幕外(花蜜の苑)
ホーカーとタウベが去った二地区では、三人が紅茶を片手に、楽しそうに話している。
「これでお前が書いた本もようやく報われる」
「まだ分かりませんよ。いくら砂鳥の発言権が強いとはいえ、魔導士師団は頭が固いですから。今度こそ納得してくれるといいのですが」
「そうね。死んだことにしてみたり、同情を買ってみたり、色々やって誤魔化してきたけれど、砂鳥をよこす時点で諦めが悪いわ」
「それを君が言うか。塔での研究に限界を覚えてこんなところに移り住んだ君が」
「言ったでしょ? 私は諦めの悪い女なの。塔は環境が良すぎるわ。自然に近い形で植物を観察できない。それに、あなただって私と同じよ。何かと干渉されて身動きが取れない塔を出て、無理やりここに住み着いたんだから」
天才魔導士はやれやれと紅茶をすすり、ほうっと息を吐いた。
「今日はいつにも増してうまいな」
「いつも通りですよ」
天才植物学者も弟子の淹れた紅茶をすすり、
「本当にいつも通り。いつも通りおいしいわ」
晴れ晴れとした顔で感想を言った。
弟子だけはのんきな二人とは違って浮かない顔をしている。
「落ち着きなさい。駄目ならまた次を考えればいいではないか」
「簡単に言わないでください。脚本を考えるのは僕なんですから」
「友人……、ホーカーは人の気持ちをよく汲んでくれる人物だ。それに、彼の所属するところの隊長もなかなか侮れないぞ」
「というと?」
「あの男は人を手のひらの上で転がすように、実に簡単に人を動かす。話術では誰も敵わないと噂されるくらいだ」
「問題は、その口達者な隊長さんが協力してくれるか、ね」
魔導士がまたカップを口に運ぶと、弟子は洗練された動きで、空になったそれを満たしてやる。
「ホーカーが連れていたあの子供は、聞くところによると元商人らしい。人は見かけによらないな。私は初めて商談というものを持ちかけられた」
「師匠はその辺り、まるで才能が無さそうですね。あっさり承認して、フィエルさんに反対されたらどうしようかとハラハラしましたよ」
「どうして?」
「フィエルさんは評価されるのを嫌うじゃないですか。師匠と引き換えになるほどの価値があるとは思えない、なんてだだをこねると思いました」
「それはひどい誤解ね。たしかに平等な取引ではないけれど、もし失敗しても、私はあなたを信用しているわ」
「信用? ポンコツの僕をあてにしてたんですか?」
「あはっ! 自覚してなかったのね。あなた、なかなか策士の才能があるわよ? 逃げる余地のない私たちを、これまで捕まえさせなかったんだから。あ、私にもおかわりを貰える?」
弟子が腑に落ちない顔で植物学者のカップを満たしてやると、植物学者は小さく礼を言った。
ちょうどその頃、遠くから呼び声が聞こえる。
「フィエルさーん! むこうの畑、収穫しちゃっていいですかー?」
「お願いするわ! ちょっと待ってね、これを飲んだら私も手伝うから!」
「おお、それは楽しそうだ。私もやろう」
「あなた、体力ないじゃない」
「猫の手よりは使える」
「それもそうね」
「ジエダスさーん! お客さんです! なんでも、いい報せがあるとか!」
「おっと、それは急がねば」
二人は一息に紅茶を飲み干すと、弟子に片づけを押しつけて走っていく。
空のティーセットを持ち上げてため息をついた弟子だったが、その顔はどこか晴れていた。




