1-56 折れた旗、燃える野心
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
桶狭間という歴史的特異点において、東海の覇者であった今川義元を物理的にデリートした直後から、織田家という新興組織は劇的なスケールアップを果たしつつあった。
僕――木下藤吉郎秀吉は、その急速に肥大化していくシステムの中で、万の奉行職、企業で言うところの中核的なプロジェクト・マネージャーとして機能するようになっていた。
崩れた城壁の修繕から始まり、数千の兵を動かすための兵糧調達、冬を越すための薪炭の買い付け、さらには下級武士や足軽たちの労務管理に至るまで。血の匂いと名誉にしか興味のない武辺者たちが「泥臭くて退屈だ」と敬遠する裏方のバックオフィス業務を、僕は現代の知識と最適化の手法を用いて、誰よりも効率的かつ高速で処理し続けた。
複式簿記の概念を応用した帳簿の透明化。サプライチェーンの無駄を極限まで省くための直取引。僕がコードを書き換えるように手を入れれば入れるほど、織田家のインフラは滑らかに、そして強固に稼働した。
だが、それだけの莫大な利益を組織にもたらしていながら、僕の立ち位置は依然として「便利で有能な小間使い」の域を出ていない。僕にはまだ、自らの裁量で動かせる「領地」もなければ、独立した拠点である「城」もない。戦国という封建社会のガチガチのヒエラルキーにおいて、僕はまだ「使われる側」の末端、つまり労働力の一つとして搾取される身分に甘んじていた。
「……馬鹿げている」
美濃国へと続く街道を進みながら、僕は馬上で小さく毒づいた。
信長の独断によって強行された、この無謀な美濃侵攻。僕が提示した「二正面作戦の回避と内部保留の徹底」という論理的なプランは却下され、織田軍は疲弊したままの6,000の兵を引き連れて、見えざる天才軍師・竹中半兵衛が待ち受ける死地へと歩みを進めている。
最悪の事態が起きる確率は、極めて高い。だからこそ、僕は一つの「実験」を試みることにした。
「藤吉郎様。本当に、これを陣中に掲げるので?」
腹心の部下が、恐る恐る僕の横に長い竿を持って近づいてきた。木綿を何枚も縫い合わせた、巨大な吹貫の旗。その色は、未来の信号機や警告色を意識した、青、黄、赤、白、黒の5色。風を受けるたびに翻翻と鮮やかにひるがえり、周囲の武骨な軍旗の海の中では、異常な視覚的インパクトを放つ。
「ええ。構いません。高く上げて下さい」
僕は今世の人々が見慣れぬであろう「五色の吹貫」を立てさせた。戦国時代において、陣中に独自の旗や馬印を掲げるということは、単なる所属を示す目印ではない。「独立した一個の武将としての格」を内外に誇示するための、言わば自分自身のブランドロゴの発表だ。
僕はこれまで、信長の直属の駒として、織田家の公式な軍旗の下でだけ働いてきた。だが、これだけ実務をこなし、インフラを支えているのだ。そろそろ「木下藤吉郎秀吉」という個人の存在意義を可視化し、一人の武将としての自己ブランディングを始めるフェーズに来ている。特に危機的状況が予測されるこの美濃戦線において、僕自身の権限を拡大しておかなければならない。
だが、その現代的な「自己顕示」の試みは、この時代の絶対的な君主制においては、致命的なプロトコル違反であった。
「――おい。あれは誰の旗だ?」
出陣の列を馬上から閲兵していた信長の、冷たく鋭い視線が、僕の掲げた新しい旗でピタリと止まった。その瞬間、周囲の空気が絶対零度に凍りついた。柴田勝家や佐久間信盛といった重臣たちが、何事かと僕の方を振り返る。
「はっ。あれは……木下藤吉郎秀吉の旗にございます」
側近が震える声で答えた瞬間、信長の顔に凄まじい怒りの炎が燃え上がった。
「誰の許しを得て、斯様な真似をしている!!」
怒号が、静寂の空気を物理的に引き裂いた。信長は馬の腹を蹴り、僕の目の前まで猛然と迫ると、自ら腰の太刀を抜き放った。閃いた白刃が、僕が誇らしげに掲げていた「五色の吹貫」の竿を、中ほどから無残に一刀両断した。
バサリ、と。僕の野心と自己主張の象徴は、無様に泥まみれの地面へと墜落した。
「思い上がるな、猿!貴様は俺の手足に過ぎん!一端の武将気取りで己の旗を掲げるなど、百年早いわ!!」
信長の怒りは、単なる感情の爆発ではない。これは組織のガバナンスを引き締めるための、計算された公開処刑だ。身分不相応な振る舞いには徹底的な鉄槌を下し、周囲の武将たちに「俺の許可なくスタンドプレーに走ることは絶対に許さない」という強烈な警告を発信している。
「身の程を弁え、ただ命を賭して働け!」
その決定的な一言が、僕という存在の「所有権」が誰にあるのかを、冷酷なまでに証明していた。
「……ッ。出過ぎた真似をいたしました!平にご容赦を!」
僕は即座に馬から転げ落ちるように泥の中に平伏し、額を地に擦り付けた。周囲からは、普段から僕の成り上がりを快く思っていないレガシー武将たちの、あからさまな冷笑と嘲りの声が聞こえてくる。
「見たか、あの猿め。調子に乗って独自の旗など上げるからだ」
「分を弁えぬからああなる。いい恥晒しよ」
普通であれば、己の面子をこれ以上なく潰された屈辱に顔を真っ赤にして震えるか、絶望して戦意を完全に喪失するところだろう。人間とは、自尊心を傷つけられることに最も耐えられない生き物だからだ。
しかし。泥に顔を押し当てている僕の胸の内は、驚くほど冷え切っていた。
(……なるほど。自己ブランディングを行うには、まだ僕の『権限』が足りていないということか)
怒りや恨みなど、微塵も湧かなかった。感情的になることは、生存戦略において最も無駄なコストだ。未来のアスファルトの冷たさを知り、奴婢として理不尽な暴力を数え切れないほど受け流してきた僕にとって、プライドなどというものは、生き延びた後にいくらでも再構築できる一時的なデータに過ぎない。
「申し訳ございませぬ! 直ちに旗を下げ、粉骨砕身働きまする!」
僕は顔を上げると、恨む気色など欠片も見せず、いつも通りの大らかでへらへらとした笑顔を浮かべた。そして、真っ二つに折られた旗竿を未練なく脇に放り投げ、すぐさま自分の持ち場へと戻っていった。
その後も、僕はまるで何事もなかったかのように、信長の馬の前後を駆け回り、先導と殿のタスクを完璧にこなした。怒声と冷笑を浴びた直後にもかかわらず、その動きには一切の滞りがなく、むしろ感情のノイズが排除された分、いつも以上にキレを増していた。
信長の冷徹な瞳が、忙しく駆け回る僕の後ろ姿を、何かを値踏みするようにじっと見つめていたのを、僕は背中の皮膚でピリピリと感じ取っていた。
やがて織田の軍勢は美濃国へと深く侵攻し、散発的な野戦へと突入した。この戦場で、僕は自分に与えられた権限の範囲内で、最大限の戦果を出すことだけに集中した。
僕の脳内には、かつて織田家随一の軍学者であり、今は僕の麾下にある平手監物が絶えず耳元で進言してくる古の兵法と、未来のシミュレーション理論が融合された独自のアルゴリズムが存在している。
それは、三国時代の天才軍師である諸葛亮が編み出したとされる「八陣の法」の概念を、現代の経路最適化理論でアップデートした、極めて高度な戦術だ。
「第一小隊は右翼の森へ展開!敵の視線を引きつけろ!その隙に、第二小隊は左翼から回り込み、敵の補給線を物理的に切断する!」
僕は陣頭で、絶え間なく的確なコマンドを出し続けた。固定化された陣形にとらわれることなく、戦況変化に応じて、部隊の配置をパズルのように自在に組み替えていく。
奇策を用いて敵を誘い出し、正攻法で確実にすり潰す。進むべき時は怒涛の如く前進し、退くべき時は一人の犠牲も出さずに水のように引く。そのダイナミックな部隊運用は、力任せに突撃を繰り返すだけのこの時代の常識を遥かに超えていた。
物理的なステータスだけを頼りに直進しては押し返されていた他の部隊を尻目に、僕の手勢だけが、まるで精密な機械のように敵陣を次々と切り崩していく。
「……なんだ、あの猿の采配は。まるで部隊が一つの生き物のように動いているぞ」
先ほどまで、「旗を折られて恥をかいた」と僕を冷笑していた諸将たちの顔色が変わった。彼らは僕の部隊の異常な勝率に目を奪われ、やがてその戦術を真似ようと、見様見真似で動き始めたのである。
中国の故事に「西施の矉に倣う」という言葉がある。絶世の美女である西施が胸の病で眉をひそめる姿が美しかったため、醜い女がそれを真似て眉をひそめ、かえって村人から気味悪がられて逃げられたという話だ。
常々僕を誹っていた彼らは、まさにその醜い女と同じだった。彼らは僕の戦術の表面的な陣形だけを真似て、その裏にある地形データの処理や士気の計算といった高度な情報処理の論理をまったく理解していない。
結果として、無理な陣形変更は部隊間の連携を分断させ、自ら敵に側面を晒すという無様な失敗を招く羽目になり、僕の異常なまでの有能さだけが、美濃の戦場で圧倒的なコントラストを持って浮き彫りになることとなった。
屈辱を与えても折れることなく、感情のノイズを完全に排除して、純粋な戦果だけを叩き出してくる自律型システムのような男。信長は、僕という存在の「使い勝手の良さ」と「底知れなさ」を、この戦いで改めて深く認識したはずだ。
戦いの終盤。信長は長良川の西岸一帯にある集落群に対して、大規模な放火を命じた。赤々と燃え上がる炎が、美濃の空を暴力的に焦がしていく。それは、斎藤家に対する「織田の破壊力のスケール」を見せつけるための、強烈な物理的デモンストレーションだった。
燃え盛る炎を背に、信長は勇々しい体で馬を返し、意気揚々と尾張への帰陣を宣言した。表面的には、目的は達したということだ。
帰りの行軍の列。僕は煤と泥にまみれた姿で、歩兵たちの脇を馬で静かに進んでいた。周囲の者たちの僕を見る目は、出陣の朝とは完全に変わっていた。冷笑は消え、そこにあるのは明確な畏怖と、理解不能な異物に対する不気味さだ。
だが、僕の胸の中には、勝利の高揚感とは異なる、重く黒い感情が渦巻いていた。
(……僕は、いつまでこれを続けるつもりだ?)
血を吐く思いで働き続け、幾度もの合戦で誰にも劣らぬ戦功を重ねてきた。だというのに。僕にはまだ、功臣として「領地」を割き与えられたこともなければ、「城」を預けられたこともない。いまだに信長の直属の「便利屋」であり、少しでも自己主張の旗を立てようとすれば、問答無用で切り捨てられる立場だ。
資本を持たない労働者は、どれだけ高い給与を得ようとも、最終的には資本家に搾取され続ける。未来の資本主義社会で骨の髄まで理解したその理不尽な真理が、この戦国時代においても全く同じ構造で僕を縛り付けている。強烈な焦燥感と無力感。僕は手綱を握る手をギリリと締め上げた。
夜の帳が下り始めた街道を進みながら、僕は空を見上げた。冷たい風が、僕の熱を持った頬を撫でていく。僕はまだ、ただの泥にまみれた奴婢の延長線上にいる。
だが、この胸の奥で疼く「日輪の光」は、絶望することなく、僕に明確なヴィジョンを見せ続けていた。
(待っていろ。今はまだ、この理不尽な織田家に組み込まれた歯車でいい。だが、僕がすべてのノウハウを吸収し、最適化の極致に達したとき……)
僕は薄暗い闇の中で、誰にも見えないように口角を吊り上げた。いつか必ず、自分の力で「五色の吹貫」を天高く掲げ、この盤面そのものを乗っ取ってやる。
木下藤吉郎秀吉は、胸に燻る強烈な悔しさを極限まで圧縮した燃料に変え、静かに歩みを進める。
だが、僕の脳内で鳴り続ける危険信号は、まだ全く鳴り止んでいなかった。
信長の暴力的な放火で終わったかに見えたこの美濃侵攻。その「真の恐怖」は、僕たちが帰陣の途についたまさにこの瞬間から、美濃の天才軍師・竹中半兵衛の手によって、静かに、そして凶悪に起動しようとしていた。
【太閤記 小瀬甫菴道喜輯録 近藤出版部 大正8年】
秀吉旗竿を信長公截折給事
其後秀吉万の奉行を能勤め給ひし比、信長美濃国に発向し給ふ折節、見もなれぬ旗をさゝせたる者あり、誰そと尋させ給ふに、是は木下藤吉郎秀吉か旗なりと申けれは、其は誰ゆるし左も有そかしとて、以外怒りつゝ、既に旗竿を切おらせ給ひけり、雖㆑然怨る気色もなく、前をかけ後をし給ふに、孔元亮か八陣の法を能得、奇正進退自由得其所しかは、常々誹れる人々も、還で、西施か矉に効ふ、信長公濃川西方大形令㆓放火㆒、勇々敷体にて帰陣し給ひけり、加様に年々楚辛労力し、数度の合戦に利を得給ふと云共、功臣に地を割与へ、城を預る其功未㆑有事を、千悔し給ひき、
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
ご覧頂いてるとおり私、ただ翻訳してるだけです。とはいえ意外と手間が掛かってまして実際、今話の原文は『1.信長岐阜に行く。2.秀吉旗を立てた。3.信長ブチギレ旗折る。4.秀吉腐らない。5.秀吉兵法超詳しい。6.西施の故事。7.信長放火した。8.秀吉城貰えず悔しい。』だけです。なので訳者によって、理不尽に耐える「出世前の屈辱譚」から、信長にビビらない「天下人の前兆」まで大きく解釈が割れてます。で、私は真ん中狙ったので、結局どっちつかずのパンチが無い翻訳にw




