15手強い説得相手
ジエダスは誰かが入ってきたと気づいたとき、適当にあしらって追い返すつもりだった。
が、それが知った顔で、それもあまり任務に忠実ではないホーカーだったため、少し様子を見ることにしたらしい。
そして蔓草がタウベを、白い花がホーカーを認めたから、直接会って自らの口で事情を説明することにした。
「特にこの子などとても気難しい。全くもって人を信じない。親心に心配なほどだ」
ジエダスは白い花の茎を撫でながら愛おしそうに言う。とても憂いているようには見えない。
「それで? 俺はその事情っていうのを聞きたい」
「そうですよ。あまり前口上が長いと、睡眠時間が短くなります」
「睡眠時間などどうでもいい。彼女もことあるごとに言っていたじゃないか。睡眠は研究と発明の天敵だと」
そういえば〝彼女〟の姿が無い。
タウベは語りかけてきた影を思い出す。もっとも、昼は普通に言葉を交わしたのだが。
「……彼女からは大きな影響を受けた。この子たちが生まれたのも、いわばきっかけは彼女だ。もし彼女と出会わなければ、私はまだ塔にいただろう。それを考えるとぞっとする」
ジエダスは見学に訪れる者たちを元々は煩わしく思っていなかった。むしろそれほど関心を集める植物たちを誇らしくさえ思っていた。
だが見学者たちが関心を抱いていたのは、正確には植物たちではなかった。ジエダスが育てているから、気になったのだ。
そのことを悟ってからというもの、客人というものを心から歓迎できなくなった。
やがて植物たちが優れた何かではないと分かると、客人は目に見えて減っていき、いなくなった。
それからしばらくして誰もジエダスに見向きもしなくなった頃に、彼女はやってきた。
大した薬効も何も無いことが知られてしまえば、やはり彼女も落胆するだろう。そうなれば一番心を痛めるのは、植物たちだ。
期待に応えたいのに、本当の自分を評価してもらいたいのに。がっかりするなら最初から期待しないで!
そう聞こえる気がした。それが馬鹿げた妄想だと、ジエダスには笑い飛ばせなかった。
「なんだか僕のことみたいですね。あのジエダスが弟子を取ったぞ、見に行ってみよう。なんて僕に気づかないで隣りで喚くんですから、来ないでほしいと本気で思っていましたよ」
「たしかにお前には魔術の才が欠片もない。そうでなければ弟子にしなかった」
「魔力のない者に効果のある魔術を作りたかっただけでしょう。実験体じゃないですか」
どうやらジエダスは人に対する配慮が欠如しているらしい。
小説に出てきた〝彼〟は植物の世話を丁寧にしていたから、タウベはもっと繊細な人物を想像していた。
「それはさておき、彼女のことをもう少し話そう」
彼女は学者としてかなり高い評価を得ていたが、自分の能力をほとんど信じていなかった。
誰でも分かることをたまたま最初に発見しただけだとか、運良くたまたま評価されたに過ぎないと思い込んでいた。
だがそのたまたま発見したことは、それだけで草花辞書を作れるほど多かったのだ。
特に生態や薬効など、彼女の辞書はジエダスでさえ参考にしたほど。
それでも自分の能力を信じてなかったゆえに、彼女は深く絶望し、塔より離れた地で自ら命を絶った。
弟子から彼女の死を伝え聞いたジエダスは、無数の植物たちを連れて、誰も自分たちを評価しないところに行くことを決意した。
彼女がそうしたように。
「これは私のエゴだ。何があっても、この子たちは自ら命を絶つことはない。それでも私は、この子たちを悲しませたくなかった。少しでも幸せになってほしかった……!」
さっきとは打って変わって重苦しい空気に、タウベはかける言葉も見つけられない。
「……ということにしてくれませんか?」
「へ?」
「もしかして嘘の話なの?」
弟子は視線を泳がせたあと、曖昧に頷いた。
「お前なぁ、嘘が本格的すぎて反応に困るんだけど」
ホーカーが困惑と呆れの混ざった複雑な顔をすると、
「なぜ言ってしまう。お前が考えた話だろう」
ジエダスはあっさり認めた。
「だから言ったんですよ。彼らとは真面目に話すべきです」
もしかして連れ戻しに来た者たちの何人かは、こんな話をされて〝失敗〟してやったのかもしれない。
ある意味、手強い説得相手だ。と、さすがのタウベもこれには呆れた。
「誤解しないでいただきたいのですが、ほとんどは本当のことです。ただ僕たちにとって都合のいいように、脚色もさせていただきました」
「例えば?」
連れ戻すつもりなどなかったホーカーだが、嫌がらせで塔に報告してやりたい気持ちが沸々と湧いてくるのだった。
洗いざらいに白状させたホーカーたちは、悪夢とも楽園ともつかない花蜜の苑を出ていく。
「何がなんだかよく分からない任務だったね」
「本当に、一発くらい殴ってやりたいって百回くらい思ったぜ」
陽光を遮るように帽子を深く被り、タウベは忍び笑いをした。
どうした、と問われ、タウベはホーカーを見上げて今度はにんまりと笑う。
「ボクのほうからは見えてたんだ。話している最中、弟子さんがこっそりジエダスを二十回も蹴るのが」
「青痣だらけになりゃいいよ。ったく」
「ずっと思ってたんだけれど、珍しいね。こんなにホーカーが不機嫌になるの」
「そりゃあ……」
古い友人の墓を見つけて無駄に落胆したり、そんな最中にふざけたところから登場して驚かされたり。少しは人の気持ちを考えてみろと言いたいものだ。
それだけじゃない。幻覚で見たタウベに過去の失敗を思って言った言葉も、本人には届かなかった。
しかもその様子をジエダスはこっそり眺めていて、そのうえ君もあの子を信じろなどと説教されたのだ。
「一刻も早く忘れる! 俺はその能力が高い!」
「それ、冗談?」
「いや、本気」
二人は気の遠くなるほど遠くに聳え立つ、砂の塔を目指すのだった。




