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名前が勝手に戦い始めた

シンチャオ、趙氏貞です。


今日のベトナム語は「xin phép(シン・フェップ)」。

「許可を求める」という意味です。


「清河、米を持っていく時もxin phépするの?」

「当たり前だ!」

「人の名前を使う時は?」

「それも本人に聞け!」

「じゃあ、聞かなかったら?」

「勝手に名乗ってんだよ!」


困りました。

今朝、私の名前を名乗った人たちが、里から米を持っていったそうです。


「私の名前、米まで運べるようになったんだね」

「感心すんな!」


とりあえず返してもらいに行きます。


その頃、北では――

私の名前が、今度は勝手に戦を始めていました。

朝、私の名前が米を奪ったと聞かされた。

意味が分からなかった。

「私、昨日ずっとここにいたよ?」

「知ってる」

清河が腕を組んでいる。

「じゃあ誰が取ったの?」

「お前の名前だよ」

「名前って米持てるの?」

「そういう話じゃねえ!」

役所の前に座り込んでいた男は、九真北部の里から来たそうだ。

昨日、武器を持った二十人ほどが現れ、布に私の名を書いて掲げ、自分たちは趙氏貞の軍だと言ったらしい。

それから兵糧が必要だと言って、倉の米を持っていった。

「私、頼んでないよ」

「ですが、趙氏貞殿のお名前が……」

昨日までなら、名前を貸しても減らないと思っていた。

どうやら増えることはあるらしい。

しかも、あまり良くない増え方だった。

「だから言っただろ!」

景謙が木簡を持って近づいてきた。

「誰が氏貞の名を使っているのか、全部把握しないとこうなるんだ!」

「昨日来た人たちは、ちゃんと頼みに来たよ?」

「頼みに来ない奴が出たから言ってるんだ」

それは正しい。

景謙は私のそばまで来ると、少し声を落とした。

「この件、二人で話したい」

「今?」

「ああ……これから誰に名を使わせるのか、氏貞自身が決める必要がある」

外から文七の声がした。

「氏貞殿、象の右前脚を見てもらえますか」

景謙の顔が止まった。

「今じゃなくてもいいだろ」

「今の方がいいです」

「どうしてだ?」

「なんとなく」

清河が吹き出した。

「強えな、その理由」

象の脚を見に行ったが、少し石が挟まっていただけだった。

戻ると、景謙はまだ同じ場所にいた。

「話の続きは?」

「あとでいいよ」

「……そうか」

少し変な返事だった。

米を取られた里は近かったので、私は象に乗って行くことにした。

里の男が、象に乗ってくれば間違いなく本人だと分かると言ったからだ。

「私だけじゃ足りないの?」

「最近、お前の偽物みてえなのまで出てきたからな」

「私の偽物ってどんな人?」

「知らねえよ。でかくて女で象に乗ってりゃ、かなり絞れるだろ」

「象まで偽物がいたら?」

「そこまで揃ったら一回会ってみてえよ!」

清河も来ることになった。

景謙も立ち上がる。

「俺も行く」

「東の記録はどうすんだ?」

清河が先に止めた。

「誰がどこで氏貞の名を使ってるか、全部把握したいんだろ?」

「それは……」

「じゃあやれ」

景謙は黙った。

「終わったら来れば?」

「……分かった」

文七は当然のように象の横を歩いている。

しばらくすると、前方を見たまま言った。

「氏貞殿。米を取った人たちより、取られた人たちの方が怖いです」

「怒ってる?」

「たぶん」

「また、なんとなくか?」

「はい」

清河の顔から笑いが消えた。

里へ着くと、すぐ分かった。

広場には二十人ほどが集まり、その後ろに米俵が積まれていた。

棒の先には布が結ばれ、大きな文字が書いてある。

「何て書いてあるの?」

「趙氏貞」 「私?」

「お前」

「字になると分からないね」

「今そこ気にするとこじゃねえ!」

向こうも象に気づいた。

三十くらいの男が立ち上がり、驚いたあとで満面の笑みを浮かべた。

「趙氏貞殿! ちょうどよかった! 我らもあなたのために兵を集めております!」

私は米俵を見る。

「それ、どうしたの?」

「里から出させました。戦には兵糧が必要ですから」

「勝手に?」

「趙氏貞殿の軍のためです」

「私、頼んでないよ?」

男の笑顔が止まった。

清河が鼻を鳴らす。

「聞こえたか? 本人、頼んでねえってよ」

男は慌てた。

「しかし、呉と戦うには兵糧が――」

「それは分かるよ。でも、この人たちの米でしょう?」

「戦になれば、多少の負担は必要です!」

言っていることは分かる。

兄も毎日、米が足りないとか荷車が足りないとか言っている。

でも、それで勝手に持っていっていいなら、最初に役人が村へ来た時とあまり変わらない。

「清河」

「何だ?」

「これ、呉の役人と何が違うの?」

男の顔が赤くなった。

清河まで黙る。

「何?」

「いや……お前、たまに超まっすぐ刺すなと思って」

「刺したつもりないよ」

文七が里の人たちを見てから、小さく言った。

「さっきより怖くないです」

「どうして?」

「米、返りそうだからだと思います」

「たぶん?」

「はい」

男は苦い顔で俵を見た。

「では、兵糧はどうすればよいのです」

「必要なら先に聞けばいいんじゃない?」

「誰にです?」

私は清河を見る。

清河も私を見る。

二人で文七を見た。

文七が首を傾げた。

「僕ではないと思います」

それは分かる。

「……戻って書佐に聞こうか?」

「氏貞、お前また仕事増やしたぞ」

「米取ったの、この人たちだよ?」

「解決しようとして増やしてんだよ!」

とりあえず米は返してもらった。

里の年寄りが何度も頭を下げる横で、米を運んでいた若い男が私を見た。

「でも、趙氏貞殿のために戦いたいという気持ちは本当です」

「それなら一緒に戦えばいいよ」

後ろで清河が咳き込んだ。

「氏貞!」

「何?」

「今、また増やした!」

「でも戦いたいんでしょう?」

「そうだけどよ!」

結局、二十人のうち半分ほどが、今度は正式にこちらへ加わりたいと言い出した。

私は米を返しに来ただけだった。

どうして人が増えるのだろう。

役所へ戻ると、景謙が入口に立っていた。

「遅かったな」

「米、返してもらったよ」

景謙は私ではなく、先に文七を見た。

「お前も行ったのか?」

「象が行ったので」

「氏貞のそばにいる理由は、いつも象か?」

「大体そうです」

文七は本気で答えていた。

清河が私の耳元で囁く。

「何であいつ、象係に喧嘩売ってんだ?」

「分からない」

本当に分からなかった。

書佐は話を聞き終えると、木札を一枚取り出した。

「今後は、趙氏貞殿のお名前を掲げる者を区別した方がよいでしょう。こちらが認めた者へ印を渡し、方針を破れば返してもらいます」

「名前を貸す許可証?」

「そのようなものです」

清河が笑った。

「お前の名前、とうとう持ち出しに許可が要るようになったぞ」

「昨日は減らないって言ったでしょう?」

「減らねえけど勝手に増えたんだよ!」

景謙が木札を取った。

「誰に渡したか、俺にも全部控えを寄越してくれ」

「また全部?」

「当然だろ。氏貞の名を使うんだ」

さらに私を見る。

「氏貞……これから名を貸す前に、俺にも相談してくれ」

「書佐もいるよ?」

「俺が見た方が早い」

「清河もいるよ?」

「戦場の話じゃない」

「呂興も木簡を分けるの得意だよ」

景謙の顔が強張った。

「……氏貞。俺は、氏貞と二人で話したいと言ってる」

ちょうどその時、呂興が木簡の束を抱えて入ってきた。

「叔母さん、北から来た分どこ置く?」

「姉ちゃんだ!」

清河の怒鳴り声が役所に響いた。

景謙は目を閉じた。

私は少し気の毒になった。

呂興は気にせず床へ座り、木簡を並べ始める。

「これ、同じ名前を使ってても連絡が届かなかったら、別々に動くよね」 「そうですね」

書佐が頷いた。

「なら、誰がどこにいるかだけじゃなくて、誰と連絡できるかも書いた方がいい」

「お前、覚えるの早えな」

「叔母さんが雑だから」

「姉ちゃんだっつってんだろ!」

景謙がまた目を閉じた。

今度は少し長かった。

そこへ兄まで入ってきた。

私が見る。

書佐も見る。

清河も見る。

呂興まで見る。

兄は止まった。

「……何だ?」

清河が笑う。

「兄貴、米だ」

兄は踵を返した。

「帰る!」

「今回は勝手に取らねえための米だ!」

「もっと嫌な仕事になってるじゃねえか!」

捕まった兄は、結局どの里なら余りがあるか、山側から運ぶなら何日かかるかを聞かれ始めた。

「俺は米を運んでただけだからな! なんで他人が米を取っていいかまで俺が考えるんだ!」

「経験者だからだ」

「何の経験だ!」

私は少し申し訳なくなった。

「兄さん、大丈夫?」

「お前がそれ言うのか!?」

元気そうだった。

夕方には、机の上の木簡がさらに増えていた。

誰が私の名を使い、何人を率い、どこで動き、誰と連絡でき、米をどこから運ぶのかまで書かれている。

「名前を貸すだけだったのに」

「名前貸したら、軍と決まりと米の管理まで返ってきたな」

「返ってきすぎじゃない?」

「だから名前は物じゃねえって言っただろ!」

その時、外から馬の音がした。

最近、その音のあとには大抵仕事が増える。

書佐が出ていき、木簡を持って戻ってきた。

「趙氏貞殿。北から知らせです」

「また名前?」

「いいえ」

少し安心した。

「交趾で、趙氏貞殿のお名前を掲げた者たちが、県の兵と戦いました」

私は清河を見る。

「それ、やっぱり名前の話じゃない?」

「氏貞ィ……もうお前の名前、勝手に戦始めてんぞ」

県の兵は退いたらしい。

「勝ったの?」

「そのようです」

「私、戦ってないよ?」

「知ってるよ!」

呂興が木簡を受け取ろうとすると、景謙がその手を止めた。

「待て。先に俺が見る」

「僕、分けるだけだけど」

「俺が見ると言った」

役所の空気が少し止まった。

清河が景謙を見る。

「お前、さっきから何なんだ?」

「何がだ?」

「みんな普通に仕事してんだろ」

景謙は答えなかった。

私だけを見た。

書佐が続ける。

「それだけではありません。交趾の別の場所でも、同じ名を掲げる者が現れています」

私はまだ九真にいる。

けれど私の名前はもう、米を取り、返させられ、兵を集め、そのうえ九真の外で戦まで始めていた。

そこへ、もう一人が駆け込んできた。

「趙氏貞殿! 交趾の役所が動きました。周辺の兵を集め始めています!」

清河が黙った。

私も黙った。

「清河」

「何だ?」

「私、九真から出てないよね?」

「出てねえ」

清河は北を見た。

「でも向こうは、そう思ってくれねえみたいだな」

景謙が私のすぐ横まで来た。

「氏貞……今度こそ、二人で話そう」

その瞬間、門の外から文七の声が飛んできた。

「氏貞殿、北の道から嫌な感じがします」

景謙は答えず、門の外の文七を見た。

呂清河だ。


今日のベトナム文化は、村。


ベトナムじゃ、村はただ家が集まってるだけじゃねえ。

土地や暮らし、人のつながりまで含めて、長く生活の土台になってきた。


「じゃあ、戦だからって勝手に入っていい?」

「よくねえ」

「米を持っていくのは?」

「もっとよくねえ!」


なのに氏貞の名を掲げた連中が、それをやった。


「返してもらったよ」

「そこまでは偉い」

「半分くらい仲間になった」

「何で増えてんだよ!」


しかも九真の外じゃ、氏貞本人抜きで戦まで始まった。


次回。

村の騒ぎじゃ済まなくなる。

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