1-55 狂騒の余韻と新たなる標的
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
桶狭間の泥濘の中で、東海の巨大な魔物であった今川義元の首が物理的に切断されたその瞬間。
この日本というサーバー全体に、かつてない規模の衝撃が走った。「尾張の小童」と信長を侮り、地方の吹けば飛ぶような零細ベンチャー企業程度にしか見ていなかった諸国の大名、城主、郡主たちは、一様に驚嘆し、そして戦慄した。
3,000の寡兵が、46,000を超える大軍を正面から喰い破り、大将の首を獲る。それは未来の軍事ドクトリンから見ても、当時の常識から見ても、完全に「あり得ないバグ」だった。しかし、そのバグは現実の歴史として確定され、織田信長という男の威名は、天井知らずのストップ高を記録し続けていた。
僕――木下秀吉の胸の奥で疼く「日輪の光」も、この大勝利を経て、より確かな熱量を持って脈打っている。流浪の身として四カ国を這いつくばり、泥水をすすって生きてきた僕の「生存戦略」は間違っていなかった。未来の知識と最適化の視点を用いて、この戦国という理不尽な盤面をハッキングする。その手応えを、僕は確かに感じていた。
だが、急速な成功は、時として経営者の目を曇らせる。
「――皆の者、聞け。美濃の情勢が動いたぞ」
清洲城の大広間。上座に座る信長は、血走った目にギラギラとした野心を宿し、居並ぶ重臣たちを見下ろしていた。
「美濃の国主が死に、若輩の斎藤龍興が跡を継いで国政を行うとのことだ。代替わりの直後、国内の統制は必ず緩む。この絶好の好機を逃す手はない。これより直ちに軍を興し、美濃を攻め獲る!!」
信長の宣言に、大広間の空気が沸騰した。桶狭間の大勝利でアドレナリンが過剰分泌されたままの猛将たちは、「おうッ!」と獣のような雄叫びを上げて賛同した。彼らの目には、すでに美濃の広大な領地が自分たちのボーナスとして映っているのだろう。
しかし。僕の脳内のリスク管理アラートは、けたたましい警告音を鳴らしていた。
(……駄目だ。それは最悪の悪手だ)
企業経営において、巨大な競合を倒した直後に、間髪入れずに別の巨大市場へ全リソースを突っ込むなど、倒産への最短ルートでしかない。ましてや、尾張の国は桶狭間の戦いで甚大な人的・物的リソースを消耗している。兵士たちは疲弊し、軍資金も底をついている。
それに、最大の懸念事項が手付かずのまま放置されている。危険な投資と最適化の破綻。
「――恐れながら、申し上げます!」
賛成一色に染まりかけた軍議の席で、僕は末席から進み出て、床に額を擦り付けた。柴田勝家や池田勝三郎といった猛将たちが、「また猿がしゃしゃり出てきたか」と渋い顔をする。だが、ここで止めるのが「最適化」を担う僕のタスクだ。
「……何だ、秀吉。俺の決定に異を唱えるか」
信長が、不機嫌そうに僕を睨み下ろした。
「はい。今、美濃の斎藤を討つのは、時期尚早にございます」
僕は顔を上げ、明確な論理を並べ立てた。
「信長様は『美濃の代替わりの隙を突く』と仰いましたが、それは我々の背後も同じことです。今川義元は討たれましたが、今川家が滅んだわけではありません。跡を継いだ駿河の今川氏真は柔弱と言われておりますが、その周囲には歴戦の譜代の臣下がガッチリとシステムを補佐しております」
僕は懐から尾張と周辺諸国の地図を取り出し、広間に広げた。
「もし我々が主力部隊を美濃へと向かわせ、この尾張が『空虚』になったと知れば、今川の残党はどう動くでしょうか。間違いなく、義元の仇討ちという大義名分を掲げて、背後から怒涛の報復攻撃を仕掛けてきます。前は斎藤、後ろは今川。進退ともに道を塞がれれば、我が織田家は一瞬で兵站がショートし、破綻いたします」
広間が静まり返った。僕の指摘した「二正面作戦の愚」は、兵法の基本中の基本である。
「では、どうしろと言うのだ」
信長が、苛立ちを隠せない低い声で問う。
「『内政』の強化です」
僕は力強く答えた。
「しばらくの間、国境を固めて守りに徹し、戦で疲弊した民を撫で、領内に仁恵を広く布くのです。田畑を耕し、流通を整え、国家のインフラストラクチャーという根本を堅牢にする。兵が十分に休まり、兵糧が完全にストックされた『兵足食全き時』を待つ。それから静かに美濃の征伐へ向かったとしても、決して遅くはありません。……どうか、今は無謀な拡張をストップしてください!」
言葉を尽くした僕の諫言。まともな取締役会であれば、間違いなく僕の「内部保留と組織再編」のプランが採択されるはずだ。しかし、ここは戦国時代であり、目の前にいるのは「織田信長」という規格外の狂気を孕んだ男だった。
「……下らぬ」
信長は、僕の広げた地図を無造作に踏み躙り、冷酷に見下ろした。
「兵が足りぬ? 糧が足りぬ? そんなものは、勝って敵地から奪えば済むことだ。守りに入った時点で、俺の覇道は死ぬ。……猿、お前の小利口な計算は、戦場では通用せん」
「信長様……!」
「出陣だ!! 6,000の兵をまとめよ!!」
血気盛んなトップの独断により、僕の最適化プランは完全に却下された。
信長は、制止する僕を無視し、都合6,000騎という軍勢を強引に引き連れ、尾張と美濃の国境を隔てる洲俣川を打ち渡り、怒涛の勢いで美濃国へと発向してしまったのである。
濁流のごとく進軍する織田の軍勢を最後尾から追いかけながら、僕の背筋には嫌な汗が流れ続けていた。
(不味い。これは完全に『罠』に嵌まりに行っている)
未来の知識を持ち、情報網を駆使して四カ国の内情を常にアップデートしている僕には、美濃という国の「本当の恐ろしさ」が見えていた。美濃の国主である斎藤龍興自体は、確かに凡庸な若者かもしれない。だが、その幕下には、とんでもない化け物が潜んでいる。
菩提寺の城主、竹中半兵衛重治。その男の名を口にするだけで、僕の心臓は警鐘を鳴らす。
彼は剣を振るって物理的に敵を倒す武将ではない。軍学の深淵に達し、あらゆる兵書に精通し、帷幕の中――つまり安全な司令室から一歩も動くことなく、計策を巡らせて戦場を完全にコントロールする男だ。
勝つべき条件を「千里の外」から逆算して完璧に組み上げるその智量は、古代中国の伝説的な軍師である張良子房や、諸葛亮孔明にも劣らないと評価されている。事実、美濃一国の軍師として、その恐るべき名は隣国にまで轟いていた。
竹中半兵衛にとって、桶狭間で勝利して増長し、直線的な力任せの進軍をしてくる信長の行動パターンなど、あまりにも予測が容易いプログラムに過ぎないだろう。
(彼なら、間違いなく『殺し』に来る)
洲俣川を渡る織田軍の足取りは軽く、誰もが美濃を簡単に切り取れると信じ切っていた。だが、見えない電子の蜘蛛の巣のような半兵衛の策が、すでにこの大地の至る所に張り巡らされていることを、僕は肌で感じ取っていた。
今度、信長が乱入してくるという情報を事前に得ていた半兵衛は、すでに完璧な合戦のタスク配分を済ませているはずだ。物理的な衝突を避けてこちらの兵站を断ち、地形という名の物理エンジンを利用して織田勢を袋小路に誘い込み、恐怖と混乱というエラーを発生させる。そして最終的には、信長自身の首を正確に狙い撃つための、致命的なトラップコードが仕掛けられている。
「……気を引き締めろ! 少しでも異常を感じたら、独断で陣形を崩してでも即座に離脱しろ!」
僕は自らが率いるわずかな手勢に向かって、厳しく下知を飛ばした。ここから先は、桶狭間のような「大軍の驕りを突く」戦いではない。知略と知略、最適化と最適化が正面からぶつかり合う、極限の情報戦の始まりだ。
冷たい風が、美濃の山々から吹き下ろしてくる。その風は、未来のアスファルトの上で吹いていたあの夜風よりも、遥かに冷酷で、静かな殺意に満ちていた。
(僕は、死なない。この知恵を使って、今日という日を絶対に生き延びる)
胸の奥の日輪の光を羅針盤として強く意識しながら、僕は泥まみれの藁草履を踏み締め、見えざる天才軍師が待ち受ける美濃の暗闇の中へと、静かに、そして警戒度を最高レベルに引き上げて足を踏み入れた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
信長美濃國に發向
信長桶狹間の一戰に、今川義元を討つたる由、國々に聞こえければ、小身の信長なりと侮り居たる諸國の大名、城主、郡主に至るまで、驚歎せずといふ者なし。ここに於て信長威名日日に盛ん、月月に大なり。義元が子龍興父に代りて國政を行ふと聞こえければ、信長この時を失はず齋藤を攻め討つべしと、その用意を催し給ふ。木下藤吉これを留めて、「今齋藤を討つの時にあらず。今川氏眞柔弱といへども、譜代の臣下を補佐。當國空虛なるを計り、義元の仇を討たば、進退共に道なるべし。暫く國を守つて民を撫で、仁恵を廣く布き、國家の根本を堅くし、兵足食全き時を計りて、静かに征伐ありとも遲きことあるべからず」と、さまざま諫言申し上げけれど、信長血氣盛んにして、さらに用ひ給はず、その勢都合六千餘騎、洲俣川を打ち渡り美濃國へ發向あり。ここに龍興が幕下に、菩提寺の城主竹中半兵衛重治といふ者あり。軍學に達し兵書に通じ、計策を帷幕の中に運らし、勝つことを千里の外に究むる子房、孔明にも、おさおさ劣るまじき智量あれば、美濃一國の軍師として、その唱へ隣國に高し。今度信長亂入のよし聞こえければ、合戰の手分を定め、尾張勢に泡を吹かせ、信長をも襲ひ討たんと、敵の寄るを待ち居たり。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
信長飛躍の噛ませ犬というイメージの美濃(80万石)ですが単純な石高差に加えて、交通の要衝、斎藤道三以来の商業政策での蓄財といった価値を含めると、国力は尾張(60万石)より遥かに上です。桶狭間直後の信長が美濃へ攻め込むのは、未来知識のある秀吉でなく当時の常識からしてもかなり無茶な挑戦です。じゃあ何で信長は勝てたのか?ここが歴史の醍醐味かもですw




