1-51 鬼柴田、修羅となる
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
僕が予測した通りの豪雨が、尾張の大地を激しく打ち据えていた。視界は白く煙り、雷鳴と雨の音がすべての戦場のノイズをかき消す中、丹下の砦を中心とする「絶対防衛線」では、物理的な質量の衝突が最高潮に達しようとしていた。
砦の守将、柴田権六勝家。剛勇無双、織田家中において「鬼柴田」と称されるこの男のタスクは、信長が義元の本陣へ斬首部隊を送り込むための「完全な囮」となることだ。
勝家は、丹下とその周辺の砦に配置された2,000騎の兵を、守城戦ではなく、あえて野戦へと全軍投入した。
「城には信長様の御旗を高く掲げておけ!大軍が控えているように見せかけろ!」
勝家の怒号が雨音を裂く。勝家自身は500騎の精鋭を率い、目前に迫っていた今川の先鋒、庵原右近が率いる2,000人の軍勢の中へ、雷のごとく強引に切り込んでいった。未来のランチェスターの法則を完全に無視した、圧倒的劣勢からの突撃。しかし、死を覚悟した狂気を纏う部隊の突破力は、論理的な計算を時に凌駕する。
「織田の小勢が、狂ったか!」
今川軍の先鋒大将である右近は、面も振らずに突進してくる鬼神の姿に舌打ちし、自ら槍を捻って勝家へと突きかかった。
「邪魔だッ!!」
勝家は、雨を弾く三尺二寸(約1メートル)の巨大な大太刀を真っ向から振りかざすと、落雷のような速度で右近の懐へ飛び込んだ。金属と肉が断ち切られる鈍い音。勝家の大太刀は、右近の右腕を肩先から一刀のもとに斬り落としていた。
「ぎやあああっ!」
鮮血が雨に混じって飛び散り、右近が絶叫とともに馬から転げ落ちる。
「大将を討ち取ったり!! 揉み潰せぇぇ!!」
勝家が血まみれの大太刀を掲げて絶叫すると、大将を失った庵原の2,000の軍勢は、たちまち右往左往とパニックに陥り、我先にと後方へ逃げ崩れていった。
「……チッ。右近の奴、油断しおって!」
逃げ惑う味方の波を掻き分けるように、今度は今川軍の富永伯耆守が5,000人を率いて入れ替わりに前線へ押し出してきた。だが、織田軍もただ勝家を孤立させておくような愚は犯さない。
「権六殿、下がりなされ! ここは俺が支える!」
勝家と入れ替わるように、池田勝三郎が500騎を率いて前線に飛び出し、富永の5,000人と真っ向から激突した。勝三郎らは火と水がぶつかり合うような凄惨な乱戦を展開する。その最中、最新兵器「火縄銃」の轟音が、雨音を切り裂いて響いた。
ダァァンッ!!
「……ッ!?」
勝三郎の郎等である片桐半左衛門が、豪雨で火縄が消えかかるギリギリの距離まで肉薄し、富永伯耆守の胸板を正確に撃ち抜いた。鉛玉を食らった富永は、言葉を発することなく馬から崩れ落ちた。
勝ち誇っていた今川軍の前線に、明確な動揺が走った。わずか暫時の戦いで、2人の大将クラスが討ち取られたのだ。「織田の兵たちは、死を恐れぬ狂気にとり憑かれている」。そんな噂が、前線の兵士たちの間に瞬く間に広がっていく。
「ええい、怯むな! 敵は小勢だ、一息に打ち砕け!!」
今川軍の後方から、朝比奈小三郎、三浦左馬助、葛山備中守、飯尾豊前守といった歴戦の将たちが、20,000騎という圧倒的な質量をもって、どっと喚いて雪崩れ込んできた。
20,000対2,000。もはや個人の武勇や狂気でどうにかなるレベルではない。津波に立ち向かう小石のようなものだ。だが、織田の将兵たちは誰一人として後退しなかった。
佐久間右衛門、坂井右近、森三左衛門といった新手の精鋭1,000騎が、勝家や池田の左右にピタリと備え、互いに狂気じみた笑顔で励まし合った。
「ここが人生の正念場だ!死を恐れるな!臆病者の汚名こそ恐れよ!」
「進め!進めええッ!」
「引くな!!」
互いに恥をかかせまいと戒め合い、斬られても、突かれても、自分の血や内臓が飛び出そうとも顧みない。火花を散らし、泥と血にまみれながら戦い続ける彼らの姿は、まさに修羅のごとく凄まじいものだった。
今川の20,000の大軍は、このたった2,000の「死兵の壁」を前に、完全に足止めを食らっていた。
そして――。僕が近江から仕掛けておいた「最大の罠」が、ついに起動する刻が来た。
「……出番だぜ、野郎ども!」
豪雨の中。今川軍20,000の背後――本道である鳴海海道から、突如として地鳴りのような鬨の声が上がった。織田大隅守信広を大将とし、僕が手配した蜂須賀小六たち1,000人が、近江・六角家の「四つ目結い」の旗を無数に掲げて姿を現した。
「な、なんだと!?背後から敵だと!?」
「あの旗は……近江の六角!なぜ六角の大軍がこんなところに!」
総勢2,300騎の伏兵。今川軍から見れば、それは「完全に予想外の援軍」の出現だった。前方の狂気じみた織田の死兵たちに手を焼いていた今川の20,000騎は、背後からの急襲に完全にパニックを起こし前後で部隊を二つに分かちて戦わざるを得なくなった。
「……作戦、完璧に動作中」
僕は、信長の傍らで間道を駆け抜けながら、遠くから聞こえる狂乱の響きに耳を澄ませた。前線の丹下砦は、柴田勝家たちの死闘と、僕が仕込んだ「六角の偽装軍」によって、今川の主力20,000の動きと視線を完全に固定することに成功していた。
これで、桶狭間にいる今川義元の本陣は、文字通り無防備の状態となった。
「信長様!義元の本陣への道、オール・クリアです!」
豪雨の中、僕は叫んだ。
「……行くぞ」
信長の短く、冷徹な声が雨音を切り裂く。冷たいアスファルトの記憶も、泥にまみれた奴婢の日々も、すべてはこの一瞬のためにあった。僕の脳内の未来知識と論理、信長という圧倒的な物理的暴力。これらが完全に同期した今、歴史という巨大なシステムは、僕たちの手によって新たな時代へと強制的にアップデートされようとしていた。
豪雨の向こう側。駿河の魔物が待つ桶狭間へ向けて、僕たち斬首部隊の最期の突撃が始まった。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
柴田池田敵將を斬る
権六勝家は、剛勇無雙の壯士にて、人みな鬼柴田と稱しける大功の兵なれば、丹下兩所の惣勢二千餘騎ことごとく討つて出。城中には信長卿の御旗を高く指し上げ、大勢にて固めたる有樣にもてなし、その身は五百餘騎を引率し、庵原右近が二千餘人の中へ雷のごとく切つて入り、面もふらず突き立てける。右近、勝家と見てければ、槍を捻つて突きかく。勝家三尺二寸の大太刀眞向にかざし、稻妻のごとく切り入つて、右近が右の腕を肩先かけて切り落とし、勢に乗つて揉み立つれば、庵原が二千の軍勢、大將を討たれしかば、右往左往に散亂し、我先にと逃げ行きける。これを見て今川方富永伯者守五千餘人、入替つて戰へば、織田方にも池田勝三郎五百餘人、柴田に替つて相支へ、火水になつて切り結ぶ。池田が郎等片桐半左衛門、鐵砲を以て近々(ちかぢか)と狙ひ寄り、大將伯者守を馬より下とす。さしも勝ち誇つたる今川勢、暫時の戰ひに二人の大將を討たれ大に怒り、「敵は小勢、一息に打ち砕け」と朝比奈小三郎、三浦左馬助、葛山備中守、飯尾豊前守、惣勢合せて二萬餘騎、どつと喚いて掛けたりける。これを見て佐久間右衛門、坂井右近、森三左衛門、名古屋彌太郎、新手の勢一千餘騎、柴田、池田が左右に備へ、「一世の大事この時なり。進んで敵に討たるるとも、逃げて子孫に恥を殘すな。進めや進め」と云ふ。引くな人々(ひとびと)とて、互に恥合ひ戒め合ひ、切れども突けども顧みず、火花を散らして戰ひけるは、凄まじかりける事共なり。このとき本道に控へたる織田大隅守、江州の加勢二千三百餘騎、敵の背後を討たんとす。ここにおいて今川勢二萬餘騎、前後に分ち戰うたり。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜 1万PV御礼投稿 5話/7話 〜
いつもご覧頂きありがとうございます。おかげさまで投稿開始21日目に累積10,000PVを超えました。タイトルを付けるとすれば【感謝!累計1万PV到達!日間1,000PV&累積2,000ユニークOVER!感激ブクマ10件超!!】ですが、上っ面のタイトル変更ではなく書き溜めていた話を吐き出す事で御礼に代えさせて頂きます。とはいえ…これまでも誤字脱字謝罪や御礼ばっかしてたのであんまり貯まってませんw




