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砂鳥物語-花蜜の苑  作者: 千羽鳥


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13/21

11応えられなかった期待

 家を出た途端、忘れかけていた香りがプンと匂った。

 肺の中に異物が入り込むような感覚に、ホーカーは思わず咽る。

 間違えて煙を吸い込んだときほどの苦痛はないが、肺から全身に広がるように、身体が浮いているような感覚が侵食していく。

 思わず足元の地面を確かめるが、足元の地面がなくなることはなく、ちゃんとある。

 これが酔いというものなのだろうか。頭が痛い。

 俄かに自分が立っているのか倒れているのかも分からない感覚を味わいながら、ホーカーは歩みを進めた。

 弟子にとって師匠は近くに住んでいたほうが都合がいいだろう。

 この近くにジエダスがいるはずだ。もし勘が外れても、捜索がふりだしに戻るだけさ。

 弟子の家の近くから螺旋を描くようにうろうろしていると、だし抜けに見覚えのある姿を見つけた。

「……タウベ?」

 タウベがどのように探していたのか定かではないが、近くに行き着いたということは本当にすぐそこにジエダスがいるのかもしれない。

 だが何か様子がおかしい。

 とろんとした焦点の定まらない目でホーカーの姿を捉えると、意味不明なことを呟き始めた。明らかに何らかの強力な術に囚われているような目つきだ。

 ホーカーは念のために鬼菊を抜き、慎重に距離を詰める。

 なおも支離滅裂なことを口走るタウベの姿に、ホーカーの胸には言いようのない不安が広がった。

 あのジエダスが自我を粉々に打ち砕くほど凶悪な術を使うとは思えない。

 だが、ホーカーの目の前にいるタウベはひどく怯えきった表情を浮かべ、震える手で鬼牡丹の切っ先をこちらに向ける。

 尋常じゃないのはホーカーも同様だ。普段ならもう少し冷静に動けたかもしれないが、今回はそううまく頭が回らない。焦るままに駆け寄ろうとしたところ、タウベは身を屈めて薙ぐように足を狙ってきた

「……っ! 落ち着け! ジエダスの術だ!」

 咄嗟に逆手の鬼菊で受けたが、術の芳香に弛緩した身体は思うように動かず、鬼牡丹の刀身は足に食い込んだ。

――あの日に似ている。戦いのさなかに意識を逸らした隙を突かれ、ブッチャーナイフで思いきりふとももをやられたんだったか。

〝ボク、どうすればよかったのかな?〟

 今とは何もかもが違う、少し過去の情景。それなのになぜ今、その言葉を思い出すのだろう。

 答えられなかった問い。応えられなかった期待。

 今度こそ――。

「簡単なことだ。もっと俺を信じりゃよかったのさ、タウベ」

 鬼菊を手放して頭を撫でてやる。絹髪の頭は、ふわふわしていた。

 怯えたような目をしていたタウベはきょとんとして立ち上がると、三歩ほど離れ、すまなそうに笑った。

『どうやら私は、信じるということを忘れていたようだ。私は、タウベではないよ』

 未だに笑みを向けるタウベの姿は右手を水平に伸ばすと、まっすぐどこか一点を指差した。

 そして現状の理解が追いついていないホーカーを残し、タウベだと思っていたものはバラバラと、無数の白い花びらになって散っていく。

「じゃあ……、誰、だよ」

 散りゆく花びらが光のように消えていくのを間際、

『セレウスファンタスマ――』

 その名を聞き届けたホーカーの意識は、白い花びらと共に消失した。


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