一章 花と葉のロマンス
この物語には涙を流すほどの悲劇も、腹を抱えて笑い転げるようなユーモアも、扇情的な女も、官能も、あなたが期待するような結末も存在しない。
例えるなら、誰か知らない人の日記を間違えて開いたような話だ。
あなたはこの本を読み終えたら「つまらなかった」と呟くだろう。
だが小生はこれを読みきった読者に「つまらなかっただろう?」とは決して言わない。
なぜなら小生の人生にはこれほど劇的で、泣けて、笑えることなどなかったのである。
(中略)
魔術に優れた彼は今まで勉学と仕事ばかりしていた。
故にその出会いは衝撃的なことだったのだろうか。
彼は優れた魔術を、たった一人の女性を喜ばせるために用いるようになったのだ。
女に現を抜かすとは情けない。
最初は彼を諫めていた友人たちも愛想を尽かし、次々と離れていき、やがて彼の下に残るのはポンコツの弟子だけとなった。
彼は薄暗い部屋で魔法薬の調合をしたり、誰かの魔術を盗んだりしない。
ただ愛する植物たちの世話ばかり。
水をやり、葉を一枚一枚観察し、何か足りない栄養を見つけると、無数にある肥料からそのとき一番適したものを選び、穏やかに笑んでは次の植物の世話に移る。
彼が育てる植物はどれも元気だが、それも当然。これらはほっといても勝手に育つ強い種ばかりなのだ。
弟子がもっと別のものを育ててみないのか問うと、彼は笑んで首をふる。
自分がいなくては死んでしまうような子は、怖くて育てられない。
手を抜いてしまうことなどないほどの愛情を注いでいる彼が、間違えて枯らしてしまうことなど有り得ない。
その言葉はそのままの意味なのだろう。
なぜなら彼は死んでしまうかもしれない仕事をしていた。
それはさておき、口数も少なく草や花にばかり笑みを向けていた彼が、どうして恋をしたのだろう。
ありふれた言葉を使うなら、その恋に理由らしい理由などなかったのかもしれない。
彼は一日でも世話を怠ったら枯れてしまうような、難しい植物を育て始めた。
鉢ではなく、わざわざ小屋を建てられるくらいの花壇を作った。
花壇に使うレンガを特殊な土から作り、森から運ばれてきたという黒々した土で満たし、様々な魔法薬を撒き、自ら調合した液肥を蒸留水と共に与える。
その贅沢な材料の使い方に弟子が一言も文句を言わなかったのは、天才がとても素晴らしい何かを育てるぞ、という期待が大きいからだ。
しかし生えてきたのは、突然変異で生まれた蔓の形状をした蠢く雑草と、頼りない芽を出し始めたばかりの草。
間違えて草を踏みつぶしそうな蔓を処分せず、彼はいつもの笑みを浮かべて言った。
その子はとても繊細で弱い子だから、守ってあげてね。
数日すると、蔓のほうは早くも車形花冠の青く小さい花を咲かせた。
それほどいい香りがするわけではないが、不気味なばかりの蔓を飾る無数の花は愛嬌があり、雑草特有の逞しさを兼ね備えている。
そしてそれらの蔓と花は、ぐるりと円を描いて囲むように、中心の草を守っていた。
頼りなかった草は凛々しく育ち、白いつぼみと共に少しずつ巨大化し続けている。
つぼみはいつ開くのだろうか。
失われた彼への関心を再び集めるように、白いつぼみは多くの関心を集めるようになった。
(中略)




