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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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1-85 血塗られた夜空

挿絵(By みてみん)


 『太閤記(たいこうき)』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。

 『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本(よみほん)。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia

 同じ織田家という巨大な船に乗り込んだ二つの異能が互いの腹の底を探り合いながら、燃え盛る京の都へと向けて、果てしない軍列を共に進んでいた。


 上洛の軍が歩みを進める中、僕は隣を並走する明智光秀の横顔を盗み見ながら、かつて光秀が越前で起こしたという「ある事件」の報告記録(ログ)を頭の中で反芻していた。


 ――それは、光秀が毛利元就に仕官を断られ、諸国を流浪した末に、ようやく越前の長崎という地に仮の住まいを得た頃の話だ。


 時は永禄5年(1562年)の秋。この頃、隣国である加賀から、恐るべき軍事力を持った集団が越前へと侵攻してきた。一向一揆(いっこういっき)である。


 仏への絶対的な信仰心で結ばれた彼らは、死すら恐れない狂信的(ファナテック)な戦闘集団だ。これに対抗するため、越前の国主・朝倉義景は、重臣である朝倉土佐守景行(あさくらとさのかみかげゆき)に数千の軍勢を預け、防衛にあたらせていた。


「……後学のために、少し戦(いくさ)の様子でも見物に行くか」


 仕官先(フリーター)もなく、暇(ひま)を持て余していた浪人・明智光秀は、野次馬のような気分で御幸塚(ごこうづか)と呼ばれる戦場跡へと足を運んだ。


 光秀が到着した頃には、すでに日はとっぷりと暮れ、昼間の激戦は終わっていた。朝倉軍と一揆軍は互いに篝火(かがりび)を焚き、一定の距離を保ったまま対陣している状態だった。一見すれば、翌日まで動きのない膠着(こうちゃく)状態だった。


 だが、光秀の目は普通の人間のそれとは違っていた。光秀は遥か東の夜空――御幸塚の東の方角をじっと見つめ、その瞳を細めた。空に、異常な光景が広がっていたのだ。


「……赤い」


 闇夜であるにもかかわらず、一本の不気味な赤い筋が、空高くたなびいている。しかもその赤い筋は、風に流されるわけでもなく、まるで意思を持っているかのように、朝倉の陣営の方角へとゆっくりと伸びてきているではないか。


(これは……『殺気』だ)


 軍学と兵法に通じた光秀は、それが何を意味するかを瞬時に悟った。大規模な軍勢が夜陰に紛れて移動する際、兵たちの熱気や、隠し持った松明の微かな光、あるいは地面から舞い上がる土埃などが、独特の気象条件と重なって空に赤い帯を形成することがある。古代中国の兵法書にも記されている、大軍の夜襲を告げる前兆(サイン)だ。


「一揆の連中、休戦と見せかけて夜襲を仕掛けてくる気だぞ」


 光秀は、自分が朝倉家に仕える身でもない、ただの浪人であることを承知の上で、躊躇なく朝倉の本陣へと駆け込んだ。


「土佐守殿にお目通り願いたい! 敵の夜襲が迫っている!」


 陣幕に飛び込んできた見ず知らずの浪人の言葉に、朝倉土佐守景行は当然いぶかしんだ。だが、光秀の理路整然とした説明と、そのただならぬ気迫(オーラ)に押され、土佐守は「用心するに越したことはない」と、全軍に厳重な警戒態勢を敷かせたのである。


 そして――亥の刻(午後10時頃)。光秀の予言(ロジック)は、完璧に的中した。


「うおおおおおっ!! 南無阿弥陀仏!!」


 闇を突いて、一向一揆の狂信者たちが怒涛のごとく朝倉の陣営へと殺到してきた。もし光秀の警告がなければ、朝倉軍は寝込みを襲われ、取り返しのつかない大敗を喫していただろう。


 だが、完全な防衛態勢(セットアップ)を整えて待ち構えていた朝倉軍は、冷静に鉄砲と弓矢で一揆勢を迎え撃ち、散々に打ち散らして完璧な勝利を収めた。


「見事だ、明智殿! 貴殿の凡(ぼん)ならざる才能、大いに感服した!」


 この一件で光秀の軍才に惚れ込んだ朝倉土佐守は、彼をすぐさま主君である朝倉義景に強く推挙(スカウト)した。かくして、長きにわたる流浪の末、光秀はようやく越前という国に定住(ポジション)の地を得ることができたのである。


 ……だが。光秀にとって、この仕官は決して『安住の地』ではなかった。


「……なんという、愚かな男だ」


 越前に留まり、主君である朝倉義景を観察すればするほど、光秀の心には深い絶望が広がっていった。朝倉義景は、教養こそあるものの、決断力も覇気もない柔弱な小人(しょうじん)だった。


 とてもではないが、乱世の盤面で共に天下を計るような器量(スペック)を持った男ではない。毛利元就のような圧倒的な『知』もなければ、織田信長のような圧倒的な『暴力』もない。ただの、「血筋が良いだけの凡人」だった。


 そんな中、越前に一人の流浪の貴人が逃げ込んできた。後の十三代将軍・足利義昭である。


「朝倉義景殿!共に義兵を挙げ、三好・松永を討ち果たしましょうぞ!」


「は、はい。いずれ準備が整いましたら……」


 足利義昭は朝倉義景と計って上洛を企てたが、朝倉義景の返答は常にのらりくらりとしたものだった。大義名分(ブランド)が目の前にあるというのに、リスクを恐れて一歩も動こうとしない。光秀は、そんな朝倉義景の愚かさに完全に見切りをつけた。


(このままこの泥船(あさくら)に乗っていれば、私の才能(スペック)は腐り果てる。……動くなら、今だ)


 外寛内急(がいかんないきゅう)の「内なる野心」が、ついに光秀を突き動かした。光秀は足利義昭の側近である細川藤孝を通じて、密かに足利義昭への直接の面会(コンタクト)を取り付けたのである。


「足利義昭様。無礼を承知で申し上げます」


 越前の一乗谷の奥深く。密室において、明智光秀は足利義昭の目を真っ直ぐに見据えて言い放った。


「朝倉義景は、暗弱の愚将です。足利家再興という巨大な任(タスク)を果たすことなど、到底不可能です」


「……では、余はどうすればよいのだ! このままここで朽ち果てろと申すか!」


 焦燥感に駆られる義昭公に対し、明智光秀は冷徹なまでの論理(ロジック)で次の一手を提示した。


「あまねく天下の英雄たちを比較・分析(リサーチ)してまいりました。……今、最も力があり、覇気があり、そして天下を獲る器を持った男。それは、尾張と美濃を平定した新興の覇者、織田信長(おだのぶなが)です」


「織田……信長、だと?」


「はい。足利義昭様、急ぎあちらへ動座(どうざ)なさるべきです。信長に命じ、足利義昭様の大義名分をもって、怨敵を討伐させるのです。それが、足利将軍家再興への唯一にして最短の道(ルート)です」


 すでに朝倉の優柔不断さに業を煮やし、信長の噂を聞いて心を動かされかけていた義昭にとって、この光秀の強力なプレゼンテーションは決定打となった。


 光秀はさらに裏で手を回し、織田家とのパイプを繋ぎ、信長から「ぜひ美濃へお越しください」という正式な招待状(インビテーション)を引き出すことに成功した。


 かくして、足利義昭は朝倉義景を捨て、光秀の先導によって美濃国へと劇的な移籍(トランスファー)を果たした。自分の主君・朝倉義景を裏切り、将軍という最高の手土産を持って、より強大な織田家へと自らも転職する。明智光秀という男の、恐るべき自己プロデュース能力と行動力(アルゴリズム)の賜物だった。


「……木下殿。いかがなされました?」


 隣を並走する光秀の涼やかな声に、僕はハッと我に返った。光秀の過去の記録(ログ)に思考を巡らせるあまり、つい光秀をじっと睨みつけてしまっていたようだ。


「いや……なんでもありませんよ、明智殿」


 僕は愛想の良い笑みを浮かべて誤魔化した。


「ただ、明智殿の先見の明には恐れ入ると思っていたところです。明智殿が義昭公を美濃へ導いてくださらなければ、僕たちのこの華々しい上洛も実現しなかったので」


「買い被りです。私はただ、澱(よど)んだ水より、流れる水を選んだに過ぎません。織田信長様という巨大な急流は、この腐りきった日本という国を洗い流すのに、最も適していると判断したまで」


 光秀は、感情の読めない冷たい瞳で、前方を進む信長の本陣を見つめた。その瞳の奥には、彼にしか見えていない「理想の天下」が映っているのだろう。


(……やはり、危険な男だ)


 僕が求める天下泰平と、光秀が求める天下泰平。今は「上洛」という共通の目標(プロジェクト)のために同じ方向を向いているが、その根底にある価値観(アルゴリズム)は、決して交わることはない。いつか必ず、この二つの歯車は決定的な摩擦を起こし、破滅的な結末を招くことになる。


 ――本能寺の変という、歴史上の特異点に向けて。


「……前方に、近江の国境が見えてまいりましたな」


 光秀が手綱を締め直し、声を張った。前方には、六角承禎が支配する広大な近江の地が広がっている。京へ上るためには、この強大な敵を武力で粉砕しなければならない。


「ええ、明智殿。ここからは交渉(プレゼン)ではなく、純粋な暴力(いくさ)の時間です。……お手並み、拝見させてもらいますよ」


「望むところです、木下殿」


 僕たちは互いに薄く笑い合い、そして同時に馬の腹を蹴った。それぞれの背中で揺れる千成瓢箪(せんなりびょうたん)と、桔梗(ききょう)の家紋。


 後に天下を二分する両雄は、今は並び立ち、室町幕府という古い秩序を完全に終わらせるための戦(ゲーム)いへと突入していくのであった。



 

【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】




明智(あけち)光秀(みつひで)殺氣(さつき)を見る


このとき永祿(えいろく)五年(ごねん)の秋(あき)なりけるが、加賀國(かがのくに)一向宗門(いつかうしうもん)の徒(と)一揆(いつき)を起(おこ)し、越前(えちぜん)へ攻(せ)め入りしに、朝倉(あさくら)土佐守(とさのかみ)景行(かげゆき)、数千(すせん)の軍兵(ぐんぴやう)を以(もつ)てこれを防(ふせ)ぐ。明智(あけち)光秀(みつひで)、越前(えちぜん)の長崎(ながさき)といふ所に住居(ぢゆうきよ)しけるに、閑(かん)を得(え)て一揆(いつき)の戰(たたかひ)を見(み)んと、御幸塚(ごかうづか)の軍場(いくさば)に至(いた)り見るに、はや暮(くれ)過ぎて戰(たたか)ひも止(や)み、互(たがひ)に篝(かがり)を焼きき、對陣(たいぢん)す。光秀遙(みつひではるか)に御幸塚(ごかうづか)の東(ひがし)を見るに、一道(いちだう)の赤氣(しやクき)空(そら)にたなびき、朝倉(あさくら)の陣營(ぢんえい)を犯(をか)す。これ一揆(いつき)の徒(ともがら)、夜討(やうち)をかかる表氣(ヘうき)なりと見てければ、無縁(むえん)ながらも土佐守(とさのかみ)に斯(か)くと告(つ)ぐるに、朝倉勢(あさくらぜい)さることもあんなれとて、用心(ようじん)心(こころ)堅固(けんご)に敵(てき)を待(ま)つ。一揆(いつき)の輩(ともがら)、光秀(みつひで)が云(い)ひしごとく、亥(い)の刻(こく)ばかりに夜討(やうち)しけれど、かねて用心(ようじん)密(みつ)なりければ、散々に打(う)ち散(ち)らし、十分(じふぶん)の勝利(せうり)を得(え)たり。ここに於(お)いて土佐守(とさのかみ)、光秀(みつひで)が凡(ぼん)ならざるを感心(かんしん)し、義景(よしかゲ)に勧(すす)め仕(つか)へしむ。光秀も暫(しばら)くここに足(あし)を留(とど)めて、義景(よしかゲ)が容體(ありさま)を見るに、柔弱(にうじやく)の小人(せうじん)にして、共に事を計(はか)るべき器量(きりやう)にあらず。然(しか)るに足利(あしかが)義昭公(よしあきこう)越前(えちぜん)に入(い)らせ給(たま)ひ、義景(よしかゲ)と計(はか)つて三好(みよし)、松永(まつなが)を誅伐(ちうばつ)せんと議(ぎ)し給(たま)へども、義景愚(よしかげぐ)にして事を果たさず。光秀密(みつ)に義昭公(よしあきこう)に謂(い)ひて曰(いは)く、「義景暗弱(よしかげあんじやく)の愚將(ぐしやう)なり、足利(あしかが)再興(さいかう)の任(にん)に中(あた)らず。普(あまね)く天下(てんか)の英雄(えいゆう)を考(かんが)ふるに、尾州(びしう)織田(おだ)信長(のぶなが)に如(し)くことなし。君早(きみはや)く彼所(かしこ)に動座(どうざ)し給(たま)ひ、信長に命(メい)じて怨敵(をんテき)を平治(へいじ)し給(たま)ふべし」と勧め奉(たてまつ)る。義昭もかねて信長を頼(たの)み聞(き)こえんと恩(おぼ)しける折節(をりふし)、光秀が勧(すす)めによりて一向(ひたすら)信長を慕(した)ひ給(たま)ひけるに、信長使者(ししや)を以(もつ)て請待(しやうだい)申すにより、急(きふ)に用意(ようい)を調(ととの)へ、美濃國(みののくに)へ入(い)らせ給(たま)ふ。

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜舞台背景〜

 明智光秀の評価は大悪人(江戸)、有能だが逆臣(明治〜昭和)、知性的な改革者・悲劇の武将(平成以降)と変遷してます。で「太閤記」は主君殺しが禁忌だった江戸時代の「大悪人」判定の根拠資料です。私はただ翻訳してるだけですのでクレームしてこないで下さいw

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