1-44 援軍なき援軍、2千騎の幻影
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
近江国、観音寺城。標高四百メートルを超える繖山の山容を丸ごと要塞化したこの巨大な山城は、未来のタワーマンションや大型ショッピングモールを思わせる威容を誇っていた。
山の斜面には無数の石垣が連なり、家臣たちの屋敷が整然と立ち並んでいる。宇多天皇を祖とする名門、佐々木源氏の嫡流。代々この江州を支配してきた六角氏の居城である。
尾張の成り上がりである織田家の清洲城などとは、歴史も、資本も、ブランド力も、文字通り桁が違った。ビジネス社会に例えるなら、片や地方の新興ベンチャー企業、片や数百年続く東証プライム上場の超大企業といったところだ。
その巨大企業の最高意思決定機関たる本丸の大広間に、僕――木下藤吉郎は、織田信長からの公式な「特命全権大使」として平伏していた。
かつて泥にまみれ、露に濡れた藁草履で四カ国を流浪していた最底辺の奴婢が、今や名門大名の当主と直に相対している。少し前なら考えられないような出世だが、僕の胸を満たしているのは高揚感ではなく、極めて冷徹な「計算」だった。
上座に座るのは、二人の男。一人は、現在の六角家当主である六角義秀。若年ながらも生まれ持った気品と、大らかで寛仁な度量を感じさせる青年だ。しかし、彼は多病を理由に、実質的な経営権を握っていない。
もう一人は、義秀の叔父であり、後見人として六角家の全権を掌握している男。出家して抜関斎承禎と名乗る、右京太夫・六角 義賢である。彼こそが、この巨大企業の実質的なワンマン会長だ。
「……面を上げよ、織田の使者」
承禎の低く重い声が、広間に響き渡った。僕はゆっくりと顔を上げ、二人の顔をまっすぐに見据えた。威圧感に飲まれることはない。僕の脳内ではすでに、彼らの心理状態と組織の力学をハッキングするための、完璧なプレゼンテーション資料が組み上がっていた。
「遠路はるばる大儀であった。して、尾張の『うつけ』殿は、この承禎に何を求めて使者を遣わしたのか?」
承禎の口調には、明確な侮蔑が混じっていた。駿河の巨大な魔物・今川義元の40,000の大軍を前に、風前の灯火となっている織田家。そんな沈みかけの泥舟からの使者など、本来ならまともに取り合う価値もないと思っているのだろう。僕は深く一礼し、静かに、しかしよく通る声で口を開いた。
「我が主君・織田信長より、六角家へ『軍事同盟』および『援兵』の要請に参りました。今川の圧倒的な暴力に対し、織田家と六角家が固く手を結び、共に雌雄を決していただきたいのです」
「……はっ」
承禎は鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。我が六角家が、なぜ他国の、それも今川という大軍を相手に血を流さねばならんのだ。織田が滅びようと、我らには何の関係もないこと。帰れ、小猿」
当然の反応だ。自社の利益にならない赤字案件に、貴重な人的リソースを投入する経営者などいない。だが、これは僕が仕掛けた交渉の、ほんの入り口だ。
「承禎様。それは、強ち織田一家のみの利益にあらず、六角家自身の『存亡』に関わる重大な投資です」
「何だと?」
承禎の眉がピクリと動いた。僕は現代の地政学の概念を、この時代の言葉に翻訳して語り始めた。
「古き諺に『唇破れて歯寒し』と申します。我が尾張は、今川という巨大な嵐から、江州を守るための強固な防波堤なのです」
僕は言葉を区切り、承禎と義秀の目を交互に見つめた。
「もし織田家を見捨て、我らが滅亡すればどうなるか。今川義元は破竹の勢いのまま、この近江へと直接なだれ込んでくるでしょう。40,000の軍勢と国境を接したとき、六角家の損亡は計り知れません。ですが……今、我が織田家に援兵を賜れば、信長様は死力を尽くして今川の軍勢を受け止めます」
広間の空気が、微かに変わったのを感じた。若き当主・義秀の目に、理性を伴った光が宿っている。
「たとえ尾張の国が破れ、織田家が滅ぶ結果になったとしても、我らが徹底抗戦をすれば、今川の軍勢は大半が砕け散り、再起不能のダメージを負うでしょう。そうなれば、六角家の安泰は泰山のごとく盤石となります。もし織田が勝利すれば、両国は永遠の同盟国として共に栄える。……すなわち、六角家にとって織田家への援軍は、極めて『利回りの良い防衛投資』なのです。願わくは、この利害をご明察ください」
完璧なプレゼンだった。国主である義秀は、すこぶる寛仁で大度を持つ青年だ。彼は僕の言葉がことごとく「合理的である」と見抜き、深く頷いた。
「……叔父上。この使者の申すこと、理の当然にございます。我が名門・六角の武威を示すためにも、織田へ援軍を出し、今川の野望を挫くべきかと存じます」
義秀が援護射撃をしてくれた。僕の才智と、君命を辱めない堂々たる態度に感銘を受けてくれたらしい。しかし――実権を握るワンマン会長は、愚かだった。
「黙られよ、義秀! 口の減らぬ猿め、詭弁を弄するな! 40,000の今川を前にして、なぜ我が精鋭を死地に送らねばならんのだ。織田の防波堤など、すぐに決壊するわ。援兵など、絶対に、一兵たりとも出さぬ!」
承禎は顔を真っ赤にして吐き捨てた。義秀は無念そうに俯き、周囲の重臣たちも会長の絶対的な決定権には逆らえず、沈黙を落とした。
(……チョロいな)
絶望的な拒絶。しかし、僕の胸の奥では、冷たい太陽が「計画通り」のサインを出して笑っていた。最初から、六角家が人的援兵を差し出してくれるなどとは一ミリも思っていない。
人間というものは、最初に「極めて過大な要求」を突きつけられて全力で拒否した後、次に「極めて小さな要求」を出されると、心理的な罪悪感や安堵から、ついそれを承諾してしまう生き物なのだ。
現代心理学における譲歩的要請法。この戦国時代においては、僕だけが知る最強のハッキング技術だ。
「……承知いたしました」
僕は深く、深く頭を下げ、まるで忠義の使者が絶望に打ちひしがれたかのような、完璧な演技をとった。
「援兵の儀、許容なきこと、誠に残念にございます。しかし……某も信長より厳命を受けてはるばる参った身。一兵の援軍も得られず、このまま手ぶらで帰国いたせば、武士としての面目を失い、切腹は免れません」
僕は顔を上げ、悲壮感を漂わせながら、しかし明確な声で「本当の目的」を口にした。
「ならば、せめて……具足、旗差物、そして弓鉄砲などの軍器を『2,000名分』ばかり、拝借させてはいただけないでしょうか」
「……軍器を? 貸せだと?」
承禎が、怪訝な顔をした。
「はい。兵は結構です。ただ、道具だけをお貸しください。右の拝借した具足を持ち帰り、道中にいる野武士や浪人どもを金で雇って着せ、六角家の旗印である『四つ目結い』の旗をなびかせます。そして『江州からの六角の援兵が到着した!』と偽り、尾張で恐怖に震える味方の士気を極限まで励ますのです」
僕は言葉に熱を込めた。
「その偽りの熱狂があれば、今度の合戦、必ずや今川義元の首を討ち破る自信が信長の胸の内にはございます! あわれ、兵が出せぬというのならば、せめてこの『名義貸し』の儀だけでも、お許しくださいませ!」
広間が、静まり返った。誰もが、僕の提案の「あまりの狡猾さと合理性」に呆気を取られていた。味方を騙すための大芝居。そのために、大国・六角家の旗印だけを利用させてくれというのだ。
承禎の頭の中で、急速に計算のソロバンが弾かれる音が僕には聞こえた。
(兵を出すのはリスクが高すぎる。だが、倉庫で埃を被っている古い具足や旗を貸すだけならば、我が軍の人的損害は『ゼロ』だ。それで織田が勝手に士気を上げて今川と潰し合ってくれるのなら、これほど安い投資はない)
承禎は、ニヤリと下卑た笑いを浮かべた。
「……くくっ。織田の猿め、悪党よな。味方を騙して死地に立たせるとは」
「褒め言葉として受け取っておきます。すべては、今日を確実に生き延びるためにございます」
「よかろう!」
ついに、承禎が力強く頷いた。
「具足、旗差物の2,000の件、望みの通り与え遣わす! それらを着せ、思い切り大仰にハッタリをかますがいい!」
「――ありがたき幸せにございます!!」
僕は床に額がめり込むほどの勢いで平伏し、感謝の意を大げさに叫んだ。伏せた顔の裏側で、僕の唇は三日月のように吊り上がっていた。
(ミッション・コンプリート。これで「役者」と「衣装」が完全に揃った)
六角家という最強のブランドをノーリスクで借り受けることに成功した僕は、手厚い供応を受けた後、莫大な軍器の引き渡し手配を済ませ、意気揚々と観音寺城を後にした。
近江の空は、すでに夕暮れの茜色に染まっていた。
馬の背に揺られながら、僕は背後に続く長大な荷車の列を振り返った。そこには、六角家の「四つ目結い」の紋が描かれた2,000の旗と、甲冑、弓、鉄砲といった莫大な軍需物資が積まれている。
これを、越知川の辺りで待機している蜂須賀小六たち1,000人の野武士軍団に引き渡す。裏社会の荒くれ者たちが、名門・六角の軍勢へと姿を変える瞬間。それは、絶望に沈む尾張の織田軍にとって、これ以上ない希望となるだろう。
「藤吉郎様! まさか本当に、六角からこれほどの物資を引き出されるとは……!」
従者の一人が、感極まったように僕の馬に並走しながら言った。僕は彼に向かって、遠い空から世界を見下ろすような、大らかで自信に満ちた笑みを向けてみせた。
「言っただろう? 僕の交渉術にかかれば、不可能はないってね。さあ、急ごう。歴史の舞台の仕込みは、これで完璧だ」
現代の記憶と、流浪の中で培った「最適化」の知恵。それらを駆使し、僕は今、戦国という途方もない乱世の盤面を、自分の手で自由に書き換えている。
胸の奥で、日輪の光が静かに、だが確かな熱を持って疼いていた。
(僕は、まだ生きている)
血と泥にまみれた奴隷の日々は終わった。ここからは、僕自身がプロデューサーとなり、織田信長という強烈な太陽を天下の頂点へと押し上げるための、最も無駄のない、狂気のショータイムが始まるのだ。
西の空に沈みゆく夕日を背に受けながら、僕は尾張へと続く街道を、静かに、そして力強く駆け抜けていった。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
藤吉郎六角承禎を説く
近江の國主六角義秀といふは、その先宇多天皇の末孫にて、佐々木源三秀義が男、太郎左衛門定綱より、代々 江州の主として観音寺の城に居す。弘治三年、義秀幼稚によりて、叔父右京太夫義賢後見として國政を執り行ふ。後入道して抜関斎承禎と號す。ときに永禄三年、木下藤吉郎を召し出し、使節の趣意を尋ねけるに、藤吉謹んで信長卿の趣意を演べ、織田家扶助の加勢を賜ひ、今川と雌雄存亡を究めたき由、詞を盡くして告げけれども、承禎許容の色なかりければ、藤吉重ねて、「今度江州より織田を救ひの軍勢を出し給ふは、強ち織田一家の利のみにあらず、諺に云へる唇破れて歯寒し。信長、今川のために滅亡せば、義元破竹の勢にて當國へ亂入すべし。しかる時は當家の損亡また知るべからず。今信長へ援兵を賜ひ、織田の軍を助け給はば、信長死力を盡くし防戦し、たとへ國破れ家亡ぶるとも、今川の勢大半は砕くに足るべし。自然信長勝利を得ば、江州の保ちこと泰山のごとし。ここを以て織田、佐々木親しく交はりをなさせずといへども、唇歯の國なれば相互に助け保ちて、兩國おのづから安堵なるべし。願はくはこの利害を察し給へ」と云ふ。國主義秀は若年多病に國政に預からずといへども、すこぶる寛仁にして大度あり、藤吉がところごとく理に中り、その上君命を恥づかしめざる才智を感じ、援兵を出し信長を救ひたき所存なれども、入道承禎愚にしてさらに承引せず。藤吉その意を察したあきらめ申し付けるは、「援兵のこと許容これなくば、具足、旗差物、弓鐵砲の軍器二千ばかり拝借の儀仰せ付けられ下されたし。某荷も信長の命を受け、遙々(はるばる)當家へ使をなし、許容なしとてこのまま帰國致さんこと、甚だ面目を失なふところなり。右拝借の具足を取り持たせ、道々の野武士を語り、具足を著せ旗をなびかせ、江州の援兵なりと偽り、味方の勢を励ますとき、今度の合戦、今川を討破らんこと信長が方寸にこれあり。あはれこの兩條許し給はれ」と願ひければ、さすがの承禎も尤もとや思ひけん、「具足のことは望みの通り與へ遣はすべし」と云ひけるにぞ、藤吉甚だ悦び、恩を謝して退きける。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
作者の武内確斎 は、かなりの漢籍好きで、三国志演義、十八史略、史記などの影響を受けています。確かに今話も、なんか既視感がw




