表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/158

1-36 悪政の代償、そして司法取引

挿絵(By みてみん)


 『太閤記たいこうき』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。

 『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本よみほん。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia

 天が人に大きな使命タスクを与えようとするとき、必ず逃れられない苦難ストレステストを与えるという。


 犬山領で暴動リボルトの引き金を引いてしまった又右衛門の甥、浅野弥左衛門は、まさにその極限の苦難テストの真っ只中にいた。数千人の怒れる農民に包囲され、彼らを斬り伏せながら血だらけになって清洲の城下まで逃げてきた弥左衛門。


 偶然のように、僕は町の見回りの途中で彼と出くわした。


「……弥左衛門殿! その血はどうしたのです!」


「と、藤吉郎殿……! 犬山で百姓どもが暴動を……! 俺は逃げてきたが、奴らがすぐそこまで追ってきている……!」


 息も絶え絶えに説明する彼の背後には、鍬や鎌を手にした百人以上の農民たちが、殺気立って清洲の城下へとなだれ込んできていた。このままでは彼が殺されるだけでなく、清洲城下までパニックに陥る。


 僕は瞬時に判断リスクヘッジし、弥左衛門を清洲城内へと引き入れた。城の堀際まで押し寄せた農民たちに対し、僕は城壁の上から大声で言い放った。


「――静まれ! これ以上騒げば、信長様への反逆テロとみなす! 事情はすべて聞き届けるから、庄屋と年寄たち四、五人を代表として城内へ入れ! 残りは直ちに引き上げろ!!」


 僕の威圧的な交渉ネゴシエーションに、百姓たちは渋々ながらも代表者を選出し、残りは引き上げていった。


 一方、犬山城では、国主である織田信清おだのぶきよがこの暴動に肝を潰し、悪政の元凶である小川求馬おがわもとめに事態の収拾を命じていた。求馬は己の不正(コンプライアンス違反)がバレるのを恐れ、「すべては弥左衛門という雇われ手代の責任だ」と責任転嫁スケープゴートを企んでいた。


 だが、僕の情報網ネットワーク政治力ポリティクスは、すでに求馬の逃げ道を完全に塞いでいた。僕は信長名義の特使を犬山へ派遣し、求馬とその配下の手代二人を、強引に清洲城への「出頭」を命じた。


 清洲城の広間。僕は、震え上がる小川求馬と手代たち、そして犬山領の百姓の代表者たちを対決ヒアリングさせた。村方の勘定帳簿という物理的証拠エビデンスを突きつけ、資金の使途不明金(横領)を一つひとつ冷徹に解明していく。求馬の顔からみるみる血の気が引いていく。


「……決定だ。小川求馬、および手代二名。領民を不当に搾取し、私腹を肥やした罪により『死罪』とする」


 僕が言い渡すと、求馬たちは床に泣き崩れた。しかし、処罰はそれだけではない。僕は百姓の代表者たちに向き直り、今度は氷のように冷たい声で告げた。


「だが、お前たち百姓が徒党を組み、武器を持って一揆ライオットを起こしたことも、決して許されることではない。国法ルールを乱した罪は重い」


 百姓たちはハッとして青ざめた。悪代官が成敗されて終わりではない。戦国の世においても、私刑リンチは建前上は罪なのだ。


「……一揆の責任を取り、村から『三名の死罪』を出せ」


 僕の宣告に、百姓たちは絶望の表情を浮かべた。誰を犠牲サクリファイスにしろと言うのか。だが、僕は彼らの耳元で、あえて「聞こえるように」囁いた。


「いいか。誰なりとも三人だ。……ただし、弥左衛門に斬られて『すでに重傷となっている者』でも、国法は成り立つぞ」


 その瞬間、百姓たちの顔にパッと光が差した。すでに死にかけている者を差し出せば、これ以上の犠牲を出さずに暴動の罪を帳消しにできる。現代の司法取引にも通じる、極めて高度でえげつない「着地点ソルーション」だった。


「あ、ありがてえ……! 藤吉郎様のお計らい、一生忘れませぬ!」


 百姓たちは涙を流して僕に三拝し、急いで村へ戻ると、指示通りに「すでに虫の息の重傷者三人」を清洲へ差し出してきた。


 僕は彼らを法に則り形だけの処刑をおこない、こうして数万人が巻き込まれるはずだった大暴動を、最小限の出血で完璧に鎮圧デバッグした。そして、弥左衛門の処遇だ。


「浅野弥左衛門は、雇われの身であったとはいえ、騒動の引き金を引いた責任がある。……犬山領から『追放』とする」


 これは罰ではない。彼を犬山のしがらみから解放し、僕の直属の部下として引き抜くための大義名分カムフラージュだ。僕の意図を理解した弥左衛門は、絶体絶命の状況を脱したことを深く感謝し、これ以降、僕に対して絶対的な忠誠ロイヤルティを誓うことになった。


 ――後に豊臣政権の五奉行の筆頭として天下の政務を取り仕切る、「浅野弾正少弼長政あさのだんじょうしょうひつながまさ」という男が、僕の手駒アセットに加わった瞬間である。


 この「犬山騒動の鎮圧と裁定」を、信長は清洲から犬山城の織田信清へ、公式な書状レポートとして送りつけた。


『お前の管理不足で起きた騒動を、うちの藤吉郎が完璧に処理してやったぞ』


 そんな嫌味たっぷりのメッセージだ。信清は面目を丸潰れにされ、これ以降、信長に対して強いコンプレックスと反発心を抱くようになり、やがて反逆クーデターを起こすことになる。もちろん、その一戦はまた信長によって一瞬で叩き潰され、信清は甲州の武田信玄を頼って逃亡することになる。


(すべては、予測の範囲内)


 広間から退出した僕は、夏の気配を含み始めた風を感じながら、静かに空を見上げた。犬山の一件で、僕は「軍事フロント」だけでなく「司法と内政バックオフィス」においても、他の重臣たちを遥かに凌駕する問題解決能力ポテンシャルを証明してしまった。


 僕に対する彼らの嫉妬ヘイトは、もはや隠しきれないレベルにまで膨れ上がっているはずだ。だが、構わない。


 これからやって来るあの駿河の巨大な魔物――今川義元との決戦(桶狭間)において、僕の存在バグは、この織田家にとって絶対に必要なものとなる。


「……さあ。いよいよ本番の幕開けだ」


 僕の胸の奥で、日輪がかつてないほど巨大な熱量を持って燃え上がり、この戦国という時代全体を焼き尽くすための準備を完了させていた。




【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】




藤吉郎智計とうきちらうちけい一揆いつきしづ


ひとまさおこらんとするときは、たしてげがたき愁苦しうく患難くわんなんあり。これてんそのひとをして大任たいにんめいずるところなり。淺野彌左衛門あさのやざゑもんおもまうけざる騷動さうどうにて、多勢たぜいを切りけ、血刀ちがたなひさげてはしりけるが、清洲きよす城下じやうかにてはしなく木下藤吉きのしたとうきちひたり。藤吉とうきちはなはおどろき、その所謂ゆゑんたづぬるに、彌左衛門やざゑもんいきつぎへず、しかじかのことと物語ものがたるに、はや一揆いつき百姓ひやくしやうどもげすまじとる。藤吉とうきち、かくては彌左衛門やざゑもんあやふかるべしと、ともなひて清洲きよす城中じやうちうれたり。一揆いつき百餘人ひやくよにん堀際ほりぎはまで押寄おしよせ、はせ、また三十人さんじふにんもつて臨時の用事やうじたつしければ、半日はんにちの間に石垣全いしがきまつた成就じやうじゆし、さて犬山領いぬやまりやうには、近村近鄕きんそんきんがう百姓ひやくしやう三萬餘人さんまんよにん馳集はせあつまり、たけぎてやりとなし、領主りやうしゆしろ押寄おしよせんと、その評議ひやうぎ最中さいちうなり。織田信清おだのぶきよこの騷動さうどうき、おほおどろきかついかり、小川求馬をがわもとめして、はや退治たいじすべきよしめいぜらる。求馬もとめおの舊悪きうあくおそれ、淺野彌左衛門あさのやざゑもん讒怨ざんえんより事起ことおこれば、かれたづつみおこなひ、百姓ひやくしやうなだむべしと、れい利口りこうもつことのがれんとす。このとき信長卿のぶながきやうより使者ししや到來たうらいし、求馬もとめおよ二人ににん手代てだいされれば、求馬もとめいましがたく、半死半生はんしはんしよう手代てだいれ、清洲きよすへこそおもむきける。藤吉郎とうきちらうまた一揆いつきなか使者ししやて、庄屋しやうや年寄としよりそのほかかちたるもの四五人しごにんし、村方むらかた勘定帳かんじやうちやう面等めんとう取寄とりよ吟味ぎんみうえ、「求馬もとめ百姓ひやくしやう對決たいけつおよぶところ、ごとく求馬もとめおよ手代てだいどもが私慾しよくきわまり、三人さんにんともに死罪しざいけつし、今一人いまいちにん役人やくにん淺野彌左衛門あさのやざゑもんは、やとはれものなれば、つみ一統いつとうおこなひがたし。このもの犬山領いぬやまりやう追放つゐほうすべし。百姓ひやくしやうども徒黨ととうくわだ一揆いつきおこすこと、大禁たいきんおかとがかるきにあらず。一揆いつきうちより三人さんにんけいおこなひ、國法こくはふただすべきあひだなんぢらこのむねうけたまはり、いそたれなりとも三人さんにん罷出まかりいづべし。遲滯ちたいおよばば役人やくにんもつ召捕めしとり、求馬もとめもろとも刑罪けいざいおこなふべし。ただし手負ておひたるものにても國法こくはふつべし」とてててば、百姓ひやくしやうどもは藤吉とうきちはかりごとおほよろこび、ありがたしと三拜さんばいし、いそ犬山いぬやまかへり、淺野彌左衛門あさのやざゑもんられたる必死ひつし手負てお三人さんにん清洲きよす差出さしだし、ほうのごとくおこなひて、事故ことゆえなくしづまりける。淺野彌左衛門あさのやざゑもん木下きのした仁智じんちにより、必死ひつしなんれ、これより藤吉郎とうきちらう隨身ずいしんし、忠義ちうぎこころざしふかく、度々(たびたび)軍功ぐんこうあらはし、後淺野彈正少弼長政のちあさのだんじやうせうひつながまさがうせるは、この彌左衛門やざゑもんがことなりけり。みぎ決斷けつだん嚴重げんぢう犬山いぬやままうおくりければ、信清のぶきよはなは面目めんぼくうしなひ、これよりなにとなく信長卿のぶながきやう不和ふわにして、つひ反逆はんぎやくくわだてありて、合戰かつせんおよびけるが、ただ一戦いつせん打負うちまけ、のがれて甲州かふしういたり、武田信玄たけだしんげんたのみ、しばらくここにとどまりけり。

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜舞台背景〜

 太閤記はおよそ300年前の小説ですが、トラブル、ざまぁ、トラブル、ざまぁ、⋯という筋書きが、現代のなろうの世界感なのが、なんか興味深いです。実は「なろう」こそが日本文学の王道なのではw

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ