1-28 風と火の計略、そして若き猛虎
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
柴田勝家から借り受けた五百の精鋭を率い、僕は岩倉城の南西に位置する小高い山――岩倉山へと静かに兵を進めていた。
木々の間を吹き抜ける風には、初冬の冷たさが混じり始めている。吐く息は白く、甲冑の冷えが容赦なく体温を奪っていく。だが、僕の背後を歩く五百の兵たちの間には、寒さを打ち消すほどの奇妙な熱気が充満していた。
無理もない。彼らは今、織田家の筆頭家老である柴田勝家の直属部隊でありながら、猿面をした素浪人上がりの若造――この中村藤吉郎の指揮下に置かれているのだ。不満や疑心暗鬼がないはずがない。
「……おい、本当にこんな山に登ってどうする気だ。城を攻めるなら平地から力押しするのが定石だろう」
「静かにしろ。柴田様の命令だ。だが、この小猿がヘマをしたら、ただじゃおかねえ」
背後から漏れ聞こえる私語を、僕はあえて無視した。彼らにはまだ見えていないのだ。これから僕がこの岩倉山を舞台にして引き起こす、物理法則を極限まで利用した「環境破壊兵器」の全貌が。
岩倉城は平城であり、防御の堅い塁と深い濠に囲まれている。兵糧攻めを行えば確実に落とせるが、それでは時間がかかりすぎる。時間は戦国時代における最大のリソースだ。だからこそ、僕は「一戦で落とす」と豪語した。
攻城戦において、城壁という強固なハードウェアを物理的に破壊するのは費用対効果が悪い。狙うべきは、城内に立て籠もる人間の心理――すなわちソフトウェア(精神)の完全な崩壊である。
「よし、ここだ」
山頂付近の、岩倉城を眼下に見下ろせる開けた場所に到達した僕は、部隊に足を止めさせた。
「全員、ただちに周囲の樹木を伐採し、柴を刈り集めろ。それをこの崖の縁に、山のように高く積み上げるんだ」
「は……? 柴を積む? 陣でも張るつもりか?」
「質問は受け付けない。これは作業だ。黙って手を動かせ!」
僕が強い口調で命じると、兵たちは渋々ながらも刃物を振るい始めた。数時間後。崖の縁には、見上げるほどの巨大な柴と木々の山が築かれていた。僕はその中に、あらかじめ手配しておいた「硫黄」と「焔硝」――すなわち、黒色火薬の原料となる可燃物を、均等になるように削り入れていく。
「……藤吉郎殿。こんなものを積んで、一体何をするおつもりで?」
部隊の副将格の男が、怪訝そうに尋ねてきた。
「簡単なことだよ」
僕は山の頂から、堅牢な岩倉城を見下ろした。
「あの城の中に、この火薬をぶち込む」
「はあ!?馬鹿な、ここから城までは距離がありすぎる!大筒でもない限り、火薬を飛ばすことなど……!」
「物理的な大筒は要らない。僕たちが使うのは、『風』と『熱』だ」
僕は現代の気象学と熱力学の理論を思い出しながら、空を見上げた。空の雲の動き、肌に感じる気圧の低下、そしてこの地形。僕の予測が正しければ、申の下刻(午後5時頃)に、強烈な西風がこの岩倉山から城へ向かって吹き下ろすはずだ。
大量の可燃物と火薬に火を放ち、そこに強烈な風が吹き込めばどうなるか。局地的な上昇気流が発生し、炎の竜巻――いわゆる「火災旋風」が引き起こされる。そのすさまじい風圧と熱の対流は、燃え盛る大木や熱せられた大石を巻き上げ、数百メートル離れた城内へと雨のように降らせるだろう。
「……待機だ。風が吹くのを待つ」
僕は兵たちを伏せさせ、静かにその時を待った。じりじりと太陽が西に傾き、山の稜線が赤く染まり始める。そして――申の下刻。
ゴォォォォォ……ッ!
山の木々が大きく揺れ、強烈な西風が僕たちの背後から吹き付けた。予測は完璧に的中した。僕は立ち上がり、松明を手に取った。
「今だ! 全軍、一斉に火を放て! そして、天地を揺るがすほどの鯨波の声を上げろォォッ!!」
僕の号令とともに、五百の兵たちが巨大な柴の山に火を投げ入れた。硫黄と焔硝が爆発的に発火し、西風に煽られた炎は、瞬く間に天を焦がすほどの巨大な火柱へと成長した。
「おおおおおおおッ!!」
五百の兵たちが上げる鬨の声が、炎の轟音と混ざり合い、地獄の底からの咆哮のように響き渡る。凄まじい上昇気流が発生した。ゴオオオオッという耳を劈く音とともに、燃え盛る木や、熱で弾け飛んだ石が、黒煙の渦に巻き上げられていく。そして、西風に乗ったそれらの「火の雨」は、放物線を描いて、眼下の岩倉城へと凄まじい勢いで降り注いだ。
「な、なんだあれは!?」
「山から火が降ってくるぞ!!」
城内から、絶望に満ちた悲鳴が湧き上がった。難攻不落の堅城も、上空からの無差別な質量攻撃には無力だ。屋根が燃え、人が燃え、黒煙が地を覆い尽くす。これはもはや戦ではない。圧倒的な「災害」の提示だ。
恐怖に駆られた岩倉勢は、たまらず城戸を開き、我先にと城外へ逃げ出し始めた。だが、そこには当然、柴田勝家や佐久間信盛が率いる織田の本隊が、殺気立って待ち構えていた。
「逃がすな! 一人残らず撫で斬りにせよ!!」
勝家の怒号とともに、織田軍が逃げ惑う岩倉勢に襲いかかる。指揮系統を完全に喪失した岩倉勢は、反撃すらできず、四角八面(東西南北)へと切り伏せられ、薙ぎ立てられていった。完全に一方的な蹂躙だった。
「……終わったな」
山の上からその凄惨な光景を見下ろしながら、僕は冷たく呟いた。僕の計略は、寸分の狂いもなく実行された。これで僕の出世の道は確実なものになる。
だが――その時だった。眼下の戦場で、僕の目を釘付けにする異常事態が発生した。
「……なんだ、あれは」
織田の大軍に完全に包囲され、絶望的な状況に陥っていた岩倉勢の一部隊。その中心で、一人の若者が、まるで物理法則を無視したかのような動きを見せていた。
身の丈はまだ一人前にも満たない、16歳ほどの少年。だが、彼の手には、彼の背丈ほどもある長大な「大太刀」が握られていた。
「父上! ご無事ですか!!」
少年は、大勢の織田兵に囲まれて絶体絶命の窮地に陥っていた一人の初老の武将(彼の父親だろう)を救うため、たった一人でその死地に飛び込んでいったのだ。
「ガァァァァッ!!」
少年の咆哮とともに、大太刀が真向から振り下ろされる。その一撃は、群がる織田の精鋭たちを鎧ごと叩き割り、あるいは真っ二つに切り裂いた。右に突き、左に払い、東西に駆け、南北を破る。
(……あり得ない。なんだあの身体能力は!)
現代の力学では到底説明のつかない、まさに「バグ」としか言いようのない戦闘力だった。彼は数百の敵兵の波を、たった一本の大太刀でこじ開け、一道の血路を切り拓いてしまった。そして、ついに父親の元へ辿り着くと、その体を庇いながら、再び敵中を突破して逃げ去っていった。
僕は山の上から、身を乗り出してその光景を凝視していた。心臓が早鐘のように鳴っている。恐怖ではない。途方もない才能を発見したことへの、極上の興奮だった。
「おい! 誰か、馬を出せ!」
僕は傍らにいた兵士から馬を奪い取ると、崖を駆け下りるようにして戦場へと向かった。逃げ去ろうとする少年の背中めがけて、僕は腹の底から大音声を張り上げた。
「――そこの軍中の勇士!見事な働き!名を名乗れ!!」
僕の声に、少年は血に染まった大太刀を肩に担いだまま、一度だけ振り返った。その瞳には、野生の虎のような凄まじい闘気が宿っていた。
「……岩倉家臣、堀尾忠右衛門が嫡男! 堀尾茂助吉晴!!」
名乗るや否や、少年は父親とともに土煙の向こうへと消えていった。堀尾茂助吉晴。その名前を、僕は脳内のデータベースに深く、深く刻み込んだ。
「見つけたぞ⋯Rユニット、いや…S級だ」
僕は一人、戦場の中でニヤリと唇を歪めた。
「いつか必ず、ヘッドハンティングしてやる」
後に、この堀尾茂助が豊臣秀吉の最古参の家臣となり、「仏の茂助」と称されて大名にまで登り詰めることになるのは、歴史の必然だった。
城兵が完全に散乱し、伊勢守の幼稚の子供さえ行方不明となるほどの壊滅的な被害を出して、岩倉城はたった一日で落城した。すべては、僕が柴田勝家に進言した計略の通りに推移したのだ。
翌日。見事に岩倉城へ入城を果たした信長は、本丸の広間で諸将の功を称える論功行賞を行っていた。その席に、柴田勝家が僕を誘って、共に御前へと進み出た。
「殿! この度の見事な落城、そのすべてはここに控える藤吉郎の計略によるものにございます!」
勝家は、僕を庇うようにして深く平伏した。
「どうか、以前の伊勢攻めでの暴言をお許しいただき、彼への御勘気を解いてやってくだされ!」
勝家の男気溢れる言上に、信長は上機嫌で大きく頷いた。
「……フッ。権六(勝家)がそこまで言うなら仕方あるまい。藤吉郎、これまでの罪は水に流し、以前のごとく出仕を許す!」
「はっ! ありがたき幸せに存じます!」
僕は勝家に合わせて、深々と頭を下げた。信長と僕の視線が、ほんの一瞬だけ交差する。
(小賢しい猿め、権六を上手く使いおったな)
(いえいえ、信長様の掌の上で踊らせていただいたまでです)
そんな暗黙の了解が、言葉を交わさずとも通じ合っていた。
「だが、何よりも!」
信長は声を張り上げ、勝家を見た。
「就中、勝家の働きぶりよ! 敵の猛将・七郎左衛門を討ち取ったその勇武、まさに抜群の高名である! よくやった!」
「は、ははぁーーッ!!」
勝家は感激のあまり、床に額をこすりつけてむせび泣いた。僕が描いた台本。僕は出世の足場を固め、勝家は最大の武功を上げ、信長は最小のコストで岩倉城を手に入れた。全員が利益を得る、完璧な「Win-Win」の構図だった。
広間から退出し、冷たい風の吹く城の廊下を歩きながら、僕は自分の小さな掌を見つめた。泥にまみれ、誰かに蔑まれてきた僕の人生。だが、未来の知識という「最適化の視点」を持てば、この戦国という理不尽なゲーム盤すらも、思いのままに操作することができる。
清洲、鳴海、そして岩倉。尾張国内の不確定要素は、ほぼすべて僕の手でデバッグし終えた。残るは――外からやって来る、あの巨大すぎる災厄だけだ。
駿河・遠江・三河の太守、今川治部大輔義元。数万の圧倒的な軍事力を動員して迫り来る、この時代の「ラスボス」。
「……受けて立とうじゃないか」
僕の胸の奥で、あの「日輪」がかつてないほど激しく脈打ち、熱い炎を上げている。
歴史最大の特異点へ向けて。僕――木下藤吉郎の戦いは、いよいよその本番を迎えようとしていた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
堀尾茂助功戰
岩倉の城の西南に當つて一つの高山あり、岩倉山と號す。藤吉郎五百人の土卒を引具し、この山へ登り、樹木を切り柴を積み、硫黄焰硝をそぎ入れ、時の至るを待ち居たる折節、申の下刻に西風烈しく吹き起れば、積み置きし樹木へ一同に火を懸け、鯨波をどつと上げければ、城中大に驚き、頭を上げて見てければ、火の光天を焦がし、黒煙地を覆ひ、大木大石火炎につれて城中へ吹き落としければ、何かは堪ふるべき。城戸を開いて一同に逃げ出づるを、待ち設けたる織田の軍勢、柴田、佐久間を始めとして、狼狽へ廻る岩倉勢を、ここに切り伏せかしこに薙ぎ立て、四角八面に追散らす。ここに堀尾茂助は生年十六歳、父忠右衛門大勢に圍まれたるを見て、大太刀を眞向にさしかざし、群がる織田勢を右に突き左に突き、或ひは切つて兩段とし、道を東西に馳せ南北に破り、一道の血路を開き、終に父忠右衛門を救ひ出し、道を奪つて退きける。藤吉郎高吉山の上よりこの血戰を見て大に驚き、土卒を以てその姓名を問ひしむ。土卒馬に鞭打ち、「軍中の勇士、姓名を留めよ」と大音に呼ばれば、「堀尾茂助吉晴」と答ふ。藤吉敷いて、「あつぱれ勇士、我が郎等になさばや」とつぶやきけるが、後果して臣下となり。さて城兵往來に散亂すれば、伊勢守が幼稚の兒も、その行方を知らず、これ則ち藤吉郎が信長卿へ申し上げし計略なり。信長やがて岩倉の城に入り給ひ、諸士の功を稱し給ふ。柴田、藤吉郎を誘ひ御前に罷り出、「この度の落城、ことごとく藤吉郎が計策にて候、御勘氣御免下されかし」と言上すれば、信長大に悦び給ひ、「藤吉郎は以前のごとく出仕を許すべし。就中勝家が働き、七郎左衛門を討ち取りし勇武、抜群の高名なり」と厚く稱し給ひけり。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
「大木大石、火炎につれて城中へ吹き落としければ……」という一節、現代科学で解釈すると熱気流で小石や小枝くらいは飛んだのかも。古典って堅いイメージですが、なろう顔負けの無茶と盛り盛り。昔の人、遠慮がないw




