1-73 稲葉山、血戦の秋
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
「――積善の家には余慶あり、積悪の家には余殃あり…か」
洲俣の城の一室。僕の『師匠』として迎え入れた不世出の天才軍師・竹中半兵衛は、静かに茶を啜りながらそう呟いた。
「それは、昔の偉い人の言葉ですか?」
「『易経』という古い書物にある言葉だ。善行を積み重ねた家には、必ず子孫にまで及ぶ良い報いがあり、逆に悪行を重ねた家には、必ず拭いきれぬ災いが降りかかる……という意味だよ」
半兵衛は、澄み切った瞳で遠く美濃の山々を見つめた。その視線の先にあるのは、かつて半兵衛が仕え、そして今や今生の別れを告げた大国・斎藤家の居城、稲葉山城だ。
「今の斎藤家を体現していると思わないか、藤吉郎」
「……ええ。お師匠の言う通りです」
美濃一国を統べる若き当主、斎藤右兵衛太夫龍興。龍興は祖父や父から強大な兵力と豊かな国力を受け継いだにもかかわらず、その国は今、信長の計略によって、まるで泥の船のように瓦解しようとしている。
龍興が暗君であることが直接の引き金ではある。しかし、半兵衛が語る通り、この滅亡の本当の理由はもっと深い所にある。
血塗られた因果律。天地自然の理。未来の言葉で言えば、「業」だ。どれほど人間の力で抗おうとも、積み上げられた悪意の連鎖は、いつか必ず当人の首を絞める。
「藤吉郎も知っての通り、斎藤家の歴史は、裏切りと簒奪の歴史だ」
半兵衛の静かな語り口が、戦国という時代の血生臭い歴史を僕の脳裏に蘇らせる。すべては、龍興の祖父――斎藤山城守道三から始まった。
美濃の国主として恐れられた「美濃の蝮」。だが、彼の出自は高貴な武将などではない。明応の頃。京都の西岡で油売りをしていた、松波藤九郎という一介の商人。それが彼のはじまりだった。十七歳という若さで、その類まれなる美貌と、底知れぬ智略を武器に、当時の稲葉山城主であった斎藤明純の懐に潜り込んだ。
道三は油を売るように、人の心を手玉に取った。明純の秘蔵の臣として力を蓄えると、天文7年(1538年)には同僚である長井秀之を暗殺。まんまとその地位を奪い取り、長井新九郎秀龍と名乗る。さらに同じ年、主君である斎藤明純が病死すると、跡継ぎがいなかったことを良いことに、自らが稲葉山の城主へと成り上がり、名を「斎藤山城守」と改めた。
そして極めつけは天文九年。美濃半国の領主であった本来の主・土岐頼芸を武力で追放し、ついに国そのものを乗っ取ってしまった。のちに出家して「道三」と名乗るこの男の人生は圧倒的な成り上がりストーリーだ。己の才覚一つで、一文無しの油売りから一国の王へ。だが――その栄光の階段は、すべて他者の血と裏切りで舗装されていた。
「道三様には、三人の男子がいた。長男が義龍、次男が義平、三男が義之。だが、道三様は有能すぎるがゆえに傲慢だった。長男の義龍様を露骨に嫌い、次男の義平様に家督を継がせようとしたのだ」
半兵衛の声が、一段と低くなる。
「弘治2年(1556年)の春、正月。義龍様は道三様への憎悪を爆発させた。道三様が遠野へ鷹狩りに出かけた隙を突き、二人の弟を城へ呼び出すと……腹心の日根野下野守に命じて、実の弟たちを惨殺したのだ」
肉親の殺し合い。権力という魔力は、いとも容易く家族の絆を切り裂く。激怒した道三は5,000の兵を集めて長男を殺そうとし、義龍は7,000の兵を率いて実の父に牙を剥いた。美濃を二分する骨肉の争いの末、成り上がりの怪物・斎藤道三は、実の息子の手によって討ち取られた。享年63歳。
親殺しの大罪を背負って国を継いだ義龍もまた、永禄4年(1561年)の夏に突如として熱病に倒れ、呪われたようにあっけなくこの世を去った。
「そして今、その血塗られた玉座に座っているのが、孫の龍興様というわけだ」
半兵衛は茶碗を置き、静かに息を吐いた。
「悪逆非道で国を奪った祖父。実の弟と父を殺した父。その呪われた因果が、今、龍興様の代で一気に噴き出そうとしている。あれはもはや、誰の手にも負えぬ沈没船だ」
「……積悪の家には余殃あり、ですね」
「その通りだ。だからこそ、私はあの国を見限った」
未来の科学や合理性の記憶を持つ僕は、呪いやカルマなんてものは、結果論のオカルトに過ぎないと思っている。でも、この戦国という時代において、人々の「心」は確実にそのオカルトに縛られている。
主君が不義理を働けば、家臣の心は離れる。親が子を殺せば、誰もその血筋を信じなくなる。オカルトではなく、それは極めて論理的な「信用の崩壊」というだけのこと。
「……お師匠。その話、僕の盤面で使わせてもらいますよ」
僕はニヤリと笑い、日輪の熱が滾る胸を押さえた。
斎藤家の土台が因果という名の不信感で腐り切っているのなら。あとは残された「柱」を数本引き抜くだけで、あの巨大な国は音を立てて崩れ去るはずだ。
斎藤家を支えている最大の武力。それは「美濃三人衆」と呼ばれる三人の老臣だ。稲葉伊予守、安藤伊賀守、氏家常陸介。
彼らこそが、腐敗した斎藤家において国政を動かし、かろうじて軍の体裁を保たせている巨大な大黒柱だ。
(……竹中半兵衛という最強の「脳」は、すでに僕が引き抜いた。なら次は、この三本の「腕」を切り落とす)
僕はすぐさま行動を開始した。信長のもとへ赴き、「僕に三人衆の調略を任せてほしい」と直訴した。信長は僕の提案に目を細め、あの冷たくも燃えるような瞳で「やれ」と一言だけ命じた。
調略の基本は、相手の恐怖と欲望を突くことだ。僕は極秘裏に彼らと接触を重ねた。半兵衛から教わった美濃の内部事情、斎藤家の「業」による求心力の低下、そして織田の圧倒的な日の出の勢い。これらを巧みに織り交ぜながら、彼らの心を揺さぶった。
『泥舟と運命を共にするのが、あなた方ほどの武将の最後で良いのですか?』
『織田様は、あなた方の武勇を高く評価しておられる。今なら、本領安堵は当然のこと、もっと好条件をお約束します』
彼らにも迷いはあっただろう。かつての主君への恩義も、美濃への愛着もあった。だが、それ以上に斎藤龍興への失望が大きかった。忠告に耳を貸さず、遊び暮らす若き当主に、歴戦の家臣たちはすでに愛想を尽かしていた。
やがて――三人衆は静かに頷いた。この瞬間、美濃を支配してきた斎藤家の運命は、事実上決まったと言ってよかった。僕の調略によって、あれほど堅固に見えた斎藤家の支配体制も、あっけなく崩れ去ったのである。
永禄7年(1564年)、秋。9月。ついに、織田軍の総力を挙げた稲葉山城攻略作戦が発動された。
清洲城を出立する織田の軍勢は、まさに大地を揺るがす黄金の魔王軍だった。その数、総勢12,000余騎。各部隊が整然と隊列を組み、色とりどりの旗指物が秋晴れの空を埋め尽くしている。
【先陣】 柴田権六勝家――織田軍の猛将「鬼柴田」。
【二番隊】 美濃三人衆(稲葉、安藤、氏家)
【三番隊】 池田勝三郎、森三左衛門
【四番隊】 坂井右近、前田孫四郎――「槍の又左」の異名
【五番隊】 佐々内蔵助、福富平左衛門
【六番隊】 林藤八郎、中条小八郎
【七番隊】 名古屋弥三郎、平手監物、村井長門守、林佐渡守
【八番隊】 梁田右近、遠山甚太郎
そして。
【九番隊】 大沢次郎左衛門、木下藤吉郎
「……藤吉郎殿。まさか、あなたと肩を並べて出陣する日が来るとはな」
馬上で具足に身を固めた大沢次郎左衛門が、感慨深げに僕に声をかけてきた。かつて僕が命懸けで信長の刃から救い出した男。彼が今、織田家の立派な将として、僕と共に第九番隊を率いている。これが、僕が作り上げた「縁」の力だ。
「大沢殿、油断は禁物ですよ。相手は死に物狂いのご実家だ」
「わかっている。だが、私の命はすでに一度、藤吉郎殿が拾ってくれたもの。この槍、存分に織田のために振るわせてもらうさ」
大沢は力強く笑った。彼のように頼もしい味方がいることが、今の僕にとって何よりの誇りだった。
そして最後を締めくくるのは、【十番隊】信長の御旗本。漆黒の南蛮鎧に身を包み、鋭い眼光で戦場を睥睨する魔王の姿があった。
十隊に分かれた12,000の軍勢は、美濃の平野を怒涛の勢いで蹂躙し、ついに標的である稲葉山城を十重二十重に包囲した。
「放てぇぇぇっ!!」
轟音が鼓膜を破り、硝煙の匂いが鼻腔を焼く。織田軍の鉄砲隊が火を噴き、無数の矢が空を黒く染め上げて稲葉山へと降り注いだ。息をつく暇も与えない、猛烈な一斉攻撃の火蓋が切って落とされた。
勝負は一瞬で決まる。僕はそう思っていた。智謀の要である竹中半兵衛は不在。武力の要である三人衆はこちらに寝返った。頭と両腕をもがれた斎藤家など、赤子を捻るように倒せるはずだと。
――しかし、現実は僕の甘い計算を嘲笑うかのように、凄惨な様相を呈し始めた。
「ひるむな! 岩を落とせ!尾張の猿どもを一人も生かして帰すな!」
頭上から、信じられないほどの闘気を帯びた声が響き渡る。稲葉山城は、天然の要害だ。切り立った崖と険しい山道が、圧倒的な兵力差を無効化する。そして何より誤算だったのは、城内に残った斎藤家の譜代恩顧の家臣たちの「意地」だった。
裏切り者が続出し、国が滅びることは誰の目にも明らかだった。それでも……いや、だからこそ、彼らは腹を括っていた。己の命は塵芥よりも軽く、斎藤家への「義」は盤石よりも重い。その決死の覚悟が、彼らを修羅へと変えていたのだ。
「ぐあっ……!」
「退け! 落石だ、盾を構えろぉっ!」
僕の目の前で、織田軍の兵が次々と岩に潰され、矢に射抜かれて血だまりの中に倒れていく。12,000の大軍をもってしても、狭い山道では渋滞し、そこへ容赦のない鉄砲の鉛玉と矢の雨が降り注ぐ。手負いの兵や、事切れた死体の数が瞬く間に膨れ上がり、斜面は凄惨な地獄絵図と化していった。
「くそっ……!なんて執念だ!」
僕は馬を引きながら、額の汗を乱暴に拭った。戦国時代の「命の軽さ」と「執念の重さ」。未来の平和な日本では絶対に理解し得ない狂気が、この山には渦巻いている。
大沢次郎左衛門も、槍を血で染めながら激しい息を吐いていた。
「藤吉郎殿! このままでは拉致が明かん! 敵の防備は予想以上に固いぞ!」
「わかってる!でも、力押しで落とせる城じゃない!」
どんなに兵力を注ぎ込んでも、正面からの力攻めではこちらが疲弊するだけだ。織田軍の猛攻は完全に勢いを止められ、戦況は膠着状態に陥ってしまった。圧倒的有利な状況から一転、攻めあぐねる織田軍の陣中には、次第に焦りと疲労の色が濃く滲み始めていた。
(……考えろ。未来の知識でも、半兵衛の智慧でもいい。何か、この盤面をひっくり返す「特異点」はないのか?)
僕は難攻不落の霊峰、稲葉山を見上げながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。因果によって滅ぶべき斎藤家。しかし、その最期の輝きは、あまりにも激しく、巨大だった。
「……やってやる。どんな手を使ってでも、この山を切り崩してやる」
硝煙と血の匂いが立ち込める中、僕は小さく震える指先で刀の柄を強く握り直した。
戦国の真の恐ろしさと向き合いながら、僕の脳髄は、城を落とすための悪魔のような一手を必死に探り始めていた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
信長齋藤龍興を攻む
積善の家には餘慶あり、積惡の家には餘殃あり。美濃一國の大守齋藤右兵衛太夫龍興、父兄の業を繼いで、兵足り國強かりしも、信長が寸謀にて瓦のごとく解け、塵のごとく散んじ、一時に滅亡せるは、龍興が不道より起るといへども、父兄の積惡ここに報い、天地の間に一身を入るべき所なく、終に白刃の下に命を落すは、天地自然の理にして、豈人力の及ぶべきところにあらんや。そもそも齋藤山城守道三入道の素性を尋ぬるに、明應のころ、美濃國稻葉山の城主齋藤自全明壽とて、智謀勇武の良將あり。その威盛に隣國を恐れしむ。ここに京西の岡の油賣人松波藤九郎といふ美童、十七歳にして明壽に仕へ、智略あつて明壽が秘藏の臣なり。天文七年、今洲の城主長井秀之を殺し、長井新九郎秀龍と名乘る。同年五月、明壽病に卒し嗣ぐ子なし。新九郎自ら稻葉山の城主となり、齋藤山城守と改む。同九年、美濃半國の領主土岐大膳大夫賴藝を逐うて國を奪へり。同十七年、剃髮して道三と號す。男子三人あり、長子は義龍と云ひ、二男を義平と云ひ、三男を義之と云ふ。父道三義龍と不和にして、二男義平を家督とせんとす。義龍これを憤り、弘治二年春正月、道三遠野に狩すそのときに、兩弟を城中に招き、勇士日根野下野守に命じて殺さしむ。道三大に怒り、義龍を殺さんと、勢を集むること五千餘騎、義龍却つて七千餘騎を引率し、道三が稻葉山を攻む。道三力盡き討死す、年六十三なり。義龍自立して稻葉山に在城す。永祿四年七月、熱病を患ふて暴に死す。嫡子家督を繼いで美濃國を治む。これ則ち齋藤右兵衛太夫龍興なり。このとき美濃の三老臣とて、國政を執り行ふ者三人あり。稻葉伊豫守、安藤伊賀守、氏江常陸介これらなり。木下藤吉信長卿を勸め、三老臣を味方となし、永祿七年の秋九月、齋藤龍興が居城稻葉山を攻めんとて、先陣柴田權六勝家、二番美濃の三老臣、三番池田勝三郎、森三左衛門、四番坂井右近、前田孫四郎、五番佐々(ささ)内藏助、福富平左衛門、六番林藤八郎、中條小八郎、七番名古屋彌三郎、平手監物、村井長門守、林佐渡守、八番梁田右近、遠山甚太郎、九番大澤治郎左衛門、木下藤吉郎、十番信長卿の御旗本、十隊の惣軍都て一萬二千餘騎、稻葉山を十重二十重に取圍み、息をも繼がず攻めたりけり。城中にも齋藤家譜代恩顧の郎等ども、必死の防戰この時なりと、鐵砲を放ち矢石を飛ばし、命は塵芥よりも輕く、義は盤石よりも重しと、心を一致に戰へば、寄手さしも大軍なりといへども、手負ひ死人數を知らず、左右なく落城すべき樣もあらざりければ、攻めあぐんでぞ見えにける。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN
絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
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斎藤 龍興 / 一色 龍興(さいとう たつおき / いっしき たつおき)は、戦国時代の美濃国の戦国大名。道三流斎藤家3代(美濃一色家2代)。父・斎藤義龍の急死により若年にしてその跡を継ぐが、尾張の織田信長に美濃を奪い取られた。その後も越前朝倉氏と協力して美濃復帰を目指したが、実現することなく討ち死にした。出典:wikipedia
斎藤龍興はほとんどの戦国作品で「信長にやられる役」のモブキャラとして描かれてます。でも(ご存じの方も多いと思いますが)、メガヒット歴史漫画『センゴク』(宮下英樹/講談社)では斎藤龍興が格好良く描かれてました。古典の丸写しではない構成!これぞストーリー!シリーズ累計1,000万部overは伊達じゃなかったです。




