1-57 網中の魚、半兵衛の包囲網
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
戦国時代というものは、しばしば「情報」の非対称性によって勝敗が決する。
洲俣川を越え、美濃国へと侵攻した織田の軍勢は、先陣に「鬼柴田」こと柴田勝家、そして佐久間信盛という、物理的破壊力に特化した猛将たちを配置していた。
彼らは桶狭間の成功体験を引きずったまま、鯨波の声を上げて斎藤方の陣地へと殺到した。対する斎藤方の先陣は、牧野牛之助と野木次左衛門が率いる3,000騎。牧野らは柴田・佐久間の猛攻を真正面から受けると、しばらく激しく戦った後、みるみるうちに陣形を崩し、偽装退却していった。
「……見ろ!敵は脆いぞ!一気に押し潰せ!!」
柴田たちが勝利の確信を抱き、軍を前進させて深追いをかけたその時だ。加納村という集落の入り口付近で、一人の男がわずか1,000騎の兵を率いて立ちはだかった。
陣頭に翻る旗印。それを見た瞬間、最後尾にいた僕――木下秀吉の脳内に、けたたましい警報が鳴り響いた。
(……竹中半兵衛!!)
美濃の天才軍師。千里の外から戦局をコントロールする帷幕の化け物が、あろうことか自ら前線に姿を現した。しかし、桶狭間の勝利で驕り昂っていた柴田たちは、竹中の小勢を完全に侮っていた。
「1,000人ぽっちで何ができる!一揉みに打ち砕け!!」
柴田・佐久間の軍勢が怒涛の勢いで竹中隊に襲いかかる。すると、竹中隊は「待ってました」とばかりに、抵抗らしい抵抗もせずに散々に敗北し、その勢力を四方八方へと散乱させて逃げ散った。
「――っ!勝家殿!追っては駄目だ!罠です!!」
僕は大声で叫んだが、戦場の喧騒の中で僕の警告が前線に届くはずもなかった。勝家たちは「敵将討ち取ったり」とばかりに、散開した竹中隊を追って、加納村の奥深くへと完全に深入りしてしまった。
……そして、地獄の口が開いた。
村の奥まで進んだところで、勝家たちがようやく「何かおかしい」と気づき、引き返そうとしたその瞬間。左右の小高い岡の稜線から、無数の火縄の火が煌いた。
ダァァァンッ!! ヒュンッ、ヒュンッ!
「なっ……!?」
右と左の岡から、弓矢と鉄砲の弾丸が、文字通り「雨」の様に降り注いできた。それは単なる射撃ではない。未来の十字砲火を完璧に計算し尽くした、緻密な射界の構築だった。次々と味方が吹き飛ばされ、悲鳴と怒号が交錯する中、さらに絶望的な事態が発生する。
「退路を塞げ!!」
前後から、先ほど「敗走」したはずの牧野、野木、そして四方に散っていた竹中半兵衛の軍勢3,000騎が、まるで精密な機械のように再結集し、村の出入り口という切所を完璧に塞ぎきったのだ。
彼らは柴田・佐久間の軍勢を一兵たりとも逃さじと、分厚い壁となって包囲した。
「ええい、押し通れ!前に突け!後ろに突け!!」
柴田勝家が血走った目で絶叫し、大太刀を振り回して突撃を試みる。だが、天才・竹中半兵衛が構築した包囲網は、物理的な力任せの突破を許すほど甘くはない。前に突いても鉄砲の餌食となり、後ろに下がれば長槍の衾が待ち構えている。
柴田と佐久間の2,000騎の軍勢は、完全に身動きが取れず、見る見るうちに削り取られていく壊滅状態に陥っていた。
「――先陣が囲まれたぞ!!」
後方に控えていた織田の二陣。森可成と池田勝三郎の2,000騎が、前線の惨状を視認した。彼らは仲間を救うため、一文字に切って前線へと突進した。すると、どうしたことか。強固な壁を作っていたはずの斎藤勢が、二陣の突撃を受けると、まるでモーゼの十戒のように、スッと左右に分かれて「道を開いた」のである。
(……馬鹿な!止まれ、可成、勝三郎!!)
僕は歯ぎしりをした。わざと脆弱性を見せて侵入させ、内部で完全に隔離・殲滅するための罠だ。
可成も勝三郎も、「なんだかこの敵軍の動きは怪しい」と本能的な違和感は感じていた。だが、目の前で勝家たちが削り殺されようとしている状況下で、彼らを見捨てるという選択肢は武士の彼らにはなかった。
「権六殿! 今助ける!!」
彼らは開かれた「道」を駆け通り、先陣の柴田たちと一つに合流してしまった。
「――かかりましたね」
はるか遠く、岡の上の陣幕から、竹中半兵衛の冷たく透き通るような声が聞こえた気がした。可成も勝三郎が合流した瞬間、左右に開いていた斎藤勢が、再びガシャンッと音を立てるように閉じられたのだ。
「な、なんだと!?」
「退路が……完全に塞がれた……!」
柴田、佐久間、森、池田。織田の主力である4,000騎が、加納村という狭いキルゾーンの真ん中に、綺麗にひとまとめにされてしまった。斎藤勢は、織田の主力部隊を引き包んで一網打尽にするため、次第次第に包囲の輪を縮め、ジリジリと押し寄せてくる。その光景は、網の中に入り込んでしまった魚の群れそのものだった。
圧倒的な暴力を誇った織田の猛将たちは、竹中半兵衛という「知略の化け物」が組み上げた完璧な物理的アルゴリズムの前に、ただ呆れ果て、絶望するしかなかった。
「……なんてことだ」
最後尾からその地獄絵図を俯瞰していた僕は、冷や汗を流しながら呟いた。
信長の暴力が、半兵衛の知略に完全にパッケージングされてしまった。このままでは、織田の主力部隊は文字通り「殲滅」される。
僕が警告した通りの最悪のシナリオだ。だが、僕はまだ生きている。僕の手元には、まだ僕自身の部隊というわずかな「リソース」が残されている。
(……やるしかない。この狂った天才の盤面を、外側からハッキングして強制終了させる!)
胸の奥で、日輪の光が静かに、だが強烈な熱量を持って燃え上がり始めた。
泥まみれの流浪の中で鍛え上げた、僕の「最適化」の力。それが今、この戦国の世で最強の軍師と真っ向から激突しようとしていた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
竹中半兵衛信長を破る
さるほどに信長の先陣柴田、佐久間、鯨波を作つて討つてかかれば、齋藤方の先陣牧野牛之助、野木次左衛門三千餘騎、駈向うて戰ひしが、僞はり負けて引退く。柴田、佐久間軍を進めて追ひ討つところに、加納村にて竹中半兵衛一千餘騎、討つて出て戰うたり。柴田ら竹中が小勢を侮り、ただ一揉みに打つてかかれば、竹中また散散に敗北して、その勢四方に散亂す。柴田、佐久間深入りせしと心付き、引返さんとするところに、右左の岡より弓、鐵砲を放つこと雨よりもしげく、前後より牧村、野木、竹中三千餘人、村口を塞ぎ切所に支へ、餘さじと取卷きたり。柴田、佐久間前後左右に敵を受け大に驚き、前に突き後に突いても出づること能はず、すでに見る危ふきところに、織田の二陣、森、池田、先陣圍まれたりと見開く。二千餘人一文字に切つてかかる。齋藤勢は左右へ分れて道を開く。森、池田何とやらん軍のさま怪しけれど、柴田、佐久間を救はんと、駈け通りて先陣と一つになれば、齋藤勢引包んで討取らんと、次第次第に押寄せて、網中に入りし魚のごとく、あきれ果てたるばかりなり。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
竹中半兵衛重治 羽柴秀吉の参謀として活躍し、黒田孝高(黒田官兵衛)とともに「両兵衛」「二兵衛」と称された。しかし、軍功に関する逸話や美談の多くは後世の創作によるものと見られ、史実上の実像が不明瞭な人物である。出典:wikipedia
思うに、半兵衛はイケメン『容貌、婦人の如し』だったこともあり、史実で実際どうだったかというより歴史ロマン枠の人物かとw




