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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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1-48 狂槍、燃える鷲津に舞う

挿絵(By みてみん)


 『太閤記(たいこうき)』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。

 『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本(よみほん)。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia

 永禄3年(1560年)5月18日。今川義元の本陣が置かれた桶狭間周辺では、翌朝から始まる「蹂躙(デス・マーチ)」に向けた極めて効率的な陣形(フォーメーション)が組まれていた。


 海道の覇者たる彼らのリソース配分は、まさに巨大企業による物理的な圧殺(ローラー)そのものだった。


 まず、北の鷲津(わしづ)の砦へ向かうのは、富永伯耆守氏繁と朝比奈小三郎康秀を大将とした10,000騎。その後詰として、三浦左馬助義次の5,000騎が続く。


 そして南の丸根(まるね)の砦には、三河の独立愚連隊とも言える松平蔵人元康(のちの徳川家康)が手勢500を率いて先陣を切り、義元の直属部隊である原右近、飯尾豊後守ら10,000騎がそれを支援。さらに葛山備中守の5,000騎が後を塞ぐという、絶対に逃げ場のない二重・三重の包囲網(デッド・ロック)が形成されていた。


 一方、義元自身の旗本(ヘッドクオーター)10,000騎は、桶狭間の本陣に鎮座。江間、関口、由井、富塚といった重臣たちがガッチリと大将を守護(ガード)し、左右には松井五郎八や朝比奈備中守といった精鋭が脇を固めている。


 砦に籠もる200の兵に対し、それぞれ15,000の兵を差し向けるという完全なオーバーキル。


 そして明けて5月19日の朝。まだ東雲(しののめ)の暗闇が残る頃、今川軍30,000騎の怒涛の攻撃が開始された。


「撃てぇっ!! 一揉みに踏み潰せ!!」


 鷲津、丸根の両砦は、文字通り鉄桶のごとく取り囲まれ、息を継ぐ暇もない波状攻撃、猛攻撃を受けた。


 南の丸根砦の主将、佐久間大学は、生粋の強勇の士である。大軍を少しも恐れず、「ここが俺の死に場所だ!」と絶叫しながら、死の防衛線(デッドライン)をギリギリで支え続けていた。


 しかし、北の鷲津砦は早々にシステムダウンを起こしかけていた。主将である織田 玄蕃丞(げんばのじょう)と飯尾近江守が、あまりの物理的質量(マス)の差に恐怖(パニック)してしまい、防御の指揮が完全に崩壊したのだ。今川軍は勢いを増し、鷲津は今にも陥落しそうという危ない状況だった。


「……鷲津が保たんか!」


 丸根砦の矢倉(タワー)から戦況をモニターしていた佐久間大学は、歯ぎしりをして叫んだ。自分たちも絶体絶命の包囲下にあるというのに、彼はひとりの男を鷲津の救援へと向かわせた。主君の不興を買い、丸根を死に場所と定めてやってきたあの男だ。


「犬千代!鷲津の玄蕃たちを救え!」


「おう!!」


 前田犬千代。もとより必死の合戦である。彼には選敵心(ターゲティング)などない。ただ一騎。彼は巨大な槍を風車のごとく振り回し、丸根を包囲する幾重もの敵陣(モブ)を物理的な腕力(パワー)だけで強引に切り裂いていった。飛び散る血しぶきの中、まるで戦場に放たれた一頭の狂える猛獣のように、一直線に鷲津へと馳せ向かう。


 しかし、犬千代が鷲津に辿り着くよりも一足早く、城の防衛システムは完全に崩壊していた。主将の織田玄蕃と飯尾近江守は早々に退去を決断し、残存するわずかな手勢を引いて、後方の中島の砦へと落ち延びようとしていた。城からは黒煙が上がり、今川の兵たちが歓声を上げながらなだれ込んでいる。


「遅かったか……!だが、俺の槍はまだ乾いちゃいねえぞ!!」

 

 犬千代は「残念なり」と吐き捨てると、逃げる味方を背後から追い立てる今川軍の側面に、ただ一人、横合いから突っ込んだ。

 

「どりゃああああッ!!」

 

 犬千代の槍の一振りで、三人の足軽が同時に宙を舞う。勝ち誇り、無警戒に前進していた今川勢は、たった一人の「イレギュラーな狂戦士(バグ)」の出現によって、前線が完全にストップしてしまった。横から横へと理不尽に討ち倒され、大軍特有の「渋滞(スタック)」を引き起こして騒ぎ立ち、一歩も進むことができなくなった。


「……見ろ! あの凄まじい男は味方だ! 我らを逃がすために一人で戦っておるぞ!」


 後方へと逃げていた織田玄蕃が、犬千代のその鬼神のごとき働きを見て、己の不甲斐なさを恥じたように叫んだ。


「味方を一人で死なすな! 取って返せ!!」


 玄蕃は五、六十人の兵と共に踵を返し、犬千代の後方に寄り添うようにして、再び勇を振るって戦い始めた。その光景を見て、今川軍の前線からひとりの大剛の兵(つわもの)が進み出てきた。富永伯耆守の組下、松山新吾という男だ。


「織田の狂犬め! 一人で戦場をひっくり返せると思うなよ!」


 松山は槍を捻り、犬千代の首を狙って鋭く突きかかった。


「ようやく骨のある奴が出てきたか!!」


 犬千代は狂ったように笑い、巨大な槍を合わせて迎え撃った。縦横上下、甲高い金属音(ヒットサウンド)が五、六合ほど響き渡る。松山の槍術もなかなかのものだったが、犬千代の物理演算(フィジカル)は次元が違った。


「甘いッ!!」


 犬千代の槍の柄が、松山の腹を重戦車のように打ち据えた。松山はたまらず馬から転げ落ちる。犬千代はすぐさま飛び降り、一瞬の躊躇もなくその首を刎ね飛ばした。


「……しゃあっ!!」


 血まみれの首級を掲げ、犬千代が立ち上がったその時だった。振り返った彼の目に、絶望的な光景が飛び込んできた。彼がさきほどまで守っていた南の砦――「丸根」の方角から、空を焦がすような凄まじい黒煙(スモーク)が高く昇っていた。


「……大学殿!!」


 犬千代殿は首を放り捨て、すぐさま丸根へと引き返した。群がる敵を前に後に、左に右に切り靡(なび)け、強引に血路(ルート)を開いて丸根の城下へと辿り着く。しかし、そこにはすでに今川の軍旗がはためいていた。城主・佐久間大学は討ち死にし、丸根の砦は完全に制圧(ゲームオーバー)されていた。


「……クソがッ!!」


 犬千代は血反吐を吐くように叫び、血まみれの槍を地面に突き立てた。だが、犬千代の闘志はまだ折れていない。事ここに至り、丸根と鷲津という二つの防波堤は崩壊した。ならば、次に敵が押し寄せるのは、防衛の最終ラインである「中島」と「善照寺」の砦だ。


(……生きて、必ず手柄を叩きつけてやる!)


 あの夜、清洲の暗闇で僕――木下秀吉が犬千代に告げた言葉を胸に、犬千代は再び味方の難儀を救うべく、中島の砦へと向かって修羅の道を急ぎ始めたのである。


 砦陥落の報せは、瞬く間に僕たちのいる本陣へと届いた。

 

「……丸根、鷲津、ともに陥落(ロスト)しました」


 伝令の報告を聞き、僕は信長の傍らで静かにデータを更新した。味方の犠牲は甚大だ。佐久間大学殿をはじめとする多くの将兵が命を落とし、戦線は後退している。普通なら絶望のどん底に叩き落とされるような戦況だ。


 だが、僕と信長の目には、この盤面(ボード)がまったく違った色で見えていた。


「今川の軍勢は、砦を落としたことで完全に図に乗っています。現在、彼らの主力は中島方面へと散開(スプリット)し、義元のいる桶狭間の本陣は、防備が極端に薄くなっています」


 僕が淡々と状況(ステータス)を読み上げると、信長はニヤリと、獲物を狙う鷹のような獰猛な笑みを浮かべた。


「……よくやった。丸根も、鷲津の連中も。義元のヘイトを完璧に引きつけたな」


 信長様は刀の柄を固く握りしめた。


「猿。空模様はどうだ?」


 僕は天を仰いだ。朝から垂れ込めていた暗雲は、今や恐ろしいほどの分厚さとなり、遠くで低い雷鳴がゴロゴロと鳴り始めている。未来の気象知識と僕の流浪の経験が弾き出した「予測(アルゴリズム)」は、完全に現実のものとなろうとしている。


「5分後。……視界を奪うほどの『豪雨』が来ます」


「上等だ」


 信長は馬に跨がり、背後に控えるわずかな精鋭(タスク・フォース)に向かって、短く、しかし世界をひっくり返すための号令を発した。


「全軍、突撃!!狙うは、今川義元の首ただ一つ!!」


 その直後、文字通りバケツをひっくり返したような豪雨が、尾張の大地を激しく打ち据え始めた。すべての音(ノイズ)と視界が遮断された世界で、僕たちは今川46,000の軍勢という巨大なプログラムに、最後にして最強の斬首部隊(バグ)を流し込んだ。




【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】




今川義元陣列(いまがわ よしもと じんれつ)


今川方(いまがはがた)の手分(てわ)けには、まづ鷲津(わしづ)の城(しろ)へ富永(とみなが)伯耆守(ほうきのかみ)氏繁(うじしげ)、朝比奈(あさひな)小三郎(こさぶろう)康秀(やすひで)を大将(たいしょう)としてその勢(せい)一万餘騎(いちまんよき)、二番備(にばんそな)へ三浦(みうら)左馬助(さまのすけ)義次(よしつぐ)、五千餘騎(ごせんよき)これに續(つづ)け。丸根(まるね)の城(しろ)へは松平(まつだいら)蔵人(くらんど)元康(もとやす)手勢(てぜい)五百人(ごひゃくにん)、義元(よしもと)の加勢(かせい)、原(はら)右近(うこん)、飯尾(いいお)豊後守(ぶんごのかみ)一万餘騎(いちまんよき)、二番手(にばんて)葛山(かつらやま)備中守(びっちゅうのかみ)五千餘騎(ごせんよき)、これも跡(あと)に續(つづ)いて打立(うちた)ったり。義元(よしもと)の旗本(はたもと)一万餘騎(いちまんよき)、その人々(ひとびと)には江間(えま)、關口(せきぐち)、由井(ゆい)、富塚(とみづか)、縫井(ぬい)、朝比奈(あさひな)、石谷(いしがひ)の輩(ともがら)、大将(たいしょう)を守護(しゅご)して控(ひか)へたり。二俣(ふたまた)の城主(じょうしゅ)松井(まつい)五郎(ごろう)八三百餘人(さんびゃくにん)、本陣(ほんぢん)の左(ひだり)へ備(そな)へ、今川(いまがは)の家老(かろう)朝比奈(あさひな)備中守(びっちゅうのかみ)五百餘人(ごひゃくにん)にて右(みぎ)を備(そな)へ、手分(てわ)けに定(さだ)まりたれば、明日(あす)はただ一息(ひといき)に踏(ふ)み潰(つぶ)さんと、翌日(あく)を遲(おそ)しと待(ま)ち居(い)たる。五月(ごがつ)十九日(じゅうくにち)の朝(あさ)、まだ東雲(しののめ)のころより、今川勢(いまがはぜい)三万餘騎(さんまんよき)、鷲津(わしづ)、丸根(まるね)の兩城(りょうじょう)を鐵桶(てっとう)のごとく取囲(とりかこ)み、ただ一揉(ひとも)みに戦破(うちやぶ)らんと、息(いき)をも継(つ)がず攻(せ)めたりけり。丸根(まるね)の主将(しゅしょう)佐久間(さくま)大学(だいがく)、もとより強勇(ごうゆう)の士(し)なりければ、大敵(たいてき)を少(すこ)しも恐(おそ)れず、嚴(きび)しく防(ふせ)ぎ戦(たたか)ひけるが、鷲津(わしづ)の大将(たいしょう)織田(おだ)玄蕃丞(げんばのじょう)、飯尾(いいお)近江守(おうみのかみ)、今川(いまがは)が大軍(たいぐん)に恐怖(きょうふ)して、防禦(ぼうぎょ)の備(そな)へもはかばかしくあらざりければ、寄手(よせて)、勢(せい)盛(さかん)にして、すでに鷲津(わしづ)落城(らくじょう)せんとす。ときに丸根(まるね)の佐久間(さくま)大学(だいがく)矢倉(やぐら)に登(のぼ)り、遙(はる)かに鷲津(わしづ)の合戦(かっせん)を察(さっ)し、前田(まえだ)犬千代(いぬちよ)を以(も)て救(すく)はしむ。犬千代(いぬちよ)もとより必死(ひっし)の合戦(かっせん)なれば、敵(てき)を選(えら)む心(こころ)もなく、ただ一騎(いっき)丸根(まるね)をを切(き)り出(で)て大敵(たいてき)を凌(しの)ぎ、すでに鷲津(わしづ)へ馳行(はせゆ)きける。然(しか)るに鷲津(わしづ)城(しろ)早(はや)く退去(たいきょ)して、主将(しゅしょう)織田(おだ)玄蕃(げんば)、飯尾(いいお)近江守(おうみのかみ)、中島(なかじま)の城(しろ)へ志(こころざ)し、手勢(てぜい)を引(ひ)いて落(お)ちて行(ゆ)く。犬千代(いぬちよ)これを見(み)て、「遲(おそ)かりし残念(ざんねん)なり」と、ただ一人(ひとり)横合(よこあ)ひより勇(ゆう)を振(ふ)るって突(つ)き立(た)てければ、勝(か)ち誇(ほこ)りたる今川勢(いまがはぜい)なれども、犬千代(いぬちよ)一人(ひとり)に横(よこ)に横(よこ)を討(う)たれ、騒(さわ)ぎ立(た)ちて進(すす)み得(え)ず。織田(おだ)玄蕃(げんば)これを見(み)て、「味方(みかた)討(う)たすな。帰(か)へせよ」と、五六十人(ごじゅうにん)取(と)って返(かえ)し、犬千代(いぬちよ)が跡(あと)に添(そ)ひ、勇(ゆう)を振(ふ)るって戦(たたか)ひける。ここに今川(いまがは)の臣(しん)富永(とみなが)伯耆守(ほうきのかみ)組下(くみした)に、松山(まつやま)新吾(しんご)といふ大剛(たいごう)の兵(つわもの)あり。犬千代(いぬちよ)が働(はたら)き心(こころ)にくしと、槍(やり)を捻(ひね)り突(つ)き懸(か)かる。犬千代(いぬちよ)は敵(てき)を選(えら)ばず當(あ)たるを幸(さいわ)ひ切(き)り立(た)てるが、松山(まつやま)を見(み)て、よき敵(てき)ごぜんなれと、槍(やり)を合(あ)せて縱横(じゅうおう)上下(じょうげ)、五六合戦(ごろくかっせん)ひしが、松山(まつやま)を馬(うま)より下(した)に突(つ)き落(お)とし、首(くび)を取(と)って立上(たちあ)がれば、丸根(まるね)の方(かた)に烟(けぶり)高(たか)く昇(のぼ)り、これも落城(らくじょう)と見(み)えければ、犬千代(いぬちよ)引返(ひきかえ)して大学(だいがく)を救(すく)はんと、群(むら)がる敵(てき)を前後左右(ぜんごさいう)に切(き)り糜(なび)け、血路(けつろ)を開(ひら)き、丸根(まるね)の城下(じょうか)に來(き)見(み)れば、城主(じょうしゅ)大学(だいがく)討死(うちじに)し、城(しろ)は敵将(てきしょう)入替(いりか)はり、事(こと)すでに落著(らくちゃく)すれば、重(かさ)ねて味方(みかた)の難儀(なんぎ)を救(すく)ふべしと、中島(なかじま)の城(しろ)へぞ急(いそ)ぎける。

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜 1万PV御礼投稿 2話/7話 〜

 いつもご覧頂きありがとうございます。おかげさまで投稿開始21日目に累積10,000PVを超えました。タイトルを付けるとすれば【感謝!累計1万PV到達!日間1,000PV&累積2,000ユニークOVER!感激ブクマ10件超!!】ですが、上っ面のタイトル変更ではなく書き溜めていた話を吐き出す事で御礼に代えさせて頂きます。とはいえ…これまでも誤字脱字謝罪や御礼ばっかしてたのであんまり貯まってませんw

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