1-59 五色の旗と新たな怪物
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
美濃の天才軍師・竹中半兵衛が仕掛けた死の包囲網から、織田の主力部隊を救助したあの日。
信長に正式承認された「五色の吹貫」――僕自身の旗を自室の片隅に立てかけながら、僕はふと、この狂った世界のシステム構造について思考を巡らせていた。
昔の中国の客人が集まって酒を飲んだ際、それぞれの「欲望」を語り合ったという故事がある。ある者は「揚州の刺史になりたい」と願い、ある者は「一生使い切れない莫大な貨財が欲しい」と願い、またある者は「仙人のように鶴に騎って大空を飛びたい」と願った。すると、最後に口を開いた一人がこう言ったそうだ。「腰に銭を纏い、鶴に騎って揚州に上らん」
権力、莫大な資本、そして物理的制約の超越。それら三つの矛盾する要件を、すべて同時に満たしたい。そんなバグめいた強欲こそが、人間の本質であると、その故事は語っている。
応仁の乱という致命的なシステム・クラッシュ以来、歴代打ち続いた争乱によって、この日本という国のガバナンスは完全に崩壊し乱れきっていた。
身を立てる者もいれば、一瞬の判断ミスで一族ごと滅亡する者もいる。主君に絶対の忠誠を誓って破滅する者もいれば、独立して主君の首を物理的に刎ねる者もいる。名もなき匹夫から天下に名を轟かせる者もいれば、名家の末裔がスラムの底へと零落していくこともある。
英雄豪傑が競い起こるこの時代において、絶対的な「忠誠」などというレガシーな概念は、とうの昔にサポートを終了していた。昨日まで西国の企業に属していた者が、今日には東国の競合他社にヘッドハンティングされて平然と給与を受け取る。朝には強固な同盟を結んで笑い合っていたはずの君臣が、夕方には敵対的買収を仕掛け合い、血で血を洗う抗争を展開する。乱世の人心は、未来のレヴォルーショニストのそれよりも、遥かに貪欲で、凶暴だった。
だからこそ、突出した能力を持つフリーランスたちは、ことごとく自分の才能を最も高く買ってくれる「君主」をシビアに選定し、己のポートフォリオを最大化しようと蠢いている。
「――藤吉郎。お前、あの男をどう見る?」
清洲城の廊下を歩いていた僕に、不破河内守が声をかけてきた。彼の視線の先には、柴田勝家の屋敷へ出入りしている一人の浪人の姿があった。
滝川左近一益。
近江の巨大レガシー企業である六角家の元被官であり、現在はフリーの武者修行者として諸国を放浪し、縁あって柴田勝家の居候として尾張に滞在している男だ。
「……凄まじい手練れですね」
僕は、遠目からでもはっきりと分かる彼の「異質さ」を分析しながら答えた。物理的な戦闘力において、一益が敵の首を取ることは、まるで自分のポケットから物を取り出すように容易いだろう。
だが、彼の真の恐ろしさはそこではない。あの男は、「両手を懐に入れたまま、敵城を陥落させる」種類の人間だ。
僕と同じ――事象を情報として捉え、盤面そのものを書き換える未来の論理「最適化」の視点を持っている。
勝家は、一益の並外れたスキルセットを高く評価し、しばしば信長へ推挙しようとしていた。しかし、当の一益本人がそれを頑なに固辞し続けていた。
『何の功績も出していないのに、固定給を喰むなど、私の本意ではありません』
それが彼の言い分だった。勝家たちは「欲のない義理堅い男だ」と感心していたが、欲のない?義理堅い?それは違う。僕には一益の真意がよく理解出来る。
一益は「下積み」から始める気など毛頭ないのだ。圧倒的な実績を突きつけることで、一介の平社員からではなく、最初から経営層としてこの織田というベンチャー企業に参画するタイミングを計っている。
一益は密かに、信長というトップの行動履歴を監視し、評価していた。
『大度ある大将。実に最高のCEOだ。ならば、我が最高のアルゴリズムを献上し、手始めの功を立ててみせよう』
一益が動いたのは、まさに僕が美濃戦線で五色の旗を掲げ、織田家内部での発言権を一段階引き上げた直後のことだった。
信長の御前。末席に控える僕の目の前で、滝川一益は平然とした顔で恐るべき事業計画をプレゼンしていた。
「伊勢の桑名という重要節点を奪取し、北畠家の物流を押さえるべきかと存じます」
淀みない彼の計策に、信長はギラギラとした野心の目を輝かせ、大いに喜んだ。
「よし。ならば3,000騎の兵を貴様に預けよう。存分にやれ」
だが、一益は薄く笑ってそれを止めた。
「桑名は尾張と伊勢を結ぶ咽喉。通常の力任せの合戦で容易く落とせるような脆弱なシステムではありません。3,000もの軍勢を動かせば、無駄なアラートを鳴らすだけです」
「……では、どうする」
「私一人で彼所へ赴き、計略を以て内側から奪ってみせます。信長様は、私が裏口の鍵を開けたその時にだけ、軍勢を出して助力を頂ければ結構です」
大広間が静まり返った。たった一人で、敵国の重要拠点を奪うと言うのだ。皆「大言壮語が過ぎる」と眉をひそめたが、信長は「……よかろう。やってみせろ」と不敵に笑った。そして僕もまた、内心で舌を巻いていた。
(やる気だ、こいつ。僕と同じように「人間の心理」という最も脆弱な弱点を突く気だ)
その後、一益はただ一人、薄汚れた武者修行者の姿で伊勢へと向かった。
僕は己の配下である商人や忍びの者たちを使い、一益がどのような手段で伊勢をハッキングするのか、その行動履歴を密かに監視・追跡し続けた。
彼の最初のターゲットは、勢州・長島の城主、服部左京友定だった。一益と左京は、かつて同じ学問所で学んだ元同級生という経歴を共有していた。
情報セキュリティにおいて、最も強固なシステムを突破する最短ルートは、内部の人間が抱く「信頼」を利用することだ。一益は長島城へふらりと立ち寄り、旧友として左京との対面を果たした。
「君が近江の六角家を去ってから、ずっと音信不通だったじゃないか。今はどこで何をしているんだい?」
無防備に安否を問う左京に対し、一益は完璧に用意されたカバーストーリーを再生する。
「フリーランスとして東国を巡回していたのさ。これからは中国、四国、西国へ向かおうと思っている」
一益の卓越した能力を知る左京は、引き抜きのオファーを出した。
「ならば、ここに留まって私のために働いてくれないか」
その瞬間、一益は左京の脳内に致命的な疑念を仕掛けるフェーズへと移行した。
「……左京。私は生来、弱きを助け強きを挫く性分だ。だからこそ、旧友である君のために警告しておく」
一益は声を潜め、絶望的な未来のシミュレーションを語り始めた。
「現在、東国において最も恐るべきは尾張の織田信長だ。今川の大軍を粉砕し、破竹の勢いでこの伊勢を狙っている。信長が伊勢を討つなら、間違いなくこの長島が最初の標的になる。……信長の大軍が押し寄せてきたとき、君の城にそれを防ぐだけの防備は構築されているのか?」
その言葉は、左京の顔色を完全に奪った。
「私、私も常々、織田の脅威は患っていた……! 君に何か計略があるなら、どうか教えてくれ!」
パニックに陥った人間は、思考が乱れ、目の前に提示された解決策にすがりつく。完全に主導権を握った一益は、慈愛に満ちたコンサルタントの顔で、恐るべき「罠」を提案した。
「案ずることはない。尾張との国境にある『蟹江』の地は、君の領地だろう。あそこに新たな城を構築し、軍勢を配置するんだ。長島が攻められれば蟹江から救い、蟹江が攻められれば長島から助ける。互いに冗長性を持たせたネットワークを構築し、さらには蟹江を足がかりに尾張を削り取れば、信長を討つことも不可能ではない」
だが、新たな城を築くには莫大な資金が必要だ。一益はそこも先回りして、調達スキームを提示した。
「君は本願寺の上人と深いつながりがあるはずだ。信長は本願寺門徒の仏敵。その信長を防ぐための防波堤を作るという企画書を出せば、石山の本願寺という巨大な投資家から、莫大な金銀と兵糧を引っ張ってくることができる」
完璧な論理だった。左京は狂喜し、もはや一益の言葉を疑うというセキュリティ・チェックを完全に放棄した。
後日、僕の元に届いた諜報の報告を読みながら、僕は思わず自室で声を上げて笑ってしまった。
(……見事だ。見事すぎるぞ、滝川一益)
左京が石山へ使者を立てると、一益の予測モデル通り、莫大な資金と物資が即座に投資された。左京は「籠城して信長を討ってくれた暁には、領地を分割して与えよう」と懇願し、一益に蟹江城構築の管理者権限を強引に委譲した。
一益は「仕方ないな」という体でそれを受け入れると、数千人の労働力をフル稼働させ、未来の工程管理もかくやという圧倒的なスピードで蟹江の地に堅牢な城を組み上げた。武器、弾薬、矢石の類といった防衛アセットもすべて、本願寺の資金で完璧に格納された。
そして現在。一益は自ら城主として500の兵を率いて蟹江城に常駐している。左京は「これで防衛の備えは完璧だ」と涙を流して喜んでいるという。
「……馬鹿な男だ。自分の生命線を預けた城が、最初から『悪意ある第三者』によって設計された『トロイの木馬』だとも知らずに」
僕は、手元の報告書を蝋燭の火で燃やしながら、暗闇の中で口角を吊り上げた。
刀を抜き、泥にまみれて血を流す必要などない。相手の心理という最も脆いコードの隙間を突き、設計図を少し書き換えるだけで、一益は己の血を一滴も流すことなく、敵の資金で、敵の領土に、織田軍を引き入れるための完璧な裏口を完成させてしまった。
やがて、一益はこの蟹江城を信長に手渡すだろう。その圧倒的な実績を手土産に、一益は織田家という企業の経営層として堂々と凱旋してくるはずだ。
「……面白くなってきたじゃないか」
五色の旗を見上げながら、僕の胸の奥で日輪の光が熱く脈打った。
信長というバグめいたトップの元には、僕だけではなく、一益のような規格外の天才たちが次々と集まり始めている。
ならば、僕がやるべきことは一つだ。誰よりも速く、誰よりも深くこの世界をハッキングし、彼らすべてを内包する最強の天下人として、この盤面の頂点に君臨してやる。
僕――木下藤吉郎秀吉は、まだ見ぬ次なる戦場へ向けて、静かに己の思考のクロック数を引き上げていった。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
瀧川一益服部左京を欺く
客あり、相從うておのおのその志すところを云ふ。或は揚州の刺史たらんことを願ひ、或は貨財多からんことを願ひ、或は鶴に騎つて高く上らんことを願ふ。その一人の曰く、「腰に十萬貫を纏ひ、鶴に騎つて揚州に上らん」と、三つのものを兼ねんと欲す。これ皆その志を云へるなり。應仁の頃より歴代打續きたる兵亂にて、天下亂るること麻のごとく、身を立つるあり、身を亡すあり。君のために身を殺すあり、自立して君を弑するあり。匹夫より出でて天下に鳴るあり、名家の子孫卑賤と零落せるあり。英雄豪傑競ひ起り、天下交々(こもごも)として庸の心あることなし。されば一能の士、ことごとく君を選みて仕へ、高名富貴を子孫に傳へんとす。然れども亂れたる世の淺ましさは、誠忠の士は稀にして、今日西國に臣たりしも、明日は東國に祿を喰ひ、朝には君臣の睦び深かりしも、夕には敵國の將となり、弓を引き地を爭ふ。亂世の人心虎狼よりも甚だし。ここに江州佐々木の被官、瀧川左近一益といふ豪傑あり。勇は首を取ること袋の物を取るに似たり、智は手を懷にして敵城を陷しむ。去ぬる永祿のはじめ、浪人して國々(くにぐに)を武者修行し、終に尾州に來たり、不破河内守、柴田勝家によりて遊客たり。不破、柴田らしばしば一益を吹舉し、信長に仕へしめんとすれども、功なくして祿を喰まんこと本意にあらずとて、敢て隨はざりしが、密かに信長卿の行状を見るに、「大度ある大將、實に興業の君なれば、心を傾け隨身し、手始めの功を立つべし」とて、信長卿へ計策を獻じ、「桑名を取つて勢州北畠を押ふべし」と云ふ。信長甚だ悅び、「三千餘騎の遲兵を以て、瀧川に附屬せん」と下知し給ふ。左近これを止め、笑うて曰く、「桑名は勢州、尾州の咽喉にありて、庸常の地にあらず。豈平勢の合戰にて容易く取り得ることを得んや。某單騎にして彼所に赴き、計略を以て奪ふべし。そのとき君軍勢を出し、力を助け給ふべし」と約束し、ただ一人、武者修行の行裝に出立ち、勢州さして赴きけり。ここに勢州長島の城主服部左京友定といへる者あり。瀧川左近と同學のよしみあり。故に左近まづ長島に至り、左京に對面し、互に一別以來の安危を問ひ、談話すこぶる細やかなり。ときに左京問うて曰く、「足下先年江州を去つて、後久しく在所を知らず。今何所に安居せるや」。瀧川答へて曰く、「某佐々木の家を出でて武者修行をなし、東國をことごとく廻り、これより中國、四國、西國へ赴かんとす」。左京もとより一益が英智勇略を知れば、ここに止めて共に計議をなさんとす。一益その色を悟つて、重ねて云ふは、「某生得弱きを助け強きを凌ぐ。當時東國において、國鄕に將勇なるは尾張の織田信長にしかず。豪傑の士これを助け、今川が大軍を碎き、義元を斬り、破竹の勢を以て勢州を討たんとす。勢州を討つにまづ長島を先にすべし。信長大軍を引いて當津に至らば、足下信長を防ぐべき備ありや。我ひそかに足下のためにこれを愁ふ」。左近色を失うて曰く、「我も常々(つねづね)織田の強敵を患ふこと深し。足下計あらば示し給へ」と云ふ。一益計なれりと悅び、「信長を防ぐこと何の難きことあらんや。尾張の地蟹江は久しく當地の有となれり。今蟹江の地に城を築き、軍卒を籠めて守らしめ、長島を攻むるときは蟹江より救ひ、蟹江を攻むるときは長島より助け、互に長蛇の勢を張り、猶蟹江の城を足溜まりとして近村近鄕を働かば、年を積んで尾張の地を略し、信長を討たんこと難きにあらず。かつ蟹江に城を築くに計あり。足下もとより本願寺の上人と善し。信長は本願寺門徒の法敵と惡むところなれば、事を石山の上人に告げ、金銀兵糧を石山にて借るべし。果たしてこのこと成就すべし。等閑に日を消せば悔ゆとも益あるまじ」。左京大に喜び、石山へ使者を立て、委細を頼み遣はしければ、一益が先見に違はず、金銀兵糧ことごとく調ひ、一益を以て蟹江の城を築かしめ、「籠城して信長を討ち給はば、地を分けて取るべし」と、強ちに頼みければ、一益已むことなき體にもてなし、終に數千の人夫を引き蟹江に至り、城の繩張十分に引き、息をも繼がず築きければ、日あらずして成就し、武器、玉藥、矢石の類ことごとく運び入れ、一益を大將として五百餘人籠城せしめ、今は防禦の備全しと、悅ぶこと限りなし。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN
絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
滝川 一益(たきがわ かずます / いちます)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、大名。織田氏の宿老であり、主君・織田信長に従い、天下統一に貢献した。出典:wikipedia
一益はwiki記述『宿老』のとおり、本能寺の変直前の織田家序列5位(1.柴田勝家2.丹羽長秀3.明智光秀4.羽柴秀吉
5.滝川一益)の最高幹部です。織田家の関東方面司令官(関東管領相当)ですが、忍者の里「伊賀」支配の責任者も兼務しており軍司令というよりCIA長官らしいです。何で諜報機関のトップなのに本能寺の変に即応できなかったのか疑問だったのですが、周囲敵だらけのvs北条戦線で『場所が悪すぎ、むしろ生きて帰れただけでも凄い』でした。




