1-87 表層の平和と、水面下の刃
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
歴史の大きな転換点となる「上洛戦」。その最大の障害である近江の六角氏を打ち破るための、熾烈にして壮大な戦いが、今まさに火蓋を切ろうとしていた。
地鳴りのような進軍の足音に揺られながら、僕は前方の空を見据えていた。背後には、北近江の浅井長政という最も強固な盾が控えている。もはや後顧の憂いはない。
――だが、その熱狂の只中にありながら、それでも僕の背筋には時折、氷のように冷たい汗が流れ落ちる感覚が蘇っていた。
数日前の、永禄11年(1568年)8月20日。近江国・佐和山城で行われた、信長と、浅井長政との初めての謁見。
表向きには、両者は互いを丁重にもてなし、固い友情を誓い合った。同盟は、誰にも壊せないほど強固なものになったように見えた。未来の歴史書にも、そのように記されている。
だが、それはあくまで表向きの話に過ぎない。その平和は、薄い氷の上に成り立つような危ういものだった。あの丸腰での会見の裏では、僕と一人の浅井家臣が、刀を交える代わりに、互いへ鋭い殺気を向け合っていた。
その事実を知る者は、この数万の軍勢の中にもほとんどいない。すべては、あの宴の席で起きたことだった。
浅井家には、遠藤喜右衛門という重臣がいた。安養寺三郎左衛門らとともに、最後まで織田家との同盟に強く反対し続けた老臣の一人である。知略に優れ、武勇にも秀でたその男は、浅井家でも指折りの実力者だった。
その遠藤喜右衛門は、佐和山城での会見の最中、広間の末席からじっと信長の一挙手一投足を観察していた。言葉の端々に滲む覇気。何人にも縛られない自由な振る舞い。そして、時折見せる深淵のような冷たい眼光。遠藤は、信長の言語と容貌をつらつらと考え見るうちに、ある確信を抱いたという。
(……この男は、単なる一国の大名で終わる器ではない。やがて必ず、天下すべてを併呑する巨大な魔王となる。その猛威は、今すでに燦然と輝いているではないか!)
遠藤の眼力は、毛利元就が明智光秀の危険性を見抜いたのと同じように、信長という存在の「真の恐ろしさ」を完璧に測り切っていた。
このまま織田と結べば、浅井家はいずれ必ず飲み込まれ、破滅する。強烈な危機感に駆られた遠藤は、会見の合間を縫って急ぎ小谷城へと走り、浅井長政の父である先代・浅井久政に直訴した。
「大殿! 織田信長は危険すぎます! 丸腰で佐和山に来ている今が、千載一遇の好機。あの男を、この場で殺しましょう!」
だが、久政はその提案を恐れて退けた。「馬鹿なことを申すな! 和睦を結び、嫁まで受け取った直後に騙し討ちなど、武士の不義も甚だしい。そのような真似は断じて許さん」
浅井久政が遠藤喜右衛門の狂気じみた言葉に従わなかったのは、当然の判断だった。しかし、遠藤喜右衛門の浅井家に対する忠誠心は、常人のそれを遥かに超越していた。主君が許さずとも、国家の未来を守るためには、誰かが泥を被らなければならない。
(……ここまで来た以上、もう自分の命は惜しまない。この命と引き換えに、私の独断で信長を討ち取る!)
遠藤喜右衛門は死の覚悟を固め、静かに懐へ白刃を忍ばせると、再び信長が滞在する佐和山城の宴席へと舞い戻ってきた。
夜の宴席は、和やかな空気に包まれていた。信長は、同盟の成立に心から安堵したのか、用心する気色など微塵も見せず、すっかり打ち解けて長政と笑談を交わし、上機嫌な様子であった。
周囲の警戒は完全に緩んでいる。武器武具の持ち込みも禁じられており、信長は無防備な平衣のままだ。
(……今だ)
遠藤喜右衛門は、折良しとばかりにスッと立ち上がり、手にお銚子を持って信長の前へと歩み寄った。
「織田様、浅井家との初めての御見参、誠に喜ばしきことに存じます。手前が、御酌を取って御酒を奉りましょう」
一見すれば、ただの忠実な家臣によるもてなしである。だが、僕の胸の奥で、あの日見た「日輪の熱」が、警鐘を鳴らすように激しく脈打った。
遠藤喜右衛門の瞳の奥底に、真っ黒く澱んだ「殺気」が渦巻いているのを、僕の目は決して見逃さなかった。彼は銚子を持つ手の陰で、信長との距離を一歩、また一歩と詰めている。あともう一歩踏み込まれれば、隠し持った刃が信長の喉笛を掻き切るだろう。
(……やらせるかよ!)
僕は弾かれたように立ち上がり、信長を背中に囲うようにして、遠藤喜右衛門の正面へと進み出た。
「少々、お待ちください。……失礼ですが、お名前をお聞かせ願えますか?」
突然、信長の前に立ちふさがった僕――ただ一人付き従っていた「猿」の家臣を見て、遠藤喜右衛門はわずかに目を見開いた。
「……私は、遠藤喜右衛門春元と申します」
その名を聞いた瞬間、僕は広間中に響くほど大きな声で笑った。
「はっはっはっ!それは冗談でしょう!お酌は小姓や侍女が務めるものです。遠藤殿といえば、浅井家を支える重臣ではありませんか。そのようなお立場の方が、自ら酒を注ぐ必要などございません。どうぞ席へお戻りください。お酌は若い者や侍女たちに任せればよろしいのです」
僕は笑顔を崩さなかった。だが、その場を一歩たりとも譲らない。遠藤から放たれる殺気を、真正面から受け止め続ける。
おそらく遠藤は、心の中で舌打ちしたことだろう。一太刀で信長を討つつもりだった計画を、このみすぼらしい猿の家臣に見抜かれ、完全に邪魔されてしまったのだから。
しかし、遠藤もまた数々の修羅場をくぐり抜けてきた武将だった。すぐに表情を和らげると、何事もなかったかのように穏やかな笑みを浮かべる。
「いやいや、木下殿。我が城に織田様ほどのお方をお迎えする機会など、めったにございません。我らのもてなしが行き届かず、ご不快な思いをさせてしまっては申し訳ない。それゆえ、せめて私自ら酒をお注ぎし、この宴に華を添えたいと思っただけです」
言い訳としては完璧だ。ここで僕が強硬に追い返せば、せっかくの浅井側からの「もてなし」を無下にする無礼者となってしまう。同盟に亀裂を入れるわけにはいかない。
でも、彼を一歩でも信長に近づければ、歴史はここで終わる。前世の知識も、胸に宿る日輪の野望も、すべてがこの一瞬の判断にかかっていた。
「――なるほど! 一時の興を添えたいと!」
僕はポンと手を叩き、遠藤の手から強引にお銚子を奪い取った。
「しかし遠藤殿。貴殿のような勇猛な兵は、お酌役などには到底似合いませぬ!一時の興を添えるというのなら、この小臣・木下藤吉郎が御酌を取り、さらに御酒の肴として、とびきりの『猿舞』の一曲を笑覧に入れましょう!」
言うが早いか、僕は手にした扇をバサリと開き、広間の真ん中へと躍り出た。
「さあさあ、ご覧あれ!」
僕は顔をくしゃくしゃに歪め、猿が木に登り、果実を頬張るような滑稽な身振りを交えながら、銚子を持って信長様と長政の御前を行き来し始めた。前世の羞恥心など、とっくの昔に捨て去っている。生き延びるため、信長様を守るためなら、本物の猿にだってなってやる。
「♪ 兵の〜、交わりはァ〜!」
僕は扇をヒラヒラと翻し、声を裏返しながら高く謡い上げた。
「♪ 頼みある中のォ〜、酒宴かなァ〜ッ!!」
くるくると回り、ピョンと跳ね、最後は床に手をついて愛嬌たっぷりに首を傾げる。そのあまりにも馬鹿馬鹿しく、底抜けに明るいパフォーマンスに、張り詰めていた広間の空気は一瞬にして弾け飛んだ。
「わははははっ! 見ろ、本当に猿そっくりだ!」
「よいぞ木下殿! もう一舞い頼む!」
浅井の家臣たちが腹を抱えて笑い出し、広間はどよめきと爆笑の渦に包まれた。信長も長政も、楽しそうに盃を干している。その爆笑の海の中で、僕は踊りながら、遠藤喜右衛門の方をチラリと見た。
遠藤は、銚子を奪われ、完全に立ち尽くしていた。暗殺という行為は、極限まで研ぎ澄まされた緊張感と殺気の中でしか成立しない。これほどまでに場が弛緩し、全員の視線が「笑い」に向かってしまった今、彼が懐の刃を抜くタイミングは完全に失われてしまっていた。
(……勝った)
僕は心中でガッツポーズを決めながら、さらに派手に猿舞を踊り続けた。遠藤の決死の計略は、僕という一匹の猿の滑稽な舞によって、完全に空回りさせられた。
やがて宴もたけなわとなり、信長は長政に挨拶をすると、無傷のまま、ごく自然な足取りで佐和山の旅館へと引き上げていった。
僕はその背中を追いながら、冷や汗でぐっしょりと濡れた平衣の襟元を、そっと手で仰いだ。
(……というわけで、あの佐和山での会見、実は首の皮一枚の綱渡りだったんだよなぁ)
馬上で揺られながら、僕はその記憶を振り払い、小さく息を吐いた。大勇不敵の信長と、智謀不思議の僕。
百万の敵中を行くがごとき危機であっても、僕たちは恐れることなく、笑い飛ばしてそれを乗り越えてきた。あの遠藤喜右衛門という男の忠義と殺意は本物だったが、僕たちが切り拓こうとしている未来への熱量の方が、ほんの少しだけ上回っていただけだ。
「藤吉郎様!先陣が、六角領へと足を踏み入れました!」
伝令の声が、僕を現在の戦場へと引き戻した。僕は前を向いた。浅井長政との強固な同盟という絶対の「盾」。そして、数万の精鋭という圧倒的な「矛」。すべての準備は整った。ここから先は、古い歴史の残骸を吹き飛ばし、新しい世界を構築するための力業だ。
「よし、進め!京の都はもう目の前だ!」
僕は背中に掲げた千成瓢箪を揺らし、信長が待つ本陣へと向けて馬を駆けさせた。
胸の中の日輪が、これまでにないほどの熱と光を放って燃え盛っている。
戦国という途方もない時代に転生した一人の男の物語は、いよいよ天下の命運を決する「上洛戦」の業火の中へと、真っ直ぐに突入していく。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
織田淺井佐和山に謁す
永祿十一年八月二十日、江州佐和山において、織田信長、淺井長政初めて謁見あり。互に慇懃親切を演べ、すこぶる和順を結びける。淺井の功臣遠藤喜右衛門は智慮人に越え勇武衆に秀でたる剛士なれば、前刻よりつらつら信長が言語容貌を考へ見るに、終に天下を併呑すべき猛威燦然として顯はれければ、急ぎ小谷に參じ、長政が父久政に告げて、信長を殺さんと計る。久政その不義を恐れて、猖りに遠藤が詞に隨はず。遠藤事の果てざるを見て、所詮國家のためなれば、身を捨てて以て己が所意に任せ、信長を討取るべしと心を定め、また佐和山に至り見るに、信長用心の氣色さらになく、打解けて笑談し、入興の體なりければ、遠藤折よしとつつと入りりて、「織田、淺井初めて見參に候ふほどに、某酌を取つて御酒を奉らん」と銚子を取つて信長に酌まんとす。藤吉、信長卿を圍ひ進んで曰く、「足下の姓名はいかん」。遠藤驚き答へて曰く、「小臣はこれ遠藤喜右衛門春元にて候」。木下笑うて曰く、「酌人は小姓女子の勤むる役なり。足下はこれ淺井の老臣、何ぞ自ら酌を取り給ふに及ばん。席に著きて兒女に命じ給へ」と云ふ。遠藤は信長に近附き寄り、一刀に殺害せんと計りしに、藤吉に見咎められ、首尾悪しと思ひければ、微笑して答へて曰く、「稀に貴族の光臨、饗應なきことを恐る。せめて某御酌に參りて、一時の興を添へ奉らんとす」。藤吉の曰く、「足下は勇猛の兵、酌人の任にあらず。小臣酌を取つて、御肴に猿舞一曲笑覽に入れるべし」と、銚子を取つて信長に進め、扇を開き立上り、「兵の交りは、頼みある中の酒宴かな」と、舞かなでければ、一座大に興に入り、どよみ笑ひて、遠藤が計空しくなり、信長卿やがて暇を告げ、旅館へこそは入り給ふ。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
遠藤喜右衛門が今回の大河ドラマ大河ドラマ「豊臣兄弟!」に登場したことで、『こういう所を拾ってくれるから大河は侮れない』『これまでの大河では扱われなかった逸話』とコメント欄盛り上がってました。なかなか放送時間の関係でか採用されることの無いマニアックなネタです。




