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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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1-71 信長の命、藤吉郎の信

挿絵(By みてみん)


太閤記たいこうき』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。出典:Wikipedia

 洲俣城を拠点とした僕の調略は、見事に機能し始めた。最初の大きな標的となったのは、美濃国・宇留馬うるまの城主、大沢次郎左衛門おおさわじろうざえもんだった。


 大沢次郎左衛門おおさわじろうざえもんは武名高き剛の者であったが、主君である斎藤龍興の悪政バグに不満を抱いていた。僕は密かに彼に接触し、「織田家へ来ないか」と好条件を提示した。


 根気強い交渉の末、彼はついに織田への帰順を約束した。


 12月10日。僕は「大沢次郎左衛門が味方になりました」と信長へ報告を入れた。信長は僕の報告を見てニヤリと笑い、こう言った。


『城を落とす者はいくらでもいる。だが、お前は人の心を落としてくる。そこが恐ろしい』


 最高の褒め言葉だった。


 その年も方々の戦に追われて暮れたが、僕は「ついに一城の主になれた」という事実を噛み締め、喜びに満ちていた。


 そして年が明け、陽春の正月5日。僕は新年の挨拶のため、清洲城へ登城することになった。この時、「ついでに大沢次郎左衛門も同道させて、信長に直接顔合わせをさせれば、彼の忠誠心も高まるだろう」と思い、大沢を伴って清洲へと向かった。


 初めて信長に対面した大沢は、ひどく緊張していたものの、なんとか無事に挨拶を終えた。


 翌日には国元へ帰る予定になっていた、その夜のことだった。僕は突然、信長の部屋へひそかに呼び出された。


「……藤吉郎。あの大沢次郎左衛門という男、なかなかの豪傑らしいな」


 信長はそう言ったが、その声には冷たい響きがあった。


「だが、あれほどあっさり主君を見限った男だ。いつまた裏切るか分からん」


 信長は淡々と続けた。


「ならば、今のうちに始末しておくのが一番だろう」


 僕の背中を冷たい汗が伝った。信長は時として、恐ろしいほど合理的だった。人の忠義や恩義よりも、将来の危険を先に見る。そして危険と判断すれば、ためらいなく切り捨てる。


「……お待ちください、信長様!」


 僕は床に額を擦り付け、必死に説得を試みた。


「敵地において、あのクラスの武将を味方に引き入れたのは、大沢が初めての成功例です!彼をここで無下に殺してしまえば、今後『織田へ寝返っても殺される』という悪評が広まり、僕の調略が一切通用しなくなってしまいます!どうか、どうかご容赦を!」


 しかし、僕が再三にわたって論理ロジックを尽くしても、信長は「許さん」と冷たく言い放つばかりだった。


(……まずい。このままでは、僕を信じて寝返った男が、目の前で殺される!)


 僕は宿に帰るなり、すぐに大沢次郎左衛門を自室に呼び寄せた。


「……大沢殿。あなたの身に、少々まずい事態が起きている」


 僕は大沢と向かい合うと、腰の刀と脇差を外し、床に置いた。


「こうなった以上、僕を人質にして、今すぐ清洲から逃げてください」


 大沢は肝の据わった武士だったが、僕の言葉の意図まではすぐには理解できなかったようだ。ただ、自分の命が危険な状況にあることだけは察したらしい。


「承知した」


 そう答えると、大沢は生き延びるために僕の首へ脇差を当てた。そして僕を盾にしながら、夜の闇に紛れて清洲を脱出していった。後になって、この出来事は織田家中で大きな話題となった。


 ――藤吉郎が自ら武器を捨て、命懸けで逃がそうとしたというのに、その真意も汲み取れず、本当に刃を突きつけて人質にしたとは。大沢という男は、なんと融通の利かない男なのだ。そんな噂が、あちこちで語られたのである。


 僕が信長の命令に背いてまで大沢を逃がしたのは、ただの温情ではない。戦国という裏切りが横行する世界において、最も価値のある武器は「信頼」だ。


 「木下藤吉郎は、己の命を懸けてでも一度交わした約束を守る男だ」。その事実が広く知れ渡ることこそが、今後の調略において何十万の兵、何千万貫の銭にも勝る力となる。


 秦の商鞅しょうおうは富国強兵を果たして秦を強国にしたが、かつての約束を破り、人を欺いた。そのため最後には車裂きの刑にされて死んだ。という故事がある。


 力だけでは天下は治まらない。人を動かす絶対条件は「信義」だ。僕は、信長の「殺せ」という君命に背いてでも、自分の言葉に対する「信」を守り抜いた。


 結果として、この頃から織田家の内外において「敵味方の交渉事において、最も頼りになるのは丹羽五郎左衛門長秀と、木下藤吉郎秀吉の二人だ」と、人々から高く評価されるようになった。


 それは、ただの秀吉個人の美談ではない。僕が命懸けで守り抜いた「信」の力こそが、やがて信長を天下の覇者へと押し上げるための、最も強固な基盤となっていく。


 ――そして、この大沢次郎左衛門の一件が、僕の人生に最大の転機をもたらすことになる。


 大沢次郎左衛門を無事に美濃へ帰してしばらく経った頃。彼から密かに一通の書状が届いた。


『藤吉郎殿。あの夜、命を懸けて私を救ってくれた恩義は忘れない。……私の知る「最高の男」を、あなたに紹介しよう』


 書状に記されていた名は、竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはる


 かつて美濃の地で、織田の主力部隊を死の淵まで追い詰めた、あの底知れぬ天才軍師の名だった。


「……竹中半兵衛」


 僕は洲俣の城でその名を見つめ、静かに息を呑んだ。胸の奥で、日輪の光が熱く脈打つ。


 僕が守り抜いた「信」が、ついに天下を揺るがす最高の頭脳を引き寄せようとしている。


「待っていろ、戦国」


 僕は立ち上がり、美濃の暗闇に向けて深く、そして不敵な笑みを浮かべた。



 

【太閤記 小瀬甫菴道喜輯録 近藤出版部 大正8年】




秀吉卿軽一命於敵国成要害之主事(五)


一濃州宇留馬の城主は大沢次郎左衛門尉と云しを、秀吉調略を以御味方となし、其旨十二月十日信長公へ注進有しかば、我勇気の程に怖るゝ所にはあらし、其方謀略の長する所に在とて、御気色なり、漸今年も方々事繁きうちに暮て、世中(間イ)しつかにもあらされ共、秀吉は城王の身となり万歳をそ唱ふ、かくて秀吉陽春の御礼とし、正月五日清洲へ往給はんと思はれけるか、此次に大沢をも同道し、御礼申させ宜しからんと思惟し、其旨次郎左衛門尉へ申遣はされしかば即参けり、初ての御礼なれは其さまゆゝ敷見えたり、然て明日は御暇申上可㆓龍帰㆒との事なるに、其夜秀吉をめし、大沢は聞る剛の者也、若又心を変する事も有へし、所詮生害せさせんと被㆑仰けれは、秀吉奉り、於㆓敵之地㆒剛の者を御味方になし奉るは、大沢初にておはしまし候、然るを無下に害し給はゝ、重て左様の計略を以敵城を御味方に成事有ましく候間、是非々々御容被㆑成候へと、再三申上しか共御許容もなかりしかは、宿に帰て大沢を呼よせ、密かに云けるは、汝之身の上にをゐて聊無㆓心元㆒事侍る条、此上は我を人質に取、急退候へと丸腰に成て被㆑申しを、大沢心は剛なれ共不㆑知㆑道者なる故、意得たると云つゝ、常の人質のことくに、脇指をふもとにをしあて、其夜退にけり、評曰、秀吉刀脇指をぬき出し、軽シ㆓一命ヲモ㆒自人質に成給ふ上は、心本に脇指をさしあてす共の事なるを、情も知ぬ大沢かなと、後々まても口号スサミにそしたりける、敵味方扱なとに、其比周アマネく人の好みしは、丹羽五郎左衛門尉長秀木下藤吉郎秀吉とのみ云しなり、是レ信厚か故也、去は史記曰、夫人ハ者止マリ㆑信ニ、無㆑信則国亡、家滅ヒ身死コロサル、甞テ聞斎桓公ハ不㆑倍ソムカ㆓柯之盟ヲ㆒、文公不㆑負㆓原之約㆒、而諸候親信㆑之、是全ク管仲舅犯之有㆑信故也、秦孝公雖㆘富マシ㆑国ヲ并㆑地強フト上㆑兵ヲ、而商鞅倍ソムキ㆓公子卯之旧恩㆒、詐ヲイツハツテ㆓三軍之衆㆒、而身死サシ車裂セラル、此唯強而ノミニシテ無㆑信故也、秀吉卿且雖㆑悖ルト㆓君命㆒、専存シテ㆑信ヲ欲㆑使㆔㆑君覇タラ㆓于天下ニ㆒之基也、嗟アヽ可㆑謂㆓敬㆑君知㆑道之忠臣㆒也、盖如㆓尾生之信㆒、斯レ即漢儒之中而巳、

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜舞台背景〜

 この大沢次郎左衛門おおさわじろうざえもんのエピソードは2026/2/1放送のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」第5回「嘘から出た(まこと)」で随分改変されて描かれていた、まぁまぁメジャーなエピソードです。実際SNSでも『意外な展開でした』『斬新でした』というコメが多かったですが、コメの真意は『俺、オリジナルと違うトコ解るぜッ』って匂わせですので、知ってても知識マウント取れるほどではないけど、知らないとコメ欄隠語にはついていけないという認知度が微妙なネタですw

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