1-46 魔王、敦盛を舞う
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
永禄3年(1560年)5月18日、ついに、東海の巨大な魔物がその全貌を現した。
駿河、遠江、三河という三国の経済力と人的リソースを総動員して編成された、今川義元の本隊。その数、実に46,000騎。情報戦においては「五万余騎」と大々的に披露されていた。
今川軍は尾張の国境を越え、怒涛の勢いで進軍を開始。行く先々で容赦なく放火と略奪を繰り返し、その凄まじい軍容は、文字通り「野に満ち、山に蔓延る」絶望的な光景を現出させていた。
義元の本陣は、鳴海城の南東――「桶狭間」と呼ばれる窪地に敷かれた。そこから、今川軍は僕が構築した「避雷針」たる織田方の砦、まずは最前線の丸根砦と鷲津砦に向かって、津波のような大軍を差し向けてきた。砦の兵たちは、あまりの物理的質量の差にパニックに陥っていた。
「このままでは1刻(2時間)と持たずに踏み潰される!清洲へ救援を!」
丸根、鷲津の両砦からは、早馬の使者が櫛の歯を引くように、ひっきりなしに清洲城へと駆け込んでいた。彼らの悲痛なSOSは、未来のJアラートのように、大広間に響き渡っていた。
「……信長様!丸根、鷲津の両砦が、今川の大軍に包囲されております!至急、救援の兵を!」
家臣たちが血相を変えて進言する。だが。
「……」
上座に座る信長は、まるで他人事のように、無言で盃を傾けていた。その瞳の奥には、狂気とも取れる冷徹な光が宿っている。少しも驚き騒ぐ様子はない。
なぜなら、この「砦が死に物狂いで敵のヘイトを集める」という地獄のような状況こそが、僕――木下秀吉と信長が事前に構築した、全体構想の第1フェーズに他ならないからだ。
その日の夜。信長は、恐慌状態に陥っている家臣たちを大広間に集め、あろうことか酒宴を開いた。
「皆の者、飲め! 今夜は無礼講だ!」
軍議など一切行われない。信長は猿楽師の福宮太夫を召し出し、自らも立ち上がると、扇を開いて舞い始めた。
――人間五十年。下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。
――一度生を得て、滅せぬもののあるべきか。
それは、平敦盛の死を悼む「敦盛」の一節だった。信長は、この死の匂いが色濃く立ち込める曲舞を、押し返し、押し返し、再三にわたって謡い、狂ったように舞い続けた。酒の勢いも相まって、その姿はまるで破滅を歓びで迎える魔王のようだった。
家臣たちは、あまりの現実逃避な光景に声も出ない。
「殿は……ついに狂われたか」
そんな絶望的な空気が、広間を支配し始めていた。だが、末席で静かに盃を口に運んでいた僕の脳内では、まったく異なる論理が展開されていた。
(……見事な演出だ)
未来の組織論において、極限状態に置かれた集団を統率するには、リーダーが「絶対的な自信」あるいは「常軌を逸した覚悟」を示す必要がある。
今、信長がここで「どうすれば勝てるか」などと震えながら軍議を開けば、家臣たちにはその不安が伝染してしまう。あえて軍議を開かず、死を歌うことで、信長は彼らの無意識に強烈な閾下知覚を打ち込んでいた。
やがて、夜も三更(午前0時頃)に差し掛かろうとしたその時。信長はピタリと舞を止め、扇をバァン!と床に叩きつけた。広間の空気が、一瞬にして凍りつく。
「――出陣だ」
低く、地獄の底から響くような声だった。信長は、酔いなど微塵も感じさせない鋭い眼光で、家臣たちを睥睨した。
「鳴海の要害、そして丹下、善照寺の砦は、我が織田の存亡を分ける絶対防御線である! 等閑の輩では守りきれん!」
信長は次々と猛将たちの名を呼び上げた。
「柴田勝家! 佐久間信盛! 池田勝三郎! 丹羽五郎左衛門! 森三左衛門! 貴様らは1,000の精鋭を率い、丹下南の砦を固めよ! 敵の主力をそこに限界まで集めろ!」
「は、ははっ!!」
名指しされた猛将たちが、弾かれたように平伏する。
「俺は、残る本隊を率いて後から続く。……よいか、一歩も退くことは許さん。死んでも守り抜け!」
それは、文字通り「死ね」という命令、ブラックの極致。しかし、不思議なことに、家臣たちの顔から恐怖の色は消え失せていた。信長の常軌を逸した舞によって、彼らの精神はすでに「死の恐怖」を通り越し、ある種のトランス状態へと突入していた。
広間を退出した猛将たちの中で、筆頭格である柴田勝家が、自らの軍勢を前に血走った目で叫んだ。
「お前たち、聞いたか! 殿が『一度生を得て、滅せぬもののあるべきか』と謡われたのは、我らに『命の捨場』を示されたのだ!」
勝家は愛槍を高く掲げた。
「皆、力を一致させよ!粉骨砕身、一世の勇名を轟かすのはこの時ぞ!!続けえええッ!!」
勝家の怒号に呼応し、1,000の兵たちが地響きのような咆哮を上げる。彼らは、死地に向かっているとは思えないほどの恐るべき熱量をもって、漆黒の夜の帳の中へと出撃していった。
「……狂気が、完全に定着しましたね」
大広間に残り、具足を身に着け始めた信長に、僕――木下秀吉は静かに声をかけた。
「フン。猿、お前が仕掛けた江州・六角の『四つ目結い』の偽旗も効いている。味方の連中、まだ『六角の援軍が必ず本陣を叩いてくれる』という幻を信じ切っておる」
信長は、胴の紐を締めながら獰猛に笑った。
「これで、丸根、鷲津、そして丹下方面に、義元の本隊のヘイトは完全に固定される。……あとは」
「はい」
僕は深く頷いた。
「あとは、敵の『目』を欺くための気象条件が揃えば、今川義元の斬首作戦は完璧に遂行されます」
僕は懐から、流浪の時代から書き留めてきた「気象と地形のデータログ」を取り出した。現代の気象レーダーなどない。でも、尾張の風の匂い、雲の動き、そして鳥の飛び方。それらの変数を過去の統計と照らし合わせれば、高確率で未来の天候を予測できる。
「信長様。明日の昼下がり。……この尾張に、視界を完全に奪い、すべての音をかき消すほどの『豪雨』がやって来ます」
僕が確信を持って断言すると、信長はゆっくりと立ち上がり、刀を腰に差した。
「……上等だ。天すらも味方につけるか、猿」
「当然です。僕たちは、生き延びるためなら何だって利用します」
僕はニヤリと笑い返した。夜の冷たい風が、広間を吹き抜ける。未来のアスファルトの上で死んだあの日の夜風とは違う。血と鉄と、そして新しい時代が生まれる瞬間の、圧倒的な熱を帯びた風だ。
「行くぞ。義元の首を獲る」
信長の静かな号令と共に、僕たちは桶狭間という歴史の巨大な特異点に向けて、ついに動き出した。
盤面のセッティングはすべて終わった。あとは、この曇天の戦国を突き破る、最後の一撃を決めるだけだ。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
今川義元桶狭間に屯す
さて永禄三年五月十日、今川治部大輔義元、伊豆、駿河、三河、遠江の軍勢都合四万六千餘騎、僞って五万餘騎と披露し、同十八日、鳴海表桶狭間を本陣として、まづ織田方の砦、丸根、鷲津を攻め潰さんと、在々所々を放火して、その勢野に満ち山に蔓延り、すはや織田の城々砦々、目の前に踏み破られなんと、危ふきこと限りなし。鷲津、丸根の兩城、今川の大軍に恐れ、防戦叶はじと思ひければ、脚力を以て救ひの勢を信長卿へ乞ふこと、櫛の歯を引くがごとし。されども信長は深き軍慮ありて、必勝の戦ひを心に籠め給ひ、少しも驚き騒ぎ給はず、その夜諸士を召されて酒宴をなし、軍の評議てこれなく、福宮太夫を召され猿楽を仰せ付けられ、信長自ら扇を開き、「人間僅か五十年、下天の内を比べれば、夢幻のごとくなる。一度生を受け、滅せぬもののあるべきや」と敦盛の曲舞を押し返し押し返し、再三謡ひ舞ひ給ひ、酒宴の興を益し給ふ。漸く夜も三更のころ御下知ありて、「鳴海の要害、丹下、二箇所の砦は味方存亡の切所なり、等閑の輩守ること叶ふまじ。柴田勝家、佐久間信盛、池田勝三郎、丹羽五郎左衛門、森三左衛門は、同じく一千餘人を以て丹下南の砦を固むべし。我自ら跡に續いて出陣すべし」と命ありければ、おのおの領承して座を立退きけるが、柴田勝家諸士に向ひ、「今度の合戦、誠に味方の存亡にかかれり。君戯れの御諚に、『一度生を受け、滅せぬもののあるべき』と押し返し謡ひ給ひたるは、今日の合戦、命限りに戦へとの上意なるべし。人々 力を一致にして、粉骨砕身、一世の勇名このときなり。進み給へ方々」と、馬に鞭打ち出でければ、誰か少しも猶豫すべし、我劣らじと打ち立ちしは、勇々しかりけるありさま。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN
絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
斬首作戦(decapitation strike)とは、国家の軍隊などによって行われ、敵対する国や組織の重要人物のみを狙って排除する作戦である。
2025年6月13日 イスラエル軍は戦闘機約200機を使用し、イランの核関連施設と軍事施設約100箇所を爆撃した。イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)の参謀総長モハメド・バゲリ、同じく司令官ホセイン・サラミを含むIRGCの司令中枢の高級幹部4人を殺害し、イラン核兵器開発を強く推進する核物理学者と政治家を含む5人も殺害した。(ライジング・ライオン作戦)
2026年2月28日 イスラエル軍・アメリカ合衆国軍は共同でイランの首都テヘランを攻撃し、イランの最高指導者であったアリー・ハーメネイー、革命防衛隊総司令官のモハンマド・パクプール、国防軍需大臣のアジーズ・ナシールザーデ、軍参謀総長のアブドルラヒーム・ムーサビ、ハーメネイーの安全保障顧問であったアリー・シャムハーニーら政府高官や軍首脳を爆撃で殺害。(エピック・フューリー作戦)
出典:wikipedia
なんか最近、「斬首作戦」流行ってますねw




