三章 牢獄の花
彼が育てる奇怪な雑草と白いつぼみは、彼が望まぬ巨大な期待を集め続けている。
ただ贈り物のために花を育てれば優れた魔導士たちが観察しにくるというのは、常人には想像することも難しい日常だ。
摘み取ってしまうのも忍びないと雑草を放置すれば、植物学者や薬師たちが研究のために分けてくれないかと頼みにくる。
彼が周囲の期待や尊敬を重荷に感じていたかは定かではないが、息苦しさは感じていただろう。
育てていた植物が実は利用価値の薄いものだと知れば人はまた、勝手に落胆するのだ。
愛でるために育てているだけだと知れば、時には彼を責め立てる人までいた。
そんな人々の対応にうんざりした彼に代わり、弟子が説明してやるようになる。
そして弟子はようやく悟ったのだ。自分はポンコツであると。
才能がないからポンコツなのではない。
彼から学ぶべき自分が、一番近くにいることを許されながら、彼の苦痛をさっぱり理解していなかった。
これは重荷などという生易しいものではない。枷であり、鎖だ。
素晴らしいことをせねば一斉に責め立てられる、草花を愛でることすら許されない牢獄。
味方であるはずの魔導士たちは看守のように彼を見張り、何かをすれば弟子は拷問吏のように彼を責める。
それでも彼が花を育てるのは、彼女のためだった。
あっと驚かせたり、素敵だとか綺麗だなどと言わせて喜ばせたい。それだけなのだ。
それだけのことが、誰にも理解されない。
(中略)
植物学者の彼女が研究対象にしてたのは草ばかり。様々な形と大きさの葉。中には一目見ただけでは違いが分からないものまで、何種類も扱っていた。
そんな彼女に、彼が同じような葉でも花が違うのではと指摘すれば、花は見たことがないという驚くような言葉が返ってきたことがある。
だから彼は美しく、香しく、観察しやすい大きな花を見せてやりたかった。
早々と咲かせた車形花冠の青い花を見て、彼女は大げさに喜んだ。
花の中では小ぶりで地味なほうの、しかし淡く、空と同じ色の花。ほんのりとした、甘く優しい香り。
もしこの花が観察用小皿に乗っていたら、彼女の感想はもっと味気なかっただろう。
――ミオソティス。多年生で耐寒性に優れるが、砂漠での栽培は難しい。睡眠誘発の薬効あり。
実は彼女はこの花の変異前の姿を知っていた。知り尽くしていた。
植物学者でありながら花を見たことがないというのは、ちょっとした冗談のつもりで言ったのだ。
それを彼は真に受けてしまって、彼女は本当のことを言う機会を逸してしまったのだが、やがて真実を一生黙っておこうと決めた。
いつも穏やかに植物を育てていただけの彼が、子供のようにはしゃいで、嬉しそうに花蜜の苑へと呼び入れるから――。




