1-9 初陣の死線、冷徹なる奇襲
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
矢作川の川音が、夜更けだというのに絶えることなく耳の奥を打ち続けていた――あの流浪の日々から、どれほどの月日が流れたのだろう。
松下加兵衛の屋敷に身を寄せ、名前を「日吉丸」から「中村藤吉郎」へと改めてから、僕の周囲の環境は劇的に変わっていた。下僕としての泥まみれの雑用から解放され、今や門弟たちと同席して武芸と兵学を学ぶ身。
けれど、僕の身体は相変わらず同年代の武士たちに比べれば一回りも小さく、戦場を駆ける武者としての威風など微塵もなかった。
それでも時代という名の巨大な歯車は、そんな僕の未熟さを置き去りにするように、容赦なく狂気を孕んで回転を速めていく。
――弘治三年(1557年)、春。
海道一の弓取り・今川義元の領国へ、東国の覇者である北条氏政・氏直父子が突如として大軍を率いて乱入した。国境は瞬く間に血煙に包まれ、両雄は富士川の河原を舞台に、雌雄を決する大合戦へと突入した。
僕の主人である松下加兵衛之綱もまた、義元の召しに応じて旗本を固めるべく、出陣の支度を整えていた。
「加兵衛様、どうか僕も、その手勢に加えてください。お供させてください」
屋敷の広間で、僕は加兵衛の前に平伏し、必死に言葉を紡いだ。けれど、甲冑に身を包んだ加兵衛は、僕の小さな身体を静かに見下ろし、ただ首を横に振った。
「ならぬ、藤吉。お前の才智は平時においてこそ輝くもの。まだ初陣も済ませぬ年端もいかぬ身を、北条の大軍が押し寄せる戦場へ連れて行くわけにはいかない。お前はここに残り、屋敷の留守居を厳に務めよ」
それは、主としての冷徹な判断であり、同時に僕という奇童を案じる加兵衛なりの優しさだったのかもしれない。
加兵衛の一隊が、砂煙を上げて屋敷を発っていくのを見送りながら、僕は一人、薄暗い部屋で拳を強く握りしめていた。
(……ここに残って、ただ主人の生死を待つなんて、そんな選択は僕の生存戦略にはない)
現代の記憶が、僕の脳内で冷酷なリスクマネジメントの方程式を組み立てていく。この戦国という時代において、主人の死は、その下に連なる僕たちの破滅を意味する。
もし加兵衛が討ち死にすれば、僕がこれまで積み上げてきたすべての足場は崩壊し、またあの過酷な、明日をも知れぬ流浪の身へと逆戻りだ。生き残るためには、主人の後ろ盾を死守しなければならない。
そして、僕自身の価値を、この不条理な世界の中心できちんと証明しなければならないのだ。
「天下を獲るなんて、今はどうでもいい。僕はただ、明日も確実に生き延びるために、あそこへ行く」
僕は、屋敷の出入りで知り合った知音の武芸者を頼み込み、古びた具足(鎧)を一領、密かに借り出した。それを12、3歳の頃からそれほど大きくならなかった僕の身体に無理やり合わせ、紐をきつく締め上げる。
胸の奥の太陽が、警告を告げるように、あるいは僕の決意を祝福するように、ドク、ドクと熱く脈打っている。
僕は夕闇のなか松下勢の跡を追い、血生臭い風が吹き抜ける富士川の戦場へと、たった一人で足を踏み出した。
富士川の河原は、凄惨極まる地獄そのものだった。現代の僕が映画や教科書で見た「合戦」の風景など、あまりにも綺麗に美化された絵空事に過ぎなかった。
目の前に広がるのは、生々しい血の匂いと、火縄銃の硝煙、そして引きちぎられた肉と泥が混ざり合った、圧倒的な「死」の現実。鼓膜が破れそうな鬨の声が、轟々と流れる富士川の音をかき消していく。
北条方の勇将・伊藤日向守率いる5,000騎が、怒涛の勢いで富士川を渡り、今川の先陣を務める朝比奈備中守の陣へと襲いかかっていた。
「押し返せ! 突き伏せろっ!!」
朝比奈勢3,000人は、軍勢を巧みに四手に分け、歩兵500騎を一斉に前線へと投入した。彼らが手にした長柄の槍が、波のように押し寄せる北条の騎馬の胸元へと突き出される。
肉が裂け、骨が砕ける生々しい音が、堤の影に身を潜める僕の耳の奥を打った。
しかし、北条の伊藤日向守の統率力は尋常ではなかった。伊藤日向守の指揮により、1,000騎の騎馬武者がどっと喚き叫んで駆け出すと、今川の歩兵たちはその圧倒的な質量に圧され、チリジリになって逃げ惑い始めた。
(戦況が崩れる……。だけど、まだ勝負は決まっていない)
僕は恐怖で震えそうになる膝を泥に押し付けながら、冷徹に戦場を観察していた。
今川の朝比奈備中守が、このまま素直に敗れるはずがない。朝比奈備中守の過去の戦術データを脳内で検索する。朝比奈備中守の得意技は「伏兵」だ。
予測通り、伊藤勢が勝利を確信して今川の敗軍を追撃しようとしたその瞬間、堤の左右の林から、朝比奈の伏兵1,000騎が突如として姿を現した。
「打てっ!」
激しい怒号と共に、鉄砲が雨のごとくに打ち出された。耳を突き刺すような大音響、そして視界を覆い尽くす白い煙。
不意を突かれた北条勢は、しどろもどろになって敗走し始めた。
伊藤日向守は 朝比奈備中守の計略に嵌まったことを悔しがり、苛立って自軍を励ましていたけど、一度崩れた軍勢は、二度と引き返して戦おうとはしない。
劣勢と見た伊藤日向守は、自らが殿となって味方を逃がすため、手勢をまとめ川を渡らせた。しかし、このまま急流を渡れば多くの溺死者を出すと踏んだのだろう、彼は一町(約百メートル)ほど川下へと軍を誘導し、兵たちに安全な瀬を渡らせ、自分は堤の上に馬を立てて、毅然と控えていた。
その、たった一人で堤の上に佇む敵将の姿が、僕の瞳の奥に、鮮烈な標的として焼き付いた。
(あそこだ……。あの位置なら、周囲の兵の意識はすべて川の深さを測ることに集中している。堤の上の敵将は、完全に孤立している)
現代の心理学と、戦術の最適化が、僕の脳内で一つの答えを導き出した。生き残るため。僕の存在をこの世界に刻み、松下家での地位を確立するため。
「今日は、僕の初陣だ。あの首を取る」
僕は借り物の具足の重さを忘れるほどの速度で、一散に堤へと馳せ上った。
現代の肉体移動術の知識を総動員し、重心を極限まで低く保ちながら、泥濘を滑るように突き進む。周囲の怒号と川の音が、僕の接近を覆い隠す最高のノイズになっていた。
堤の上に立つ伊藤日向守は、川の中の味方の様子を眺めており、背後から近づく小さな影に気づくのが遅れた。
「そこだっ!」
僕は自らの全体重を、中村藤吉郎の小さな身体のバネに乗せ、手にした長槍を伊藤日向守が乗る馬の太腹めがけて、したたかに突き通した。
「ヒヒィィン!」
内臓を貫かれた馬が、驚き狂ったように跳ね上がる。
伊藤日向守も馬を御せず、バランスを崩して大地へと真っ逆さまに落ちた。ドサリ、という重い衝撃音。
僕はすかさず走り寄り、伊藤日向守の巨体の上に飛び乗って踏みつけた。具足と具足が擦れ合う不快な金属音が響く。伊藤日向守が気絶から目を覚まし、僕の顔を見て目を見開いた。
「貴様、何奴――」
その言葉が完結する前に、僕は現代人としての躊躇いを、胸の奥の太陽の熱ですべて焼き尽くした。ここで手を緩めれば、死ぬのは僕だ。
僕は手にした刃を、鎧の透き間――首の皮膚へと、深く、冷徹に二度刺し通した。生々しい血の熱さが、僕の手を濡らす。押さえて、その首を一気に打ち落とした。
川の中にいた北条の退却兵たちが、堤の上の異変に気づき焦り叫ぶ。けれど、彼らは川の中央にいるため、急に流れの激しい堤へは上がれない。
渡河し終えた敵が駆けつけるよりも早く、僕は伊藤日向守の首をしっかりと提げ、後ろを振り返らずその場を離脱し、今川の本陣へと引き返した。
松下加兵衛の陣へと戻り、泥と返り血にまみれた姿でその首を差し出すと、加兵衛は驚愕した。
「……藤吉!」
「お前、留守番を命じたはずだろ! 一体どうしてここに……!?」
「申し訳ありません、加兵衛様。どうしても黙って待っていられませんでした。……ですが、伊藤日向守の首は取って参りました」
加兵衛は震える手でその首を受け取った。そして、すぐに総大将・義元のもとへと運ばせる。
今川治部大輔義元――その政治手腕から「海道一の弓取り」と呼ばれ、駿河・遠江の守護にして事実上の三河の主、今世最も豊かな三国を領する巨大軍事国家の大大名。
その本陣は、戦国大名としては別格の位官「従四位下」のとおり、まるで京の公家屋敷のような気品と、数万の軍勢を従える覇者だけが持ち得る重圧で満ちていた。
そんな厳かな幕舎の中、艶やかな黄金色の具足を纏った義元が、僕を近くへ呼び寄せる。その視線が向けられただけで、空気が変わる。まるで巨大な獣に見下ろされているような威圧感に、周囲の武将たちでさえ自然と背筋を正していた。
「陪臣の身でありながら、しかもこれほど若くして敵将の首を取ったというのか。……見事だ。大した働きである」
義元から直々に言葉をかけられた瞬間、周囲の宿老たちの視線が一斉に僕へ集まった。驚き、警戒、嫉妬――その全てが入り混じった、重い視線だった。
僕にとって、それは最初の血に染まった「実績」だ。けれど僕の胸にあったのは、栄光でも高揚でもない。ただ――「これでまた少し、生き残れる」という切実な安堵だけだった。
しかし、戦場は僕に休む暇を与えてはくれなかった。
北条方は最初の戦を落としたことを激しく悔しがり、その雪辱を果たそうと、大道寺駿河守率いる7,000騎が、再び富士川を渡って怒涛の勢いで押し寄せてきた。
今川方では飯尾豊前守が朝比奈に代わって陣を整え、両軍は鉄砲を雨のように撃ち合い、槍をぶつけ合って激しく戦った。そんな乱戦の中、一人の異様な武者が今川本陣へ向かって突っ込んできた。
伊藤日向守の甥にして、怪力で知られる猛将――伊藤弥作。
「叔父の無念、ここで晴らしてくれる! 今川の大将、討ち取ってくれるわ!」
弥作が振るうのは、十文字槍の片刃が鉤状に曲がった鍵槍だった。その異様な得物を自在に操りながら、猛然と突進してくる。
その姿を見た加兵衛は、馬を飛ばして駆け寄り、槍を構えて迎え撃った。だが、弥作の槍さばきは凄まじかった。加兵衛は長い間必死に渡り合ったものの、次第に押し込まれていく。そしてついに、鎧の袖が鍵槍の鉤にがっちりと引っ掛けられてしまった。
「しまった――!」
加兵衛の身体が大きく崩れ、馬上から引きずり落とされそうになる。弥作が獰猛な笑みを浮かべ、とどめを刺そうと槍を繰り出した――その瞬間。
僕はすでに、加兵衛の馬の影から飛び出していた。頭の中で、現代の物理法則が一瞬で組み立てられる。槍が鎧に引っ掛かった今、力の流れは固定されている。ならば、柄の中心に強い衝撃を加えれば、槍の制御は崩れる。
僕は踏み込みざま、手にした刀で鍵槍の柄の中央を思い切り叩き斬った。
――カキン!!
激しい金属音が響く。加兵衛を引いていた力が突然消え、逆に弥作の身体が勢い余って大きく崩れた。そのまま馬から地面へ転がり落ちる。
「今だッ!」
加兵衛はその隙を逃さなかった。槍を限界まで突き込み、弥作の胸を貫く。そして馬から飛び降りると、そのまま押さえ込み、見事に首を取った。主人の命を救い、さらに敵の猛将を討たせる。
それは、僕の知恵と価値を戦場で証明した瞬間だった。
その頃には、太陽はすでに西の山へ沈み、富士川の戦場には深い夜が落ちている。両軍はこれ以上の戦を不可能と判断し、鐘を鳴らして兵を引かせる。河原のあちこちで篝火が焚かれ、敵味方が不気味な静けさの中で向かい合っていた。
そんな夜、更なる報せが戦場を駆け抜ける。
甲斐の武田信玄の命を受けた山本勘助と山形三郎兵衛が両陣を訪れ、北条と今川の和睦をまとめ上げたのだ。昼間はあれほど血を流していたというのに、乱世の大名たちの思惑一つで戦は終わる。両軍は異議なく兵を引き、それぞれの城へ戻ることになった。
遠州への帰り道、僕は馬の背に揺られながら、夜空の満月を見上げていた。初めて、この手で人を殺した。鎧の隙間へ刃を押し込んだ感触は、今も手に残っている。けれど、不思議と恐怖はなかった。ただ、「今日も生き残れた」という安堵だけが、疲れ切った身体を静かに包んでいた。天下を取るだとか、歴史を変えるだとか――そんな話は、まだ今の僕には遠い夢物語に思える。
それでも、胸の奥の太陽は、富士川の泥と血を吸い込んで、以前よりもずっと強く熱く脈打っていた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
中村藤吉郎初陣高名
弘治三年の春、北條氏政、氏直父子、大軍を率し駿州へ亂入し、富士川にて今川義元と合戰ふ。北條の勇將伊藤日向守、五千餘騎川を渡して、今川の先陣朝比奈備中守といどみ戰ふ。先陣朝比奈備中守三千餘人四手に分ち、歩行立ちの兵五百騎、ことごとく長柄の槍を持つて、伊藤勢の川を渡して進み來るを突き白ます。伊藤日向守下知を傳へて、騎馬の武者一千人、どつと喚いて驅け出で、鯨波を作つて戰ひければ、朝比奈が歩行武者散々になつて逃げたりけり。伊藤勢あますまじと追ふところに、堤の左右より朝比奈が伏兵一千餘騎、伊藤が勢の中を裁ち切り、鳥銃を雨のごとくに打出し、喚き叫んで戰ひければ、伊藤方討たるる者數を知らず、しどろになつて敗走す。日向守は手合せの戰ひに敵の計にあたり、味方敗北するを見て口惜しきことに思ひ、苛つて土卒を勵ますといへども、敗軍の習ひにて返し合ふ兵もなく、力及ばず殿して退きけるが、多勢一同に河を渡り、溺死せんも拙しと、一町ばかり川下に至り、土卒らに瀬踏みさせ、堤の上に馬を立てて控へたり。ここに松下加兵衛之綱も、義元の召に應じ、旗本を堅めるが、出陣のとき、木下藤吉郎手勢に加はり、戰ひに赴かんことを希ふといへども、加兵衛之綱これを許さず。藤吉郎力なく、「さればとて家に止まつて主人の生死へ知らざるも本意なし」と、知音の方にて具足一領借り出し、隠れて戰場に至り、合戰を見物して居たりけるが、「今日は我が初陣なれば、よき首取りて高名せん」と、そこよここよと伺ひしに、伊藤日向守ただ一人、堤に馬を立てて味方の引くを眺め居れり。藤吉郎これを見て、「よき敵ござんなれ」と一參に馳せ來り、日向守が乗つたりける馬の太腹をしたたかに突き通せば、馬は驚きはね上る。日向守もたまり得ず、大地へと落ちたりける。藤吉すかさず走り寄り、踏み付けて鎧の透間を二刀刺し、押へて首を打落し、本陣さして歸りける。伊藤が土卒これを見て、あれよあれよと焦れども、川中のことなれば、急に堤へ上がりがたく、敵ははや引取りければすべき方なく、この旨氏政へ注進す。藤吉郎は伊藤が首を提げ、松下に逢ひて事の次第を物語れば、加兵衛之綱大に驚き、やがてその首を以て(もつて)大將義元に披露す。義元、藤吉郎を近く召寄せ、直の褒詞を賜ひければ、陪臣の面目なりと、勇んで席を退きけり。さて北條方には初度の合戰を仕損じ、先敗の恥辱を雪がんと、大道寺駿河守七千餘騎にて川を渡す。今川方には飯尾豊前守、朝比奈に替つて備へを立てて、兩陣鐵砲を打かけ、槍を合せて攻戰ふ。ここに伊藤日向守が姪に伊藤彌作といふ大剛の勇士あり。叔父が討死を無念に思ひ、「今合戰に敵の大將を討取らん」と、ただ一人今川の本陣へ切り入りたり。松下加兵衛之綱かくと見るより、馬を飛ばして馳せ來る、槍を捻つて突きかかるを、彌作は寶藏院の鍵槍を手練したれば、松下と槍を合せ、半時ばかり戰ひけるが、松下鎧の袖を鍵槍に引かけられ、すでに馬より落ちんとす。藤吉走り寄りて、槍の柄の中より丁と切り放せば、伊藤は馬よりどうと落つ。之綱得たりと槍を伸びて突き留め、馬より飛び下り、押へて首を取つたりける。このときすでに日光西山に傾き、両陣さらに鐘を鳴らして軍を収め、篝を焚きて對陣す。その夜武田信玄より、山本勘助、山形三郎兵衛の兩將に命じ、北條、今川の和順を取り結ぶ。兩家武田の武威に服し、異議なく和談調ひ、軍を収めて歸城しける。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜【御礼投稿(1話/8話)】開始1週間で1,000PV達成!〜
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