1-99 別働隊の戦局と、焦燥の鬼
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
守山城の残敵掃討を終え、朝日が完全に昇りきった頃。
本陣の床几で泥のように甘い休息を取っていた僕の元に、別行動を取っている主力部隊からの早馬が飛び込んできた。
「申し上げます! 柴田勝家様、佐々成政様らが率いる10,000の軍勢、日野城への総攻撃を開始いたしました!」
報告を受けた僕は、水筒の白湯を飲み下しながら、頭の中に近江の広域戦術地図を展開した。
僕と池田勝三郎が5,000の兵で守山城を攻めたのと同じ、9月12日の巳の刻(午前10時頃)。柴田勝家を総大将とする織田の主力部隊10,000騎は、観音寺城を進発して日野城へと押し寄せていた。
日野城。それは六角氏の支配下において、観音寺城に次ぐ極めて重要な防衛拠点である。城主は、近江国でその名を知らぬ者はいない名将、蒲生下野入道快軒と、その嫡男・蒲生左兵衛大夫賢秀の父子。
主君である六角承禎が夜逃げしたという絶望的な情報が届いているにもかかわらず、彼らは一切の動揺を見せず、堅固に籠城の構えを見せていた。
「――寄手10,000に対し、日野城からは雨あられのごとく鉄砲と矢石が降り注ぎ、戦線は完全に膠着状態とのこと!」
伝令の報告に、隣にいた池田勝三郎が「ほう」と感嘆の息を漏らした。
「主家が逃げ散った後でも、一歩も引かずに織田の主力一万を足止めするか。さすがは名に負う蒲生の一族、見上げた武辺者よ」
だが、僕の関心は蒲生父子の勇猛さよりも、攻め手の大将である「柴田勝家」の心理状態に向いていた。
「……勝家殿は、さぞかし腸が煮えくり返っているでしょうね」
「ん?どういうことだ、藤吉郎殿」
「考えてもみてください。勝家殿は、織田家の筆頭家老です。その彼が、僕のような農民上がりの新参者に、和田山城、箕作城と立て続けに手柄を奪われ、すこぶる面子を失っている。その上、僕らがこの守山城を一夜で落としたと知れば……」
プライドの高い「鬼柴田」が、このタイムアタック(RTA)で僕に後れを取ることを許容できるはずがない。
『この城を、あの猿(藤吉郎)と同時に攻め落とさずんば、生きて二度と人に顔向けできぬ!』
そんなふうに心に誓い、完全に血に飢えた狂戦士と化している彼の姿が、僕には容易に想像できた。
「……無理なゴリ押しをして、無駄な出血を出さなければいいんですがね」
僕のその懸念は、半分当たり、半分外れることになる。確かに戦国最強の猛将は、僕の現代的な合理主義を、強烈な「武士の意地」でねじ伏せようとしていた。
日野城の戦線は、凄惨を極めていた(と、後続の報告部隊が青い顔で語った)。焦燥に駆られた柴田勝家は、数千丁の鉄砲を一斉に撃ち込ませた直後、自ら真っ先に馬を進め、采配を振りかざして全軍にこう下知したという。
『――身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ!前に進む者は盾を被り、後に続く者は鎧の袖をかざせ!進んで命を戦場の塵にしようとも、決して退いて卑怯者の名を残すな!死ねや人々、この勝家も生きて帰るつもりはないッ!』
それは、兵法も戦術もへったくれもない、純度100%の「玉砕命令」だった。だが、大将自らが死を覚悟して先陣を切るその姿は、荒くれ者の集まりである織田軍の兵士たちに、理屈を超えた狂気を与えた。
天神の威を顕し、鬼神の勇を逞しくして、一万の軍勢が怒涛の如く城門へと殺到する。その暴風雨のような物理攻撃の前に、さしもの蒲生勢も色めき立ち、大手の攻め口は今にも突破されようとしていた。
「さすがは鬼柴田。力業で防衛線を破壊しにかかりましたか」
報告を聞きながら、僕は感心半分、呆れ半分で頷いた。だが、日野城の城主・蒲生賢秀は、ただのモブ武将ではない。彼は城が突破されそうになる絶体絶命の危機において、大手の櫓の最上階にその姿を現した。
『――往昔、平将門を射て名誉を顕したる俵藤太こと藤原秀郷が後胤、数代当城の主たる蒲生賢秀!我が最期の一矢、受けてみよッ!』
そう大音声で名乗りを上げた賢秀の手には、常人では弦を張ることすら不可能な巨大な強弓――『五人張り』の弓が握られていた。
彼は十四束(約120センチ)もある規格外の極太の矢を番えると、満月のごとく限界まで引き絞り、眼下に群がる柴田の軍勢へ向けて放ったのである。
――ドォォンッ!!
もはや風を切る音ではなく、空気を破裂させるような轟音だった。放たれた矢は、先陣を切って盾を構えていた重装甲の鎧武者の胸板を紙屑のように貫通し、さらにその後ろに控えていた雑兵までも串刺しにして、二人まとめて後方へ吹き飛ばしたのである。
「……マジかよ。中世の戦場で、スナイパーライフル持ちがいるのか」
僕は報告を聞いて、思わず引きつった笑いを漏らした。たった一発の超長距離狙撃。
だが、その一矢がもたらした心理的効果は絶大だった。前線の兵士たちは、自分たちの分厚い鎧ごと仲間が消し飛ばされたのを見て完全に肝を冷やし、勢いに乗っていた柴田の軍勢15、6騎が算を乱して倒れ込んだ。先ほどまでの「死を恐れぬ狂気」は急速に冷却され、さすがの猛者たちも、一時的に足を踏み留めざるを得なくなった。
「……よし。これで柴田の軍は完全に足止めだ。被害ばかりが嵩んで、落城にはまだ時間がかかるぞ」
僕は陣幕の中で、小さくガッツポーズをした。これで「タイムアタック」は僕の勝利だ。勝家が意地を張って無理攻めを続ければ続けるほど、彼の評価は下がり、相対的に無血開城を成し遂げた僕の発言力が増す。
――ところが。
次に飛び込んできた伝令の言葉は、僕の意地悪な予測を見事に裏切るものだった。
「申し上げます! 柴田様、大手の軍勢を一時後退させ、前田孫四郎利家様を使者として城内へ差し向けられました!」
「……は?」
僕は素っ頓狂な声を上げた。
「待て待て待て。あの『引かぬ、媚びぬ、顧みぬ』の権化みたいな鬼柴田が、力攻めをやめて外交交渉に切り替えたって!?」
信じられなかった。あの勝家が、自身のプライドや手柄への執着をねじ伏せ、「このまま力戦を続ければ、費用対効果が見合わない」と、極めて冷静なコスト計算を行ったというのだ。
しかも、使者に選んだのが前田利家である。前田利家は血の気の多い傾奇者として知られているが、同時に極めて義理堅く、他人の懐に飛び込む人間的魅力に溢れた男だ。蒲生のような「誇り高い名門の武将」を説得するには、理詰めで論破する僕のようなタイプよりも、泥臭く情に訴えかける利家のような男の方が圧倒的に適している。
柴田勝家は、ただの脳筋ではなかった。戦局を俯瞰し、適材適所の人材を配置し、自らの感情を殺して『織田軍全体の勝利』を最優先できる、真の総司令官へと進化しようとしていた。
「……やられたな。僕としたことが、相手の成長係数を見誤っていたよ」
僕は苦笑しながら、床几に座り直した。未来の歴史知識で無双しているつもりになっていたが、戦国の世を生き抜く傑物たちは、僕の想像を遥かに超える速度で学習し、適応してくる。
結果として、柴田勝家のこの判断は、最良の結末をもたらした。城内へ単身乗り込んだ前田利家は、蒲生賢秀に対し、決して力で威圧することはなかった。
「貴殿らの武勇は、我が軍の誰もが称賛している。だが、すでに六角の主家は逃亡した。ここで無駄に一族の血を流すよりも、足利義昭を奉じる織田信長様の下で、その類まれなる武力を天下のために振るうべきではないか」
前田利家の誠実で熱のこもった利害の説得に、蒲生父子はついに武装を解いた。彼らとて、死にたかったわけではない。武士としての「散り際の大義」を探していただけだ。自分たちの武勇が柴田勝家に認められ、正式な使者をもって迎え入れられたことで、彼らの名誉は完全に守られた。
こうして、日野の城はこれ以上の血を流すことなく、事もなげに落着した。柴田勝家は使者をもって信長に報告を行うと、暫し城中に入って兵の労れを休めたという。完全なる、そして美しい勝利だった。
「……よし。これで、本当に盤面の掃除は終わりだ」
守山城の本陣で最終報告を受けた僕は、大きく伸びをした。箕作、和田山、守山、そして日野。近江一円に張り巡らされていた六角の堅牢な防衛ネットワークは、わずか数日の間に、僕と光秀、そして勝家の手によって完全に解体された。
「藤吉郎殿。……勝家殿も、やるようになったではないか」
池田勝三郎が、どこか誇らしげに笑う。
「ええ。織田の軍団は、ただ力で蹂躙するだけの野盗の集まりから、大局を見据えて戦略を遂行できる『真の正規軍』へと脱皮したんです。……恐ろしい話ですよ」
僕は陣幕をくぐり、外へと出た。高く澄み切った秋空の下、吹き抜ける風が心地よい。僕が駆使した泥臭い計略、明智光秀の冷徹な軍略、そして柴田勝家の猛攻と大局的判断。
異なる特性を持った怪物たちが、信長という絶対的な魔王の元に集い、一つの巨大な生き物として機能し始めている。これこそが、天下布武。古い秩序を物理と合理性の両面から破壊し、新しい時代を創り出す暴力のパレードだ。
「さあ、上洛の仕上げといきましょうか」
視線の先には、いよいよ一切の障壁がなくなった京の都が待っている。足利義昭という大義名分を手にした信長が、ついに日本の中心へと足を踏み入れるのだ。
胸の奥の日輪が、これまでにないほどの熱を帯びて激しく脈打つ。
僕の本当の戦いは、あの都の複雑怪奇な権力闘争の中でこそ幕を開ける。
一介の転生者が、血と泥にまみれながら歴史の頂点へと駆け上がるための巨大な門が、今、確かな轟音とともに開かれようとしていた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
柴田勝家日野の城を攻む
同日同刻、柴田、佐々、蜂谷が輩、一萬餘騎を引率し、日野の城へ押し寄せ、四方を圍んで攻めかけたり。日野の城主は當國名譽の勇士、蒲生下野入道快軒、同息左兵衛大夫賢秀父子、堅固に籠城したりければ、鐵砲矢石を雨のごとくに放ちかけ、少しもひるまず戰ひしは、さすがが名に負ふ蒲生かなと、敵も味方も感じ合ヘり。されども織田の臣下隨一の勇士柴田權六郎勝家、命を受けて向ひ、就中中度々(たびたび)の合戰、藤吉に功を奪はれ、すこぶる面皮を失ひぬれば、「この城を藤吉郎同時に攻め落とさずんば、生きて二度面を人に合はさじ」と心に誓ひ、数千の鐵砲一時に打ちかけ、自ら眞先に馬を進め、采配追取り下知して曰く、「身を捨ててこそ浮かむべき瀬もあれ。前に行く者は楯を被き、後に進む者は鎧の袖をかざし、錣を傾け、天邊の穴を射拔かれな。進みて命を戰場の塵となすとも、退いて卑怯の名を敵に呼ばれな。死ねや人々(ひとびと)、我々(われわれ)も活きまじ」と、勇みに勇んで馳たるありさま、天神の威を顯はし、鬼神の勇を逞しうして、荒れに荒れて進みたりしは、實に織田の身内にて、鬼柴田と呼ばれたるも、理と見えにける。城中心は猛く防げども、勝家が強勇に色めき立ち、大手の攻口すでに破れなんとす。
城主左兵衛大夫賢秀、櫓に上り大音にて、「往昔承平の兵亂に、相馬將門を射て名譽を露はしたる俵藤太藤原秀郷が後胤、数代當城に主たる蒲生賢秀、最期の一矢受けて試み給ヘや」と、五人張りに十四束、滿月のごとく引き絞り切って放てば、先に進みし鎧武者の胸板をぐさと射通し、後に控ヘたる雑兵を餘る矢にて射倒し、これ手並の勝つたる柴田勢、暫時に寄手十五六騎、算を亂して倒れければ、さしも勝る者一人もなく、暫時に猶豫ひ控ヘける。ここに於て勝家、力戰にては味方死傷の者多からんと察し、前田孫四郎利家を使者となし、城中に入りて利害を説き、義昭公の味方を勸めければ、蒲生父子その理に服し、終に城を聞いて降參し、日野の城事なく落著したりければ、勝家使者を以て信長卿へ注進し、暫く城中に入りて休ひける。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜 投稿31日目UU累計5,000人達成!御礼投稿 9/10話 〜
ランキング露出が無いのに、昔からの愛読者様にはご覧頂けて順調にUUが右肩上がりの1ヶ月を過ごす事ができました。本当にありがとうございます。心からの感謝を込めて少しですがまとめて投稿させて頂きます。是非お時間のある時にお楽しみ下さい。




