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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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1-7 松下加兵衛の眼、奇童の相

挿絵(By みてみん)


 『太閤記たいこうき』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。

 『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本よみほん。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia

 蜂須賀小六という巨大な男の懐に入り、その泥臭い砦で奇妙な「養育」を受けてから、またしばらくの時が流れていた。


 13歳になった僕の身体は、相変わらず同年代よりも一回り小さかったけれど、過酷な環境を生き抜いてきたおかげで、芯の通った強さを獲得しつつあった。


 僕がどこでどう生きているのか、故郷の中村には風の便りすら届いていなかったらしい。後に知ったことだが、実母である「なか」は、行方の知れない僕のことを想って昼も夜も泣いていたとの事。


 一方で、義理の父である中村弥助昌吉――筑阿弥が死に、母が新しく迎えたその男は、僕という異質な存在に対して思うところがあったのか、行方を探そうともせず、案じる気配すら見せなかった。


 そんな家族の断絶を繋ぎ止めたのは、一本の「縁」だった。母の深く沈んだ嘆きを見かねた清洲の親類、源左衛門という男が、何とかして僕を捜し出そうと、方々に目を光らせてくれていた。


 そしてその執念は、ある晴れた日の午後、奇跡のような偶然を手繰り寄せる。熱田明神への参詣の道すがら、雑踏の中で、源左衛門は僕と鉢合わせした。

 

「……日吉丸! お前、日吉丸じゃないか!」

 

 人混みの中で腕を掴まれたとき、現代の警戒心が瞬時に働いて身構えたけれど、源左衛門の顔を見た瞬間に、僕のなかの「子供の記憶」がその懐かしい輪郭を思い出した。


 源左衛門は周囲の目も気にせずに大喜びして、すぐに僕の泥だらけの肩を抱きすくめた。そして、母がどれほど僕を想って泣いていたかを、切々と語り聞かせてくれた。

 

 その涙ながらの言葉に、僕の胸の奥の太陽が、小さく、けれど温かく疼いた。


 天下を獲るだの、世界を変えるだのと言ってみても、結局のところ、僕をこの世界に繋ぎ止めているのは、こうした泥臭い人間の情愛だ。僕は断る事もできず、静かに源左衛門に手を引かれ、彼の家へと連れ帰られた。


「さて、お前はこの一年、一体どこの誰に仕えていたのだ?」

 

 源左衛門の屋敷の縁側で、差し出された白米の結びを頬張りながら、僕は問われるままに事実を口にした。


「海東郡の、蜂須賀小六様のもとに身を寄せていました。そこで、色々と世間の仕組みを学ばせていただいて……」

 

 その瞬間、源左衛門は持っていた茶碗を畳に落とさんばかりに驚愕した。


「な、何と言った!? 蜂須賀小六だと!? お前、あそこは近国に悪名を轟かせる強盗の親玉ではないか! なぜあのような犯罪者の巣窟に……。二度と、二度とあそこへ行ってはならん!」


 源左衛門は血相を変えて僕を自分の家に引き留め、すぐに中村の父母へ「日吉丸が見つかった」と報せを送った。駆けつけた母の喜びようは、言葉にできるものではなかった。僕の小さな身体を何度も抱きしめ、衣服の汚れを拭いながら、「今度こそ、ちゃんとしたお武家様か、立派なお大名様に奉公の口を頼みましょう」と、何度も、何度も繰り返した。


 けれど、僕を数日間預かった源左衛門の目は、ひどく冷ややかだった。僕は彼の家でも、無意識に現代の効率化の視点で動いてしまった。庭の道具の配置を変え、井戸の釣瓶の滑車に油を差し、家人の歩行動線を予測して無駄を省く。


 その、あまりにも「気が利きすぎる」行動と、子供らしからぬ冷徹な観察眼は、古い因習に生きる源左衛門にとって、不気味なものでしかなかった。


叔母御おばご、そう焦りなさんな。この日吉丸という児は……一見すると利発だが、その実、どこへ仕えさせても末永く勤まるような手合いじゃない。己の知恵が立ちすぎて、人の下に収まる器ではないのだ。無理にどこかへ押し込んでも、またすぐに飛び出してしまうのが関の山だ」


 源左衛門は、僕の行状おこないを暗に疎んでいた。だからこそ、彼は僕をそれ以上どこかへ推薦しようとはせず、「ただの居候」として自分の家で養い、時が過ぎるのを待つことにしていた。


 僕はそれを、静かに受け入れていた。僕の知恵は、この狭い尾張の、さらに狭い親類縁者の間では、ただの「生意気な異分子の悪癖」としてしか処理されない。牙を研ぐべき場所は、ここではない。


 チャンスは、ある日突然、一人の旅僧の姿をして現れた。近江の多賀大社、その信徒の拠り所である観音院の「順光房じゅんこうぼう」という僧が、源左衛門の家を訪れた。


 彼は諸国の大名や武家を巡り、祈祷の御札を配納はいのうする旅の途中だった。ところが運の悪いことに、彼が連れていた下僕が道中で重い病に伏せ、立ち上がることすらできなくなってしまったのだ。


「これでは、東国への旅を続けることができぬ。誰か、旅の荷運びを務めてくれる日雇いの者はいないだろうか……」

 

 順光房が困り果てて溢らしたその言葉に、源左衛門の目がきらりと光った。


「おお、それならば幸い。我が家に、身体は小さいながらも妙に知恵の回る小僧がおります。順光房様、どうかこの日吉丸を下僕として、東国へ連れて行ってはくださいませぬか」


 源左衛門にとっては、厄介払いの好機だったのだろう。けれど、僕にとっては、これ以上ない「世界を広げるチャンス」だった。尾張を飛び出し、『海道一の弓取り』と称される今川義元が支配する強大な東国(遠江・駿河)の空気を吸うことができる。


 僕は二つ返事で引き受け、順光房の大きな荷物を背負って、東海道へと旅立った。この旅路のなかで、僕の頭の中にある現代の「物流行程管理ロジスティクス」の知識が、真価を発揮し始める。


 ただ僧の後ろをついて歩くだけなら、ただの奴隷だ。僕は旅の宿場に泊まるたび、次の日の天候を雲の動きや気圧の体感から予測し、出発の時間を最適化した。


 さらに、順光房の体力を奪わないよう、歩行の歩調ピッチを一定に保つための先導を行い、街道の売店で手に入る塩と麦粉を使って、脱水症状を防ぐための「特製の飲料」を調合して差し出した。


「お前……、本当にただの百姓ひゃくしょうせがれなのか?」

 

 数日もしないうちに、順光房は僕を見る目を変えた。荷物の積み方ひとつをとっても、重心を下に集めることで肩への負担を最小限に抑える僕の手際は、長年旅をしてきた老練な旅人をも凌駕していた。物馴れしたその発明はつめいの数々と、万事における賢明な取り回しに、順光房は大喜びした。

 

「素晴らしい従僕めしつかいを得たものだ。お前がいれば、この東海道の旅もまるで苦にならぬ」


 順光房に日々褒めちぎられながら、僕たちは遠州、三河を越え、ついに「遠州浜名えんしゅうはまな」の地に到着した。遮るもののない浜名湖の美しい湖面が、夕日に染まって黄金色に輝いている。その雄大な景色を見つめながら、


 僕の胸の奥の太陽が、これまでになく激しく脈打った。


 順光房が御札を納めるために訪れたのは、その近国に広く名を知られた、一人の武将の屋敷だった。


 松下加兵衛尉之綱まつしたかへえのじょうゆきつな。武術兵学の奥義を悟った当代随一の知識人であり、天下人の最有力候補・今川義元の旗本として千五百貫もの領地を持つ、今川家の「武術師範」だ。


 重厚な門をくぐり、威風堂々とした松下家の屋敷の広間に通される。順光房が加兵衛と挨拶を交わす後ろで、僕は荷物を下ろし、静かに平伏していた。

 

「順光房殿、今宵もようこそおいでくだされた。……ん?」


 加兵衛が、順光房の背後に控える僕の姿に目を留めた。その瞬間、部屋の空気が張り詰めた。

 

 加兵衛の目は、鋭かった。さすがは超大国の武術師範、人の肉体と魂の「器」を見抜く格調高い眼光が、僕の小さな身体へと注がれる。


 この世界における僕の容姿は、どうやら転生者に与えられる「都合のいい恩恵チート」から外れていたらしい。端麗な顔立ちでも、英雄のような体躯でもない。猿に似た顔に、泥と日焼けで黒ずんだ肌――どこにでもいる、貧相な戦国の子どもだった。


 けれど、加兵衛が凝視したのは、僕の「瞳」だった。現代の記憶と、寺で磨いた観察力。それらが僕の眼球の奥に、奇妙な深みを与えていた。光の加減によっては、瞳孔が二重にある「重瞳ちょうどう」のように見えるほど、その眼光には射抜くような知性が宿っていた。

 

「順光房殿、その背後にいる小僧は……一体何者だ?」


 加兵衛が、僕を近くへ招き寄せた。僕は静かに顔を上げ、加兵衛の目をまっすぐに見つめ返した。ここで怯えて縮こまる必要はない。生き残るための、これが最大のプレゼンテーションの場なのだ。


「日吉丸と申します。尾張の生まれですが、縁あって順光房様の旅のお手伝いをしております」

 

 僕が口を開いた瞬間、加兵衛の眉が大きく跳ね上がった。僕の声は、身体の小ささに反して至って大きく、その言葉遣いは一語一語が極めて明瞭で、論理的に整っていた。奴隷や下僕に特有の、濁った、あるいは怯えた響きが一切なかったのだ。


「……言語分明げんごぶんめい、にしてその声、至って大なり、か」

 

 加兵衛は驚嘆のあまり、小さく息を漏らした。


「面は猿の如くでありながら、眼中に重瞳を宿し、言葉には一点の迷いもない。これは……ただの子供ではない。まことの『奇童』だな」


 加兵衛の瞳に、明らかな「好奇心」と「欲」が灯った。武道の師として、この異質な才能の塊を、自分の手元で育ててみたいという衝動が彼を突き動かしたのだろう。彼はすぐに順光房に向き直った。


「順光房殿、無理を承知で乞う。その小僧、我が家で下僕として譲り受けてはくれまいか。あのような器、旅の荷運びだけで終わらせるにはあまりにも惜しい」


 順光房もまた、もともと道中で雇っただけの日雇いの身であるため、僕の未来を思って快く頷いた。


「加兵衛殿がそう仰るなら、否む理由はありません。日吉丸、お前はここに残り、松下様に実直に仕えるが良い。お前の故郷の中村には、私が旅の帰りに立ち寄って、この由をしっかりと伝えておこう」


「……御意。順光房様、これまでの道中、ありがとうございました」


 僕は深く、深く平伏した。こうして、僕は尾張の泥濘を完全に抜け出し、今川家が誇る武の要衝・松下加兵衛の屋敷へと、正式に身を寄せることとなった。


 松下家での毎日は、僕にとって、渇望していた「知識の宝庫」そのものだった。今川家の諸士や高名な武芸者たちが、連日のように松下の屋敷へとやってくる。


 昼間、彼らは庭で槍術や剣術の稽古に励み、弓や鉄砲の轟音を響かせて日を暮らした。そして夜になれば、奥の広間に集まり、蝋燭の灯りのもとで軍学や兵書の講義が行われ、一日一夜として閑隙かんげきがない。


 下僕としての僕には、当然、その輪に加わる資格なんてなかった。けれど、僕には「未来の記憶」という最強のブースターと、寺で磨いた「静かに見る力」がある。

 

 昼間、縁側の雑巾がけをしながら、あるいは馬の世話をしながら、僕は武芸者たちの身体の動きを極限まで観察スキャンした。

 

(あの槍の突き出し方、運動エネルギーが効率的に先端へ伝わっていないな。骨盤の回転角があと五度内側に入れば、威力は1.5倍になる……)


(鉄砲の反動を逃がすための、あの構え。現代の射撃フォームの理論を応用すれば、もっと命中率が上がるはずだ)


 僕は少しの暇さえあれば、彼らの稽古を脳内で録画し、自分の小さな身体でどう再現するか、心の内で徹底的に習練シミュレーションを重ねた。


 そして夜。講義が行われる広間の外、薄い襖を隔てた廊下で、僕は一晩中、息を潜めて彼らの声を聴いていた。襖の向こうから漏れ聞こえる『孫子』や『呉子』の難解な一節、戦術の要諦。それらは、未来の歴史知識と結びつくことで、恐ろしいほどの速度で僕の脳内に吸収されていった。それはまさに、一を聞いて万を察する、脳内処理のバースト状態だった。

 

(なるほど、この時代における『背水の陣』の解釈はそうなるのか。ならば、地形の勾配こうばい兵站へいたんの供給速度を計算に組み込めば、さらに確実な包囲網が形成できる……)


 耳から入った兵書の言葉を、僕は自分の骨に刻むようにして記憶していった。ただ暗記するのではない。現代のロジスティクスの概念、そして蜂須賀小六のもとで見た「本物の戦場の泥臭さ」を掛け合わせ、僕だけの「生きた兵学」へと昇華させていった。


 松下加兵衛は、僕がただの物静かな下僕として完璧に仕事をこなしていると思っていた。僕が夜な夜な、襖の向こうで今川家の最高峰の頭脳をすべて吸い尽くしていることには、まだ誰も気づいていない。ここで初めて、僕は自分の足元を固めることができた。


 流浪の身として四カ国を彷徨っていた僕が、初めて腰を落ち着け、自分のなかの「牙」を静かに、けれど圧倒的な鋭さで研ぎ澄ましていく。


 年月が積もり、時は流れた。天文二十二年(1553年)の春。


 遠州浜名の地に、うららかな桜の季節が巡ってきた。18歳になった僕は、ついに元服の時を迎える。


 小さな、猿のようだと嘲笑われていた童は、気づけば引き締まった肉体と、何者にも惑わされない冷徹で深い瞳を持つ、一人の青年へと成長していた。


 元服の儀を終え、新しい烏帽子えぼしを頭に戴いた僕は、鏡の中に映る自分の姿を見つめた。腰には、あの蜂須賀小六から策略で勝ち取った「青江村正」が、静かにその存在感を放っている。

 

「……今日から、僕は『中村藤吉郎高吉なかむらとうきちろうたかよし』だ」


 その新しい名を口に馴染ませるように、小さく呟いてみる。豊臣秀吉。その歴史のレールの第一歩が、今、この遠江の地で確かに踏み出される。


 これまでの旅路は、すべて僕の濡れた羽を乾かすための時間だった。尾張の貧困、村人の拒絶、寺の静寂、小六の暴力、そして松下家での果てしない知識の吸収。


 そのすべてを糧にして、胸の奥の「太陽」は今、今にも溢れ出しそうな熱を抱えながら、静かに青白い炎を燃やしている。


 傲慢に天下を獲ると叫ぶつもりはない。けれど、この18年間、泥水をすすりながら積み上げてきた現代の知恵と、この時代の兵学。これらがあれば、僕はどんな荒波が押し寄せようとも、絶対に生き残り、そして自分の道を切り拓くことができる。そんな確信が、僕の足元を支えていた。


「藤吉郎、入るぞ。今日も気を抜かずに働けよ」


 加兵衛の声が聞こえる。


「はい。ただいま参ります」


 僕は新しく生まれ変わった己の身体を、深く、格調高く一礼させて部屋を出た。

 

 東の空から差し込む春の柔らかな光が、僕の進む廊下を黄金色に照らし出していた。




【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】




松下加兵衛まつしたかひやう日吉丸ひよしまる


さるほどに中村彌助昌吉なかむらやすけまさよしは、日吉丸ひよしまる長松ながまつ商家しやうか出奔しゆつぽんして、すでに一年いちねんおよべども、かぜ便たよりもこえざれば、はは晝夜案ちうやあんらしし、とやあらん、かくやあらんと昌吉まさよしはかれども、彌助昌吉思やすけまさよしおも仔細しさいあれば、さらに日吉丸ひよしまる行方ゆくへたづねず、あんわづら氣色けしきもなし。清洲きよす源左衞門げんざゑもんははなげきをおひやり、いかにもして日吉丸ひよしまるがありかをたづねんと、さまざまこころしけるが、その甲斐かひありて、熱田明神あつたみやうじん參詣さんけいしけるみちにてはしなく日吉丸ひよしまる行合ゆきあひたり。源左衞門大げんざゑもんおほいに喜び、ははなげきをかたかせ、是非ぜひはずかえり、「さてしむこの年月としつきいづ宮仕みやづかへしてありけるや」とたづねけるに、海東郡小六方かいとうごおりころくかたやしなはれたるよしくはしく物語ものがたれば、源左衞門大げんざゑもんおほいおどろき、「彼はこゆる強盗がうたう張本ちやうほんなり。ふたたかれところに行くことなかれ」と、おのが家にやしなひ置き、父母ふぼにもかくとかたりければ、ははよろこ大方おほかたならず、「なほこのうへしかるべき主人しゆじんたの宮仕みやづかへさせん」と、くれぐれたのこゆれど、源左衞門げんざゑもん日吉丸ひよしまる行状おこなひうとみぬれば、「何地いづちつかへたりとも末永すゑながつとむべきものにあらず」と、そのままにおのが家にやしなひける。ここに多賀たがやしろ觀音院くわんおんゐん順光房じゆんくわうばうといふそう諸國しよこく大名諸士だいみやうしよしの家に御祈禱ごきたう御札おふだ配納はいなふしけるが、召伴めしつれたる下僕病しもべやまひして立つことあたはず。このゆゑ日傭ひようひともとめんとす。源左衞門幸げんざゑもんさいはひなりとよろこび、日吉丸ひよしまる順光房じゆんくわうばう下僕しもべとなし、東國とうごくへこそくだしける。しかるに日吉丸旅中ひよしまるりよちう宿々 とまどまりにて、よろづのことその取廻とりまわしとかしこく、物馴ものなれし發明はつめいに、順光房大じゆんくわうばうおほいに喜び、よき從僕めしつかひたりとて、日々ひびおこたらずめぐるほどに、つひ遠州濱名ゑんしうはまなし、松下加兵衛尉之綱まつしたかひやうゑのじようゆきつなが家に宿しゆくす。この之綱ゆきつな武術兵學ぶじゆつへいがく奥義あうぎさとり、今川義元いまがはよしもと旗本はたもとにありて千五百貫せんごひやくくわんりやうし、今川一家いまがはいつけ武道ぶだうにてもちおもく、そのすこぶる隣國りんごくたかし。之綱ゆきつな順光房じゆんくわうばう召連めしつれたるげんにんるに、その相貌甚さうばうはなはにして、おもてさるのごとく、がんちう重瞳ちようどうあり。近くまねきて物語ものがたりをなすに、言語分明げんごぶんめいにしてその聲至こゑいたつておほいなり。松下奇童まつしたきどうなりとてはなはあやしみ、順光房じゆんくわうばうひて下僕かぼくとす。順光房じゆんくわうばうもよりやとひたるひとなりければいなむことなく、日吉丸ひよしまる松下まつしたが家にとどめ、「中村なかむらに行きてそのよしぐべし」とて、之綱ゆきつないとまひ、わかれて濱名はまなりにけり。さても今川いまがはの諸士日々松下しよしひびまつしたいへり、ひる槍術さうじゆつ劍術けんじゆつ稽古けいこ、そのほかゆみ鐵砲てつぱうを暮らし、よる軍學ぐんがく兵書へいしよかうじ、一日一夜いちじついちや閑隙かんげきなし。日吉丸嬉ひよしまるうれしきことにおもひ、すこしのいとまもあれば、かの稽古けいこ觀察くわんさつし、心の内に習練しふれんせり。よるふすまへだ兵書へいしよ、ことごとくこれをほねしるし、いちいてまんさつし、すこぶる武術兵學ぶじゆつへいがく趣旨しゆしその大抵たいてい記憶きをくせり。ここに初めて足を止め、年積としつもりて十八歳じふはつさい天文二十二年てんぶんにじふにねんはる元服げんぷくして中村藤吉郎高吉なかむらとうきちらうたかよし名乘なのり、おこたりなく勤仕きんししけり。

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜舞台背景〜


―浜名湖の美しい湖面が、夕日に染まって黄金色に輝いて―


 わたくし今話舞台の浜名湖のある湖西市出身でして、本当に風光明媚な湖なので(その絶景から路側帯が整備され、湖畔は日本有数のサイクリングの聖地)是非一度は訪れて欲しいと思います⋯って⋯なら何で今、名古屋市に住んでるんだよw

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