1-100 インテリジェンス・ゲーム
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
巨大な門が、今、確かな轟音とともに開かれようとしていた。
――しかし。
その門の向こう側に待っていたのは、予想だにしない、あまりにも呆気ない光景だった。
和田山、箕作、観音寺、そして日野。近江の覇者・六角氏が長年かけて築き上げた「絶対に落ちない」はずの鉄壁の防衛ネットワークは、信長が率いる織田の軍団によって、たった2日(48時間)の内に完全に更地にされてしまった。
この「2日で落城」という異常なタイムラインは、戦国の軍事常識からすれば完全にバグだ。この情報が近江一円に伝わった時の、残存する六角方勢力の絶望たるや、筆舌に尽くしがたいものがあっただろう。
「……観音寺が落ちた?嘘だろ、一昨日戦が始まったばかりだぞ!?」
「箕作の要害が半日で!?織田の軍勢は化け物の集まりか!」
結果として何が起きたか。長光寺、草津、宇佐山、堅田といった、街道沿いに点在する六角の枝城すべて――その数、実に18箇所――が、こちらが指一本触れる前に、ことごとく「自壊」していった。
ある者は早々に城門を開き、地面に額をこすりつけて降参し。ある者は恐怖のあまり、夜の闇に紛れて一目散に城を捨てて逃亡した。戦意というパラメータが、一瞬にしてゼロどころかマイナスに振り切れたのだ。僕たちが軍を進める頃には、18の城はすでに完全な平定状態となっていた。
9月25日。織田の大軍は、一切の抵抗を受けることなく、ついに琵琶湖の南端・三井寺へと到着した。大津、馬場、松本、山科、醍醐、宇治……。京の都をぐるりと囲む衛星都市は、見渡す限り、織田の鮮やかな旗指物で埋め尽くされている。
「藤吉郎殿。……拍子抜けだな。血が滾る間もなかったぞ」
馬上で隣を歩く池田勝三郎が、どこか退屈そうに首をポキポキと鳴らした。
「そうですね。でも、本当の『異常事態』はこれからですよ、勝三郎殿」
僕は前方に広がる、薄靄に包まれた京の都を見据えながら、苦笑を漏らした。
本来の歴史――というか、この時代の政治的パワーバランスを考えれば、僕たち織田軍の前に立ちはだかるべき「最終防衛線」が存在した。
京の都を実効支配していた、三好三人衆を中心とする畿内の大勢力である。彼らは当然、足利義昭を奉じて上洛してくる信長様を迎え撃つべく、宇治や勢田といった天然の要害に兵士を備え、一大決戦を挑む計画を立てていた。
――しかし。
彼らの防衛陣形の構築がいまだ全く整わない内に、信長は六角を秒殺し、大軍を率いて京の目の前までワープしてきた。
『な、なんだあの進軍速度は!? 六角の堅城を2日で落としただと!?』
『織田信長……あやつは人間ではない!天魔鬼神の化身に違いない!』
六角の瞬殺劇は、三好の輩に致死量の恐怖を与えた。
「何様、信長は天魔鬼神にてやあらん(どう考えても信長は魔王だろ)」。
そんな噂が陣中を駆け巡り、防戦の備えは戦う前から完全に崩壊。足の震えが止まらなくなった兵士たちは、次々と陣を捨てて逃げ出していった。
「……今は京都にて戦わんこと、おぼつかなく候」
三好の首脳陣は、取るものも取り敢えず、本拠地である摂津国を目指して、尻尾を巻いて全軍撤退してしまったのである。
「敵の大軍が、一発の銃弾も撃たずに消滅した……だと?」
勝三郎が目を丸くして驚愕の声を上げた。
「これが『速度』がもたらす暴力の極致ですよ。相手が防衛システムを起動する前に、物理筐体そのものを引っこ抜いたようなものです」
僕は呆れ半分、恐ろしさ半分で呟いた。かくして、信長の上洛街道を敢えて遮る者は、文字通り「ただの一人」もいなくなった。
僕たちは、血を流すことも、刀を抜くこともなく、恙なく京の都への入洛を果たした。
京の都に入った信長は、すぐさま圧倒的な統治能力を発揮した。まず、大義名分である公方・足利義昭の御座を清水寺に定めると、信長自身は京都の南に位置する大寺院・東福寺に本陣を据えた。
当時の京の町人や百姓たちは、戦々恐々としていた。
「ついに尾張の田舎侍どもが、都を略奪しにきたぞ!」
「六角を2日で滅ぼした天魔鬼神だ、俺たちは皆殺しにされる!」
家々の戸は固く閉ざされ、都全体が絶望的な空気に包まれていた。当時の軍隊にとって、占領地での「乱取り(略奪・人身売買)」は兵士たちの正当な報酬として黙認されるのが常識だったからだ。
だが、ここで信長は、未来のコンプライアンスも真っ青になるほどの厳命を下した。
『――洛中洛外において、些細な品であろうと略奪を働いた者は、その場で首を刎ねよ。理由の如何を問わず、例外は一切認めん』
織田軍の軍紀は、異常なまでに厳しく統制された。非常に戒め、狼藉を完全に制圧する。数万の野蛮な軍隊が町に溢れているのに、一軒の家も焼かれず、一人の町人も襲われない。軍の威信をかけた、完璧な治安維持活動だ。
「……信長様は、恐ろしい鬼神だと聞いていたが……」
「なんと寛仁な政道を行われるお方だ!これなら安心だ!」
これには、震え上がっていた京の民衆も度肝を抜かれた。極限の恐怖からの、圧倒的な治安と保護の提供。不良が雨の日に捨て猫に傘を差しかける理論の、国家規模バージョンだ。この強烈な心理操作により、信長は京の人々の心を瞬く間に掴んだ。
治安が回復すれば、経済が回る。諸方の大名、国衆、城主はもちろんのこと、百姓や町人に至るまで、新しき支配者である信長のご機嫌を取ろうと、さまざまな献上品を持参して東福寺へと押し寄せた。
広大な東福寺の境内は、まるで巨大な市のように人で溢れ返り、信長の上洛を祝賀する空気に包まれた。
物理的な戦争が終わり、経済と政治の舞台へと移行した東福寺の本陣。その大広間で、僕は目を疑うような高度な「情報戦」を目の当たりにすることになる。
数多の権力者たちが平伏して貢物を捧げる中、一人の文化人が信長の御前へと進み出た。連歌師の最高権威である、紹巴法橋という男だ。
武士ではなく、言葉と教養を武器とする京の文化人。彼は、うやうやしく二本の「末広の扇」を献上した。
「――織田上総介様におかれましては、この度の御上洛、誠に慶賀の至りに存じます。些少ではございますが、末広がりの吉兆を祝し、この扇を献上 仕ります」
紹巴の洗練された所作。信長は上座でそれを受け取ると、ゆっくりと扇を開き、爛々と輝く目で紹巴を見下ろした。そして、ふっと悪戯っぽい、だが凄まじい威圧感を伴った笑みを浮かべ、こう戯れを言った。
「――『二本』手に入る、今日のよろこび」
広間の空気が、一瞬にして凍りついた。ただのダジャレではない。扇が「二本」手に入ったという言葉遊びに、信長様は明確な政治的野心を込めた。
すなわち、「『日本』を手に入れる、今日の喜び」。天下布武。俺はただの上洛大名ではない。この「日本」という国そのものを手に入れるために来た。
その強烈な宣言を、あえて教養人の紹巴に投げかけ、彼がどう返すかアドリブ能力を試したのである。もしここで紹巴が怯んだり、無粋な返しをすれば、「京の文化人も底が知れた」と一刀両断にされ、最悪の場合は首が飛んでいただろう。
(……さあ、どう返す、文化人。刀を持たないお前に、この魔王の覇気が受け止められるか?)
末席で控える僕の手に、じっとりと嫌な汗が滲んだ。だが、紹巴法橋は微塵も動揺を見せなかった。彼は深く頭を下げたまま、信長の上の句に続く「下の句」を、即座に、流れるように詠み上げた。
「――舞ひ連るる、千代萬代の、扇にて」
僕は思わず息を呑んだ。完璧なカウンター・パンチだった。
「(あなたが手に入れたその『日本(二本)』は)、これから千代に八千代に、永遠に舞い祝われる、吉兆の扇となることでしょう」。
信長の「日本を手に入れる」という野望を完全に肯定しつつ、その治世が永遠に続くことを、扇の「舞い」にかけて優雅に祝して見せたのだ。
「……ほう」
信長の目が見開かれ、次いで、広間を震わせるような豪快な笑い声が弾けた。
「はっはっはっ!見事だ、紹巴!京の連歌師、伊達ではないな!」
その機転を大いに気に入った信長は、紹巴に多くの褒美を与えたという。
「……恐ろしい世界だ」
僕は広間の片隅で、静かにため息をついた。武力で敵をすり潰す「鬼柴田」のような怪物たち。そして、言葉一つで魔王の心を射抜き、莫大な富と地位を得る「紹巴」のような文化の怪物たち。
ここは、日本の中心。あらゆる才能と野望が吹き溜まる、究極の魔境だ。外に出ると、東福寺の木々の隙間から、傾きかけた太陽が真っ赤な光を落としていた。
胸の奥の「日輪」が、チリチリと熱く燃えている。
地方統一は終わった。力だけでは勝てない。知恵だけでも生き残れない。物理と文化、武力と政治。すべてのリソースを完璧に使いこなす者だけが、この「二本」という広大な扇を掴むことができる。
「さて……まずは京の都のルールを、片っ端から解析してやりますか」
僕は小さく震える指先を握り込み、ニヤリと笑った。転生者・木下藤吉郎。僕の本当の歴史が、今、最も華やかで、最も血生臭い舞台の上で幕を開けた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
信長上洛して足利家を再興す
信長卿すでに和田山、箕作をはじめ、観音寺、日野の城々を二日の内に攻落し、破竹の勢にて攻上るよし聞こえければ、長光寺、草津、宇佐山、堅田の城々(しろじろ)、或は城を開いて降參し、または夜に紛れて退城し、佐々木の枝城すべて十八箇所、ことごとく平治し、同月二十五日は三井寺に著し給ひ、前後の軍勢、大津、馬場、松本、山科、醍醐、宇治の邊に充滿し、威を遠近に震ひければ、三好等かねては宇治、勢田に兵士を備ヘ、戰を挑むべしと定めけれども、その手配りいまだ調はざる内に、信長、佐々木を征伐して上洛ありければ、三好の輩大に恐れ、何様信長は天魔鬼神にてやあらんと、防戰の備ヘも散亂し、落行く者多かりければ、今は京都にて戰はんことおぼつかなく、取るものも取りあへず、津の國さして引取りける。されば信長上洛の街道、敢へて遮る者一人もなく、恙なく入洛ましまし、公方義昭公の御座は清水寺に定め、信長は東福寺に本陣を居られ、非常を戒め狼藉を制し、洛中洛外の町人百姓を保んじ給ヘば、鬼神のごとく恐れ畏れたる信長卿、寛仁の政道に心を安んじ、諸方の大名、郡主、城主を始めとし、百姓町人に至るまでさまざまの捧げ物を持參し、東福寺に市をなし、御上洛を賀し奉る。その中に連歌師紹巴法橋、末廣の扇を二本獻じければ、信長御覽じ、御戯れに、二本手に入る今日のよろこびと仰せければ、紹巴とりあへず、舞ひ連るる千代萬代のあふぎにてと祝し奉りければ、信長御感少なからず、祿あまた下し賜はりける。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜 投稿31日目UU累計5,000人達成!御礼投稿 10/10話 〜
ランキング露出が無いのに、昔からの愛読者様にはご覧頂けて順調にUUが右肩上がりの1ヶ月を過ごす事ができました。本当にありがとうございます。心からの感謝を込めて少しですがまとめて投稿させて頂きます。是非お時間のある時にお楽しみ下さい。




