1-68 一夜城、天下への礎
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
朝日を受けて白く輝く城壁の裏側で、僕は思わず笑みを浮かべていた。
一夜にして現れたかに見え、美濃の軍勢を震え上がらせた洲俣の砦。しかし、あの板や紙で作られたハリボテの威容だけで敵を欺き通せるほど、戦国という盤面は甘くない。僕と信長は敵が怯んで足踏みしている隙を突き、昼夜を問わず全精力を投入して改築工事を推し進めた。
そして数日のうちに、見せかけの板や紙は取り払われ、分厚い木材と頑強な土壁で築かれた「本物の要塞」が完成したのである。
遠巻きに様子を窺っていた美濃の軍勢は、その異次元の建設速度を目の当たりにして「本当に城になってしまった……」と呆然と呟き、もはや付け入る隙はないと完全に悟って兵を引いていった。
僕は真新しい土壁の匂いと、泥と汗にまみれながらも誇らしげに笑う蜂須賀小六たち川並衆の顔を見渡し、静かに息を吐き出した。
その数日後のことだ。新たな洲俣の主である信長が自ら城内を巡り、完成した砦の視察をしていた。信長は、真新しい土の匂いがする城戸をくぐり、城壁の裏側に回って満足げに頷いた。そして、広場に整列していた者たちへ鋭い視線を向けた。
そこには、今回の築城で泥と汗にまみれて働いた蜂須賀小六、稲田大炊助、青山新七、加治田隼人兄弟といった、川並衆の男たちが並んでいた。
彼らは普段、川沿いで野盗や水運まがいのことをして日銭を稼ぐ、社会の底辺に生きる荒くれ者たちである。正規の武士たちからは「野卑な輩」と見下され、普通の大名であれば城内に引き入れることすら嫌がるだろう。
彼ら自身も身の程をわかっているのか、信長の圧倒的な覇気にあてられ、ひどく居心地の悪そうな顔をして平伏していた。
だが、信長は違った。
無作法に平伏する彼らの前まで歩み寄ると、信長は身分や家柄への一切の偏見を持たない、真っ直ぐな目で彼らを見下ろした。
「面を上げよ」
低く通る声に、小六たちが恐る恐る顔を上げる。
「見事な働きであった。貴様らが夜の闇を恐れず、川と山を縦横無尽に駆けたからこそ、この美濃の喉元に拠点が完成した。ただの武力だけでは、決して成し得なかった業だ」
信長の言葉に、小六たちは驚きのあまり目を見開いた。尾張の覇者にして、美濃攻略を目前に控える織田信長――その男が、自分たちのような日陰者の働きを見逃さず、功績を功績として正当に認めたのである。
「今日より、貴様ら全員を公式な織田の家臣として召し抱える。木下藤吉郎の直属の与力とするゆえ、藤吉郎の指示に従い、俺のために忠勤を励むがいい」
さらに信長は背後の小姓に命じ、莫大な金銀が入った袋を惜しげもなく持ち出させると、彼らの目の前にどさりと積んでみせた。
身分や素性ではなく、働きに対して正当な報酬が支払われる。その徹底した実力主義の光景に、普段は世間を斜に見ている小六や稲田たちも、完全に心を撃ち抜かれていた。
「……ありがてぇ! この命、信長様と藤吉郎様のために、骨の髄まで使ってくだせぇ!」
「おう! 俺たちの力、全部織田家のために振るってやらぁ!」
小六たちが泥まみれの額を地面にこすりつけて叫ぶ。僕はその光景を見つめながら、信長という主君の器の大きさに改めて感嘆していた。
底辺の人間であっても、有能であれば即座に取り立て、破格の報酬で心を縛る。これこそが、織田家が他国を圧倒する最大の理由だ。
この日、僕をはじめとし、配下となった者たちに至るまで、皆が己の存在価値を世界に認められた歓喜に包まれていた。
そして信長は、この新城の城主に、発案者である僕を任命した。ただの足軽頭から、最前線の拠点を任される一城の主へ。破格の出世である。
難攻不落の城と、決して裏切らない忠実な手足。それらを同時に手に入れた僕は、この洲俣城を次なる戦略の拠点として、美濃の心臓部を内側から食い破るための「新たな作戦」を開始することになる。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
洲俣の砦一夜に成る
翌る朝、美濃勢大軍にて押寄せ、遙に洲俣を望み見るに、不思議なるかな一夜の内に、霧あらざるに虹のごとく、雨なきに龍に似たり、一隊の長城、忽然と湧出して、旗を立て兵器を並べ、數千の精兵嚴重にこれを守り、馬出の外には柵を張り、逆茂木を引き、究竟の兵三千ばかり、矢尻を揃へ筒先を並べ、敵寄せば討つて掛らんと、勢込んで控へたり。美濃勢大きに肝を冷し、惘然として醉へるがごとく、「これ必ず天狗鬼神の所爲なるべし。麁忽に寄つて過ちすな」と、進む氣色はなかりけれ。「所詮ひとまづ引き退き、別に計議を定め討破るべし」と、軍を引いて歸りけり。藤吉郎は砦の普請全く調ひければ、使者を以て清洲の城へ斯くと言上しければ、信長大に愛で悅び、やがて洲俣の城へ來たり給ひ、藤吉が大功を稱し、竝びに小六兄弟、加次田、稻田、日比野、青山なんどいへる勇士、皆々 目見え仰せ付けられ、「藤吉が旗本にありてますます忠勤を勵むべし」と、金銀を出して賞し給へば、藤吉を始めとし、幕下に屬する者共まで、皆々 悅び勇みけり。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN
絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜 投稿26日目UU累計3,700人達成!御礼投稿 1話/3話 〜
「いうても城でしょ?いくら何でも『紙』で騙されるか?」とも一瞬思ったのですが、フェイクでもプロジェクションマッピングか何かで、もし家の上に宇宙人と宇宙船が浮かんでたら、私、多分チビリますw




