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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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100/152

1-100 インテリジェンス・ゲーム

挿絵(By みてみん)


 『太閤記たいこうき』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。

 『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本よみほん。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia

 巨大なゲートが、今、確かな轟音とともに開かれようとしていた。


 ――しかし。


 その門の向こう側に待っていたのは、予想だにしない、あまりにも呆気ない光景イベントスキップだった。


 和田山、箕作、観音寺、そして日野。近江の覇者・六角氏が長年かけて築き上げた「絶対に落ちない」はずの鉄壁の防衛ネットワークは、信長が率いる織田の軍団によって、たった2日(48時間)の内に完全に更地ドットにされてしまった。


 この「2日で落城」という異常なタイムラインは、戦国の軍事常識からすれば完全にバグだ。この情報が近江一円に伝わった時の、残存する六角方勢力の絶望たるや、筆舌に尽くしがたいものがあっただろう。


「……観音寺が落ちた?嘘だろ、一昨日戦が始まったばかりだぞ!?」


「箕作の要害が半日で!?織田の軍勢は化け物の集まりか!」


 結果として何が起きたか。長光寺ちょうこうじ草津くさつ宇佐山うさやま堅田かたたといった、街道沿いに点在する六角の枝城サテライトすべて――その数、実に18箇所――が、こちらが指一本触れる前に、ことごとく「自壊」していった。


 ある者は早々に城門を開き、地面に額をこすりつけて降参サレンダーし。ある者は恐怖のあまり、夜の闇に紛れて一目散に城を捨てて逃亡ログアウトした。戦意モチベーションというパラメータが、一瞬にしてゼロどころかマイナスに振り切れたのだ。僕たちが軍を進める頃には、18の城はすでに完全な平定クリア状態となっていた。


 9月25日。織田の大軍は、一切の抵抗を受けることなく、ついに琵琶湖の南端・三井寺みいでらへと到着した。大津、馬場、松本、山科、醍醐、宇治……。京の都をぐるりと囲む衛星都市は、見渡す限り、織田の鮮やかな旗指物はたさしもので埋め尽くされている。


「藤吉郎殿。……拍子抜けだな。血がたぎる間もなかったぞ」


 馬上で隣を歩く池田勝三郎が、どこか退屈そうに首をポキポキと鳴らした。


「そうですね。でも、本当の『異常事態』はこれからですよ、勝三郎殿」


 僕は前方に広がる、薄靄うすもやに包まれた京の都を見据えながら、苦笑を漏らした。


 本来の歴史――というか、この時代の政治的パワーバランスを考えれば、僕たち織田軍の前に立ちはだかるべき「最終防衛線ラスボス」が存在した。


 京の都を実効支配していた、三好みよし三人衆を中心とする畿内の大勢力である。彼らは当然、足利義昭を奉じて上洛してくる信長様を迎え撃つべく、宇治や勢田せたといった天然の要害に兵士を備え、一大決戦レイドバトルを挑む計画を立てていた。


 ――しかし。


 彼らの防衛陣形の構築がいまだ全く整わない内に、信長は六角を秒殺し、大軍を率いて京の目の前までワープしてきた。


『な、なんだあの進軍速度は!? 六角の堅城を2日で落としただと!?』


『織田信長……あやつは人間ではない!天魔鬼神てんまきじんの化身に違いない!』


 六角の瞬殺劇は、三好のともがらに致死量の恐怖デバフを与えた。


 「何様なにさま、信長は天魔鬼神にてやあらん(どう考えても信長は魔王だろ)」。


 そんな噂が陣中を駆け巡り、防戦の備えは戦う前から完全に崩壊。足の震えが止まらなくなった兵士たちは、次々と陣を捨てて逃げ出していった。


「……今は京都にて戦わんこと、おぼつかなく候」


 三好の首脳陣は、取るものも取り敢えず、本拠地である摂津国を目指して、尻尾を巻いて全軍撤退リタイアしてしまったのである。


「敵の大軍が、一発の銃弾も撃たずに消滅した……だと?」


 勝三郎が目を丸くして驚愕の声を上げた。


「これが『速度スピード』がもたらす暴力の極致ですよ。相手が防衛システムを起動する前に、物理筐体サーバーそのものを引っこ抜いたようなものです」


 僕は呆れ半分、恐ろしさ半分で呟いた。かくして、信長の上洛街道を敢えて遮る者は、文字通り「ただの一人」もいなくなった。


 僕たちは、血を流すことも、刀を抜くこともなく、つつがなく京の都への入洛じゅらくを果たした。


 京の都に入った信長は、すぐさま圧倒的な統治能力マネジメントを発揮した。まず、大義名分シンボルである公方・足利義昭の御座ごえいを清水寺に定めると、信長自身は京都の南に位置する大寺院・東福寺とうふくじに本陣を据えた。


 当時の京の町人や百姓たちは、戦々恐々としていた。


「ついに尾張の田舎侍どもが、都を略奪レイプしにきたぞ!」


「六角を2日で滅ぼした天魔鬼神だ、俺たちは皆殺しにされる!」


 家々の戸は固く閉ざされ、都全体が絶望的な空気に包まれていた。当時の軍隊にとって、占領地での「乱取り(略奪・人身売買)」は兵士たちの正当な報酬ボーナスとして黙認されるのが常識だったからだ。


 だが、ここで信長は、未来のコンプライアンスも真っ青になるほどの厳命ルールを下した。


『――洛中洛外において、些細な品であろうと略奪を働いた者は、その場で首をねよ。理由の如何を問わず、例外は一切認めん』


 織田軍の軍紀は、異常なまでに厳しく統制された。非常に戒め、狼藉を完全に制圧する。数万の野蛮な軍隊が町に溢れているのに、一軒の家も焼かれず、一人の町人も襲われない。軍の威信をかけた、完璧な治安維持活動ポリス・アクションだ。


「……信長様は、恐ろしい鬼神だと聞いていたが……」


「なんと寛仁かんじんな政道を行われるお方だ!これなら安心だ!」


 これには、震え上がっていた京の民衆も度肝を抜かれた。極限の恐怖バッドイメージからの、圧倒的な治安と保護の提供。不良ヤンキーが雨の日に捨て猫に傘を差しかける理論の、国家規模バージョンだ。この強烈な心理操作ギャップにより、信長は京の人々の心を瞬く間に掴んだ。


 治安が回復すれば、経済が回る。諸方の大名、国衆、城主はもちろんのこと、百姓や町人に至るまで、新しき支配者である信長のご機嫌を取ろうと、さまざまな献上品を持参して東福寺へと押し寄せた。


 広大な東福寺の境内は、まるで巨大なフェスのように人で溢れ返り、信長の上洛を祝賀する空気に包まれた。


 物理的な戦争が終わり、経済と政治の舞台ステージへと移行した東福寺の本陣。その大広間で、僕は目を疑うような高度な「情報戦バトル」を目の当たりにすることになる。


 数多の権力者たちが平伏して貢物を捧げる中、一人の文化人が信長の御前へと進み出た。連歌師れんがしの最高権威である、紹巴法橋じょうはほっきょうという男だ。


 武士ではなく、言葉と教養インテリジェンスを武器とする京の文化人。彼は、うやうやしく二本の「末広すえひろの扇」を献上した。


「――織田上総介様におかれましては、この度の御上洛、誠に慶賀の至りに存じます。些少ではございますが、末広がりの吉兆を祝し、この扇を献上 つかまつります」


 紹巴の洗練された所作。信長は上座でそれを受け取ると、ゆっくりと扇を開き、爛々と輝く目で紹巴を見下ろした。そして、ふっと悪戯いたずらっぽい、だが凄まじい威圧感を伴った笑みを浮かべ、こうたわむれを言った。


「――『二本にほん』手に入る、今日のよろこび」


 広間の空気が、一瞬にして凍りついた。ただのダジャレではない。扇が「二本」手に入ったという言葉遊びに、信長様は明確な政治的野心ダブル・ミーニングを込めた。


 すなわち、「『日本にほん』を手に入れる、今日の喜び」。天下布武。俺はただの上洛大名ではない。この「日本」という国そのものを手に入れるために来た。


 その強烈な宣言マニフェストを、あえて教養人の紹巴に投げかけ、彼がどう返すかアドリブ能力を試したのである。もしここで紹巴がひるんだり、無粋な返しをすれば、「京の文化人も底が知れた」と一刀両断にされ、最悪の場合は首が飛んでいただろう。


 (……さあ、どう返す、文化人。刀を持たないお前に、この魔王の覇気が受け止められるか?)


 末席で控える僕の手に、じっとりと嫌な汗が滲んだ。だが、紹巴法橋は微塵も動揺を見せなかった。彼は深く頭を下げたまま、信長の上の句に続く「下の句」を、即座に、流れるように詠み上げた。


「――るる、千代萬代ちよよろずよの、おうぎにて」


 僕は思わず息を呑んだ。完璧なカウンター・パンチだった。


 「(あなたが手に入れたその『日本(二本)』は)、これから千代に八千代に、永遠に舞い祝われる、吉兆の扇となることでしょう」。


 信長の「日本を手に入れる」という野望を完全に肯定しつつ、その治世が永遠に続くことを、扇の「舞い」にかけて優雅にしゅくして見せたのだ。


「……ほう」


 信長の目が見開かれ、次いで、広間を震わせるような豪快な笑い声が弾けた。


「はっはっはっ!見事だ、紹巴!京の連歌師、伊達だてではないな!」


 その機転を大いに気に入った信長は、紹巴に多くの褒美を与えたという。


「……恐ろしい世界だ」


 僕は広間の片隅で、静かにため息をついた。武力で敵をすり潰す「鬼柴田」のような怪物たち。そして、言葉一つで魔王の心を射抜き、莫大な富と地位を得る「紹巴」のような文化の怪物たち。


 ここは、日本の中心。あらゆる才能と野望が吹き溜まる、究極の魔境エンドコンテンツだ。外に出ると、東福寺の木々の隙間から、傾きかけた太陽が真っ赤な光を落としていた。


 胸の奥の「日輪」が、チリチリと熱く燃えている。


 地方統一チュートリアルは終わった。力だけでは勝てない。知恵だけでも生き残れない。物理と文化、武力と政治。すべてのリソースを完璧に使いこなす者だけが、この「二本」という広大な扇を掴むことができる。


「さて……まずは京の都のルールを、片っ端から解析ハックしてやりますか」


 僕は小さく震える指先を握り込み、ニヤリと笑った。転生者・木下藤吉郎。僕の本当の歴史チート・ストーリーが、今、最も華やかで、最も血生臭い舞台の上で幕を開けた。




【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】




信長上洛のぶながじやうらくして足利家あしかがけ再興さいこう


信長卿のぶながきやうすでに和田山わだやま箕作みづくりをはじめ、観音寺くわんおんじ日野ひのの城々を二日ふつかうち攻落せめおとし、破竹はちくいきほひにてせめのぼるよしこえければ、長光寺ちやうくわうじ草津くさつ宇佐山やま堅田かたたの城々(しろじろ)、あるひしろひらいて降參かうさんし、またはまぎれて退城たいじやうし、佐々ささき枝城エだじろすべて十八箇所じふはちかしよ、ことごとく平治へいぢし、同月二十五日どうげつにじふごにち三井寺みゐでらちやくたまひ、前後の軍勢ぐんぜい大津おほつ馬場ばんば松本まつもと山科やましな醍醐だいご宇治うぢへん充滿じゆうまんし、遠近えんきんふるひければ、三好みよし等かねては宇治うぢ勢田せた兵士ヘいしそなヘ、たたかひいどむべしと定めけれども、その手配てくばりいまだ調ととのはざる内に、信長のぶなが、佐々ささき征伐せいばつして上洛じやうらくありければ、三好みよしともがらおほいおそれ、何様なにさま信長のぶなが天魔鬼神てんまきじんにてやあらんと、防戰ばうせんそなヘも散亂さんらんし、落行おちゆ者多ものおほかりければ、今は京都にてたたかはんことおぼつかなく、取るものも取りあへず、津の國さして引取ひきとりける。されば信長上洛のぶながじやうらく街道かいだうへてさえぎ者一人いちにんもなく、つつがなく入洛じゆらくましまし、公方義昭公くばうよしあきこう御座ござ清水寺きよみづでらに定め、信長のぶなが東福寺たうふくじ本陣ほんぢんられ、非常じやういまし狼藉らうぜきせいし、洛中洛外の町人百姓ひやくしやうやすんじたまヘば、鬼神きじんのごとく恐れおそれたる信長卿のぶながきやう寛仁くわんにん政道せいだうに心を安んじ、諸方しよはう大名だいみやう郡主ぐんしゆ城主じやうしゆを始めとし、百姓ひやくしやう町人に至るまでさまざまのささげ物を持參ぢさんし、東福寺ふくじいちをなし、御上洛ごじやうらくたてまつる。その中に連歌師紹巴法橋れんがしせうははつけう、末廣のあふぎ二本獻けんじければ、信長御覽のぶながごらんじ、御戯おんたはむれに、二本手にる今日のよろこびとおほせければ、紹巴せうはとりあへず、るる千代萬代ちよよろづよのあふぎにてとしゆくたてまつりければ、信長御感のぶながごかんすくなからず、祿ろくあまたくだたまはりける。

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜 投稿31日目UU累計5,000人達成!御礼投稿 10/10話 〜

 ランキング露出が無いのに、昔からの愛読者様にはご覧頂けて順調にUUが右肩上がりの1ヶ月を過ごす事ができました。本当にありがとうございます。心からの感謝を込めて少しですがまとめて投稿させて頂きます。是非お時間のある時にお楽しみ下さい。

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