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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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1-32 桶狭間前夜、織田家滅亡会議

挿絵(By みてみん)


 『太閤記たいこうき』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。

 『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本よみほん。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia

 永禄三年(1560年)、初夏。ついに、僕が歴史の知識として知っていた「その時」が、現実の強烈な足音を伴って尾張へ迫ってきた。


「駿河の今川義元、相模の北条・甲斐の武田と同盟を結び、数十万の大軍を率いて上洛の途につく!」


 その報せが清洲城に届いた瞬間、城内はまるで死を宣告されたかのような、凍りつくような絶望に包まれた。「海道一の弓取り」と恐れられる今川義元。駿河、遠江、三河の三国を豊かに治める大大名が、ついにその牙を剥き、西へ向かって進軍を開始した。


 対する織田方の兵力は、すべてかき集めても数千に過ぎない。文字通り、大人と子供、いや、象と蟻ほどの圧倒的な戦力差リソースギャップである。信長は直ちに諸将を広間に集め、緊急の軍事評定カンファレンスを開いた。


 だが、集まった重臣たちの顔色は一様に青ざめ、誰もが下を向いていた。重い沈黙を破り、最初に進み出たのは佐久間信盛だった。


「……殿。申し上げます。義元の大軍に対し、味方の小勢で正面から戦うのは、卵で岩に当たるようなもの。玉砕したところで何の意味もございません。ここは……一旦、今川に降伏サレンダーし、彼らの傘下に入って時機を待つのが、織田家を長久に保つための唯一の計略かと存じます」


 信盛の言葉に、林秀貞や柴田勝家といった筆頭家老エグゼクティブたちも、一斉に深く頭を下げた。


「佐久間殿の申される通り! ここは耐え忍び、降参の使者を立てるべきです!」


「殿、どうかご決断を!」


 重臣たちは全員「降伏」で意思統一コンセンサスを図っていた。彼らの立場からすれば、それが組織を存続させるための最も合理的な判断だったのだろう。


 だが、信長は腕を組んだまま、ギリリと奥歯を噛み締め、一言も発しようとしなかった。降伏すれば、織田家は今川の属国となり、二度と天下を望むことはできなくなる。それは、この魔王のプライドが絶対に許さない選択肢だ。


「……藤吉郎。お前はどう思う」


 信長が、末席に控えていた僕に話を振った。


 家臣たちの一斉の視線が、僕に突き刺さる。ここで「抗戦」を主張すれば、重臣全員を敵に回すことになる。だが、「降伏」に賛同すれば、信長からの僕の評価バリューは消えるだろう。


 僕は静かに平伏し、頭の中で猛烈な速度でシミュレーションを回しながら、一つの「折衷案フェイク」を提示することにした。


「……僕は前々から駿河へ間者スパイを放ち、今川の動向データを収集しておりました。その報告によれば、義元の上洛は急なものではなく、まだ時間的猶予バッファがあるようです」


 僕は顔を上げ、諸将を見渡した。


「皆さまの『降伏』という案に、僕も基本的には賛同いたします」


 その言葉に、勝家たちはホッとしたような顔をした。だが、僕の提案はそこから先が本番だった。


「しかし、ただ平伏して降るだけでは、今川にいいように使い潰されるだけです。そこで、一つ謀略ハッキングを仕掛けます。……今川に『偽りの降伏』を申し入れ、『織田が美濃の斎藤龍興さいとうたつおきを討伐し、美濃一国を義元様へ献上しますので、どうか援軍を出してください』と乞うのです」


 広間が、ざわっ、と揺れた。


「今川の加勢を引き出し、織田・今川の連合軍として美濃へ攻め込み、斎藤を滅ぼす。そして……美濃と尾張の豊かなリソースを完全に掌握した上で、背後から今川の軍勢を叩き潰せば、いかに義元といえども、我が軍の敵ではございません!」


 敵の力を利用して別の敵を倒し、最後にその敵を喰う。まさに未来のM&A(企業買収)における毒饅頭ポイズンピルのような、えげつない戦略である。


 信長は、フッと鼻の奥で笑い声を漏らした。この悪魔のような策略が、信長の嗜好に合わないはずがなかった。だが、その時。末席から、かつて槍の長短の勝負で僕に敗れ、メンツを潰された上島主水が、顔を真っ赤にして進み出てきた。


「……木下殿!貴殿の申すことは、一見理にかなっているようで、絵に描いた餅だ!」

 

 上島は、僕を指差して激しく吠え立てた。


「今川義元は大国を治め、その家中には智謀の士が数え切れぬほどいる。貴様のような猿知恵の『偽装降伏』など、瞬時に見破られて首を撥ねられるのが関の山だ! 狼が、羊の甘言に耳を貸すわけがなかろうが!」


 さらに、上島は美濃の斎藤家の戦力分析スペックを並べ立てた。


「それに、美濃の斎藤もまた大敵だ! 日根野備中守ひねのびっちゅうのかみ、永井、小牧といった猛将に加え、西美濃には稲葉・安藤といった強大な国人衆が控えている。さらに、軍師にはあの『竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはる』という底知れぬ天才がいるのだぞ! 貴殿の言うように、容易に美濃を攻め落とせるはずがない!」


 上島は信長に向かって深く平伏した。


「信長様!今はまさに、当家存亡のときにございます。木下殿のような素人の妄言に耳を貸さず、旧臣たちの諫めに従い、ここは素直に今川へ降参の使者を立てるべきです!」


 上島の真っ当すぎる反論に、再び広間の空気は「降伏」へと完全に傾いた。竹中半兵衛。その名が出た瞬間、僕もわずかに息を呑んだ。近い将来、僕の「最高の頭脳パートナー」となる男だが、今の時点では最大の障壁ブロックとして立ちはだかっている。


 信長は、僕の「偽装降伏案」と、重臣たちの「完全降伏案」の間で、いまだ心を決しきれない様子だった。


「……今日の軍評定は、これまでとする。最終的な決断は、後日改めて下す」


 信長は重い声でそう告げると、結論を出さないまま、さっさと席を立って奥の院へと引き上げてしまった。残された武将たちは、暗い顔でヒソヒソと「やはり降伏するしかない」「殿もいよいよ観念されたか」と語り合いながら、次々と広間から退出していく。


 だが。僕はその場に一人残り、誰もいなくなった上座の空席を見つめながら、静かに、そして冷酷な笑みを浮かべていた。


(……見事な演技フェイクだ、信長。)


 僕は知っている。信長は、初めから降伏などする気は微塵もない。そして、僕が提案したような「偽装降伏で時間を稼ぐ」ような小細工すら、信長の選択肢オプションには入っていない。


 信長が今日、結論を先送りにして「迷っているフリ」をしたのは、城内に必ず潜んでいるであろう今川方の間者スパイに向けて、『織田家は降伏論でまとまりつつある』という偽の情報を流すための、高度な情報操作ディスインフォメーションに他ならない。


「今川義元の本陣を、一撃で物理的に破壊する……」


 僕の脳内にある未来の歴史。あの雷雨の中で起きる奇襲攻撃、狂気じみた電撃戦の情景が、鮮明に浮かび上がってくる。


 今川義元。数万の大軍。この戦国という時代における規格外リソースを、どうやって処理デバッグするのか。信長という天才と、僕という未来からの転生者が、初めて同じ盤面ボードで最高の成果パフォーマンスを発揮する時が近づいている。


「……さあ、最高の舞台ステージを整えようじゃないか」


 僕は誰もいない広間で深く一礼し、歴史の特異点――「桶狭間」へのカウントダウンが始まった清洲城の冷たい廊下へと、静かに歩みを進めていった。




【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】




信長軍評定のぶながぐんひやうぢやう


このとき駿州今川義元すんしういまがわよしもと北條ほうじやう武田たけだかたらひ、数十萬すじふまん大軍たいぐんそつ上洛じやうらくするよしこければ、信長諸臣のぶながしよしんあつ評定ひやうぢやうせられるに、佐久間信盛さくまのぶもりすすまうしけるは、「義元大軍よしもとたいぐんもつのぼるに、味方小勢みかたこぜいにてたたかはんこと、鷄卵けいらんもつ大石たいせきたるがごとし。一日今川いつたんいまがはかうひ、とき見合みあわせ大業たいぎやうおこたまはんこそ長久ちやうきうはかりごとならん」と言上ごんじやうす。はやし柴田しばた舊臣きうしん、「このもっとしかるべし」と一同いちどう降参かうさんすすめけれど、信長のぶながいまだ心決こころけつせず、藤吉郎とうきちらうしてたまひ、藤吉謹とうきちつつつんでこたへけるは、「それがしこのごろ駿州すんしう間者かんじやれ、今川いまがは虚實きよじつうかひ聞きしに、いそ上洛じやうらくするにもあらず。それがしひとつの謀計ばうけいあり。諸臣しよらしんすすめにしたがひ、今川いまがはいつつて降参かうさんし、美濃みの齋藤龍興さいとうたつおきせいし、そのくにもつ義元よしもとけんずべきむねげて、今川いまがは加勢かせいけ、尾州びしう駿州すんしう兩旗りやうはたをなびかし、齋藤さいとうほろぼし、美濃みの尾張をはり兩勢りやうぜい今川いまがはふせたまはば、義元よしもとといへどもおそるるにらず」。ときに末座まつざより上島主水うえじまもんどすすて、「藤吉郎とうきちらうまうでうにあらず。今川義元大國いまがはよしもとたいこくまたがつて智謀ちぼう土國どくに滿てり。いつつて降参かうさん加勢かせいふとも、なにおおかみにそのしたがはんや。齋藤さいとうまた大敵たいてきなり。臣下しんかには日根野備中守ひねのびつちうのかみ齋藤四郎左衛門さいとうしらうざゑもん永井ながい小牧こまきともがら西美濃にしみの稻葉伊豫守いなばいよのかみ安藤伊賀守あんどういがのかみ謀士ばうしには竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはるなど、こゆる士數さむらひかずらず。足下そくかことばのごとく、容易ようい美濃みのやぶらん。まこと當家たうけ存亡そんぼうときなり。きみよろしく舊臣きうしんいさめにしたがひ、今川いまがは降参かうさんしかるべし」と言上ごんじやうす。信長卿のぶながきやう心迷こころまよひてさらにけつせず、「藤吉郎とうきちらうことばのまませきたせたまへば、軍評定ぐんひやうぢやうは重ねてけつすべし」とて、そのまませきたせたまへば、皆々退出みなみなたいしゆつしたりける。

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜舞台背景〜

 大河ドラマ「豊臣兄弟!」、放送時間の制約があるからか、太閤記の原書ストーリー9割以上端折ってますね。原典読まないと面白さ分かんないと思うので、ぜひ鑑賞のお供に本作品をw


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