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私、一人しかいないよ

シンチャオ、趙氏貞です。


今日のベトナム語は「bao nhiêu?(バオ・ニュー?)」。

「いくら?」「どのくらい?」という意味で、旅行先の買い物でも使えます。


「清河、今度の敵はbao nhiêu?」

「五千」

「多いね」

「感想が軽い!」


しかも今回は、三千と二千に分かれて来るそうです。


「じゃあ清河、私はbao nhiêu?」

「一人だよ!」

「二つに分けたら?」

「お前まで分けるな!」


困りました……

敵は増えるし、道も二つ。

でも私は、一人しかいません。


そして今度は、どちらにも人がたくさんいます。

兄は私と景謙の間へ入った。

「氏貞」

「何?」

「向こう行ってろ」

「どうして?」

「いいから行ってろ」

追い出された。

役所の裏から表へ回ろうとしたところで、景謙の声が聞こえた。

「俺は昔から氏貞が好きだった!」

足が止まった。

兄も何か言っているが、そちらはよく聞こえない。

「子供の頃からだ! 国達、お前だって知ってただろ!」

知らなかった。

私が知らなかったことを、どうして兄が知っているのだろう……

戻って聞こうかと思ったところで、

「氏貞! 戻ってくるな!」

と兄に怒鳴られた。

見えていないはずなのに、なぜ分かったのだろう。

仕方なくもう少し離れた。

しばらくして景謙が出てきた。

私を見ると何か言いかけたが、結局そのまま口を閉じた。

苦虫を一度に十匹くらい噛んだような顔で、そのまま廊下を曲がっていく。

代わりに兄が出てきた。

「兄さん」

「何だ?」

「景謙、私のこと好きなの?」

「聞こえてたのかよ!」

「声が大きかったから……」

「忘れろ」

「どうやって?」

「俺に聞くな!」

兄は頭を抱えた。

私も困った。

好きと言われても、何をすればいいのか分からない。

「兄さんは知ってたの?」

「何となくだ!」

「何となくなら文七みたいだね」

「一緒にするな!」

その時、表から呂興が走ってきた。

「氏貞殿! 文七が戻った!」

兄が顔を上げた。

私も景謙の話を忘れて外へ出た。

本当に文七がいた。

その横には、前に乗っていた象よりひと回り大きな象が立っていた。

「大きいね」

「はい」

「前の子より?」

「大きいです」

文七が象の首を撫でる。

象は長い鼻を伸ばして庭先の葉をむしり、私たちが近づいてもあまり気にしていない。

「早かったね」

「譲ってもらえました」

「簡単だった?」

「少し話しました」

「どれくらい?」

「半日くらいです」

「それ、少しじゃないよ?」

文七は気にしていなかった。

「前にいたところで、氏貞殿が象を失った話も伝わっていました。それなら、と」

「お金は?」

「あとで相談だそうです」

兄が後ろから聞いていた。

「今、何て言った?」

「あとで相談です」

「何を払う?」

「まだ決まってません」

「決めてから連れてこい!」

大きな象が鼻を伸ばし、兄の肩へ触れた。

兄が固まる。

「気に入られたみたい」

「いらん!」

文七が少し笑った。

その翌朝、五千を超える兵が来ると聞かされた。

本当に五千を超えていたが、今度は一つの軍ではなかった。

本道を南へ下る兵が三千ほどいて、さらに東の川沿いから二千ほどが回り込み、別々に九真へ入ろうとしている。

書佐が地面へ引いた二本の線を見て、清河が腕を組んだ。

「一応、学習したな」

「進歩した?」

「人数を二つに分けただけだ!」

そう言ったあと、清河は地面を見たまま少し考えた。

「……でも、面倒にはなった」

それは私にも分かった。

前なら来る場所へ人を集めればよかった。

今度は二か所へ同時に来るうえ、どちらも以前なら大軍と呼んでいた人数だった。

呂興が木簡を並べる。

「東へ出せるのが六百くらい。本道側は千くらいです。西と山側を空にしなければ、ですけど」

「全部呼んだら駄目なの?」

私が聞くと、清河が顔をしかめた。

「全部連れてったら九真が空になるだろ」

「でも五千来るよ?」

「だから残すんだよ。後ろから別の奴が来たらどうすんだ」

「清河、考えること増えたね」

「誰のせいだ!」

兄は別のところを見ていた。

米だった。

「東に六百、本道に千。残りは?」

「西と山側」

「待て」

「川の南にも――」

「待てって言ってるだろ!」

兄が木簡を握りしめる。

「俺は一人だぞ!」

「兄さんも二つに分かれたら便利なのにね」

「人を米俵みたいに分けるな!」

清河は笑った。

兄は笑っていなかった。

景謙は少し離れたところで北からの報告を読んでいた。

昨夜のことは誰も口にしない。

私は気になっていたけれど、話しかけると兄が嫌な顔をするのでやめた。

景謙の方から来た。

「氏貞……本道側へ行くんだな?」

「うん」

「俺も行く」

「景謙は北から来る報告を聞くんじゃないの?」

「戦場でもできる」

「書佐もいるよ」

「俺が行く」

なぜか絶対に譲らなかった。

文七が新しい象を連れてくる。

前の象より大きいせいか、そばへ来るだけでかなり目立った。

景謙の視線がそちらへ動く。

「お前も行くのか?」

「象が行くので」

「そうか」

前にも聞いた気がする。

文七はまったく気にしていなかった。

翌日、先に東から狼煙が上がった。

清河がぶつかったらしい。

「行ってくる!」

と言って六百人を連れて出ていったのは朝だった。

去り際、呂興が叫ぶ。

「叔母さん、川沿いで無茶しないで!」

「姉ちゃんだ! あと無茶する前提で言うな!」

元気だった。

本道側にも間もなく呉軍が見えた。

三千ほどの兵が盾と槍を並べ、道いっぱいに広がってくる。

私は新しい象の上から眺めた。

前の象より高く、その分だけ遠くまで見えた。

「文七」

「はい」

「すごく見える」

「大きいので」

「敵からも?」

「たぶん、すごく見えます」

困った。

「前と同じだね」

文七が首を傾げる。

「少し違います」

「どこ?」

「象を見ても止まりません」

「本当だ」

向こうも慣れたらしい。

少し残念だった。

別に怖がってほしいわけではないけれど、立っているだけで下がってくれた頃の方が楽だった。

呉兵の前列から声が飛ぶ。

「象へ寄るな! 槍を揃えろ!」

槍先が一斉にこちらへ向く。

文七が象の鼻先を見た。

「この子は前へ出したくないです」

「私も」

「では、出さないでください」

「うん」

前より大きな象は、戦場へ来た初日から後ろに置かれることになった。

景謙が横から口を挟む。

「それなら氏貞も降りろ」

「高い方が見えるよ?」

「また象を狙われたらどうする」

「その時は降りる」

「そういう話じゃ――」

「氏貞殿、前へ出ます!」

例の若い男が来た。

今日は最初から私の近くにいる。

景謙の言葉が止まった。

「無理しないでね」

「はい!」

「怪我したら帰ってきて」

「必ず」

なぜか今日は顔が赤くならなかった。

少し慣れたのだろうか。

清河がいないので聞けなかった。

呉軍が押してくる。

こちらは畑の畦や林の端へ下がり、まとまって進みにくい場所へ誘った。

前回と同じように横へ回ろうとすると、今度は向こうも兵を置いている。

一応、向こうも学習していたらしい。

「右、空けて!」

近くの頭がすぐ人を動かす。

以前なら清河に言っていたことを、今は別の人が聞いて動いた。

それが不思議だった。

象の上からなら、呉軍の列がよく見える。

しかも前の象より背が高いため、前へ出すぎたところも、人が詰まっているところも、その横を回れそうな細い道も見つけやすかった。

「左の林から行ける?」

「行けます!」

人が走る。

しばらくして呉軍の横で声が上がった。

呉軍の横が崩れたものの、前回ほど簡単には下がらなかった。

「押せ! 止まるな!」

また同じ声が聞こえる。

賢くなったのかと思ったのに、最後はやっぱり押すらしい。

笑いたかったけれど、笑えなかった。

こちらでも一人倒れ、その後ろで別の男が肩を押さえて座り込んだ。

数が多いというだけで、同じことを何度も続けられる。

それだけで十分怖かった。

昼を過ぎた頃、東から使者が来た。

泥だらけで、息を切らしている。

「呂清河殿より!」

私は象の上から身を乗り出した。

「清河、どうしたの?」

「東の敵を川沿いへ押し込み、進みを止めています。ただ、二千のうち一部がさらに東へ分かれました」

「どれくらい?」

「三百ほどです。里へ入りました」

胸の奥が嫌な感じになった。

「誰か守ってる?」

「百ほどおりますが、押されています」

本道の三千は目の前にいる。

ここから人を抜けば、こちらが薄くなる。

前なら清河を見ればよかった。

今日は清河がいない。

呂興も連絡所に残している。

私は初めて、すぐに答えられなかった。

「氏貞殿」

若い男が私を見る。

「俺が行きます」

「でも、ここも足りないよ」

「百人なら抜けます。里までなら間に合う」

景謙が割って入った。

「駄目だ! ここを薄くするな!」

「でも里に人がいる」

「三千を突破させたら、もっと多くの里が危なくなるんだ!」

正しい。

嫌になるくらい正しかった。

若い男は黙って私を見ている。

私は目の前の三千を見た。

それから東を見た。

両方には行けない。

「百人連れて行って」

景謙が私を見る。

「氏貞!」

「勝たなくていいから。無理なら里の人を逃がして」

「はい」

男が頷く。

「必ず戻ります」

今度は何も言えなかった。

百人が東へ走った。

その背中を見ている間にも、呉軍は前へ来る。

戦は待ってくれなかった。

夕方近く、本道側の呉軍がようやく崩れ始めた。

横へ回った人たちが荷車へ近づき、前と後ろの間が開いている。

北への道は残した。

「追わないで!」

声が広がる。

呉兵が下がった。

今までなら、そこで少し安心できた。

今日はできなかった。

東から戻ってきた清河は、顔も腕も泥だらけだった。

「氏貞!」

私は象から降りる。

「里は?」

清河の顔から笑いが消えた。

「間に合わなかった家がある」

「何人?」

「まだ分かんねえ。死んだ奴もいる」

足が重くなった。

「私がこっちにいたから?」

「違う」

「でも私が東へ行ってたら――」

「今度はこっちが抜かれてた」

「でも」

「氏貞」

清河は怒鳴らなかった。

「お前は一人だ。全部にいられるわけねえ」

分かっている。

それでも嫌だった。

東の里へ着いた時には、火は消えかけていた。

何軒かの家が焼け、倉の戸が壊されている。

道には血が残り、こちら側で死んだ者もいれば、里の人にも怪我人が出ていた。

若い男は戻っていた。

腕に布を巻いている。

「怪我したの?」

「少しです」

「帰ってきてって言ったでしょう?」

「帰ってきました」

私は言葉が止まった。

男は少し笑う。

「だから約束は守りました」

どうしてそこで笑うのだろう。

清河が私を見た。

何か言いかけて、やめた。

その夜、役所へ戻ると、兄はまだ米を数えていた。

私を見るなり、

「東へ送る分はもう出した」

と言った。

「まだ何も言ってないよ」

「言う顔だった」

朝と同じことを言われた。

今度は笑えなかった。

五千の討伐隊は退いた。

勝ったと言っていいのだと思う。

でも、焼けた家は戻らない。

死んだ人も戻らない。

呂興が夜遅くまで木簡を並べ、どの里に何人残し、どこから誰を動かしたのかを書き直していた。

「次は、もっと早くつなげます」

「呂興」

「何?」

「寝てる?」

「少し」

「叔母さんに似てきたね」

奥から清河が怒鳴った。

「姉ちゃんだ!」

少しだけ笑えた。

景謙は笑わなかった。

私のそばまで来ると、東の里の報告を見た。

「だから言ったんだ。人を抜くなって」

「うん」

「俺の言うことを聞いていれば――」

兄が顔を上げると、景謙は続きを言わなかった。

兄も何も言わない。

ただ、二人の間に昨日とは違うものが残っているのは分かった。

そこへ北から使者が来た。

書佐が報告を聞き、木簡を握る。

「交趾側は、さらに兵を集めています。それだけではありません。各地へ、九真へ送る兵と食糧を出すよう命が回りました」

清河が地面の線を見た。

私は聞く。

「次も、もっと増えるの?」

「おそらく」

誰もすぐには喋らなかった。

新しい象が庭で鼻を鳴らした。

文七がそちらを見る。

「氏貞殿」

「何?」

「今度は、人数じゃない気がします」

清河が顔を上げる。

「何が嫌なんだ?」

「分かりません」

文七は北を見た。

「でも、前より嫌です」

今まで黙っていた景謙が、その横で木簡を取った。

「……交趾が本気で動くなら、次は今までみたいな討伐隊じゃ済まない」

清河が腕を組んだ。

「氏貞」

「何?」

「次は、今までみたいにはいかねえかもしれない」

清河がそんなことを言うのを、私は初めて聞いた。

呂清河だ。


今日のベトナム文化は、道の渡り方。


バイクの多い街じゃ、信号や横断歩道を確かめたうえで、急に走ったり引き返したりせず、周りから動きが分かるように渡るのが大事だ。


「清河、右から三千、左から二千来たら?」

「それ道路横断じゃねえ!」

「どっちへ行けばいい?」

「五千人いる道に入るな!」


今回は、そうも言ってられなかった。

氏貞は一人しかいねえのに、道は二つあって、どっちにも守る奴がいる。


「二人に増えない?」

「増えたら私が泣く!」


次回。

今度は、道を選ばせてもらえるとは限らねえ。

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