花蜜の苑・了
タウベは図書室で読んだことのある本を手に取ると、最後のページを開いて何かを書き足し始める。
もし司書に見つかりでもしたら、これ以上ないほど凄まじく叱られるだろう。
「そんなことしていいのか?」
びくりとして顔を上げると、不思議そうに覗き込むホーカーが立っていた。
「お、おかえり。びっくりした~」
ホーカーは足されたばかりの数行を読んで苦笑する。
「たしかに亡霊か幻だな。バリバリ生きてたけど」
「〝彼〟と弟子さんはね」
「驚け。〝彼女〟も生きてた。しかも住人もたくさんいた」
タウベは語りかけてきた影の言っていたことを思い出す。
〝物語にとって、そのほうが都合がいいからよ〟
フィエルは亡霊で、住人はみんな野菜を抱えて姿を消した。それらは嘘だったらしい。
墓が三人の死を演出したように、住人たちがいなくなったのも演出だった。
もし三人のことを聞かれた誰かが、うっかり何か不自然なことを言ってしまわないように。
何かを隠したいとき、沈黙より優れているのは質問させないことだ。
植物を育てる知恵を持った三人がいなくなっては住人も困る。だから協力したのだろう。
「あの弟子さんって自分をポンコツ、ポンコツって言ってたけど、実はすごい人なんじゃないかな」
「〝彼〟が唯一取った弟子だからな。あいつ、砂塔にある植物関連の本を全部丸暗記してるぞ。使えねぇだけで魔術の知識も引くくらいある。知識だけなら多分、師団の連中より」
「天才じゃん」
「そうだな。それより、早くそれ隠せ。ここの司書はめちゃくちゃ恐いぞ」
「誤解しないでね。これは〝著者〟と相談して考えた文章なんだ」
言い訳をしながら消えてしまっていたタイトルを書き直したタウベは、息を吹きかけて少しでも早くインクを乾かそうとしている。
「もし間違ってあいつらが見つかっても、幻だって言い張れるかもな」
インクが乾いたのを確かめ、それを本棚に戻す。
この話はこれでおしまい。
「ハッピーエンドだったね」
花と葉の秘め事を守ってやろう。と言うように視線を交わす。
そして二人は、笑いながら図書室を出て行った。
『砂鳥物語-現の鳩』の連載を開始しましたので、そちらもよろしくお願いします




