兵を一人投げました。

今日は百人来ます。

では、山にある物で何とかしましょう。


「その発想がもう賊なんだよ!」


Đá。


たぶん、今日は一個では足りません。

翌朝、私の家の前には兵が百人ほどいた。

そして、その百人より先に怒鳴り込んできた女がいた。

「氏貞ぇ! 出てこい!」

声だけで誰なのか分かったので、私は戸口から顔を出した。

「清河、おはよう」

「おはようじゃねえ!」

幼馴染の呂清河は朝からたいへん元気だった。

昨夜まで山向こうの親類を手伝っていたはずなのに、戻って早々、山仕事で使う鉈を肩に担いで私の家まで殴り込みに来たらしい。

髪も後ろで適当に束ねただけで、身支度を整えるより先にこちらへ来たことが分かる。

清河とは、物心がつく前から一緒に育った。

私よりは背が低いものの女としては大きい方で、山仕事をしているだけあって腕も脚もしっかりしている。

鉈を担いで仁王立ちしている姿だけ見れば、朝っぱらから誰かを斬りに来たようにも見えるが、本人にそのつもりはたぶんない。

たぶん。

顔立ちも悪くないので、祭りでは男から何度か声をかけられていた。

ところが清河は、差し出された酒を見ると「くれるのか」と受け取り、嬉しそうに飲み干してしまう。

そのあと相手の男が妙に落ち込むと、「あいつ何だったんだ?」と私へ聞いてくる。

私にも分からない。

その点では、とても気の合う幼馴染だった。

「聞いたぞ。昨日、呉の兵を投げ飛ばしたって?」

「一人だけだよ」

「人数の話じゃねえよ!」

清河は鉈の柄で地面を叩き、私の家の前に並ぶ兵たちを指した。

昨日の十二人とは比べものにならない。

鎧を着た兵が山道を塞ぎ、その後ろには弓を持つ者までいる。

朝からこれだけの人数に家を囲まれる経験は初めてだったので、私はどこへ目を置けばよいのか少し迷っていたが、清河は迷わなかったらしい。

全部に腹を立てていた。

「何したら一晩でこんなに増えるんだよ」

「少し話をしたよ」

「その『少し』をやめろ!」

昔から清河は、私が何かするとよく怒った。

子供の頃、「少し山へ行ってくる」と言って隣の谷まで歩いた時も怒られたし、川向こうに珍しい花が咲いていると聞いて見に行き、帰りが夜になった時も散々怒鳴られた。

そのたびに清河は「次から先に言え」と言う。

なので次から先に言うようにした。

すると一緒についてくる。

しかも途中から私より先を歩く。

止めたいのか参加したいのか、いまだによく分からない。

「昨日、役人が里長の息子を連れていこうとしたのを止めただけだよ」

「そこでなんでお前が止めるんだよ?」

「誰も止めなかったから」

「そういうとこだよ!」

清河が頭を抱えたところで、兵たちの間から役人らしい男が馬を進めてきた。

昨日の役人とは違い、年は四十ほどで、鎧の上からでも腹が少し出ている。

男は私と清河を見比べ、それから竹簡を開いた。

「趙氏貞という女はどちらだ?」

私は手を上げた。

清河がすぐ下ろした。

「何するの?」

「お前はこういう時だけ素直すぎるんだよ」

役人がこちらを睨んだ。

「昨日、官吏に逆らい、兵を傷つけ、里人を煽動したな」

「兵を傷つけてはいません。転んだだけです」

「お前が投げたのだろう!」

「では、転ばせました」

「言い直せば済むと思うな!」

朝からよく怒る人が二人になった。

清河と役人は初対面のはずなのに、妙に気が合いそうだった。

役人は竹簡を巻くと、今度ははっきり私を指した。

「大人しく縄につけ。お前一人を差し出せば、里の者には寛大な処置を考えてやる」

後ろにいた里人たちがざわついた。

私は少し考えた。

昨日の騒ぎで最初に前へ出たのは私だし、自分一人で済むなら、その方が里への被害は少ないかもしれない。

縄についたあとで何をされるのかは分からないが、百人を相手に殴り合うよりは、まだ穏やかそうだった。

「分かりま――」

「ふざけんな!!」

横から清河が遮った。

役人が眉を寄せ、私も清河を見る。

「清河?」

「昨日、税が足りないから人を出せって言ったのはそっちなんだろ?」

「貴様には関係ない」

「ある。ここの連中は知り合いだし、氏貞はガキの頃からの腐れ縁だ」

「ならば女賊の仲間か」

「誰が女賊だ!」

清河が一歩前へ出たので、私は嫌な予感がした。

清河はよく私の無茶を止めるが、だからといって穏やかな人間ではない。

私が崖へ近づけば「危ないだろ」と怒鳴りながら自分が先に覗き込み、喧嘩を止めに入れば両方を殴って終わらせる。

昔、祭りで酔った男二人が殴り合いを始めた時も、「やめろ」と言いながら片方を投げ、もう片方を水桶へ落とした。

喧嘩は終わった。

祭りも半分終わった。

「清河、少し落ち着いて」

「お前にだけは言われたくねえ!」

役人が鼻で笑った。

「山猿の女が二人で何を吠えている。まとめて捕らえろ」

その瞬間、清河が怒鳴るのをやめた。

だから余計に嫌な予感がした。

前列の兵が三人、こちらへ歩いてくる。

一人は私へ向かい、残る二人は清河を挟むように進んできた。

清河は鉈を肩に担いだまま、横目で私を見る。

「氏貞」

「何?」

「昨日、お前は兵を投げただけなんだな?」

「うん」

「誰も斬ってない?」

「斬ってない」

「よし」

何が「よし」なのか分からなかった。

次の瞬間、清河は目の前まで来た兵の槍を鉈の背で叩き落とし、その柄を掴んで兵ごと横へ引っ張った。

隣の兵が慌てて剣を抜こうとしたところへ肩からぶつかり、二人まとめて道端へ転がす。

昨日の私より手際がよかった。

「清河!」

「斬ってねえ!」

そういう問題ではない気がする。

役人が叫び、後ろの兵たちが一斉に槍を構えたところで、清河は奪った槍を私へ放った。

反射的に受け取ってしまった。

「なんで渡すの?」

「昨日拾ったんだろ! 使えるじゃねえか!」

「一回しか持ってないよ!」

「今日で二回目だ!」

経験が倍になった。

たいへん頼もしい。

兵たちは役人の命令で前へ出ようとしたが、この辺りの山道は狭く、一度に通れるのはせいぜい四、五人だった。

その様子を見た清河が急に笑う。

私はその笑い方を知っている。

ろくなことにならない。

「氏貞、この道の上に昨日切った木があるよな」

「あるけど?」

「太いやつ」

「あるね」

「縄も残ってる?」

「たぶん」

「よし」

「だから何が?」

清河は後ろを振り返り、里の若者たちへ声を張り上げた。

「上へ回れ! 昨日の丸太、全部落とせ!」

私は慌てて清河の腕を掴んだ。

「待って。それは話が大きくならない?」

「百人連れてきたのは向こうだろ!」

「でも丸太は……」

「殺さねえように手前へ落とせ! 道を塞ぐだけだ!」

なるほど。

それなら、と少し安心した。

清河は続けた。

「ついでに上から石も投げろ!」

安心した私が馬鹿だった。

若者たちは斜面へ走り、しばらくすると山の上から太い丸太が転がってきた。

兵たちが悲鳴を上げて後退し、一本目は先頭の少し手前で道を横切るように止まる。

そこまでは予定どおりだった。

すぐに二本目が来た。

その後ろから三本目まで来た。

「そんなに落とせとは言ってねえ!」

清河が怒鳴ると、山の上から声が返った。

「全部って言っただろ!」

正しかった。

役人の馬が驚いて暴れ、本人は慌てて首へしがみついた。

後ろの兵たちも丸太に道を塞がれて身動きが取れず、そこへ上から拳ほどの石が降り始める。

人を潰すほどではないが、当たれば十分痛い大きさだった。

「清河」

「何だ!」

「これ、追い払うだけ?」

「まだ誰も死んでねえから追い払うだけだ!」

基準がだいぶ広かった。

それでも山道に慣れていない兵たちは完全に混乱し始めた。

前へ進めず、後ろへ下がろうにも百人近くが詰まっているため動けず、そこへ石まで落ちてくる。

役人が隊列を整えろと叫ぶほど、兵同士がぶつかった。

兵法など知らない私でも、大勢いれば必ず強いわけではなく、百人いても一度に四、五人しか進めない山道へ押し込めば、その数がかえって邪魔になることくらいは分かった。

清河が私の肩を叩いた。

「氏貞、前へ出るぞ」

「なんで?」

「今押せば帰る!」

「さっき私を止めに来たんじゃなかった?」

「今それ言うな!」

私は槍を構え、清河たちと声を上げながら丸太の隙間から前へ出た。

すると呉兵たちは本当に退いた。

戦ったというより、こちらが一歩進むたびに相手が一歩下がり、狭い山道で互いに押し合いになっただけだったが、役人の馬がとうとう向きを変えたことで全体が崩れた。

役人は逃げながら何か叫んでいた。

私にはよく聞こえなかったが、清河には聞こえたらしい。

「二度と来るな!」

余計なことを叫び返した。

呉兵の姿が山道から消えると、里から歓声が上がった。

昨日まで畑を耕していた人たちが、今日は鍬や棒を掲げて笑っている。

勝ったことより、その人たちが急に私を見るようになったことの方が怖かった。

「氏貞が追い返したぞ!」

「趙氏貞が呉兵を追い返した!」

違う……

丸太を落とせと言ったのは清河である。

そう説明すると、清河は露骨に顔をしかめた。

「お前、今それ言うな」

「どうして?」

「なんとなくだ!」

説明になっていなかった。

ところが昼になる頃には、その話を聞きつけたらしい別の里から三人が現れ、次に五人、夕方になる頃には、十数人が武器を持って山道を登ってきた。

また呉兵かと思ったが、違った。

先頭にいた老人は私の前まで来ると、深く頭を下げた。

「趙氏貞殿とお見受けする」

殿までついた。

昨日は女賊だったのに、今日はずいぶん出世した。

「何でしょう?」

「我らも、あなた方とともに戦いたい」

私は清河を見た。

清河も私を見た。

「氏貞」

「何?」

「お前、昨日何した?」

「少し話をしただけ」

「やっぱりそれ禁止な」

老人の後ろには男だけでなく、女や若者まで並んでいた。

その向こうの山道からも、別の集団が登ってくる。

誰も私たちを助けに来た顔ではなかった。

自分たちも戦う顔だった。

昨日、役人から賊と呼ばれた時には私一人の問題だったはずなのに、百人の兵を追い返しただけで、どうやら明日からは私一人の喧嘩では済まなくなったらしい。

隣で清河が小さく呟いた。

「……これ、ちょっと話が大きくなってねえか?」

私は清河を見る。

「清河が丸太を全部落とせって言ったからじゃない?」

「全部お前から始まってんだよ!」

その時、山の下から馬の蹄の音が響いた。

また呉兵かと思ったが、駆け上がってきた男の格好は役人でも兵士でもなかった。

泥だらけになった男は馬から転がるように降りると、息を切らしながら私たちを見回した。

「軍安だけじゃない……九真のあちこちで、もう始まってる!」

歓声が止まった。

私は手の中の槍を見る。

昨日、拾っただけの槍だった。

けれど、どうやら返す相手はいなくなりそうだった……

呂清河だ。


今日のベトナム文化は、檳榔とキンマ。

客を迎える時や祝い事、縁談なんかで出すものだ。


「私の縁談にもあったね」

「相手はお前を見た瞬間、それどころじゃなくなったけどな」


茶椀を落とし、胸を見て、最後には「俺が守る」と宣言したらしい。


「恋ってすごいね」

「たぶん違う」


檳榔とキンマを噛むと、口の中が赤くなる。


「血みたい」

「だから縁起でもねえ!」


すると山の下から軍鼓が聞こえた。


「清河、また来たみたい」

「文化講座中だぞ!?」


氏貞は槍を持った。


「じゃあ続きは戦場で」

「文化番組から戦争アニメに戻るな!」


次回。

赤い口より赤い戦場。

九真の山に、また軍鼓が響く。

「だから誰が予告してんだ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。