1-93 十三歳の窮地と、木陰の大剛
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
六角の命運は、もはや風前の灯火。京の都への道は、今まさに、僕たちの目の前で完全に開かれようとしていたのである。
――だが、歴史という巨大なうねりは、時に個人の想像を遥かに超えたドラマを戦場の片隅に生み出す。僕が和田山城を落とし、本陣で勝利の報告を受けていたその裏側、明智光秀が手こずっていた箕作城の麓では、13歳の少年が巻き起こした奇跡の余波が、さらなる死闘へと繋がっていた。
江州無双と謳われた猛将・建部源八郎が、兜の緒も締めきれていないような13歳の少年、坂井久蔵に討ち取られた。
この信じ難い事実は、箕作城の守備兵たちに計り知れない動揺と、そして凄まじいまでの怒りを引き起こした。
「源八郎様が、あんな子供に討たれただと……!」
「おのれ、尾張の小童め! よくも源八郎様を騙し討ちにしおったな!」
城門の奥で息を潜めて一騎討ちの結末を見守っていた城兵たちは、屈辱と怒りで我を忘れた。血の気に逸る10騎ほどの屈強な武者たちが、城門を内側から蹴破るようにして開き、喚き散らしながら久蔵とその二人の郎党へ向けて突進してきた。
対する久蔵主従は、絶体絶命の危機に陥っていた。先ほどの源八郎との死闘で、久蔵の体力はすでに限界を迎え、荒い息を吐きながら膝を突く寸前だった。郎党二人も手傷を負っており、太刀を握る手は血と汗で滑り、小刻みに震えている。
多勢に無勢。しかも相手は復讐に燃える完全武装の十騎である。とてもではないが、まともな合戦が叶う状況ではなかった。
「……若君、ここは我らが命に代えても防ぎます! 早くお逃げ下され!」
「莫迦を言え! 敵に背を向けて逃げれば、坂井の家の末代までの恥ぞ! 源八郎の首を手向けに、ここで潔く討ち死にを遂げてくれるわ!」
13歳の少年は、血塗られた短刀を投げ捨て、郎党の太刀を奪い取って決死の構えをとった。
その細い体が、殺気を漲らせた10騎の武者に飲み込まれそうになった、まさにその瞬間だった。
「――尾張の若獅子を、束になって嬲るとは感心せんなァ!」
野太い、雷鳴のような声が響き渡った。久蔵たちの後方、木陰に隠れて一騎討ちの始終を見物していた一人の男が、突如として躍り出てきたのである。
その男は、信長の愛馬の口取りや護衛を務めている、塙長八郎という名の武士だった。
長八郎は身の丈六尺(約180センチ)に迫る筋骨隆々の大男であり、織田家中でも知る人ぞ知る大剛の者だ。彼は背中に背負っていた身の丈ほどもある大太刀を抜き放つと、迷うことなく久蔵の前へと立ち塞がった。
「若君!よくぞあの源八郎を討ち取られた!あとはこの長八郎めにお任せあれ!」
「た、助太刀か! かたじけない!」
長八郎は会釈もそこそこに、突進してくる城兵の群れへと、単騎で真正面から突っ込んでいった。その常軌を逸した膂力と剣技は、まさに鬼神の如き凄まじさだった。
振り下ろされた大太刀は、先頭を走ってきた武者の兜をカチ割って頭蓋骨まで叩き斬り、返しの刃で二人目の胴体を薙ぎ払い、三人目の馬の脚を両断して見事に切り倒した。
「ひぃっ……!な、なんだこの大男は!」
「怯むな! 取り囲んで突き殺せ!」
右から左に、多勢を恐れることなく勇を奮って暴れ回る長八郎の姿に、久蔵と二人の郎党も完全に息を吹き返した。彼らは「ここを先途」とばかりに、残る気力を振り絞って再び敵陣へと斬り込んでいった。長八郎という強大な盾を得たことで、久蔵の天性の身軽さと剣気が再び輝きを放ち始めたのである。
わずか四人の尾張兵が、十騎の近江兵を逆に切り立て、城門の際まで押し戻していく。その戦いぶりは、後世の軍記物にも語り継がれる、すさまじい気迫に満ちていた。
箕作城の城門前で繰り広げられた、奇跡的な押し合い。だが、その戦いの結末は、予期せぬ第三者の介入によって呆気なく幕を下ろすことになる。
「……あれを見ろ! 織田の大軍が来るぞ!」
城兵の一人が、恐怖に引きつった声を上げた。遥か麓の方角から、大地を揺るがすような鬨の声と共に、無数の旗指物を掲げた軍勢が、怒涛の勢いで攻め上ってきた。
先ほど建部源八郎の決死隊によって一度は退けられたはずの、明智光秀の軍勢だった。光秀の軍勢は、整然と隊列を組み直し、無数の鉄砲を構えて城門へと迫ってくる。
箕作城の城将である吉田出雲守は、櫓の上からこの絶望的な光景を見下ろすと、即座に軍使を走らせて城外での戦闘を制止し、生き残っていた城兵たちを城内へと引き入れ、重い城門を固く閉ざした。
「ちっ……! 逃げ足の速い奴らめ!」
長八郎は血塗られた大太刀を肩に担ぎ、忌々しそうに城門を睨みつけた。だが、彼らもこれ以上の無謀な戦いを好むわけではなく、敵が引き取ったのを幸いとばかりに、久蔵を守りながら麓の陣へと下っていった。
――だが。
この時、光秀の軍勢がタイミング良く攻め寄せてきたのは、決して「孤立した久蔵たちを救い出すため」といった、美しい義侠心から出た行動ではなかった。
僕が後から集めた情報によれば、明智光秀という男は、久蔵が城門前で挑発を行い、建部源八郎を討ち取るまでのすべての過程を、後方の安全な陣地から冷ややかに観察していたという。
城兵たちが激怒して城門を開き、打って出たのも、すべて光秀の計算通りだった。
(……あの少年を囮にして、城兵どもをできるだけ城外へ引きずり出せ。敵が城門から離れ、防衛陣形が伸び切った瞬間に、一斉射撃を浴びせて城になだれ込むのだ)
それが、光秀の立てた冷徹な戦術であった。彼は13歳の味方の少年が死ぬかもしれないというリスクを承知の上で、いや、むしろその死さえも盤面を動かすための有効な手段として利用しようとしていたのだ。
結果として、吉田出雲守の素早い撤退判断により、光秀の目論見は半分外れた形となった。しかし、防衛の要である建部源八郎を失い、さらなる大軍の圧力を受けた箕作城の士気は、すでに完全に底を突いていた。
この直後、光秀の軍勢による波状攻撃を受け、箕作城もまた、和田山城に続くようにして呆気なく陥落することになるのである。
その日の夕刻。信長が本陣を敷く菩提院の庭先には、和田山と箕作の両城から挙げられた、無数の敵将の首が並べられていた。いわゆる首実検である。武士にとって、自分が討ち取った敵の首を大将に披露し、その功績を認められて恩賞を賜ることこそが、命を懸けて戦場に立つ最大の理由だ。
13歳の坂井久蔵もまた、返り血で真っ赤に染まった具足のまま、誇らしげな顔つきで信長の御前へと進み出た。彼の手には、江州無双と恐れられた猛将・建部源八郎の巨大な生首が提げられていた。
「申し上げます! 箕作城一番槍、坂井右近が嫡男・久蔵! 敵の勇将、建部源八郎を討ち取ってご覧に入れました!」
久蔵の甲高い、しかし力強い声が本陣に響き渡った。周囲の武将たちは、その小柄な少年が手にした凄まじい首級を見て、どよめきと感嘆の声を漏らした。誰もが「あっぱれな初陣よ」と、久蔵の将来を嘱望したことだろう。
――しかし。
床几に腰掛け、冷徹な目でその首を見下ろしていた信長の反応は、久蔵の期待とは全く異なるものだった。
「……それが、建部の首か」
「は、はいっ!」
「嘘をつくな、小童」
信長の低く凄みのある声に、久蔵の笑顔が凍りついた。
「建部源八郎といえば、江州にその名を轟かせる大剛の者。……対して貴様は、まだ鎧の重さにも耐えきれぬような13歳の細腕ではないか。そのような子供が、あの大男を一騎討ちで討ち取れるはずがなかろう」
信長の眼光が、久蔵の心を無残に射抜く。
「どこぞの味方が討ち取った首を、運良く拾い上げただけのこと。その小腕には不相応な作り話である。……下がれ。貴様に与える褒賞などない」
信長は、極めて合理的な思考の持ち主だ。
「子供が巨漢の猛将を倒す」という、まるで絵物語のような奇跡を、彼は容易には信じない。確固たる証拠や目撃者がいない以上、それは武功を焦った若者の作り話であると、冷徹に切り捨てたのである。
「そ、そんな……! 信長様、私は決して嘘など……!」
「ええい、見苦しいぞ久蔵! 早く下がれ!」
父親である坂井右近が慌てて久蔵の襟首を掴み、御前を引きずり下ろした。陣幕の隅へと追いやられた久蔵の瞳からは、先ほどまでの輝きが完全に失われていた。
戦国の武士にとって、名誉を傷つけられ、功績を疑われることは、死ぬことよりも辛い最大の屈辱である。自分の命を懸けた戦いが、主君から「嘘つき」の一言で否定されたのだ。
久蔵は顔を真っ青に硬直させ、本意なげに俯いたまま、小刻みに肩を震わせていた。
(……まずいな)
少し離れた場所からその様子を見ていた僕は、嫌な予感を抱いた。あの少年の瞳に宿っているのは、悲しみではない。「ならば次の戦で、誰の目にも明らかな形で、華々しく討ち死にしてやる」という、破滅的で自暴自棄な決意の光だったからだ。
久蔵が死に場所を求めようとしていることに気付いたのは、僕だけではなかった。あの城門前で彼を命がけで救い出した大男――塙長八郎である。
長八郎は、御前から退けられた久蔵の痛ましい姿を見て、義憤に胸を震わせた。彼は陣中を足早に歩き回り、ある一人の若武者を捕まえて、その場に膝を突いた。織田家随一の槍の名手であり、信長の側近衆の中でも特に意見の通りやすい男。前田又四郎である。
「前田殿! どうか、どうかお聞き下され!」
「む? 長八郎ではないか。どうした、血相を変えて」
長八郎は、必死の形相で又四郎にすがりついた。
「坂井久蔵殿のことです! あの少年は歳こそ稚いですが、その勇猛さは間違いなく大人を凌駕しております! 敵の勇将・建部を己の短刀で討ち取った有様を、この長八郎、木陰から一部始終、残らず見物しておりました。あれは紛れもない、久蔵殿一人の真の武功にございます!」
「なんと……。それが誠であるならば、信長様の御裁定は誤りということになるな」
「はい!それなのに、信長様はその功を疑い、褒賞の沙汰もなさいませんでした。……前田殿、このままでは久蔵殿は、己の潔白を証明するために、次の戦で無茶な突撃をして必ず討ち死にしてしまいます!」
長八郎の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。戦場の最前線で命を張る者だからこそわかる、武士の「名誉」という名の重さと残酷さ。
「どうか前田殿から、信長様へよろしくお取り成し下され! 軍中において、勇気ある者と臆病な者の評価が正しくなされなければ、兵士たちは誰一人として勇気を励ますことなどできません! 早く言上して、久蔵殿の真の功績を明らかにして下され!」
真っ直ぐで嘘偽りのない長八郎の熱意に、又四郎も深く頷いた。
「……相分かった。軍の士気に関わる重大な事だ。この又四郎、命に代えても信長様へ真実をお伝えしよう」
前田又四郎は直ちに信長の本陣へと引き返し、長八郎から聞いた事の顛末を、ありのままに、そして熱を込めて言上した。
そして、「真に勇気ある者を正当に評価してこそ、織田の軍は天下を獲れます。どうか、久蔵殿に恩賞を下し賜いますよう」と、平伏して強く願い出たのである。
又四郎の必死の進言を受けた信長は、すぐさま坂井久蔵と塙長八郎の二人を、再び御前へと呼び出した。
「長八郎。貴様が、久蔵の働きの一部始終を見ていたというのは誠か」
「はっ! 天に誓って嘘偽りはございませぬ!」
長八郎は顔を上げ、久蔵が馬上で槍を捻って建部源八郎と打ち合い、組み伏せられながらも短刀で脇の下を突き通したその鮮烈な死闘を、まるで見てきたかのように(いや、実際に見てきたのだが)克明に、そして誇らしげに語ってみせた。
信長は黙ってその報告を聞き終えると、今度はうつむく久蔵の方へ視線を向けた。
「久蔵。長八郎の申す通りか」
「…………はい。ですが」
久蔵はポツリと、しかしはっきりとした声で答えた。
「源八郎を討ち取った後、城内から十騎の敵が押し寄せてまいりました。あの時、長八郎殿の勇猛な助太刀がなければ、私は源八郎の首を持ち帰るどころか、確実に命を落としておりました。……私が生きてここにいられるのは、長八郎殿のおかげにございます」
自分の手柄を誇るだけでなく、命の恩人に対する感謝と敬意を決して忘れない。13歳という年齢にそぐわない、その謙虚で立派な武士としての態度に、陣幕に集まっていた諸将は今度こそ心からの感嘆の息を漏らした。
信長は、ふっと険しい表情を崩し、満足げに頷いた。
「……見事だ、久蔵。その細腕で江州無双を討ち取った真の武勇、そして他者を重んじるその心根。この信長、貴様の功を確かに認める!」
「信長様……!」
久蔵の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。絶望の涙ではない。武士としての誇りを取り戻した、歓喜の涙であった。
「坂井久蔵には、格別の感状を遣わし、さらに500貫の領地を下し賜う! そして塙長八郎!貴様の比類なき働きと義侠心、これもまた大いに称賛すべきである。……本日より貴様を正式な武士として取り立て、名を塙団右衛門正向と名乗ることを許す!」
「おおおっ……! ありがたき幸せにございます!」
長八郎――いや、塙団右衛門と久蔵の二人は、深く深く、陣幕の土に額をこすりつけてその恩に謝し、御前を退出していった。
「……まったく、恐ろしい時代だ」
僕は陣幕の端でその光景を眺めながら、胸の奥で日輪の熱が静かに脈打つのを感じていた。13歳の少年が猛将を討ち取り、名もなき馬添の男がその武勇と義侠心で武将へと成り上がる。戦国という実力主義の究極の舞台において、歴史の表舞台には次々と新しい、そして狂気じみた才能を持つ星々が生まれ出ようとしている。
僕が計略で落とした和田山。そして、彼らの異常な武勇が風穴を開けた箕作。この二つの城が落ちたことで、六角承禎の本城である観音寺城は完全に孤立し、戦う前からその命運を絶たれたも同然となった。
京の都への道は、今まさに、僕たちの目の前で完全に開かれたのである。天下布武の号砲は、古い時代の残骸を吹き飛ばしながら、さらに西へ、西へと向かって轟き続けていた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
塙長八郎坂井久藏が功を顯はす
このとき城中閧を静めて、源八と久藏が戰を見物して居たりけるが、終に源八討たれければ、安からず思ひ、逸り雄の兵また十騎ばかり城戸を開きて、久藏主從を討取らんと、抜き連れて馳出す。久藏主從は最前の戦に力勞れければ、所詮多勢を引受け合戰叶ひがたく、討死せんと向ふところに、信長卿の馬添に、塙長八郎といヘル大剛の者あり。先より木蔭に立って久藏が働を送り居たりしが、城中より多勢の討手出るを見て、太刀抜きかざし走り出、久藏に力を添ヘ、進んで敵を待つところに、城兵は源八が首を取返さんと、どっと喚いて切ってかかる。長八會釋もなく、先に進む武者三騎たちまちに切り倒し、右に當り左に支へ、多勢を恐れず、勇を奮うて戦ひたり。坂井主從も長八郎が救ひに力を得、ここを先途と切り廻れば、城兵ども僅三人に切り立てられ、進みかねて見えたるところに、遙に光秀が大軍、閧を作つて攻め登ると見えければ、城將吉田出雲守、軍使を馳せて戰を制し、土卒を城中へ引入れければ、塙、坂井も敢て戰を好まず、敵の引取るを幸ひに、麓をさして下りける。軍勢の攻寄すると見えしは、塙、坂井を救ふにはあらず、光秀が奇兵にて、城兵をおびき出さん計策なり。坂井久藏は建部源八が首を以て大将の実檢に備ヘけれど、信長卿、久藏が小腕には不相應の高名なりと疑ひ給ひ、つやつや御褒詞もなかりければ、久藏本意なげに退きけり。塙長八郎これを見て、前田又四郎に附きて申しけるは、「坂井久藏、年稚しといヘども、勇猛衆に越え、敵の勇將建部を討ちし有様、某その場にあり合せ、始終殘らず見物したり。然るに君その功を疑ひ給ひ、褒賞の御沙汰なし。久藏重ねての戰に、必ず討死すべし。足下このことをしてよろしく執成し遣はさるべし。軍中剛臆の沙汰詳らかならざるときは、兵士ことごとく勇を勵まず。早く言上して久藏が功を顯はし給へ」と語りければ、孫四郎その趣意をつぶさに信長卿に申し上げ、「恩賞を下し賜ふべし」と希ひければ、信長卿、坂井久藏、塙長八郎兩人を召され、戰の次第を尋ね給へば、長八郎謹んで久藏が働き委細に言上に及びぬれば、久藏も長八郎が救ひによって戦死を遁れぬと、始終詳らかに申し上げけるにぞ、信長卿初めて久藏が功を稱し給ひ、感状を賜はり、さらに五百貫を下し給ふ。長八郎が働き、これまた稱すべしとて、武士に取り立て、名を塙團右衛門正向と賜はりければ、兩人深く恩を謝して、やがて御前を退きける。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜 投稿31日目UU累計5,000人達成!御礼投稿 3/10話 〜
ランキング露出が無いのに、昔からの愛読者様にはご覧頂けて順調にUUが右肩上がりの1ヶ月を過ごす事ができました。本当にありがとうございます。心からの感謝を込めて少しですがまとめて投稿させて頂きます。是非お時間のある時にお楽しみ下さい。




