1-26 激昂の追放劇 ―― 岩倉を喰らう秘計
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
「伊勢を攻める。皆の者、出陣の支度をせよ」
清洲城の大広間。上段の間に胡座をかいた織田信長の声が、冬の冷たい空気を切り裂くように響き渡った。
佐屋川での陣払いから帰還し、息をつく暇もない強行軍の宣言。並み居る歴戦の武将たちは一瞬ざわめいたが、誰一人として異を唱える者はいなかった。
伊勢国――現在の三重県にあたる地域は、織田家の勢いに恐れをなし、完全に萎縮しているという情報が入っていた。
「臆病神が醒めぬうちに、一気に叩き潰す」
それが、僕の主君である信長の判断だった。戦国という非情なゲームにおいて、敵の士気低下状態を突くのは基本中の基本だ。その判断自体は間違っていない。
だが、僕は未来の歴史知識を知っている。この状況下での伊勢攻めは、織田家というベンチャー企業を根底から崩壊させかねない致命的な「バグ」を含んでいることを。
「――お待ちください、信長様!」
僕は列の末座から這い出るようにして進み声をあげた。身分不相応な平伏。額を冷たい板張りにこすりつけながら、あえてよく通る声で叫んだ。
「今回の伊勢への出兵ですが、勝てる見込みはかなり低いと思います。今はそんな危険な遠征に手を出す時ではありません。尾張に留まって、まずは足元の基盤をしっかり固めるべきです!」
瞬間、大広間の空気が凍りついた。末端の雑兵上がりに過ぎない「木下藤吉郎」が、織田家当主の絶対的な決定に異を唱えたのだ。
「……猿」
信長の声は、地を這うように低かった。見上げなくても分かる。あの鋭い眼光が、僕を物理的に射抜こうとしているのが。
「貴様、佐屋川で少し手柄を立てたくらいで調子に乗り、方針に逆らったうえ、出陣前に縁起でもないことを口にするとは、自分の立場をわきまえろ!」
「のっ、信長様……! しかし、背後の憂いを絶たねば――」
「黙れッ!!」
信長の怒声が、広間にビリビリと反響した。
「俺が伊勢を平定してこの城に戻って来るまで、お前が城に出仕することは一切許さん! 今すぐ俺の前から消えろ!」
扇子を乱暴に叩きつけ、信長は怒りも露わに御座を立って奥へと消えていった。残された広間には、嘲笑と冷笑が満ちていた。
「やれやれ、これだから素性の知れぬ成り上がり者は困る」
「よい教訓になったであろう、猿。己の分際を弁え、以後は大人しく謹慎しておるのだな」
織田家の二大巨頭である柴田勝家と佐久間信盛が、鼻で笑いながら僕を見下ろして退出していく。他の武将たちも「出過ぎた真似をするからだ」と囁き合いながら、足早に広間を後にしていく。
僕は一人、冷たい床に額をこすりつけたまま、小さく肩を震わせていた。周囲からは、絶望に打ちひしがれて泣いているように見えただろう。
(……完璧だ)
床に隠した僕の唇は、微かに、けれどはっきりと、満足げな弧を描いていた。信長の激情も、重臣たちの嘲りも、すべては僕の予測通り。
これで僕は、公式な軍の編成から外れ、完全に自由行動可能な駒となった。歴史という巨大なシステムを書き換えるための、最初のプログラムが走った瞬間だった。
その日の深夜。城の奥深く、灯りもわずかな一室に、僕は音もなく呼び出されていた。
「……で、猿。昼間のアレは何だ。お前のことだ、単なる出過ぎた真似ではあるまい」
腕組みをした信長が、夜の闇に溶け込むような低い声で尋ねてきた。昼間の激昂は見る影もない。そこにあるのは、底知れぬ思慮深さを湛えた、冷徹な大将の顔だった。
信長という人間は、怒りすらも場をコントロールするための道具として使いこなす。だからこそ、僕の昼間の「発言」が持つ真意を、誰よりも正確に読み取っていたのだ。
「はい。仰せのとおりです。」
僕は居住まいを正し、プレゼンテーションを行うかのような冷静さで口を開いた。
「岩倉城です。城主の織田伊勢守が死去したとはいえ、老臣の織田七郎左衛門、同源左衛門、山内伊之助らは、伊勢守の幼稚な跡目を取り立て、表面上は我が織田本家への『恭順』の色を見せております。しかし――」
僕はそこで言葉を区切り、信長の目を真っ直ぐに見据えた。
「実態は、信長様の隙を突いて、この尾張を呑み込もうと企んでいます」
「……ほう」
「今、信長様が遠く伊勢へと向い、本拠地の防衛が手薄になればどうなるか。彼らは即座に岩倉から軍を起こし、この清洲の城を奪いにかかるでしょう。伊勢攻めは、彼らにとって絶好の引金となります」
信長の目が、スッと細められた。この時代の武将たちが見落としがちな「後方支援」と「地政学的リスク」を、この若き魔王はすでに直感レベルで理解している。
「ならば、どうする」
「僕が考えた『計略』をご提案いたします」
僕はにじり寄り、信長の耳元に口を近づけた。
「まず、大々的に『伊勢へ出陣』と発表ください。軍勢を佐屋川まで進め、完全に敵の目を南に向けさせます。そして――そこから全軍を反転させ、直線で岩倉城へと向かい、一気に攻め滅ぼすのです」
いわゆる、情報戦を用いた電撃戦である。
「岩倉城は不意を突かれることで、きっと一度は敗れるでしょう。しかし、岩倉は堅固な名城です。城には織田七郎左衛門や堀尾忠右衛門のような勇敢な武将たちも控えており、力攻めだけで簡単に落とせる城ではありません。
ですが、まず今回の軍事行動で敵の勢いをくじき、城へ押し込めてしまうことです。そうすれば、一気に大きな戦果を挙げるための『形勢』が整うはずです」
パンッ!
信長は自分の脇をパンと強く叩き、静まり返った夜の部屋で、腹の底から込み上げる笑いをこらえながら笑った。
「見事な盤面だ、猿。貴様の頭の中には、盤上の駒が生きているように動いて見えるらしいな」
「もったいないお言葉にございます」
それから数刻に及び、僕たちは密室で詳細な軍議を交わした。
しかし、信長でさえも知らない。この深夜の密談こそが、数日後に岩倉城を地獄へと突き落とす、悪魔のプロトコルの始まりであったことを。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
藤吉郎計策を獻る
さるほどに織田信長、佐屋川を陣拂ひして本城へ帰り給ひ、猶も勢州の容様を伺ひ給ふに、織田家の勢に恐れ、軍勢を出すべき氣勢なきよし聞かせ給ひ、「さらば臆病神の醒めぬ内に勢州を征伐すべし」とて、諸將を召して出陣の御下知あり。木下藤吉いかが思ひけん、「この度の御出陣こそ味方の勝利おぼつかなし。在國あつて、根を強くし給はんこそ肝要なれ」と、度々諫言申し上げければ、信長甚だ怒り給ひ、「汝佐屋川の軍功に誇り、我が令を用ひず、不吉の言葉奇怪なり。我が勢州を平治し帰城するまで、出仕致すべからず」とて、御座を立たせ給へば、柴田、佐久間が輩、常々藤吉郎が出過ぎたるを悪みければ、「よき教訓なり。已後慎み候へ」とて、ほほ笑みて退出す。信長卿もとより思慮深き大將なれば、その夜藤吉郎を密に召され、勢州征伐の謀を尋ね給ふ。藤吉郎謹んで言上しけるは、「岩倉の城主織田伊勢守死去せるといへども、老臣織田七郎左衛門、同源左衛門、山内伊之助、伊勢守が幼稚の子を守立て、味方合體の色をなせども、實は虚に乗じて我が國を呑まんとす。今君遠く勢州を征し給ふときは、たちまち岩倉より軍を起こし、この本城を奪ひ取るべし。某密に計り候に、君勢州御征伐と披露し給ひ、軍勢を佐屋川まで出し、直に岩倉へ向ひ攻め給はば、城中不意のことなれば、必ず敗軍に及ぶべし。されども岩倉は名城なり。軍士に織田七郎左衛門、堀尾忠右衛門など聞こゆる勇者あれば、容易に落城は致すまじ。斯様斯様に計り給はば、一時に大功を立つべきなり」と、信長卿の御耳に口を附け、謀を言上す。信長横手を打つて大に喜び給ひ、軍談數刻に及び、藤吉郎は退出しける。木下が計は岩倉落城の章にて知るべし。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
今話の舞台の岩倉市の特産品は日本三大地鶏の1つ、かしわの最高峰「名古屋コーチン」です。噛むとコリコリする弾力に富んだ肉質・味音痴でも一口で判るコク⋯地元民なのになかなか食べれません。高くてw




