↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/51

五千人でも、いっぺんには渡れないよね?

シンチャオ、趙氏貞です。


今日のベトナム語は Cầu ở đâu?(カウ・オー・ダウ?)。

「橋はどこですか?」という意味です。


知らない町を歩いていて川を渡りたい時や、橋を目印に道を尋ねたい時に使えます。


「清河、Cầu ở đâu?」

「そこだ」

「ありがとう。じゃあ、向こうから五千人来たら?」

「燃やす」

「旅行会話から戦争になるの早くない?」

「お前が五千人を追加したんだろうが!」


もちろん旅行中、見つけた橋は普通に渡ってください。

壊してはいけません。


「当たり前だ!」


今回は、その当たり前を私たちが守りません。

五千人でも、いっぺんには渡れないよね?

橋は、川を渡るためにある。

少なくとも私は、二か月前までそう思っていた。

里長が困っていたから、少し手伝った。

それだけだったはずなのに、役人を追い返し、兵が集まり、象に乗るようになり、とうとう交趾から何千人も私を倒しに来るようになった。

あの日から、もう二か月になる。

そして今日、私は川に架かった橋を見ながら、どうすれば誰も渡れなくなるのか考えている。

人は二か月もあれば変わるらしい。

「氏貞」

隣にいた兄が、先に釘を刺してきた。

「燃やすなら、使える板は外してからにしろ」

私は兄を見た。

「まだ燃やすって言ってないよ」

「橋を見ながら黙ってるお前は危険なんだよ!」

超失礼な言われ方なのに、少しだけ当たっていた。

さすが兄さんである。

川の北岸には呉軍がいた。

今度は分かれていない。

五千を超える兵が、長い列のままこちらへ向かっている。

象の背から見ても、先頭はよく見えるのに最後尾がどこなのか分からない。

旗だけが木々の向こうまで延々と続いていた。

「多いな」

清河が楽しそうに笑った。

この人は敵が増えると元気になる。

普通は逆だと思う。

「清河、嬉しそうだね」

「五千まとめて来てくれたんだぞ。探し回らなくて済むじゃねえか」

「そういうこと言うから、みんな清河を怖がるんだよ」

「お前にだけは言われたくねえ!」

なぜだろう。

私はまだ何もしていない。

呂興が川岸から戻ってきた。

最近の呂興は、命じられる前に道や人の流れを調べるようになった。

地面にはもう枝で簡単な図が描かれ、川と本道、橋、それに南北の岸だけでなく、橋を使わずに渡れそうな場所まで三つ書き込まれていた。

「上流の浅瀬は狭いです。下流側に二か所ありますが、一番遠いところは川底が柔らかくて、馬を入れるには向きません」

「じゃあ、一番使いやすいのは真ん中?」

「はい」

清河がしゃがみ込み、図を覗いた。

「上は倒木を入れりゃ潰せる。下は杭と石だ。馬が嫌がって戻れば、真ん中に集まるな」

呂興が頷く。

妙に息が合っている。

「似てきたね」

二人が同時にこちらを見た。

危ない。

今日は呉軍とだけ戦いたい。

呂興も学習したらしく、朝から一度も清河を叔母とは呼んでいない。

その代わり、必要以上に礼儀正しく「清河殿」で通している。

それはそれで清河には気に入らないらしい。

「おい呂興!何で今日は叔――」

「言わせませんよ」

「まだ何も言ってねえ!」

「言おうとしたでしょう?」

「お前、甥のくせに生意気になったな!」

「ほら自分から言った!」

私は川へ顔を戻した。

親族というものは難しい。

その横では、国達だけが敵兵ではなく舟を数えていた。

「十七、十八……十九。小舟を入れれば二十か。全部南岸へ回せ。縄も櫂も残すな。向こうへ一艘でも置いたら使われるぞ」

「兄さん、早いね」

「学習したんだよ!」

何をとは聞かなかった。

たぶん私への対処法である。

文七は新しく来た象の前脚のそばへしゃがみ、土を触っていた。

立ち上がると川上を見る。

それから象の耳へ手を添えた。

「どうしたの?」

「この子、上を気にしています」

「敵がいる?」

「敵なら、人の方を見ます」

文七は象の鼻先を撫でながら、しばらく川上を見た。

「水だと思います」

近くにいた老人が反応した。

「水なら上に堰があるぞ」

清河と呂興が同時に老人を見る。

田へ水を引くため、川幅の狭い場所へ木と土を組んだ堰があるという。

このところ雨が続いたせいで、水も普段より溜まっているらしい。

呂興が地面の図へ線を書き足した。

清河の顔には、ものすごく嫌な笑みが浮かんでいる。

私は橋から浅瀬へ目を移し、そのまま川上と北岸の五千人を見比べた。

橋がなくなれば浅瀬へ行く。

浅瀬が一つしかなければ、そこへ集まる。

五千人いても、五千人が同時に川へ入れるわけではない。

「橋がなくなって、渡れる場所が一つしかなかったら」

私は言った。

「五千人でも順番に来るしかないよね?」

国達が天を仰いだ。

「出た」

「何が?」

「お前の、後で俺が大変になる質問だよ!」

「普通の質問だよ」

「普通の娘は五千人見ながら橋の処分方法を考えねえ!」

景謙が地面の図の前へ来た。

「使える」

話が早い。

私より先に全部つなげてしまった。

「橋を落とす。舟はこちらへ移す。浅瀬を一つに絞れば、敵は中央へ集まる。先頭が南岸へ出たところで堰を開けば、渡った兵と本隊を切り離せる」

清河が歯を見せた。

「いいじゃねえか。五千を何百ずつ食えばいいんだな」

食べるんだ……

私は清河から少し離れた。

「ただ、水はたくさん流しすぎないでね」

景謙がこちらを見る。

「何故だ?」

「全部流す必要ないでしょう?」

私は川を指した。

「立っていられなくなって、並べなくなればいいんだから」

川下には田もある。

こちらの兵だって近くにいる。

五千人を溺れさせるために水を使うのではなく、五千人が五千人として戦えなくなれば、それでいい。

景謙は少し黙った。

それから伝令へ向き直る。

「上流へ走れ。合図を見たら堰を――」

「待て」

兄だった。

景謙が振り返る。

「何だ?」

「氏貞はまだ命令してねえ」

「今の話を聞けば分かるだろう」

「分かるのと、お前が氏貞の代わりに決めるのは別だ」

二人が向かい合う。

昔からの親友同士である。

言い争うこと自体は珍しくない。

でも今日は、少しだけ違って見えた。

「結果は同じだ」

景謙が言う。

「なら早い方がいい」

「氏貞が決める」

「国達、お前は――」

「景謙」

私が呼ぶと、彼はこちらを見た。

「ありがとう。でも、私が言うね」

「……分かった」

景謙は退いた。

それだけだった。

なのに兄だけは、しばらく景謙を見ていた。

私ではなく。

景謙を。

「堰は合図があるまで動かさないでください。水路まで壊さないように、里の人にも一緒に見てもらって。それから川岸の人は先に離して」

伝令が走る。

呂興は狼煙の配置を決め、清河は浅瀬を塞ぐ兵を送り出した。

兄は橋の解体を始めた。

解体である。

まだ燃やしていない。

「兄貴! 欄干まで外す気か!」

清河が怒鳴った。

「燃やす木を減らして何が悪い!」

「橋が先に落ちるだろうが!」

「どうせ落とすんだろ!」

「私たちが降りてから落とせ!」

「じゃあ早く降りろ!」

戦う前から味方がたいへん忙しい。

最後には、使える板どころか金具まで兄に持っていかれ、ずいぶん痩せた橋へ油と枯れ木が積まれた。

火を入れると煙が上がり、それを見た北岸の呉軍が動いた。

橋へ向かった先頭が止まった頃には、中央の梁へ火が回っていた。

無理に進もうとした兵もいたが、焼けた部分が落ちると後続も止まる。

上流へ向かった兵は倒木に阻まれた。

さらに下流へ回った騎兵は、杭と石、それに柔らかい川底を嫌って戻ってくる。

結局、残った中央の浅瀬へ人が集まり始めた。

五千人いる。

だが浅瀬の幅は変わらない。

前が川へ入れば、後ろは待つしかない。

清河が腕を組んだ。

「なるほどな。数が多すぎると、後ろの奴が邪魔になるのか」

「清河が五千人いたら大変だもんね」

「何で私を五千人に増やした!」

「一人でも十分うるさいのに」

「氏貞!」

呂興が噴き出した。

清河が振り返る。

「笑ったな?」

「戦の最中ですよ、清河殿」

「その呼び方、便利に使ってんじゃねえ!」

向こうでは誰も笑っていなかった。

呉兵の先頭が浅瀬へ入る。

南岸へ一人、二人と上がってくる。

百。

二百。

さらに後ろが続く。

渡り終えた兵は陣形を作ろうとするが、次々と味方が上がってくるので広がれない。

私はまだ合図を出さなかった。

景謙がこちらを見る。

今度は何も言わない。

文七が象の首へ手を当てた。

象が鼻を鳴らす。

「少し下がります」

「水?」

「たぶん」

文七が手綱を引くより先に、象自身が一歩後ろへ下がった。

川上の音が、ほんの少し変わった。

私にはよく分からなかったが、文七と象には何かが伝わっているらしい。

「そろそろです」

私は頷いて手を上げた。

狼煙が立ち、しばらくすると上流から返事が来た。

水面が変わった。

巨大な波が押し寄せたわけではない。

川が突然荒れ狂ったわけでもない。

浅瀬だった場所の水位が上がり、流れが一気に速くなる。

それだけだった。

でも、それで十分だった。

川中の兵が踏ん張る。

後ろから来た兵は止まれない。

盾と盾がぶつかり、槍が絡み、一人が足を取られ、その一人を避けようとした二人が崩れる。

馬が暴れる。

隊列が折れた。

「よっしゃあ!」

清河が飛び出した。

「清河、待って!」

「待ってたら並び直すだろうが!」

この人に待てと言った私が悪かった。

南岸へ渡っていた敵兵へ、こちらの兵がぶつかる。

私は象を進めた。

文七がすぐ横につく。

景謙も遅れず続いている。

呉兵が槍を構えた。

しかし後ろを見ても援軍は来ない。

北岸には何千人も味方がいるのに、川の中で詰まっている。

そこに気づいた者から顔が変わった。

「川へ追い込まないで!」

私は叫んだ。

「武器を捨てた人は通して! 逃げる人は追わなくていい!」

敵の槍を弾きながら、清河が振り返る。

「逃がしたら、また来るかもしれねえぞ!」

「また来たら、また追い返すよ!」

「面倒くせえ!」

「じゃあ来ないように言っといて!」

「誰にだよ!」

知らない。

向こうの偉い人にお願いしたい。

清河は悪態をつきながらも、武器を捨てた兵の背中までは追わなかった。

一人が槍を落とす。

それを見た別の兵が剣を捨てる。

南岸へ出ていた兵が崩れ始める。

やがて北岸で鉦が鳴った。

退却だった。

五千人はまだいる。

でも、五千人で戦えなかった。

それだけで、この日の戦は終わった。

夕方――

川は何事もなかったように流れている。

橋だけがない。

兄は焼け残った橋脚の前で、兵に釘や金具を拾わせていた。

「兄さん」

「勝ったのは分かってる」

「何も言ってないよ」

「俺はいま、勝った喜びより橋を直す木の本数を考えてる」

「大変だね」

「誰のせいだ!」

「呉軍?」

「お前だ!」

違うと思う。

半分くらいは呉軍の責任である。

呂興は舟を戻す手配をしていた。

清河は怪我人を見て回っている。

文七は川辺で象の脚を洗っていた。

景謙は少し離れた場所に立っている。

私が見ると目が合った。

前なら、そのまま何か話していた。

今は何を言えばいいのか、少し迷う。

景謙が私を好きだと知ってしまったから、私が変に意識しているだけなのかもしれない。

そう思っていると、南の道から騒ぎ声が聞こえた。

また敵かと思った。

違った。

荷車だった。

米俵を積んだ荷車が何台も来る。

その前を、見知らぬ男たちが歩いていた。

「趙氏貞殿はこちらか!」

先頭の老人が私を見つけると、いきなり頭を下げた。

「我らの里も、兵と米を出させていただきたい!」

私は固まった。

後ろにも人がいる。

さらにその後ろから、別の一団まで来た。

「こちらも二十人出せます!」

「うちは舟を!」

「うちは鍛冶を出す!」

兄が顔を上げた。

「待て待て待て! 一度に喋るな! 米は何俵だ! 兵は何人だ! 舟は誰が管理する!」

さっきまで橋の釘を数えていた男が、突然ものすごい勢いで働き始めた。

清河が私の肩を叩く。

「やったじゃねえか。増えたぞ」

「何が?」

「味方が」

「どうして?」

「五千追い返したからだろ!」

そんな理由で増えるものなのだろうか。

呂興のところへも次々と伝令が走ってきた。

最初は三つの里からだったものが、夕食になる頃には七つ、夜には十を超えていた。

兵を出すという里があれば、米を持ってくる里もあり、道案内や舟を貸すと言ってくる者までいた。

しまいには象と象使いを寄越すという話まで出てきた。

「清河」

「何だ」

「今日、橋を一本燃やしただけだよね?」

「五千人追い返したことを忘れんな!」

「でも、みんな私のところへ来るよ」

清河は一瞬だけ黙った。

それから、笑った。

「そりゃ来るだろ」

「どうして?」

「勝ってるからだよ」

簡単に言われた。

焚き火の向こうには知らない顔が増え、その誰もが私の名前を知っていた。

二か月前には里長を助けただけだったのに、今では会ったこともない里から人が来て、私について戦いたいと言う。

私なら勝てる。

どうやら、みんな本気でそう思っているらしい。

それが少し怖かった。

その時、また一騎、暗い道から馬が飛び込んできた。

呂興が受け取った文を開き、目を見開く。

「氏貞殿」

「今度はどこ?」

呂興は文と私を交互に見た。

「どこ、ではありません」

「え?」

「北も南もです」

焚き火の周りが静かになった。

「九真の各地で、こちらへ加わる者が動き始めています」

私は何も言えなかった。

清河だけが、ものすごく嬉しそうだった。

「よかったな、氏貞」

「何が?」

「お前、とうとう本当に反乱軍の頭になったぞ」

困る。

私はまだ、そんなものになると一度も言っていないのに。

呂清河だ。


今回はベトナムの市場の話だ。

観光客向けの市場や個人商店じゃ、値段が出ていない品もあって、店の人と相談しながら買うことがある。

ただし、スーパーや値札のある店で何でも値切るのはやめとけ。


「清河、五千人分まとめて買ったら安くなるかな?」

「何を買う気だ!」

「米」

「兄貴を呼べ! 話が変わった!」


旅行なら笑って交渉すりゃいい。

無理なら買わずに離れればいいし、相手が嫌がるほど粘る必要もねえ。


「じゃあ橋は?」

「値切るな。燃やすな」


もう遅えよ……


次回。

勝てば勝つほど、こいつの名前まで勝手にでかくなっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。