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砂鳥物語-花蜜の苑  作者: 千羽鳥


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13亡霊の手招き

 タウベはその刃がホーカーに到達する寸前で、手を止めた。

 そして、強く目を瞑る。

 同じ過ちをくり返すくらいなら、殺されてしまったほうがマシだ!

 やがてなんの痛みも衝撃も無いことに気づき、恐る恐る目を開ける。

『この場合は足止めして、仲間に助けを求めるべきだろう。君が死んだら、狂ってしまった私はどうなる?』

 妙な響きの声に、いつもと違う口調。

「……そっか。そう、だね」

 目の前のホーカーは、穏やかに笑んだ。それはタウベが見る、初めて彼が浮かべる表情。

 穏やかな空気に、涼しい風に、思わず自然と零すような笑み。

『君のことを、信じてみよう』

 唐突に目がくらむような光に包まれ、タウベは両目を覆った。

「あなたは、だれ?」

 意識がはっきりする直前、タウベはその名を聞いた。

――ミオソティス。


 光が収まって目を開くと、身を起こす。辺りは驚くほど暗い。

 いつの間に倒れ込んでいたのだろう。と、立ち上がると、頭が妙にすっきりしていることに気づく。

「もしかしてボク、変な夢を見ていただけ?」

 今ではホーカーが襲ってきたのはもちろんのこと、フィエルという人物のことでさえ夢だった気がする。

 しかしタウベが目覚めたここには見覚えのある家があり、蠢く草の花壇がある。

 フィエルまで夢の中の人物だったのなら、誰に案内されてどうやってここに行きついたというのだ。

 月が高い。ひとまず入口まで戻るべきだろう。ホーカーが心配しているかもしれない。

 結局、自分はジエダスの手がかりを得ることができなかった。ホーカーのほうはとっくに見つけ出しているかもしれない。

 と、考えてタウベは引っかかる。

 見つけたとしても見つからなかったとしても、入口に集合するのだっただろうか。

 いや、そもそも彼はそんなことまで言及していなかった。ただ月が真上に来てもホーカーがいなかったら、一人で脱出しろと言っただけだ。

 あのときのホーカーは妙に慌てていた。思えば術にかかってしまったようなそぶりさえあった。

 ここに来る前に読んだ本には、基本的に違う種類の魔術を同時におこなうことはできないと書いてあった。だからホーカーも自分と体質の違うタウベを連れてきたのだ。

 だが例外として、高位魔術がある。タウベには何が書かれているのかほとんど分からなかったが、物質または思念などを媒介とするものなら魔術は自動で継続し、術者の意思を離れても効果を持ち続ける。

 その媒介というものが、今回の場合は植物なのだ。

 タウベにかけられていた術は眠らされるもの。ミオソティスは草花辞書にちゃんと載っている普通の植物だが、魔導士のことが書かれていた小説にも登場した。

 小説では普通の雑草が変異したものと書いてあった。〝彼〟お手製の液肥を与えたのが原因だろう。

 もしかして〝彼〟はジエダスのことで、魔導士が育てた蔓草は今、目の前にある不気味な植物なのか?

 天才が作り出した奇跡の生物だ。作り出せる人がそう何人もいるとは思えない。

 いや、問題はそこじゃない。

 媒介を使ったのなら、タウベとホーカーにそれぞれ別の魔術をかけたのかもしれない。

 まだ入り口付近にいたときのホーカーは、少なくとも眠そうにはしていなかった。

 もっと恐ろしい術をかけられて、とても困っているかもしれない。

 探しに行くべきか、それとも脱出して応援を呼ぶのが英断か。

 じっと考え込むタウベの足を何かが突いた。

「?」

 さっきは感情の無かった花壇の蔓草が、困ったように見上げている。

「君はボクの夢に出てきた、ミオソティス?」

 蔓は頷く。

 言葉が通じることは分かっていたが、夢の中のように話したりはできないらしい。

「ジエダスはボクたちのことを追い出したいのかな?」

 蔓は彷徨うようにふらふらしたあと、曖昧に横に揺れる。

 どうもはっきりしない。これは肯定ではなく否定だろうか。

「やっぱり、彼を探しに来たのね」

 暗闇の向こうから女性の声が届いた。

 慌てて前方を見やるが、月明かりの届かないところにいるらしい。

「だったら最初からそう言ってくれれば良かったのに」

「フィエル?」

 影の人物はためらうように沈黙したが、やがて認めた。

 これだけ住人がいないのだ。ジエダスが恋したというのは、彼女だろうか。しかしタウベは彼女がここにいないはずであることを知っている。

「彼の下に案内してあげる。最初から、隠し通すのは無謀だと思っていたのよ。それに……」

「……それに?」

 用心深く聞き返すと、影が笑ったような気配がした。

「その子も信じたのでしょ? あなたのことを」

 脇の蔓が必死にぶんぶんと縦に揺れているのが視界に入り、タウベはなんとも言えない気持ちになった。

「私は姿を見せられないから、花たちに頼んであげるわ」

「どうして見せられないの?」

 タウベが聞くと、影は清々しいほどの大笑いをした。

「物語にとって、そのほうが都合がいいからよ」

 影が言い終わって少しすると、暗闇に色を失っていた花々が次々と光りだす。

「これを辿っていけばいいの?」

 返事はない。すでに立ち去ったのか、姿無き何かが語りかけていたのか。

 タウベはぶるっと身震いしたあと、半ば走るように光を辿って行った。


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