1-52 織田の狂犬、今川1万5千騎を裂く
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
豪雨の中、戦局は秒刻みで推移していた。
丹下砦における柴田勝家たちの狂気じみた野戦、そして蜂須賀小六たちが扮した六角の偽装軍の背後からの急襲。これら二つの想定外のイレギュラーによって大損害を受けた庵原右近・富永伯耆守の敗軍は、這々(ほうほう)の体で桶狭間の本陣へと逃げ込み、今川義元に戦線の崩壊を訴え出た。
「なにィッ!? 織田の小勢ごときに、我が軍の将たちが討たれただと!?」
義元は激怒し、床几を蹴り飛ばして立ち上がった。勝ち確だと思っていたプロジェクトに、突然、致命的な不具合が発生したのだ。
「信長、雑魚の分際で、我が軍将を討ち取るとは奇怪至極!ええい、出し惜しみは無用だ!急ぎ別働隊を出して、信長を討ち破れ!!」
完全に頭に血が上り、冷静なリソース管理を失った義元は、本陣の護衛部隊を大きく割くという最大の愚を犯した。
朝比奈備中守、松井五郎の2将に15,000騎をポンと与え、丹下の合戦のトラブルシューティングに全速力で急行させた。
朝比奈たちは命を領じ、大雨に泥を跳ね上げながら馳せ向かった。そして、僕が伏兵として配置していた六角偽装軍を含む織田大隅守の2,000騎の中へ、一文字に切り込んだ。
「ここを破られてなるものかッ!」
織田勢の佐々木正道、千秋良文らが命を捨てて応戦するが、15,000という圧倒的なフレッシュな大軍の突進を防ぎきることはできず、2人ともにあえなく討ち死に。大隅守の戦線は決壊の危機に瀕した。――その時である。
最前線の丸根、鷲津の両砦で無双を見せ、なおも味方の難儀を救わんと戦場を駆けていた男が、この絶望の淵に馬を走らせてきた。
前田犬千代。織田大隅守の部隊が敗北寸前であると見た彼は、何ひとつ躊躇うことなく、猛虎飛熊の勇を振るい、群がる今川の大軍の横っ腹へと、単騎で突撃をかました。
「どりゃあああっ!!」
犬千代の巨大な槍が唸りを上げるたび、今川の兵たちが豪雨の中に血しぶきを上げて吹き飛んでいく。理不尽。完全なチート級の物理演算。
15,000の朝比奈の軍勢は、たった一人の狂戦士によって薙ぎ立てられ、前進の推進力を完全に殺されて色めき立った。
「……ッ! 何だあのバケモノは!」
朝比奈の組下である大剛の勇士、宍戸弥五郎友辰が、犬千代の常軌を逸した振る舞いを憎しと見て、槍を提げて躍り出た。
「織田の狂犬め、俺が仕留めてやる!」
犬千代は勇気をますます滾らせ、一突きで決着をつけてやろうと、「おつ!」と喚いて強烈な突きを放った。だが、宍戸弥五郎も只者ではない。彼は犬千代の豪快すぎる一撃の軌道を僅かに透かし、一瞬の隙を突いて懐へ入り込んだ。
ズプッ!
「……ッ!?」
宍戸の槍の穂先が、犬千代の左の太股を深々と突き通したのだ。致命傷ではないが、機動力を奪うには十分すぎる一撃。普通なら、ここで激痛に顔を歪めて後退するところだ。だが、犬千代は違った。
「甘えんだよッ!!」
犬千代は太股に槍が刺さった状態を物ともせず、自らの槍をその場に投げ捨てた。そして、腰に差していた重々しい鉄鞭を引き抜くや否や、至近距離にいた宍戸の兜に向かって、フルスイングで叩き落とした。
ガァンッ!!という、金属がひしゃげる凄まじい音。さすがの宍戸弥五郎も、脳髄を揺るがす強烈な一撃に眼が眩み、完全に動作を停止した。
犬千代は、自分の太股から宍戸の槍を強引にもぎ取ると、そのまま逆に宍戸の首筋をブチ抜き、馬から突き落としてその首を刎ね飛ばした。
「……次ィ!!」
血まみれの太股を引きずりながら、犬千代は咆哮した。今川の別の部隊の大将、江間左京がそれを見て打ちかかってきたが、犬千代はまったく動じない。江間の槍を躱すことすらせず、力任せに一槍で突き殺した。もはや、人間ではない。修羅だ。
犬千代は勢いに乗って殺戮の乱舞を繰り出し、またたく間に騎馬の武者17騎を血祭りに上げた。15,000の今川の大軍は、犬千代というたった一人のリアルチートによって前衛を完全に切り崩され、恐慌状態に陥って右往左往と散乱し始めた。
「……完璧だ。犬千代の働き、もはやSSR(最高レアリティ)を超えている」
豪雨と雷鳴の中、間道をひそかに急行しながら、僕は戦況の報告を受けて冷たく笑った。犬千代が丹下の戦線で今川の増援15,000を足止めしてくれたおかげで、義元の本陣はいよいよ、文字通りの「もぬけの殻」に等しい状態となっている。義元の周りに残っているのは、わずか数千の旗本のみ。
「信長様。義元の本陣、今川軍の総リソースのほとんどが、各砦の防衛線に吸収されました」
僕は信長の馬の横に並び、確信を持って言った。
「これで、義元の喉元を覆っていた装甲は、完全に剥がれ落ちました」
「……よくやった、猿。お前と、そして前田犬千代の狂気に感謝しよう」
信長は、雨に濡れた顔でニヤリと笑った。
「人間五十年……か。義元め、自分が下天の夢幻から覚める時が来たことにも気づいておるまい」
バケツをひっくり返したような豪雨が、僕たちの足音と殺気を完璧に覆い隠す。
かつて、四カ国を這いつくばって流浪した泥まみれの少年が、今、未来の「最適化」という知恵を武器にして、戦国の巨大な盤面をひっくり返そうとしている。
胸の奥で疼く日輪の光が、もはや抑えきれないほどの熱を放ち、僕の視界をクリアに研ぎ澄ませていた。
「全軍――」
信長様が、愛刀を高く掲げる。
「義元の首、俺が貰い受ける!!突撃ッ!!」
雷鳴が轟いたその瞬間。僕たち500の斬首部隊は、油断しきった駿河の魔物・今川義元の本陣へと、圧倒的な死の暴風となって突入していった。
歴史が、確かな音を立てて書き換わる瞬間だった。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
前田犬千代血戰勇力
庵原、富永が敗軍桶狹間に来り、味方の戰ひ難儀なるよし、義元へ訴へければ、義元大に憤り、「信長小兒の分際として、我が軍將を討つたること奇怪ならずや。急ぎ勢を出だして信長を討破れ」と朝比奈備中守、松井五郎に一萬五千餘騎を分ち與へ、丹下の合戰を助けしむ。朝比奈命を領じて馳向ひ、大隅守が二千餘騎の中へ一文字に切り入りければ、織田勢こを破られじと、佐々木正道、千秋良文命を捨てて戰ひしが、今川が新手の大軍を防ぎかね、兩人ともに討たれける。然るところに前田犬千代、最前丸根、鷲津の兩砦にて、比類なき働きをなし、猶味方難儀の場所を救はんと、馬に鞭打ち來りけるが、この合戰大隅守敗北と見えければ、何かは少しも躊躇ふべき、猛虎飛熊の勇を震ひ、群がる敵を切り廻れば、犬千代一人に薙ぎ立てられ、朝比奈が勢色めき立つて見えける。ここに朝比奈が組下の士に、宍戸彌五郎友辰といふ大剛の勇士あり。犬千代が振舞ものしやと、槍提げて向うたり。犬千代勇氣ますます加はり、ただ一突きに討ち取らんと、おつと喚いて突き來るを、友辰透かして附入り、犬千代が左の太股を突き通す。犬千代これを事ともせず、槍を投げ捨て、腰に差したる鐵鞭を以て、宍戸が兜の眞向をたゝき打ちけるにぞ、さしも大力の宍戸彌五郎、眼くらんで働き得ず。犬千代、宍戸が槍もぎ取り、ただ一突きに突き落とし、首を取つて捨てける。今川の大將江間左京これを見て、犬千代が打つてかかるを事ともせず、一槍に突き殺し、勢に乗つて殺し出だし、騎馬の武者十七騎討つてひけりければ、今川の大軍、犬千代一人に切り崩され、右往左往に散亂す。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜 1万PV御礼投稿 6話/7話 〜
いつもご覧頂きありがとうございます。おかげさまで投稿開始21日目に累積10,000PVを超えました。タイトルを付けるとすれば【感謝!累計1万PV到達!日間1,000PV&累積2,000ユニークOVER!感激ブクマ10件超!!】ですが、上っ面のタイトル変更ではなく書き溜めていた話を吐き出す事で御礼に代えさせて頂きます。とはいえ…これまでも誤字脱字謝罪や御礼ばっかしてたのであんまり貯まってませんw




