9花の道標
ジエダスがいる貧民街二地区に入るまでは簡単だったが、それほど経たないうちにホーカーは困った事態に陥っていた。
タウベと別れた直後。ホーカーの思考を占めていたのは、タウベと離れることだった。それほど今の自分が信じられない事態に陥っている。
「そりゃあ、他のやつらが見つけられずに帰ってくるわけだ……」
ホーカーの独り言はすでに整合性を欠いていた。他の連中の報告はジエダスに会ったものの、なぜか連れ帰ることができなかったというもの。しかしホーカーは二地区に踏み込むなり、ジエダスが霧の中に消えてしまったように錯覚している。
この強烈な芳香は蔓が咲かせる青い花のものではない。どこか別の場所にホーカーを惑わせている花があるはずだ。
その花を焼き払えば、この意識の混濁はどうにかなるかもしれない。
しかしホーカーは迷う。もしそんな蛮行に及べば、ジエダスはいよいよホーカーを友としてではなく敵として認識するだろう。
そうなれば、容易く術に呑まれつつあるホーカーなど、手も足も出せない。
前後不覚に至るまで、そう時間は必要ないだろう。ともすればジエダスを連れ帰るどころか、無事に砂塔に帰還できるかも怪しい。
「お前らさー、ジエダスの場所、……こっそり教えてくれないか?」
当たり前だが、蠢く蔓草が言葉を話す様子はない。
蔓たちが一斉に花を咲かせたのは、ジエダスに侵入者ありと伝えるためかもしれない。
だとするならば、タウベの言った、楽しそう、という感情はどこから来たのだろう。
侵入者を弄ぶのが楽しみだというのなら、ホーカーの見た優しいやつらというものが間違いになる。砂鳥の呪われた眼は良くも悪くも、間違えない。タウベの見た感情も、ホーカーの見た性質も、間違えようがないのだ。
「……じゃあさ、ジエダスの弟子は? そいつと話がしたいんだけど」
その瞬間、ホーカーの眼の前の花々が一斉に散り始める。次いで前方の花が散っていき、砂の上に鮮やかな色で一本の道しるべを描き出した。
「もしかして、案内してくれるのか?」
頷くように、そして嬉しそうに、まだ残っていた蔓草の青い花々は上下に揺れた。
ホーカーは小さく礼を言うと、色とりどりな花びらの道しるべを辿るように一歩目を踏み出した。




