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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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1-25 黄金の笄と猿の冤罪

挿絵(By みてみん)


 『太閤記たいこうき』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。

 『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本よみほん。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia

 佐屋川の合戦での鮮やかな勝利は、僕という「木下藤吉郎」の存在を織田家中に知らしめる決定的なマイルストーンとなった。


 しかし、組織というものは厄介だ。一人の異分子が急激に評価バリュエーションを上げると、周囲には必ず嫉妬や反発という名の「摩擦熱」が生じる。


『馬をそうする者はこれせにしっし、を相する者は之をひんしっす』(馬を見る者は、痩せているというだけで名馬を見逃し、人を見る者は、貧しいというだけで英雄を見逃してしまう。)


 未来でも変わらないその真理が、戦国という血生臭い時代において、僕に一つの致命的な火粉トラブルを降りかからせた。


 事の発端は、佐屋川の陣中での出来事だった。信長の家臣である福富平左衛門ふくとみへいざえもんという男が、自らの刀のさやに差していた「細龍の彫り物が施された黄金のこうがい」を紛失した。


 笄といえば、髪を掻き上げたりする日常品だが、武士にとっては刀装具の一部であり、それなりの財産価値がある。平左衛門は陣中を血眼になって探し回ったが、一向に見つからない。すると、どこからか心ない噂が流れ始めた。


「……あの貧乏たらしい成り上がり者、中村藤吉郎が盗み取って隠したに違いない」


 誰が言い出したのかは分からない。ただの憶測、完全なフェイクニュースだ。しかし、僕の貧賤な出立ちと、急激な出世に対する家臣たちの「ひがみ」が、その噂をあっという間に真実ファクトのように仕立て上げてしまった。


「藤吉郎め、信長様の御前では大層な口を叩くが、所詮は下賤の小泥棒よ!」


 平左衛門も完全に僕を疑い、怒り狂って信長に訴え出た。僕にとっては、まさに青天の霹靂だ。「貧しいから」という理由だけで、証拠もなく窃盗犯のレッテルを貼られる。現代日本なら名誉毀損で訴えてやるところだが、この時代では「疑わしきは罰する」がまかり通る。


(……ここで泣き寝入りすれば、僕の信用クレジットは完全に崩壊する)


 信用こそが、この戦国を生き抜くための最大の武器だ。僕は決断した。この冤罪を自らの手ですすぐためには、真犯人を捕まえて物理的な証拠エビデンスを突きつけるしかない。僕は誰にも告げず、陣中から密かに抜け出した。


 向かった先は、尾張の経済的中心地であり、巨大な物流ハブである津島つしまの町。僕はその町で最も力を持つ豪商、堀田孫右衛門ほったまごえもんの屋敷を訪ねた。


「孫右衛門殿。単刀直入に申し上げます」


 僕は座敷に通されるなり、事の次第を手短に説明した。


「陣中から金龍の笄を盗んだ者が、それをいつまでも手元に置いておくはずがありません。必ず金に換えるため、この津島の質屋か両替商に持ち込みます。……もし、金龍の笄を持ち込む者がいれば、その者を捕らえ、直ちに僕に知らせてください」


 僕は懐から、佐屋川の戦功などで得た資金から「黄金十両」を取り出し、畳の上に置いた。


「真犯人を見つけ出してくれた方には、この黄金十両を賞金バウンティとしてお支払いします。この情報キャンペーンを、津島中の同業者ネットワークに触れ回ってください」


 孫右衛門は黄金の輝きと、僕の冷徹なまでの交渉術に目を丸くしたが、すぐさま「承知いたしました」と頷いた。商人の情報網ネットワークの恐ろしさを、僕はよく知っている。僕は陣中には戻らず、そのまま孫右衛門の屋敷に滞在し、網にかかる獲物を待った。


 その間、陣中では「藤吉郎が逃げた!」「やはりあいつが盗人だったのだ!」と、僕の悪評がピークに達していたという。だが、信長だけは違ったらしい。


「藤吉郎はがちっぽけな笄一本を盗んで逃げるような真似をするはずがない。何か理由があるはずだ」と、僕の逃亡を信じず、静かに事の成り行きを見守っていたそうだ。


 そして――三日後。僕の推察ロジックは、完璧に的中した。

 

「藤吉郎様! 足軽風の男が、金龍の笄を担保に、銭五百貫文を借りたいとウチの店に持ち込んでまいりました!」


 孫右衛門の手代からの報告アラートを受けるや否や、僕は現場へ急行した。そこには、焦った様子で笄を質に入れようとしている、見知らぬ足軽がいた。僕は背後から音もなく近づき、その男を床に組み伏せ、瞬時に縄を打った。


「……ゲームオーバーだ、小泥棒」


 僕は真犯人と決定的な証拠品(笄)を引っ提げ、清洲城の信長の御前へと凱旋した。御前には、僕を訴え出た福富平左衛門も呼び出されていた。真犯人を目の前に引き出され、盗まれた笄を突きつけられた平左衛門は、顔面を蒼白にして震え上がった。


「信長様!これにて、僕への疑いは完全に晴れました。……真犯人は、こやつにございます」


 僕が平伏して報告を終えると、信長は静かに頷き、そして――凄まじい怒気を孕んだ視線を、平左衛門へと向けた。


「……福富」


「は、ははっ!」


「貴様は武士の家に生まれながら、己の刀の笄を落とすという間抜けな真似をした上に、事の真偽ファクトも確かめず、貧しいという理由だけで藤吉郎を盗人呼ばわりした」


 信長の声は低く、氷のように冷たかった。


「己の失態ミスを隠すために、他人に濡れ衣を着せようとするなど……言語道断! 織田家にこのような卑劣な輩がいると他国に知られれば、俺の顔に泥を塗ることになる。……今日でクビだ。失せろ!」


 平左衛門は絶望に顔を歪め、一言も反論できずに平伏したまま固まってしまった。このままでは、彼は武士としての身分を失い、路頭に迷うことになる。現代の感覚で言えば「自業自得」だ。だが、僕はここで、現代のコンプライアンス処理よりもさらに一つ上の階層レイヤー政治的判断ポリティクスを行うことにした。


「……信長様。お待ちください」


 僕は進み出て、深く頭を下げた。


「信長様の御怒りはごもっともです。しかし、今回の件は平左衛門殿の麁忽そこつだけが原因ではございません。僕が貧賤で、まともな甲冑すら所持していないような身なりをしていたからこそ、あのような疑いを招まねきました。……半分は、僕の『身だしなみ』が引き起こした事故エラーです」


 家臣たちが、驚いたように僕を見た。自分を陥れようとした男を、なぜ庇うのかと。


「平左衛門殿は今、己の非を深く恥じておられます。どうか、今回の過ちを『次の戦功』で償う機会を与えてやってはいただけないでしょうか。信長様の寛大な御裁慮おんさいりょうを示されれば、家中の者たちは皆、信長様の仁徳に深く感服し、結束はいっそう強固なものとなるはずです」


 僕は、徹底して「信長にとってのメリット」を強調してプレゼンした。僕の個人的な恨みなどどうでもいい。ここで平左衛門を助ければ、彼は僕に一生頭が上がらなくなるし、他の家臣たちへの「藤吉郎は度量が広い」という強烈なアピールにもなる。


 信長は、扇子でポンと自分の膝を叩いた。


「……藤吉郎。お前のその『寛仁大度かんじんたいど』、見事だ」


 信長の顔に、深い感嘆の色が浮かんでいた。


「よかろう。福富、藤吉郎の顔に免じて、今回の件は不問とする。この恩、決して忘れるなよ」


「は、ははっ……! 藤吉郎殿、も、申し訳ありませぬ、そして……かたじけない……!」


 平左衛門は、畳に顔を擦り付けて号泣した。そして信長は、改めて僕の方へ向き直った。


「藤吉郎。お前の佐屋川での軍功、そして今回の騒動を見事に収めた知恵と度量。まことに天晴あっぱれである。……褒美として、五百貫(約5,000万円相当)の所領を与える!」


「五百貫……!」


 僕は思わず息を呑んだ。ついに、僕の価値バリューが具体的な「領地」という形あるアセットになったのだ。


「さらに、だ」


 信長は続けた。


「お前はいつまでも『中村の百姓上がり』と名乗っていては、示しがつかん。我が老臣である木下雅楽頭きのしたうたのかみの家名を継がせてやる。今日よりお前は『木下藤吉郎高吉』と名乗れ!」


 僕は、胸が震えるほどの感動とともに、深く、深く平伏した。


 木下藤吉郎。泥水の中から這い上がり、知恵と計算と、少しばかりのヒューマニズムを武器にして、僕はついに、戦国という巨大な組織システムの正規メンバーとして、歴史の表舞台にその名を刻み込んだ。


 胸の奥で燃える日輪の光が、この日、これまでで一番眩しく、力強く輝いたのを、僕は確かに感じていた。




【太閤記 小瀬甫菴道喜輯録 近藤出版部 大正8年】




信長公秀吉を戯に大将にし試み給ふ事


永禄六年夏の比、講㆑武試㆑兵為に河猟し給ひ、敵味方を分つゝ合戦を挑みあひけるに、藤吉郎を一方の大将に定められしに、不㆑学して道を知、不㆑聞して得法たる生知の人なれは、孫呉之法に合ひ、駆挽自由をえたる事、寔に魚在㆑水、鳥林に遊に似たり、評曰、信長公と秀吉と、才智を同しさまに世俗論㆑之事粗有か、信長公は秀吉を見立給ひし故を以、明智を眼前に亡し給ふ、是人を知之明瞭然たり、秀吉の外佐久間右衛門尉、梁田出羽守、柴田修理亮、河尻肥前守、滝河左近将監、丹羽五郎左、前田又左衛門尉、佐々内蔵助、毛利河内守、菅屋九右衛門尉、堀久太郎等、かようなる人々を、秀吉取立給ひし高士に比していはんに、誰をか対しみんや噫、


秀吉卿賊を捕へ給ふ事


信長公西美濃に至て令㆓発向㆒、在々所々放火せむとて永禄六年秋の末打立給ふ、其夜は巣俟に陣取、軍士数多軍営を宿衛しける内に、いかゝはして見えさりけん、福富平左衛門尉か金龍之面指失しかば、其あたりへは誰渠近付有しなど云敢るに、藤吉殿をさして云ぬ計に有しなり、秀吉其体を見給ひ、以外怒り給へ共、誰を定めとかむべきやうもなし、無左と一命を可㆑拾にも非す、勿論不㆑恥㆓小節㆒、而羞㆓功名不_㆑顕㆓於天下㆒将士の道なれは、可㆑恥にあらす、只調議を以彼盗人を捕へ、此寃認をはらさんには不㆑如とて、先ツ質屋方を問見んため、急キ津島へ馳行、富家共に、かうかいの様子を語りつゝ、質に置ける者あらは告知せよ、左もあらは、黄金十両褒美すべき旨堅く約束し、堀田孫右衛門尉と云富家久しき知人なれは、即此所を宿とし、もしやの幸を相待し処、彼盗人如㆑案かうかいを持来、質に置、銭五貫文かり度由をこそ云候へと告しかは、孫右衛門尉と相謀てなんなく捕へけり、秀吉不㆑斜喜つゝ、昔斉王の蘇秦を殺せし悪賊人を市の側にて捕へしも、かく嬉くは有ましきとて、喜の余りに牛頭天王の宝前に詣て、早速此盗人を得し事、某か誠心を憐み、寃情を救んとの御事にて有へし、是偏に天王の加護と存、丹誠を尽し礼拝し、頓て盗人をは津島の雑職に引せ、西美濃御本陣さしてそ来ける、信長公は在々所々不㆑残㆓一宇㆒放火し、既に帰陣し給ひけるが、藤吉郎囚を執て涕を流し、道の側に踞りしを見給ひて、此罪人は何者ぞ、何故ふかう歎くぞと御尋有し時、秀吉謹て、されば其事にて御座有ける、先夜巣ノ俟にして福富平左衛門が面さし失候しを、皆人某を疑ひ、名をさゝぬ計に見えしに因て、其翌朝御暇をも不㆓申上㆒、津島の富家に参り、金龍のかうかい質に置物あらは告知せよ、褒美として黄金十両出し候はんと、津島の富家共に堅く約しつゝ、堀田孫右衛門尉所に宿をかり、件の盗人を待申処に、如㆑案彼かうがいを質に置候はんとて参けるを、無㆑難とらへ申候、諸入某を疑申せしつらうちに、陣中を引廻り、其後引張きりに致さんと存、是まて召連参て候なり、唯加様の疑にあひ申事も、偏に身の貧なる故と存候へは、不覚涙もそぞろなりし由申上しかば、信長卿も憫み給ふて、日来の指出をも許しおほさる、夫為㆓近臣㆒は矯㆓君悪㆒進㆓善言㆒と聞しが、藤吉郎頃年我為に悪事あれは、身をも不㆑顧、時をも不㆑移云しも、矯㆑非唯忠義を尽し見んと思ふ、己れか生禀なるへしとて、旁以喜ひ思召、彼褒美之黄金并百貫の地を恩賜し給へり、是福の事始として栄行身と成し門出なり、漢朝の王夫人が、日輪懐中に入と夢み、太子を誕生し、一天下の主として武帝と云れしか、我朝の秀吉も追㆑年逐㆑月次第に歴挙り、摂政関白の訓礼を極め、天下を舒巻し、終に位至㆓正一位㆒、豊国大明神と祝れしも、只尋常の宿因にては非しと、後にこそ覚えたれ、

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜舞台背景〜

 ストーリーが無いので翻訳を端折った部分なのですが、個人的にウケたのが『魚在㆑水、鳥林に遊⋯』(藤吉郎は超天才)と秀吉を徹底的に賛美してる作者の小瀬甫菴が『評曰、信長公と秀吉と⋯』(信長と秀吉とどっちが凄いか評すると⋯)』で『やっぱ、信長』ってポロっと言っちゃってますw

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