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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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1-92 笑う童子と、崩れゆく盤面

挿絵(By みてみん)


 『太閤記たいこうき』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。

 『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本よみほん。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia

 この日、織田家中の序列とパワーバランスにおいて、僕が決定的な一歩を踏み出したことは間違いない。


 だが、僕が和田山の戦功に酔いしれていたその裏で、もう一つの戦場――箕作みつくり城の麓では、僕の知らない、ある数奇な運命の交錯が起きていた。


 和論語わろんごという古い書物に、こんな逸話がある。後醍醐天皇がまだ四歳の幼い頃。内裏の奥深くに、身の丈三尺(約1メートル)ほどの不気味な小男がどこからともなく現れ、幼い後醍醐天皇の顔をじっと見つめていたという。


 周りにいた公家たちは不気味がり、恐ろしくて誰一人としてその小男に声をかけることができなかった。だが、まだ4歳だった幼い後醍醐天皇だけは、少しも恐れることなく、その小男をじっと睨みつけた。


 睨まれた小男は大きなあくびを一つすると、「明日は雨が降るでしょう」とつぶやいた。すると宮は、すぐさま言い返した。


「古い書物には、『雁は風を嫌い、狐は雨を気にする』とある。雨を気にするお前は、きっと狐の化け物だ!」


 正体を見破られた小男は、「コンコン」と鳴くと本物の狐の姿に戻り、そのまま煙のように姿を消したという。この出来事を見た人々は、こう感心したそうだ。


「百年生きたきじも、その年の鷹には及ばぬ。だが迦陵頻伽かりょうびんがは、まだ卵の中にあるうちから天下一の声で鳴くという。この宮は、まさに後者だ。幼くして、すでに天賦の才があふれ出ておる。将来はどれほど恐ろしい人物になることか」


 優れた木は芽を出す前から深く根を張り、栴檀は双葉の頃からすでに香りを放つという。つまり、本当の英雄とは、幼い頃からすでに並外れた才能や風格を備えているものだ、という話である。


 織田軍の中にも、まさにその「双葉の栴檀」と呼ぶべき、一人の恐るべき少年がいた。信長の古参の重臣である坂井右近さかいうこんの嫡男、坂井久蔵さかいひさぞうである。


 この時、久蔵はまだ弱冠13歳。現代で言えば中学1年生だ。しかし久蔵は、大人顔負けの体格と、大胆不敵な荒々しさを持ち合わせていた。


 明智光秀の軍勢が、箕作城からの猛反撃を受けてズルズルと麓へ後退した直後のことである。久蔵は、味方の敗退に全く臆することなく、ただ一騎で馬を駆けさせ、敵の堀際ギリギリまで進み出た。


「やーい!六角の腰抜け共め!城の奥に縮こまってばかりで、尾張の武士と一騎討ちをする度胸もないのか!」


 久蔵は扇をパタパタと煽りながら、城内の兵たちに向かって、これでもかというほどの下品で挑発的悪口ヘイトスピーチをまくし立てたのである。


 城内から見下ろす守備兵たちは、初めはこの光景を鼻で笑っていた。


「なんだ、あのガキは」


「鎧もまともに着こなせていない若造じゃないか。放っておけ、相手にするだけ無駄だ」


 彼らは久蔵の挑発あおりを完全に無視スルーし、返答すら返さなかった。


 だが、久蔵の悪口はエスカレートする一方だった。


「おい、さっき威勢よく飛び出してきた建部源八郎たけべげんぱちろうとやらはどこへ行った! 尻尾を巻いてママの乳でも吸いに帰ったのか!」


 その言葉は、城内で血の気の多い若武者の耳に、最悪の形で届いてしまった。建部源八郎。先ほどの防衛戦において500の決死隊を率い、明智軍を散々に打ち破った「江州無双」の猛将である。


 源八郎は、自身のプライドを足蹴にされて激昂した。


「あの小僧……! 言わせておけば図に乗りおって!」


 怒りで我を忘れた源八郎は、制止する味方を振り切り、城門をガバッと開け放つと、ただ一騎で久蔵の待つ堀際へと躍り出たのである。


「ええい、黄口こうこう小児ひよっこめ! みだりに悪言を吐くな! 貴様のようなガキ、城の中へ引きずり込んで、俺の馬の世話をする奴隷ヤツコにしてやるわ!」


 源八郎は、大人と子供の体格差を活かし、大手を広げて久蔵を馬上から引きずり下ろそうと襲いかかった。……それが、彼にとって生涯最大の判断ミスだった。


 源八郎が手を伸ばした瞬間。13歳の坂井久蔵は、怯えるどころか、まるで鳥のように軽やかに馬上から躍り上がった。


「誰が奴隷になるか! お前こそ、俺の手柄スコアになれ!」


 久蔵は空中で槍を鋭く捻り、源八郎の顔面へ向けて強烈な突きを放った。その信じられない身のこなしと刺突の鋭さに、源八郎は内心で舌を巻いた。


(……こいつ、ただの子供じゃない!)


 源八郎は咄嗟に身を躱し、腰の太刀を引き抜いて久蔵の槍を弾き返した。そこからは、大人と子供の常識を超えた、凄まじい一騎討デュエルちとなった。源八郎は近江無双の膂力フィジカルで押し込み、久蔵はその身軽さと天性の反射神経で太刀筋を躱し、槍を繰り出す。一進一退、互いに秘術を尽くした死闘が展開された。


 だが、基礎的なパワーの差は、いかんともしがたい。

 激しい打ち合いの末、源八郎の太刀が、久蔵の槍の鋒先ほこさきを三尺(約90センチ)ほどバッサリと切り落としてしまった。


「もらったァッ!!」


 武器を失い、バランスを崩した久蔵。源八郎はその隙を見逃さず、馬を寄せて久蔵の体にむずと組み付いた。組み討ちになれば、大人である源八郎の圧倒的有利だ。彼は久蔵の細い腕を捻り上げ、力任せに押さえ込んだ。


「はははっ!天晴れな腕前だったが、貴様は運が良かったな。俺の太刀のさびにするには惜しい。生かして城へ連れて行ってやる!」


 源八郎は高笑いしながら、暴れる久蔵を片手で軽々と小脇に抱え込み、自分の馬を城門の方へとゆっくりと引き返し始めたのである。


「若君ッ!!」


 その光景を見ていた久蔵の郎党2人が、主君を奪われまいと悲痛な叫びを上げ、刀を抜いて源八郎へと斬りかかってきた。だが、江州無双の源八郎にとって、その程度の兵など物の数ではない。


「邪魔だ!」


 彼は久蔵を左脇に抱えたまま、右手で太刀を振り上げ、1人目の郎党を強烈な一撃で打ち払った。さらに血塗られた太刀を振りかぶり、2人目の郎党へ向けて致命の一撃を下そうとした。


 ――源八郎の意識ヘイトが、完全に「郎党」へと向いた、その一瞬の死角。脇に抱えられ、完全に制圧された(ように見えた)13歳の少年は、決して諦めてなどいなかった。


(……今だ)


 久蔵は、密かに腰に忍ばせていた短刀を、音もなく鞘から引き抜いた。久蔵は、大人に捕まることなど最初から覚悟の上だったのだ。槍を切り落とされたのも、組み付かれたのも、すべてはこの「密着状態レンジ・ゼロ」を作り出すための布石に過ぎなかったとしたら?


「死ねェッ!!」


 久蔵の腕が、弾かれたように動いた。


 その手にある短刀の刃が、源八郎の分厚い鎧の「透き間」――脇の下の装甲が薄い部分を、13歳とは思えないほどの恐るべき力で、ズブリと深く、柄の根元まで突き通したのである。


「……がっ、は……!?」


 源八郎の目が、驚愕に見開かれた。肺と心臓を同時に貫かれた彼には、もはや声を出すことすらできなかった。近江最強と謳われた巨体が、ドクドクと血の泡を吹きながら、馬の上から「どうっ!」という重い音を立てて地面に転がり落ちた。


「獲ったぞ!!」


 久蔵は血まみれの短刀を握りしめ、転げ落ちた源八郎の胸板を強く踏みつけ、その首を容赦なく掻き切った。


 ゴロン、と。先ほどまで明智光秀の軍勢を震え上がらせていた猛将の首が、13歳の少年の足元に転がった。


「……ふふっ、ははははっ!」


 久蔵は、自らの返り血と源八郎の血で真っ赤に染まりながら、その生首を高く掲げ、莞爾かんじとして笑った。その目覚ましいほどの働きと、幼い顔に浮かんだ狂気すら感じさせる笑顔は、敵も味方も関係なく、周囲にいたすべての者たちを恐怖で凍りつかせた。


 双葉の栴檀。彼はまさしく、後の織田軍の中核を担うことになる「本物の怪物」の片鱗を見せつけたのである。そして、この源八郎の予想外の討死は、六角軍の防衛ネットワークに決定的なバグを引き起こすことになる。


 箕作城の絶対的な防衛のエースが、たった13歳の子供に討ち取られたという事実は、城内の士気を根底からへし折ってしまった。


「……これで、箕作城も終わりだな」


 遠くからその報告を受けた僕は、日輪の熱を胸に抱きながら、小さく息を吐いた。和田山城は僕が知略で落とした。そして箕作城は、この13歳の少年の異常な武勇によって風穴が開けられた。


 僕と光秀のタイムアタック勝負は僕の勝ちだが、歴史という巨大な盤面は、個人の勝敗などお構いなしに、織田信長という絶対的な魔王の勝利へ向けて、さらなる暴力の連鎖を生み出していく。


 六角の命運は、もはや風前の灯火。京の都への道は、今まさに、僕たちの目の前で完全に開かれようとしていたのである。




【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】




坂井久藏建部源八郎さかゐひさざうたけべげんぱちらう


和論語わろんごに云く、「後醍醐天皇御年四歳のとき、内裏だいりに夜更けてのちたけ三尺さんじやくばかりの小男こをとこいづくともなくきたりて、四歳よんさいみやに向ひてまもたり。諸卿しよキやうこれを見て、皆興醒みなきようさめて、何者と言ひだすべき人もなきところに、皇子これを強く白眼にらみ給ふ。睨まれてかのをとこあくびして、『明日あすあめ降りなん』と言へば、皇子心得給ひ、『鴻雁こうがんかぜいとひ、野干やかんあめうれふとあれば、汝必ず狐ならん』とおほせ給ひしかば、この小男こうこうときて、狐になりてせたりける。」皆人これを見参らせ、「雛子きじは百歳なれどもことしたかられ、頻伽鳥びんがてうたまごうちにてく聲もろもろのとりすぐれたりと聞けり。この君の生長せいちやう、さばかりにこそ」と感じひ給けると。實に好堅樹は芽出メいでざる已前ゐぜんにその根八十餘里にはびこり、梅檀せんだんは二葉にしてかんばしとや。坂井さかゐ右近うこん嫡子久藏ちゃくしひさざう、このときいまだ十三歳、大膽不敵の荒童子なりけるが、ただ一騎堀際いつきほりぎはに馬を乗りだし、あふぎを揚げて城兵じやうへいまねき、さまざま廣言くわうげんののしりければ、城兵初はじめは、「小冠者こくわんじやなり、ろんずるにらず」とて、返答へんたふもなく捨て置きしが、餘りの惡口聞き捨てがたく、もとより建部源八郎たてべげんぱちらう、血氣盛んの若武者なれば、門をひら一騎馳出はせいだして、「黄口くわうこう小兒せうにみだりに惡言あくげんくことなかれ。城中へやつことなして召使めしつかはん」と大手を廣げて飛びかかるを、久藏飛鳥のごとく馬ををどらせ、やりねじりて突きかかる。源八も太刀たち引き抜き、一往一來祕術を盡したたかひしが、久藏槍の鋒先ほこさき三尺ばかり切落きりおとされ、源八にむずと組附くみつきたり。源八ここにこ打笑うちわらひ、「天晴汝は果報者かな。いで城中へ召連めしつれん」と、片手にて引抱ひつかかへ、しづしづと立歸たちかヘる。久藏が郎等二人、しゆを討たせじと抜き連れてってかかる。源八片手なぐりに一人を打放うちはなし、また振り上げて切りくる。このとき久藏かねて覺悟やしたりけん、短刀を抜きだし、源八がよろひ透間すきまを力に任せて突きとほしければ、何かはしばしもたまるべき、馬よりしたへどうと落つる。久藏得たりかしこしと、おさへてくび打落うちおとし、莞爾とわらうて立ったりしは、目ざましかりける働きなり。

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700



〜 投稿31日目UU累計5,000人達成!御礼投稿 2/10話 〜

 ランキング露出が無いのに、昔からの愛読者様にはご覧頂けて順調にUUが右肩上がりの1ヶ月を過ごす事ができました。本当にありがとうございます。心からの感謝を込めて少しですがまとめて投稿させて頂きます。是非お時間のある時にお楽しみ下さい。

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