1-30 三日後のファランクス
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
尾張国、清洲城。後に天下人として日ノ本にその名を轟かせる魔王、織田三郎信長の居城である。
下働きとして潜り込み、持ち前の「最適化」の視点で少しずつ足場を固め始めていた僕の前に、ある日、一つの厄介な、しかし絶好のプレゼンテーションの機会が転がり込んできた。事の発端は、主君である信長がふと漏らした疑問だった。
「槍の柄は長い方に利があるか、短い方に利があるか」
槍術に自信を持つ武将・上島主水が「取り回しの利く短い槍こそ至高」と主張したのに対し、僕は「集団戦においては、圧倒的に長い方が有利である」と、密集陣形の理論を持ち出して真っ向から反論した。
売り言葉に買い言葉である。激怒した上島と僕の間で、信長を巻き込んだ一つの「軍事演習」が行われることになった。僕と上島がそれぞれ50人の足軽を預かり、3日間の調練を実施する。そして4日目に馬場前で模擬戦を行い、長短どちらのシステムが優れているか、実戦形式で白黒をつけるというのだ。
――そして、調練の初日。
「やぁーッ! とぉーッ!!」
僕が割り当てられた陣地の一室から外を眺めると、遠くの広場から威勢の良い怒号が響いてきた。上島主水が預かった50人の足軽たちだ。主水は自らの武術のプライドを懸け、足軽たちに短い槍を持たせて、一対一の組手や、槍を払って敵の懐に飛び込むといった高度な「個人の技量」を、汗水垂らして必死に叩き込んでいた。
(……阿呆らしい。現代のスポーツ科学で言えば、試合直前のオーバートレーニングだ)
僕は窓を閉め、冷たく鼻で笑った。素人の寄せ集めである足軽たちに、たった3日で達人の技など身につくはずがない。無駄に体力を消耗させ、疲労を蓄積させるだけだ。本番当日に筋肉痛で動けなくなっては、元も子もない。
「さて。それじゃあ、僕たちの『調練』を始めようか」
僕は振り返り、部屋の中に集められた僕の配下――50人の足軽たちを見渡した。彼らは皆、不安と緊張でガチガチに強張っていた。無理もない。日頃は泥まみれで土を耕しているだけの農民たちだ。十分な食事も与えられず、頬はこけ、あばら骨が浮き出ている者もいる。常に疲労と飢えを抱えた、この戦国という理不尽な時代の最底辺の歯車。
「皆の者、よく集まってくれた。さっそくだが……これを開けてくれ」
僕が合図をすると、控えていた家人が、部屋の奥の襖をカラリと開け放った。その瞬間、部屋の空気が一変した。
ふわぁ……と、味噌と出汁の芳醇な香り、そして炊き立ての白米の甘い匂いが、室内に爆発的に広がったのだ。
「な、なんだこれは……!?」
足軽たちの目が、限界まで見開かれた。襖の向こうに用意されていたのは、木刀でも長い槍でもない。山のように盛られた純白の白飯、脂の乗った焼き魚、具沢山の汁物、山菜の煮物。そして、なみなみと注がれた煌めく酒の樽。それはまさに、山海の珍味を尽くした、一国の国主か郡主を饗応すような、常軌を逸した豪華な膳だった。
「さあ、遠慮はいらない。まずはたっぷりと酒を飲み、飯を食ってくれ」
僕が自ら銚子を手に取り、先頭の足軽の杯に酒を注ぐと、彼らは弾かれたように膳へ群がった。
理屈などない。飢えた胃袋が、極上のカロリーを目の前にして理性を吹き飛ばした。
「う、うめえっ! こんな白飯、盆と正月でも食えねえぞ!」
「酒だ! 本物の酒だァ!」
彼らは無我夢中で飯を掻き込み、酒を呷った。僕が用意したのは、未来の栄養学に基づく「炭水化物の蓄積」だ。飢餓状態の肉体に良質な糖質とタンパク質を極限まで詰め込み、本番の4日目に最高のパフォーマンスを発揮できるようにするための、科学的なアプローチである。腹が満たされ、酒が回ってくると、彼らの緊張は完全に解け、顔に赤みが差してきた。
「いやあ、木下様! あんたは本当に気前のいいお方だ!」
「上島様の陣では、今頃泥まみれでしごかれてますぜ。俺たち、あんたの下で本当に運が良かった!」
口々に僕を褒めそやし、軽薄な追従を並べ立てる足軽たち。僕はそれを「寛仁大度」の笑みを浮かべて受け流しながら、次々と酒を勧めていった。彼らがどれほど見え透いたお世辞を言おうと構わない。胃袋を掴むことは、心を掴むための最短ルートだ。やがて、全員が腹を抱えて立ち上がれないほど満腹になった頃合いを見計らい、僕はパンッと手を叩いた。
「よし、皆よく食べてくれた。今日のところは、これにて解散だ」
「へ?」
「それぞれ自分の宿所へ帰り、ゆっくりと布団で寝て休息をとってくれ。明日もまた、同じ時間にここへ集まるように」
僕がそう言って座を立とうとすると、足軽の一人が慌てて僕の袖を掴んだ。
「お、お待ちくだされ木下様! 俺たちは今日、槍術の調練をするために集められたはず。それなのに、飯だけ食って帰るわけにはいきませぬ! どうか、御指南をお願いいたします!」
他の者たちも「そうだそうだ」と頷いている。彼らなりに、飯をもらった分の仕事はこなさなければならないという、真面目な労働観があるのだろう。だが、僕は振り返り、ニヤリと笑って言い放った。
「今日は稽古には及ばない。たっぷり酒食を詰め込んだんだ、動けば吐くぞ。いいから、早々に帰って休め」
それだけ言い捨てて、僕はさっさと部屋の奥へと引っ込んでしまった。残された50人の足軽たちは顔を見合わせ、どうすることもできず、首を傾げながらぞろぞろと家路につくしかなかった。
「……おい。あの木下藤吉郎って御仁、一体何を考えているんだ?」
清洲の町へ続く帰り道。夕日に照らされ、ほろ酔い気分で歩く足軽たちは、口々に先ほどの不可解な「調練」について語り合っていた。
「上島様は、当家でも名の知られた槍の達人だ。対して藤吉郎様は、槍を握ったことすらなさそうな素人。……この勝負、どう転んでも木下様に勝ち目はねえよな」
「ああ。いくら長い槍を持たせても、使い方が分からなきゃただの物干し竿だ。俺たちド素人が50人集まったところで、上島様の鍛え抜かれた部隊に勝てるはずがねえ」
足軽たちの分析は、ある意味で極めて現実的で、正しいものだった。
「……なるほどな。分かったぜ」
年嵩の足軽が、ぽんと手を打った。
「あの酒と飯は、『口塞げ』だ。三日後にボロ負けすることが分かっているから、俺たちが文句を言わないように、あらかじめ美味いものを食わせて機嫌を取っておこうっていう魂胆だろうよ」
「なんだ、そういうことか! 負け戦の腹いせを俺たちに向けられないための、事前の根回しってわけだな」
足軽たちは、妙に納得したように頷き合った。戦国時代において、足軽たちのような最下層の兵士たちは、常に「上の都合」で使い捨てられる存在だ。彼らにとって、誰が勝とうが負けようが、自分たちの力で歴史が動くなどとは微塵も思っていない。
「まあ、何にせよ悪くない話だ。勝つも負けるも俺たちの力じゃなく、上島様と木下様、大将の器量に懸かってる問題だ」
「違いない! どうせ負けるにしても、血反吐を吐くまでしごかれるより、こうしてタダで腹いっぱい酒を飲ませてもらえる方が、よっぽど良いってもんだぜ!」
「ガハハハハ!」
足軽たちは下世話な笑い声を上げながら、赤い夕焼けの彼方へと消えていった。その背中を、僕は屋敷の二階の物見窓から、静かに見下ろしていた。
「……分かってないな」
ぽつりと、現代の冷たさを帯びた声が漏れる。足軽たちは何も分かっていない。僕が彼らに求めているのは、槍の技量でもなければ、個人の武勇でもない。長い槍を用いた密集陣形において、最も重要なのは「統一された行動」だ。恐怖で足並みが乱れれば、そこから壁は崩壊する。
だからこそ、僕は彼らに極上の「福利厚生」を与えているのだ。3日間、徹底して甘やかし、栄養を与え、絶対的な安心感と「この人に報いたい」という無意識の恩義を刷り込む。
そして4日目の本番。体力と気力が限界まで充填された彼らの手に、三間の長槍を握らせ、「ただ一歩前に出て、真っ直ぐに振り下ろせ」という極めて単純な指示だけを与える。
恐怖も疲労もない、完全に制御された50の歯車。それが生み出す物理的な質量兵器の恐ろしさを、武術という名の個人技に酔いしれる連中に、思い知らせてやる。
「3日後を楽しみにしていろよ、上島」
胸の奥で、僕の「日輪」が青白い光を放ちながら静かに鼓動していた。
血生臭い武力の時代を、現代の論理と最適化のメスで切り裂く。僕の仕掛ける、最も合理的で痛快なゲームの幕が、今まさに上がろうとしていた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
上島木下槍法調練
さて木下方には、同じ五十分の足輕ども、槍の稽古とて集まりしを、一間に請じ、藤吉自ら酒肴携へ出で、士卒らに與へ、「まづまづ酒飯にても呑み食ひ、快く酔を催し歸るべし」とて、家人らに命じさまざま馳走をなし、山海の珍味を盡し、膳部の結構、國主郡主を饗應すに等し、かの下郎ども大に欣び、追笑輕薄を云ひならべ、引受け引受け飲食し、やがて食事も終りければ、藤吉足輕らに向ひ、「さて今日は銘々 宿所へ歸り休息いたし、明日また來るべし」とて、座を立つて入らんとす。足輕ら暫し押とどめ、「下郎ども今日参上致したるは、槍術調練のために候へば、御指南下され候かし」と一同に申し出て見物すべし」とて、座を立ち給へば、藤吉、上島、そのほかの諸士もことごとく退出す。さて木下方には、同じ五十人の足輕ども、槍の稽古とて集まりしを、一間に請じ、藤吉自ら酒肴攜へ出で、士卒らに與へ、「まづまづ酒飯にても呑み食ひ、快く酔を催し歸るべし」とて、家人らに命じさまざま馳走をなし、山海の珍味を盡し、膳部の結構、國主郡主を饗應すに等し、かの下郎ども大に欣び、追笑輕薄を云ひならべ、引受け引受け飲食し、やがて食事も終りければ、藤吉足輕らに向ひ、「さて今日は銘々 宿所へ歸り休息いたし、明日また来るべし」とて、座を立つて入らんとす。足輕ら暫し押とどめ、「下郎ども今日参上致したるは、槍術調練のために候へば、御指南下され候かし」と一同に申し出て、槍術調練のために候へば、御指南下され候かし」と一同に申し出ければ、藤吉郎打笑ひ、「今日は稽古に及ばず。酒食だいにつかうたらしば、早々歸り休息致すべし」と云ひすてて入りければ、士卒もすべき力なく、相連れて歸りけり。その道すがらさらに語り合ひけるは、「上島殿は當家にて槍の御家、木下殿はいまだ槍術鍛鍊これなき故、この度の試合はとても上島殿には勝つまじき了簡なし。某も五十人の足輕を預かり、三日の間長き槍の口塞げに酒食の饗應しありしものと覺ゆるなり。何にもあれ、勝つも負けるも我々(われわれ)が力にあらず、木下、上島の身に掛かりたれば、まづ酒にても呑みたるぞ快し」とて、とりどり噂してぞ歸りける。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
――ふわぁ……と、味噌と出汁の芳醇な香り ――
⋯味噌⋯味噌⋯味噌⋯w




