1-54 桶狭間の凱歌、天下への序章
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
桶狭間の泥濘に転がった今川義元の首を高く掲げ、僕たち斬首部隊は、すぐさま反転攻勢へと移行した。向かう先は、僕たちの囮となって未だ絶望的な死闘を続けている、丹下砦の防衛ライン。
豪雨は次第に小降りになり、空には分厚い雲の切れ間から、薄日が差し込み始めていた。丹下の戦場では、柴田勝家や池田勝三郎たちが、今川の20,000騎という圧倒的な質量の前に、満身創痍となりながらも最後の抵抗を続けていた。死兵たちの壁はすでに限界を迎え、崩壊は時間の問題かと思われた。
その最中へ、僕たちは血まみれの義元の首を太刀の先に貫いたまま、鬨の声を上げて乱入した。
「――見よッ!!海道一の弓取り、今川義元は討ち取られたぞ!!」
僕が腹の底から大音声を張り上げると、毛利新助や服部小平太たちも口々に叫び声を上げた。
「織田信長様、自ら本陣を攻め破り、義元を討ち取ったり!!貴様らは今、誰のために戦っているのだ! 早く降参して助命を請えッ!!」
その言葉と、太刀の先に掲げられた「主君の生首」という絶対的な物理的証拠を見せつけられ、今川軍20,000の動きが、完全にフリーズした。
巨大な軍隊を統括していた大将がダウンしたのだ。今川勢の顔から急速に血の気が引き、肝を消し、魂を失っていくのが見えた。
「義元公が……討たれた……?」
「嘘だ! 本陣には一万の旗本がいたはず……!」
「こはいかにせん! 逃げろォォォッ!!」
ネットワーク崩壊にも似た、凄まじい情報伝達の連鎖。2万の大軍は、指揮系統を失った烏合の衆へと成り下がり、右往左往と散乱し、我先にと武器を捨てて逃げ惑う「総敗軍」と化した。
「……獲ったッ! 野郎ども、残党をすり潰せェェッ!!」
疲労の極みにあった柴田、佐久間、池田、丹羽といった織田の猛将たちは、この一発逆転の奇跡に狂喜乱舞し、「得たりやおう」と息を吹き返した。
逃げ惑う今川の兵たちを背後から蹂躙し、斬って回る。屍は積んで岡のごとく、血は流れて川に似る凄惨な光景が広がったが、僕の脳内ではただ、この戦力差を完全に覆した「最適化の成功」という冷徹な快感だけが鳴り響いていた。
戦が終わり、信長が鐘を鳴らして軍をまとめた。凱歌を唱えながら清洲の本城へと帰還する僕たちを、上下の将兵から街の百姓・商人に至るまで、領民総出で「万歳!」と熱狂的に出迎えた。彼らにとって、信長は国を救った救世主だ。
清洲城の大広間に陣が張られ、論功行賞の時間が始まった。猛将たちが銘々に討ち取った敵将の首を実検に備え、信長から褒詞と恩賞が次々と下されていく。誰もが面目を施し、誇らしげな顔をしていた。
その中で、僕は末席から静かに進み出た。僕の背後には、夥しい数の、名ある敵将の首が並べられている。
「……ほう。猿。それはすべて貴様が討ち取った首か?」
信長が、機嫌よく僕に尋ねた。
「滅相もございません」
僕は深く平伏し、よく通る声で大広間全員に聞こえるように言上した。
「これらはすべて、ある『一人の男』が、丸根、鷲津、そして丹下の戦線において、死戦を繰り広げて討ち取った首にございます」
広間がざわついた。誰がたった一人でこれだけのネームド武将を狩ったというのか。僕は言葉を続ける。
「その男は、信長様からの懲戒解雇を深く嘆き、今度の合戦を『死に場所』と定めて最前線へと飛び込みました。大敵に囲まれながらも、彼に敵する兵は一人もおらず、この夥しい首を打ち取って、献覧に備え奉った次第です」
信長の目が、微かに細められた。
「……前田犬千代、だな」
「ハッ」
僕は頭を下げたまま、最大の要求を口にした。
「今度、当家が大勝利を収めたこの大慶に免じまして、伏して望むらくは……犬千代殿の復職をお願い申し上げます。彼を再び迎え入れれば、必ずや当家のために絶大な忠誠と戦果をもたらす手駒となるでしょう」
静寂。かつての社内スキャンダルを理由に永久追放された男を、僕が自分の手柄を差し置いてまで復権させようとしている。柴田や池田たちも、息を呑んで信長の決断を待った。
やがて、信長はニヤリと笑った。
「……くっ、あはははは! 猿め、相変わらず無駄のないリソース管理をしおるわ!」
信長は扇でバンッと膝を叩いた。
「よいだろう! 犬千代の罪など、この戦功に比べれば些末なエラーに過ぎん! 気味のよい若者だ、勘気を宥してやる!元の如く、俺の直属として給仕せよ!」
その言葉を聞いた瞬間、広間の隅で控えていた巨漢が、滂沱の涙を流しながら転がり出てきた。前田犬千代である。
「殿……ッ!殿ォォォッ!!」
「泣くな、大男が。……今日より『前田孫四郎利家』と名乗れ。これよりは一隊を預ける。将として、存分に働け!」
「ハハァーッ!! この御恩、骨身に刻み込みましてございます!!」
犬千代――いや、前田利家は、床に額をこすりつけて慟哭した。退出しがてら、利家は僕の傍らを通り過ぎる際、誰にも聞こえない声で「……恩にきる、秀吉殿」と囁いた。
僕は視線を動かさず、ただ口角だけを微かに上げて応えた。
(……これで僕は、最強の狂犬に対して、大きな貸しを作る事が出来た)
論功行賞が終わり、夜の闇が清洲城を包み込む。自室に戻った僕は、冷たい夜風を浴びながら、暗い縁側に一人腰を下ろした。
46,000の大軍を破り、僕は信長からの絶対的な信頼と、最強の仲間を手に入れた。だが、まだ終わらない。天下という途方もない最終目標に至るまでには、美濃の斎藤、甲斐の武田、そして畿内の巨大な権力構造という、さらなる難関が待ち受けている。
ふと、胸の奥で、あの日輪の光が静かに、だが確かな熱量を持って脈打った。
(僕は、生きている)
寺の木魚の音は、もう遠い過去のものだ。アスファルトの上で死んだ少年の記憶は、今やこの戦国という巨大な盤面をハッキングするための、最強のOSとして完全に適応している。
「……さあ、次のフェーズへ進もうか」
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
信長今川の軍を大に破る
さても丹下の戰は、今を最中と挑みしところへ、大將今川義元の首を太刀の先に貫き、「織田信長自ら本陣を攻め破り、義元を討取つたり。今は誰がために戰ふぞや。早く降參して助命を蒙れ」と聲々(こえごえ)に呼ばれば、今川勢肝を消し魂を失ひ、「こはいかにせん淺ましや」と、狼狽へ騷ぎ、右往左往に散亂し、惣敗軍となりにけり。柴田、佐久間、池田、丹羽の勇士、得たりやかしと切つて廻るほどこそあれ、屍は積んで岡のごとく、血は流れて川に似たり。信長鐘を鳴らし軍をまとめ、凱歌を唱へて清洲の本城に入り給へば、上下の諸士を始め、百姓商賣に至るまで、皆萬歳を呼びにけり。さて城中に陣を張り、銘々 討取る首どもを大將の實檢に備へぬれば、褒詞恩賞それぞれに御沙汰ありて、皆面目を施しける。ときに木下藤吉郎、今川方の名ある勇士が首十八九貫檢に備へ置き、謹んで申しけるは、「前田犬千代御勘氣を歎き、今度の合戰に討死と心を定め、多く大敵に當り、死戰すれども敢て敵する兵一人もなく、ことごとく討取り獻覽に備へ奉る。今度當家勝軍の御慶に、伏し望むらくは犬千代が勘氣御免なし下さらば、歡んで忠を盡すべし」と言上すれば、信長大に悦び給ひ、「犬千代が罪は小にして、この度の譽れ大なり。氣味よき若者、勘氣を宥し遣はす間、本のごとく給仕すべし」とて、犬千代を召し出され、前田孫四郎利家と名乗らせ、士卒を預け、「一方の將たるべし」と仰せ渡されければ、犬千代涙を流し、恩を謝して退出す。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
桶狭間は、異世界転生の序章の定番、ダンジョンブレイクからのスタンピードを転生チートで解決した感じでしょうかw




