7価値のある野菜
少し日が傾いてきた。
夕暮れにはまだまだ時間があるが、こうまで成果がないと、これ以上探していても何も見つからない気しかしない。
ジエダスが魔導士らしい恰好をしていなければ判別できないと思っていたが、そもそも彼以外の人がいない可能性のほうが高い気がしてくる。
誰かを見かけたら、その人はジエダスだ。
闇雲に歩きながらもかろうじて飽きさせないのは、その色とりどりな光景があるからこそだろう。
ふと空腹感を覚えて立ち止まると、タウベは携帯袋からカサカサに乾いた干し肉を取り出しかけて手を止める。目の前には瑞々しい野菜があるのに。
と、そこで野菜花壇の脇に、真新しい看板が立てられていることに気づく。
〝好きなだけ食べてください。代金は請求しません〟
それは砂や風雨に削られることもなく、黒々とはっきりした字でそっけない一文が書かれている。やはりどこかに住人はいるようだ。
「好きなだけ収穫してどっかで売ろうって考える人はいないのかな」
呟きながらもタウベは、野菜の誘惑を断ち切って干し肉をかじる。
「前はいたよ。そんなのいちいち気にしないから、君もそうしたければそうすればいい」
背後から風の囁きのような返答が聞こえ、タウベはどきりとした。
ふり返ってみると、そこには人が立っている。
深緑色の髪と日に焼けた肌。背丈はそんなに高くない、大人の女性だ。
「あ、こんにちは」
あまりにも突然だったからタウベは挨拶して間を持たせた。
ジエダスは女性だったのか? あれ、そもそも勝手に男性だと思い込んでいただけで、性別や見た目などの細かい情報は聞いていなかった気がする。
タウベの混乱をよそに、女性は鈴の音のように弾んだ挨拶を返した。
「あなたは? 蔓を越えてくるなんて、蔓に話しかけたってことよね。変わってるわ」
「ボクはタウベ。不思議な蔓があったから、つい気になっちゃって。入っちゃダメだった?」
ひとまずジエダスのことは何も聞かず、タウベは塔の所属や捜索のことを伏せて話を聞いてみることにした。
目の前の女性は鋭い不信感と、それを優に上回る剝き出しの興味をタウベに向ける。
「何がどう不思議だったの?」
「えっと……、この蔓は、自然にこうなったのかな、とか」
「とか?」
「この中に、誰か人は住んでるのかな、なんて」
やたらと問い詰めるこの女性に気圧されてしまうが、感情が見えるタウベには分かる。彼女はタウベを責めているわけではないのだ。
まるで新種の草花を発見した植物学者のように、爛々と輝く目をタウベに向けている。
「えっと、あなたはここに住んでるの?」
「そうよ。ああ、ごめんなさい。久しぶりの来訪者に、つい興奮してしまって」
女性は何度か深呼吸して落ち着くと、妙にとげとげした印象の語調に変わった。
「私はフィエル。ここが気に入って、もう長いこと住んでいる。私の野菜を気に入ってくれたなら、好きなだけ持っていっていいわ」
「すごい大盤ぶるまいだね……。これ、どこに持っていっても高く売れるよ」
途端に、彼女から表情が消えた。何か不満なようだ。商品として扱われたのが不快だったのか――。
だが、違った。
「そう! 高く売れるわ! 実際に、ここの人たちは好きなだけ収穫して、どこかへと消えていった。ほんの少し小遣いが稼げれば、それでいいのよ。わざわざ収穫するために何度も戻ってくる人なんて、いない」
「え? あ……、そっか。貧民街のほうで大金を稼げたとしても、町には戻れないもんね」
タウベは自分が貧民街という出口のない場所にいることを思い出した。
貧民街から通常の町に戻るためには、拒絶の石壁を越えなければいけない。門はタウベやホーカーなど砂鳥にとっては単なる出入り口だが、ほとんどの人にとっては金品を持って通過することができないのだ。
許されるのはせいぜい、ささやかな路銀やちょっとした食糧くらいだ。それ以外は全て守主に取り上げられてしまう。
しかも、もし貧民街で大金や大量の食糧など過分な富を抱えてぶらぶらしていれば――それだけで死を招く呪文になるだろう。




